ニュース

衛星データで九州の未来はどう変わる?–宇宙ビジネスの「大きな実験場」に

2023.12.11 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

facebook X(旧Twitter) line

 古くからものづくりの地盤があり、今ではテクノロジー企業の進出が目立つ九州。宇宙産業においては複数のロケット発射場を抱え、最近では宇宙港設置の計画も進んでおり、世界的にも注目度の高い地域になりつつある。そんな九州と宇宙産業に関わりのあるキーパーソンや企業らを招いたイベント「Q-SPACE BUSINESS CARAVAN 2023 FUKUOKA(九州宇宙ビジネスキャラバン2023 福岡)」が、2023年11月15日に開催された。

 ここでは、同イベントで実施されたプログラムのうち「衛星データ利用からの宇宙ビジネス視点」というセッションの内容についてレポートする。モデレーターに、JAXAの社内起業制度で天地人を創業し、衛星データ活用を推進している百束泰俊氏を迎え、衛星データ関連事業を展開する4社が登壇。衛星データ活用の可能性と九州の未来について議論した。

「衛星データ利用からの宇宙ビジネス視点」

衛星データでどんな社会課題を解決できるのか

 登壇したのは、九州に拠点をもつFusic、オーシャンソリューションテクノロジー、九州電力と、さくらインターネットの合わせて4社。

 FusicはAIとIoT、およびクラウドコンピューティングを掛け合わせて宇宙データや衛星データの解析を行っている企業で、衛星データから農地における収穫予測をして市場価格を予想し、さらには調味料の売上が伸びる時期まで予測している。

Fusicの宇宙・衛星データ事業

 海上自衛隊の船舶に搭載する航海光学機器の保守整備などを長年の主軸事業としてきた佐世保航海測器社。新たな事業を生み出すべく、そこからスピンアウトするような形で設立されたのがオーシャンソリューションテクノロジーだ。水産業を支える漁業者の操業実態と衛星データを組み合わせることで、操業の最適化を図るとともに水産資源の把握、維持にもつなげようとしている。

水産業にフォーカスしたオーシャンソリューションテクノロジーの衛星データ活用

 九州7県の電力インフラを一手に引き受けている九州電力も、最近になって衛星データ周辺の事業を開始した。また、クラウドプラットフォームやデータセンターで知られるさくらインターネットも宇宙領域に踏み出し、衛星データプラットフォーム「Tellus」や宇宙関連のニュースメディア「宙畑」を運営している。

 セッションでは以上の4社が「衛星データ×社会課題解決の可能性」について議論した。

 Fusic代表取締役社長の納富貞嘉氏が衛星データの活用で解決しようとしている社会課題の1つが、労働人口の減少だ。たとえば農地の利用状況については、行政職員が現地に直接赴いて確認しているが、それを衛星データ上での確認に切り替えることで負担を大きく減らせる。精度の問題から衛星データだけで100%カバーできないとしても、80~90%をデータ上でチェックし、残りの不確かな箇所だけを現地確認するだけでも人的コストは節約できるだろう。

Fusic代表取締役社長の納富貞嘉氏

 オーシャンソリューションテクノロジー代表取締役の水上陽介氏が手がける水産業の領域においても、労働人口の減少は喫緊の課題だ。たとえば長崎県五島エリアのとある島では、約100名の漁業者のうち3名だけが30代。残りは全員65歳以上で「あと15年もすると離島から漁村がなくなる可能性がある」という。

 そうなったとき、もし新たな漁業の担い手が現れたとしても、知識や経験を伝えられる人がそもそもいなくなっていることが考えられる。しかし、同社が衛星を活用して現在の操業実態を把握し、最適化してデータ蓄積していくことで、それが若手漁業者を支えることになるだろう。たとえ少人数しかいなくても効率のよい水揚げにつながるはずだ。

オーシャンソリューションテクノロジー代表取締役の水上陽介氏

 多くのインフラ、アセットを抱えている九州電力では、老朽化が進むそれらを管理・復旧するための人材が不足していることが課題となっている。そのため既存設備を「人の手を介さず、効率よく管理する」ことが重要だ。九州電力 テクニカルソリューション統括本部 イノベーショングループ 主任の村上和磨氏は、災害における被害低減や状況把握も含め、衛星データ活用がその解決の糸口の1つになると見ている。

