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土井隆雄宇宙飛行士やヤクルト本社が語った「宇宙での暮らしや健康管理」–朝日宇宙フォーラム2024レポート
2024.02.14 10:46
JAXAの月面探査機「SLIM」が世界で5カ国目となる月面着陸を成功させ、国内でも宇宙への関心が高まる中、宇宙環境での生活や健康管理、有人宇宙探査の今後について語り合うイベント「朝日宇宙フォーラム2024」が、1月22日に大阪で開催された。
朝日新聞が主催し、8度目の開催となる今回は、宇宙飛行士・京都大学特定教授の土井隆雄氏の基調講演や、ヤクルト本社とJAXAの共同研究を紹介するセッションなどが設けられ、その様子はオンラインでも中継された。
宇宙に持続可能な社会基盤を構築する「有人宇宙学」
「有人宇宙活動は何を目指すのか」と題した基調講演では、本格化する有人宇宙に向けてこれまで何が行われてきたかが紹介された。また、土井氏が京都大学で取り組みを始めている「有人宇宙学」についても紹介された。
日本の有人宇宙活動は1985年から2008年までの第1期とそれ以降の第2期があり、土井氏は第1期の1997年にスペースシャトル・コロンビア号で16日間宇宙に滞在し、日本人初の船外活動を行った。
2008年のミッションでは、当時建設中だった国際宇宙ステーション(以下、ISS)に日本実験棟「きぼう」を設置し、船内保管室の整備やロードマスター(物資移送責任者)として活躍した。その後、日本人宇宙飛行士は毎年宇宙で活動しており、2011年にISSが完成する前の2009年に若田光一氏が参加したミッションから、3〜6カ月にわたる長期滞在活動が行われている。
土井氏は「人類は当たり前のように食べたり眠ったりしているが、なぜそうするのかはわかっていない。宇宙に行くことで、そうした疑問に答えられるようになるだろう」と話す。「人類は誕生してから数十億年間、宇宙の無重力を体験したことがないのになぜ活動できるのか。それはとても不思議であり、宇宙で経験することすべてが贈り物になる」(土井氏)
今後、本格化する有人宇宙活動によって様々な疑問を解明していく、高い専門性を持つ若者を育てることを目標に、京都大学で土井氏が立ち上げたのが「有人宇宙学」だ。人類が宇宙に恒久的に進出できる持続可能な社会基盤を構築するのに必要なものを探るため、新しい宇宙開発へのアプローチを試みるもので、人と時間と宇宙をつなぐ学問であるとしている。
前提となる有人宇宙活動の定義として、(1)最先端科学技術を用いること、(2)人文社会的連携を行うこと、(3)国民の高い関心を得る活動であること、の3つが掲げられており、自然科学分野や人文社会科学分野を幅広く融合した新たな学術領域となることを目指している。すでに人工衛星から得られる情報を活用した演習が始められており、半年間の講義を経て、学生が「火星に150人が住む宇宙社会」を設計するなどして発表しているという。
京都大学では、「有人宇宙学」が目指す持続可能な宇宙社会の構築を目指す「有人宇宙学研究センター」を2021年に発足。NASAの研究者や企業と協力して、5つの研究プロジェクトを展開している。土井氏は住友林業と「宇宙木材プロジェクト(LignoStella Project)」を立ち上げ、独自開発した世界初の木造人工衛星をまもなく宇宙へと飛ばし、実際に使えるのかを検証する。また、低圧下でポプラを育てる実験では、火星環境と条件を揃えて育成できるか実験中だ。
土井氏は、地球と人間と宇宙の素晴らしさを実感したという自身の宇宙体験を振り返り、改めて多くの人たちに同じ経験をしてほしいと述べた。最後に大好きな言葉「宇宙をめざせ!」というメッセージを送り、講演を締め括った。
宇宙での研究や実験を「究極の予防医学」につなげる
