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宇宙業界の「人材不足」問題をどう解決するか–宇宙ベンチャーやJAXA人事部長らが議論

2024.08.30 15:21

石田仁志

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 近年、国内での宇宙ビジネスが急速に成長を遂げ、新たな産業として注目を集めるようになった。市場では注目のスタートアップが続々と誕生しつつある状況だが、他方でこのまま産業を発展させていくためには、支えていくための人材が圧倒的に足りないという問題も抱えている。

 8月22日に、福岡県北九州市で開催されたカンファレンス「九州宇宙ビジネスキャラバン2024」では、「宇宙ビジネスの発展に向けた人的課題とその解決策」と題したセッションが設けられた。産学官のキーパーソンが、宇宙人材の新規参入やその後の人材育成などについて、パネルディスカッション形式で議論した。

パネルディスカッション「宇宙ビジネスの発展に向けた人的課題とその解決策」

 登壇者は、北九州市創業の人材企業ワールドインテック 社長室 部長の志田泰重氏、九州大学発の衛星開発ベンチャーであるQPS研究所の管理部 人事総務課長 貞方美穂氏、宇宙領域で人材を輩出し続けてきた東京大学 大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授の中須賀真一氏、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人事部長 岩本裕之氏の4名。モデレータ―は北九州市出身で、宇宙ビジネスの基幹産業化に取り組むSpace BDの代表取締役社長 永崎将利氏が務めた。

宇宙ビジネスの発展に求められる「人材像」とは

 冒頭で永崎氏は、「今の宇宙産業において人的課題はど真ん中のテーマ」と述べた上で、「宇宙ビジネスが盛り上がりを見せており、政府の予算もこの3年間で2.5倍に増額されたが、担い手となる人材の数はそうなってはいない。ビジネスがあるのだから参入すればいいではないかといっても、そうはいかない難しさがある」と現状の課題点を指摘した。

 そもそも、宇宙ビジネスを発展させるために必要な人材像とはいかなるものか。中須賀氏によると宇宙開発・利用を進めていくには、(1)衛星・ロケット・衛星コンポーネント等の開発技術とマネジメント力、(2)利用を開拓し、ユーザーと共にそれを継続・発展させる力、(3)国際連携・交渉力、(4)問題解決力、粘り、継続力、決断力、という4つの素養が必要になるという。

宇宙人材に求められる素養について語る東京大学 大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授の中須賀真一氏

 「マネジメント力の部分では、たとえば衛星やロケットを開発するときに理学の先生の言うことを全部聞いてしまったら、とても難しくて作れなくなる。ミッション側の要求と、工学的にここまでならできるという部分をうまく合わせたところに設計点を置いていかなければならない。また、作るだけでは駄目で、それをどう利用するか、ビジネスの企画・運営力、社会問題に対する敏感さが必要になる。国内だけで開発して利用を広げても大きな産業にはならないため、国際展開の視点も大切であり、それらのベースとなるのが問題解決力になる。宇宙人材育成においては、それらをどう育てていくかを考えていく必要がある」(中須賀氏)

 そのような状況で、現在人材を供給する立場である中須賀氏の周りでは、研究室発のベンチャーが立ち上がったり、外部と連携したりしてビジネス化が加速する中で、みな人材問題に苦慮しているという。政府の投資で今後5〜6年の間に衛星を数十機作らねばならない中で、対応できる人材がおらず、特に(1)と(3)に相当する上流人材が圧倒的に不足していると指摘する。

 解決策として中須賀氏は、「日本全体で人材をしっかりと育てていくためのネットワークを作っていく必要がある。また海外で武者修行をするプログラムを実施する際も、ワークショップに参加し議論をして終わりでなく、契約を1つ取ってくるなどお題を仕上げるまでの覚悟を持った取り組みが必要だ」と提案する。