九州電力 テクニカルソリューション統括本部 イノベーショングループ 主任の村上和磨氏

 このように衛星データは多くの社会課題を解決するポテンシャルがあるが、さくらインターネット クロスデータ事業部 マネージャーの牟田 梓氏は、衛星データの活用自体にも課題は少なくないと話す。たとえば衛星データの価格が高いこと、衛星データ1つあたり数百MB~数GBあって扱いにくいこと、実際にデータを利用するには専門知識が必要なこと、といった点を挙げる。

さくらインターネット クロスデータ事業部 マネージャーの牟田 梓氏

 専門知識を学ぶ場としては、リモートセンシング専門の学科をもつ国内外の大学・高等学校もあるものの「母数が足りていない」状況だ。さらに、そうした高等教育以外にも、よりライトに衛星データに触れられる機会を増やしていく必要もあるのではないか、と訴える。

 それでも、ロケットによる輸送、人工衛星による観測や探査、衛星データ解析といったいくつかある宇宙産業の領域のなかでも、衛星データ解析の分野は企業にとって参入障壁が低いと納富氏。現在は高コストでも将来的には低価格化が進み、観測画像の分解能は高まっていくと予想している。今から数年後を見据えて取り組んでいくことで、新たなチャンスをつかめる可能性も高いだろう。

衛星データで九州の未来はどうなる?

 衛星データによって九州という地域でどんな未来が作れるのか。「期待する、衛星データ×九州の未来」というテーマでもディスカッションした。

 水上氏は衛星データを活用した事業の将来像として、労働人口の減少という課題の解決とともに、「水産資源を持続させながら、いつどこでどの魚をどれだけ取れば一番儲かるのか」という情報を漁業者に提供する環境を整えていきたいとしている。世界的に見て漁業に多様性があるのも九州の強みで、同氏によれば「漁業管理先進国と言われるノルウェーでもメインの漁法は2種類、魚は8種類しかない」のに対し、日本国内の漁法は主要なもので10種類、魚種は長崎県だけでも250種はあるという。

 そのような多様性のある九州の海を管理できれば、他国の漁業管理にも応用でき、世界中の魚を安定的に供給できる体制づくりも目指せる。いわば「地方創生のベースとなる」のが九州だとし、日本の高齢化の危機を乗り越えるための仕組み作りを先んじて九州から世界に発信していきたいとした。

それぞれがフリップを持って回答した

 村上氏は、高価格が障壁となって衛星データを試せないケースもあるという考えから、複数企業の「共同利用」で安価に使えるようにすることも検討すべき、と提案する。そのうえで、九州の「ちょうどいい規模感で、謎の団結力がある」という土地柄、人柄の特徴が強みになると話す。

 九州という土地は「全員が同じ方向を向いて、衛星データの共同利用などつながりを持って進めていくのにちょうどいい規模感」。しかも日本のどこかで九州出身者同士が出会うと、他地域の出身者同士よりも共感する度合いが大きいのだとか。「ちょうどいい規模感に謎の団結力がついてくれば、九州が衛星データ利用の先進的な取り組みを進めていくこともナラティブに語れるのでは」と述べ、社会課題解決に向けた活発な動きを九州から巻き起こせたら、と希望を語った。

 納富氏は、情報の東京一極集中が語られることがよくあるなかで、こと宇宙領域においては九州は有利な環境だと見ている。多様な一次・二次産業や宇宙関連の企業が多数存在することに加え、実験場がたくさんあり、災害も多いと同氏。それらによって得られるデータと実験場とがセットで存在するのは九州のアドバンテージであり、海外に応用していくうえでもそれが強みになるとした。

 そして牟田氏も、九州は「大きな実験場」であると強調する。多くの産業のプレーヤーが揃っていながら、ほどよいサイズ感で衛星データをクイックに試していける。そうして試した結果を日本の他地域や海外に展開していく、というように、大きな実験場として機能させられる可能性を訴えた。

 モデレーターの百束氏としても、九州という実験場をいかにうまく活用していくかが「九州の未来」を左右する鍵になると考えているようだ。「実験場を使ってお金が回らないと、最終的にはわれわれは無職になってしまう」とコメントしていたが、そのなかの「われわれ」は、九州の宇宙産業だけでなく他の既存産業の人々も指しているのではないだろうか。

九州の産業が今後も発展していくには「儲かる」ことが重要だと話した百束泰俊氏

 今回のセッションの内容を振り返ると、企業の既存事業での困りごとを、九州がもつポテンシャルと衛星データの活用で解決できる可能性は大いにあるように感じられた。そのときに、登壇した4社や天地人がもつソリューションが役に立つことも間違いないだろう。

Related Articles