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嗅ぎ注射器、気球からロケット発射–「世界で勝てる宇宙スタートアップ」を発掘、SPACETIDE AXELAデモデイ

2023.05.30 09:13

小口貴宏(編集部)

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 一般社団法人SPACETIDEは5月13日、宇宙スタートアップの発掘支援プログラム「AXELA 2022」のデモデイを開催した。

 AXELA 2022は、内閣府主催の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster」の受賞者をはじめ、有望なシード期の企業や未発⾒の宇宙スタートアップの発掘を目的としている。

 参加企業には約4カ月にわたるAXELAプログラムを提供する。具体的には、各参加企業ごとにメンターをマッチングし、各社の事業を自走できる状態まで成長させる。そして、事業のブラッシュアップやパートナーシップの構築⽀援、資金調達などを支援する。

 今回、AXELAプログラムの締めとなるデモデイが開催され、AstroX、Dinow、Space quarters、LEET Carbon、STONYの5社が登壇。それぞれ自社の事業について説明した。

AstroX

 まず登壇したのは、成層圏に浮かぶバルーンからロケットの打ち上げを目指すAstroXだ。

 同社のファウンダーで代表取締役CEOを務める小田翔武氏は冒頭「世界では2022年に合計186機のロケットが打ち上がったが、日本からは0機だ。2023年も0機かもしれない。これでは日本の宇宙産業が停滞する。ITがGAFAに席巻されたように、失われた30年が60年になりかねない」と危機感を示す。

AstroXで代表取締役CEOを務める小田翔武氏

 同社が取り組んでいる小型ロケットの打ち上げサービスは、バルーン(気球)で小型ロケットを成層圏まで持ち上げて、そこから宇宙に向けて発射する。洋上で発射できるため、発射場の土地を確保する必要がないほか、空気密度の高い部分をバルーンでカットするため、打ち上げにかかる燃料も削減できるという。これによって、打ち上げコストを大幅に低減できるという。

 2022年12月10日には山口県宇部市の採石場敷地内で、方位角制御を用いた気球からモデルロケット空中発射試験を実施し成功したとのこと。

 なお、同社で代表取締役社長を務める小田氏はもともとミュージシャンをしていた経験もあり、これを生かして宇宙 x エンタメの利活用も進める。具体的には、気球で成層圏まで顧客の商品を飛ばし、まるで宇宙のような背景で撮影できるサービスなどを想定する。5月末にはクラウドファンディングもスタートし、ロケットに社名を入れて飛ばすなどのノベルティを用意する。

Dinow

 続いて登壇したのは、民間宇宙旅行におけるヘルスケアサービスの提供を目指すDinowだ。茨城大学発のスタートアップで、紫外線やウイルス、放射線などによって受けた「DNAの傷」を可視化する技術を有している。

Dinowで代表取締役社長を務める髙橋健太氏

 同社で代表取締役社長を務める髙橋健太氏によると、宇宙旅行が一般化した場合、放射線量の管理が重要になってくる。宇宙で浴びる放射線量は地上よりはるかに多く、「宇宙に1日〜2日いただけで地上の年間被曝量を超えてしまう」と髙橋氏は話す。

 現行の対策では、浴びた放射線量を基準値と比較して人体への影響の有無を判断している。しかし、「放射線から受ける影響は個人差がある」ことから、同社の技術によって個々人の「DNAの損傷量」を可視化し、ヘルスケアや安心な宇宙旅行の実現に役立てるという。

 なお、従来、DNA損傷量の可視化には大型の実験装置が必要だったが、これを小型化して宇宙に運べるようにした点も特徴となる。また、DNAの損傷は放射線以外にも、ストレスや喫煙などの生活習慣でも生じることから、これから数年間は地上向けにヘルスケアサービスを展開し、2028年頃に宇宙での展開を目指すという。

Space quarters

 宇宙開発の加速によって、いずれ現行の宇宙ステーションを超える、大型の宇宙構造物のニーズが生じるだろう。その受け皿になるために、宇宙空間で大型構造物を建築するための技術開発を進めているのがSpace quartersだ。

Space quartersで最高経営責任者(CEO)を務める大西正悟氏

 同社で最高経営責任者(CEO)を務める大西正悟氏によると、現状の宇宙構造物には「ロケットのフェアリング以上のサイズにできない」という課題がある。

 現在は小型の構造物(モジュール)をドッキングさせることで空間を拡張しているが、「宇宙ホテル」のようなものを建築する場合、建材自体を宇宙に打ち上げて、軌道上で組み立てるというプロセスが必要になるという。「建材を軌道上で組み立てると、1度の打ち上げで既存の20倍の体積を確保できる」と大西氏は話す。

 そこで同社では、宇宙で建材を組み立て、機能させるための構造や建築プロセス、部材を溶接するための電子線溶接技術を開発。加えて、構造物の組み立てや溶接、検査を自動化するロボットの開発を目指している。

 また、居住用のスペースだけでなく、巨大な通信アンテナを軌道上で組み立てるための技術開発も進めるとした。

LEET CARBON

 LEET CARBONは、Data as a Service(DaaS)、Monitoring as Service(MaaS)、Carbon Marketplace(CMP)、Nature Networking(NaN)の4サービスを通じて、カーボンニュートラル社会の実現を目指すスタートアップだ。

LEET CARBONのCEOでFounderのManjunatha Venkatappa氏(機器のトラブルでスライドの色味が通常と異なる)

 CO2の排出の監視、取引、管理を一元的に扱う、データ駆動型ソリューション「LEET Carbon Platform」を提供している点が特徴となる。

 森林やCO2のモニタリングや予測には人工衛星などを用いており、取得したデータをDaaSやMaaSとして提供する。また、カーボンクレジットの取引や森林保全、復元に関するサービスも手掛けている。

 

STONY

 「宇宙飛行士は、宇宙で手術を受けられない」──。そう語るのは、手のひらサイズの簡易吸入麻酔器「嗅ぎ注射器」を開発するSTONY代表の石北直之氏だ。

STONY代表の石北直之氏

 宇宙は医療リソースが乏しく、宇宙飛行士には超人的な健康管理が求められている。しかし、宇宙旅行が一般化した場合、旅行者が宇宙で怪我や病気をすることも想定される。

 そこで同氏がニュートンの技術協力を受けて開発したのが、100g以下の軽量化と、3Dプリント可能な設計を実現した簡易的な吸入麻酔器だ。

 従来、吸入麻酔器は重量が100kg超と、宇宙へ運ぶにはコストが高すぎる課題があった。しかし「嗅ぎ注射器」は前述の通り、3Dプリンターで製造できる簡易な構造で、宇宙への持ち運びも容易。動作に電力も必要としない。2017年には米航空宇宙局(NASA)の協力を受け、ISS(国際宇宙ステーション)内で、3Dプリントモデルの伝送実験にも成功している。

 石北氏は「各国で特許を取得済。競合製品がなく市場独占が可能」だといい「1台2万円と仮定した場合、市場規模は1兆円に達する」と胸を張る。ただし、医療機器の販売は、規制などの面でスタートアップには難しいことから、ライセンスアウトのビジネスモデルを展開するという。「すでに大型案件を受注している」といい、売上も立っていると話した。

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