 JAXAでも、現在は従来のロケットや人工衛星の開発、宇宙飛行士の育成などのほかに、基金の運用や企業の取り組みを支援するなどの新しいミッションが増えており、自身と産業全体の双方で圧倒的に人材が足りない認識だという。その解決策として「JAXAの中で仕事として宇宙を経験してもらい、その人たちにどんどん外に出てもらって宇宙業界の流動性を高め、日本全体の宇宙技術と産業の底上げを図ることを考えている」(岩本氏)という。

JAXA 人事部長の岩本裕之氏

ビジネス参入障壁とすそ野の狭さをいかに克服するか

 人材の流動性を高めなければならないという課題の裏には、宇宙ビジネスへの参入障壁やすそ野の狭さという問題がある。実際に事業を営む立場からQPS研究所の貞方氏は、現場での人材確保の難しさを訴えた。

 宇宙業界は成長過程の産業であるために必然的に異業種からの転職が多く、新参者は新しい仕事に対する不安を抱える。ほかにも同社の場合、地方都市で事業をしているために就職希望者には新しい地域に飛び込むという不安も生じることとなり、最後の最後で「自信がない」「家族に反対された」と断られるケースもあるのだという。

QPS研究所の管理部 人事総務課長 貞方美穂氏

 「当社ではウェブサイトで情報を発信しているが、1社だけでは届かない。今回のイベントもそうだが、自治体と一緒になって『宇宙業界のハードルはそんなに高くない』『九州は住みやすい』といった情報を広く届ける機会を作ることが必要」と貞方氏は思いを語った。

 ワールドインテックの志田氏は、和歌山大学秋山演亮教授のレポートからデータを引用し、「2040年までに16万人の宇宙人材が必要になるが現在はたった9000人で、就業人口1万人に対して1人しか宇宙業界に従事していない。就労人口が減っていく中で、高度人材育成に加えて、すそ野の拡大も必要」と訴える。

 そこで、「貞方氏の話にあった通り完全な転職は難しいので、まずは兼業などちょっとした形で関わってもらえるようにする。業界全体でお試しできる環境を作ったり、人材バンクを開発したりしてみてはどうか」と提案する。

ワールドインテックの社長室 部長 の志田泰重氏

 志田氏の話を受けて中須賀氏は、「ロマンや熱量だけで興味を持っても、それだけではビジネスにつながらない。すそ野を広げる際には、宇宙が持つビジネスに繋げるための難しい問題をちゃんと理解させて、それを解こうとチャレンジするモチベーションを与えるところまで持っていくことが大事」と補足する。

 このように質と量の両面で人的課題が発生している中で、JAXAの岩本氏は民間企業からの新規参入の重要性を語る。現在JAXAではオープンイノベーションで新たな宇宙関連市場の創出に取り組んでいるが、その際に「民間との新規事業を進める際に、『われわれでも宇宙の仕事ができるのか』と驚かれることが多い」という。

 「たくさんのチャンスがあるが、衛星やロケットのイメージが強すぎてなかなか入ってこないのが現状。その中で、どうビジネス機会を理解してもらい参入したくなる気持ちにできるかを考えている。その上で、ロケット開発のような領域については、高みを目指す人たちに来てもらえる世界をこれから作っていかなければならない」(岩本氏)

宇宙人材を育成する「学校構想」、実務を担う「人材ビジネスバンク」

 それぞれが抱える課題を踏まえて、後半では日本の中でどのように人を育てる枠組みを作れるかについて議論がなされた。

 まず中須賀氏は、ロケットや衛星などのテクノロジーを教える学校を作る構想を提示する。その際の問題として、どこが運営するか、誰が資金を出すかという問題が生じるが、「特定の大学がやろうとすると人材を吸収されると非難されてしまうため、誰か引っ張っていける人が出てくることが理想だ。予算については、宇宙ビジネスに携わる受益者と国がお金を出す仕組みを作ればいい」と提案。

 また、宇宙の利用開拓にあたっては、政府や自治体が自ら顧客となり、宇宙企業のサービスを使いこなして民間ビジネスを後押ししていく必要があるため、「学校機能の中に自治体の職員を育成する機能も入れるべき」とした。

