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若田光一氏が語ったAxiom Spaceの「3つのプロジェクト」–民間初ステーションや新型宇宙服の現在地
2024.09.09 11:14
福岡県北九州市で8月22日に「九州宇宙ビジネスキャラバン2024」が開催された。イベント最後のセッションには、2024年3月にJAXAを退職して、4月から米宇宙開発企業Axiom Spaceの宇宙飛行士 兼 アジア太平洋地域CTOを務めている若田光一氏が登壇した。
国際宇宙ステーション(ISS)の後継となる宇宙ステーションを開発している同社だが、若田氏自身はそこでどのような役割を担っているのだろうか。現在のAxiom Spaceの取り組みも含めて、同氏が語ったセッションの内容をお届けする。
地球低軌道の民間活動が「その先」の発展の鍵に
「民間主導・地球低軌道有人宇宙活動の現状と展望」と題したセッションで、若田氏はまず有人宇宙開発の歴史を振り返った。1960年代はガガーリンの人類初の有人宇宙飛行、アポロ11号による月着陸があり、「急速に人類の有人宇宙活動の礎が築かれた」時代だ。続く1980年代は、NASAのスペースシャトルとソ連のミール宇宙ステーションによって地球低軌道での滞在能力を獲得した。
そして、2000年代はISSによって持続的な長期宇宙滞在が実現。さらに2020年代は、各国政府によるものだけでなく民間による有人宇宙活動も活発になったと説明し、「20年おきに人類は宇宙での活動領域を拡大している」と総括した。
近年は民間による宇宙開発がますます広がっており、宇宙船開発だけでなく、ISSのきぼう日本実験棟におけるミッションも民間への事業移管が進んでいる。
こうした民営化の動きに対して若田氏は、とりわけ2030年に予定されているISS退役後の「地球低軌道での民間主導による有人宇宙活動の推進が、地球低軌道だけでなく月、さらにその先の火星探査も含めた長期的な有人宇宙活動の持続的な発展の鍵になる」と見ており、そのなかで同氏の勤めるAxiom Spaceも大きな存在感を示していくことになる。
Axiom Spaceが進める「3つのプロジェクト」
Axiom Spaceが現在進めているプロジェクトとして同氏が挙げたのは、「Axiom Stationの開発と運用」「ISSへの有人宇宙ミッションの実施」「船外活動宇宙服の開発」という3つの取り組みだ。
1つ目のAxiom Stationは、ISSの後継としてNASAに採用された民間初の宇宙ステーションだ。2022年には、NASAが民間開発のモジュールをISSに取り付けることができる唯一の企業としてAxiom Spaceを選定している。2026年末から2027年初頭にかけて、第1フェーズとしてAxiom Stationの最初のパーツがISSに取り付けられる予定だ。
Axiom Stationは地球低軌道における宇宙飛行士らの滞在だけでなく、これまでのISSと同様に宇宙実験の拠点としても活用される。さらには“宇宙工場”の実現も目指しており、「地上での生活を豊かにする活動、人類の活動領域の拡大に寄与できる」と話す。
数々の科学実験もこなしている有人宇宙ミッション
「ISSへの有人宇宙ミッションの実施」は、2022年から2024年にかけて実施してきたAx-1からAx-3と、今後も予定されているAx-4などの有人宇宙飛行ミッションのこと。これらミッションの目的は、Axiom Stationの運用時に必要になってくる作業手順の確認、各国宇宙機関との調整、宇宙飛行士や地上要員の訓練などがメインとなっている。
直近のAx-3ミッションでは、主に欧州各国の研究機関などと連携して30を超える科学実験も実施した。たとえば電気信号による筋肉シミュレーションを可能にするスーツや、心臓の状態を詳しくモニターできる画像処理装置などを用い、宇宙での健康管理技術を高めるための実験などが行われたという。
若田氏は、こうした実験の成果が「地上や微小重力環境下での医学・生理学の理解を深めることに寄与し、産業界に貢献する技術開発にもつながっている」と説明する。
次回は2025年に4回目のAX-4ミッションを予定している。すべての事前ミッションを完遂し、ISS退役時にAxiom宇宙ステーションがISSからAxiom Stationが分離独立した際には、「完全な形で世界のユーザーが使える状況を目指している」という。
「月面宇宙服」は日本人宇宙飛行士が着用も
将来の有人宇宙開発で必須となる新たな「船外活動宇宙服の開発」も進めている。1つは月面での船外活動に使用するもので、実際に若田氏がフィットチェックを行って使い勝手を確認した。月面では石を拾うような作業や、かがんだ状態から孫悟空の如意棒のようなものを使って立ち上がるような動作も必要となり、「(月の)重力環境下での船外活動は、無重力(での船外活動)とはだいぶ違うと感じた」のだとか。
2026年に米国の宇宙飛行士が有人月探査ミッションの「アルテミス3」で月に向かうときにも使用するというこの宇宙服は、月の南極域での活動も踏まえてさまざまな機能を備えているという。現在は通信会社のノキアと共同で、4G LTEによる無線通信によって月面着陸機との間でデータをやりとりするシステムの開発を進めている。デザインはイタリアのファッションブランドであるプラダとコラボレーションし、これまでの宇宙服と比べてより幅広い体型に合う作りになっているようだ。
さらに、Axiom Spaceでは宇宙ステーションで利用する次世代の宇宙服の開発も手がける。月面用に開発している宇宙服を無重力環境に合わせて改良する予定だ。こうした2種類の宇宙服は、将来、日本人宇宙飛行士が月に着陸する時にも利用する可能性が非常に高いとも話し、若田氏は「JAXAの後輩が、いつかわれわれの宇宙服を着て月面に立つ日を夢見ながら開発している」と語った。
宇宙服の開発によって生じる知的財産については、すべてAxiom Spaceが保持するという。そのためNASA以外の一般企業も利用できるとし、「北九州の企業さんがわれわれの宇宙服を使って技術試験をするという利用方法もある」とも提案。「Axiom Spaceのアセットを活用してビジネス展開してくださる方が出てきていただけたら」と、会場に集まる参加者に向けてアピールした。
Axiom Stationにはきぼう日本実験棟の後継モジュール搭載へ
1兆円という大規模な予算が掲げられているJAXA宇宙戦略基金の用途には、「低軌道自立型モジュールのシステム検討」が含まれている、と若田氏。これは、従来のきぼう日本実験棟の後継としてAxiom Stationに導入する新モジュールにも関わってくる部分で、そこに各国のさまざまなモジュールを連結して運用できるようにすることも考えられるという。
これまで多くの技術や優秀な人材を生み出してきたISSのきぼう日本実験棟。若田氏は、2030年以降の有人宇宙活動においても、そこで培った技術、人材、サプライチェーンを維持していくことが大事だと述べる。そのプラットフォームとなるAxiom Stationの重要性は極めて高いと言えるだろう。
同氏は「民間主導で地球低軌道を経済活動の場にしていくこと、それを推進していくことが国家主導の月探査、火星探査を含めた有人宇宙活動全体の持続的な発展にも寄与する」とも語り、九州、引いては日本のさらなる宇宙開発の拡大に期待感を示した。