土井氏の話からもわかるように、宇宙開発が進むにつれて企業や民間組織が協力し、宇宙を舞台に様々な実験が行われるケースが増えている。「民間企業とJAXAの共同研究の最前線」と題した企業セッションでは、JAXA有人宇宙技術部門きぼう利用センター長の白川正輝氏と、ヤクルト本社中央研究所研究管理センター主任研究員の酒井隆史氏が登壇した。
ISS内にある実験棟きぼうを広く貸し出しているJAXAの役割は、微小重力や昼夜の回転が早いといった特殊環境で、制約が多く綿密さが必要とされる宇宙実験をデザインし、サポートすることにある。「実験装置を独自に開発することもあり、それらを宇宙飛行士が使って実験するプロセスを構築したり、手順を失敗しないよう事前に繰り返したり、様々な準備を手伝う」と白川氏は説明する。
現在、ISSには年数回の輸送が可能となっており、数カ月単位で多様な実験ができるという。また、宇宙に行く人そのものも実験対象になり、宇宙で骨や筋肉が減る理由や重力の影響を解明し、超高齢化社会に向けて人々が健康に暮らせる方法を探ろうとしている。
その1つとして、ヤクルト本社は宇宙飛行士の健康課題である免疫機能の低下に着目し、予防医学の見地からきぼうでの実験を行っている。「腸を大切にしている会社として、研究開発する乳酸菌で寄与することを目指している」と酒井氏は説明する。
具体的にはヤクルト本社が凍結乾燥した乳酸菌L.カゼイ・シロタ株(2020年4月以降L.パラカゼイ・シロタ株に分類)を含むカプセルを宇宙飛行士に1日5カプセル継続して摂取してもらい、腸内環境の改善や免疫機能の維持・向上の効果を検証している。
ポイントは、冷蔵保管スペースが限られるISSで乳酸菌をいかに生きた状態で届けるかである。過酷な宇宙環境でも常温で1カ月維持できる乳酸菌サンプルを地上で3年がかりで開発している。さらにNASAと協力し、環境の異なる双子や人同士で比較実験するツインスタディを行っている。地上と宇宙で同時に摂取した乳酸菌による腸内フローラの変化を検証。また、宇宙飛行士のルーキーとベテランでもツインスタディを行い、免疫や腸内に与える影響を比較する。
酒井氏は「宇宙での研究実験は究極の予防医学につながり、宇宙飛行士のみならずこれから増えるであろう宇宙へ行く一般人にとって役立つものになる可能性がある」とコメント。白川氏は「企業から要望される試したいことや活用したいことは広がっており、それに応えられるスピードで対応していきたい」とした。なお、現状は実験内容に関する成果はまだ得られておらず、その効果を保証するものではないという。
宇宙生活に不可欠な健康を守る様々な実験
宇宙の予防医学という観点では、パネルディスカッションに登壇したJAXAフライトサージャンの樋口勝嗣氏は、宇宙飛行士専属の医師として、宇宙で病気にならない、させない準備をすることを仕事にしている。宇宙医学のスペシャリストとして宇宙飛行士選抜にも参加することから、宇宙ではいかに健康が重要なのかがわかる。
大切なのは食と健康管理だが、まだ不明なことも多い。たとえば、フライト中に重要な問題が起きないよう宇宙飛行士は事前に1週間隔離されるが、体内に菌は残るので風邪をひくこともあるそうだ。原因は宇宙酔いなどによる食欲不足や免疫低下が考えられるが、たいていは薬で治り、人にうつすこともないと説明する。
宇宙飛行士には完璧な身体が要求され、そのために厳しい訓練を行うと思われがちだが、土井氏によると「宇宙に行って帰るだけなら体力は不要で、重力もほとんどなく疲れないので高齢者でも過ごせる」と言う。訓練の多くは、ISSの設備維持や万が一の時の対応、そして実験や船外活動といった作業のためのもので、健康であれば宇宙に行くこと自体は誰でも可能だとした。
将来に向けては、宇宙で健康を維持できる環境づくりとして、壊れにくいエアコンや冷蔵庫、活動しやすい宇宙服なども開発されている。「有人宇宙学研究センター」では、鹿島建設とのプロジェクトで宇宙建造物内に重力を作る研究も行われているという。宇宙がますます身近になりつつあることを感じさせるフォーラムとなった。