 志田氏は実務の側面から、「各社でお金を出し合ったり、JAXAの基金で拠出してもらったりして宇宙人材ビジネスバンクを作ってもらいたい」と発言。その際にJAXAの基金を人材育成に活用することに言及し、「中須賀先生が話した学校構想の仕組みも実現できないか」と提案した。

 中須賀氏は、宇宙政策立案に携わってきた立場から、戦略立案や技術利用、人材育成分野には国の予算がつきにくいと現状を明かしつつ、「そこは政府の施策の中でも変えていかなければならない。そうでないとハードウェアにつけた予算も無駄になる」と指摘。「民間がこれだけ出しているのだから、政府も出してくれと両方から資金をまとめていくことが必要だ」と論じた。

 JAXAとしても人材育成の重要性を認識しており、JAXAでの仕事を通じて人を育て民間で活躍する宇宙人材を輩出する取り組みを実施しているという。ただし「10年間で200人増やす見通しとなっているが全く足りないので、JAXAの研修施設を活用して民間企業と一緒になって人材育成することも検討している」と岩本氏は述べた。

 また、今回のイベントは北九州市周辺の産業発展というテーマも抱えているが、近隣の熊本では半導体産業が盛り上がりを見せる中で、「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が発足している。それを参考に志田氏は、「早かれ遅かれ宇宙人材コンソーシアムは作らなければならない」と提言する。

 中須賀氏は、人材育成では日本全体での視点が必要との方を示す。学校構想にしても人材育成にしても、地域ごとの活動になると“共創”ではなく“競争”に陥ってしまい、力を最大限に発揮できない。そこで「九州工業大学では非宇宙先進国を支援する学際的な衛星開発プロジェクト『BIRDS Satellite Project』を運用し、結構なメンバーが育っている。別に日本だけで考える必要はない。その人たちがもう一歩先の技術を勉強して、日本の宇宙開発に貢献してもらえるようなワンステップ進めるため、教育機関をこの北九州に作ってみてはどうか」と提案した。

宇宙は「予見性がない」こそビジネスになる

 最後にそれぞれが思いを一言ずつフリップに言葉を記し、セッションのまとめとした。

 志田氏は、「人材面の課題解決で宇宙産業に貢献する」とし、「まさに、われわれが手がけるビジネスのど真ん中で、人材面の供給育成、仕組みづくりで宇宙産業に貢献していきたい」と述べた。貞方氏は、「COME and COME BACK to 九州」とメッセージを発信。「九州出身の人もそうでない人も、ぜひ九州に来て、一緒に世界を驚かせるような宇宙の仕事をしましょう。QPSでも人材を募集しているのでぜひ応募して欲しい」と訴えた。

 中須賀氏の言葉は、「挑戦」。「宇宙は簡単ではない。だからこそやる意義があり、それがビジネスに繋がっていく。誰でもできることではない。挑戦をして、失敗を繰り返す中でどんどん技術を高めていって信頼性を上げて、成功につながる。それが宇宙の醍醐味」と説いた。

 岩本氏は、「次世代の人類・地球に繋げる」。「自分にとって宇宙はビジネス・産業ではあるが、より広い視点で物事を考えていかなければならないと考えている。そういう意味では、今われわれが人を育てる、宇宙に関係する人を増やすことで、ビジネスを通じて次世代の人類・地球に繋げられる人たちを育てていって、より良い未来を創りたい」とメッセージを送った。

 最後に永崎氏は、自らの事業経験を踏まえて「非合理な意思決定」という言葉を提示した。「7年間宇宙産業に携わってきたが、成熟産業から来た人間からすると、とにかく予見性が持てないことがこの産業でビジネスをする上での根本だと強く感じている。どうやったらうまくいくのかという議論をしても、なかなか答えが出ない。そういった意味で、まず思い切ってやってみることで情報も集まってくるし、真相が見えてくる」と、改めて参加者に向けて宇宙ビジネスにおけるチャレンジの重要性を語り、セッションを締めくくった。

Space BDの代表取締役社長 永崎将利氏

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