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「空飛ぶクルマ」が普及した未来、プロペラの騒音はどうなる?–JAXA発の静音技術をACSLが実証

2023.03.27 16:00

藤川理絵

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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と、国産ドローンメーカーACSLは、2023年3月16日、国産ドローン「SOTEN(蒼天)」に搭載する低騒音プロペラ「Looprop for SOTEN」を共同開発したことを発表した。渋谷ストリーム(東京都渋谷区)でデモ機を飛ばして静音効果を披露した。

ACSL 取締役CTO クリス・ラービ氏(左)とJAXA 航空技術部門 嶋英志氏(右)

 ドローンの騒音は主に、プロペラが回転して空気を切り裂くときに生じる。そこで今回、JAXAが先行して研究していた低騒音プロペラ「Looprop」を、ACSL製ドローン「SOTEN(蒼天)」に適用し、プロペラの試作を共同開発した。

 通常の2枚羽プロペラと比べて、飛行性能や制御性、重さを変えることなく、静音性だけを向上させたという。屋外での効果検証飛行試験では、音圧が最大2.3 dBA低下(音圧エネルギー換算で41%減少)。また、周波数分析においても静音性の向上を確認したという。

 今回の取り組みで、JAXAの静音技術とACSLの機体制御技術を組み合わせることで、より最適なプロペラの形状の検討が可能になったと実証できたという。今後もJAXAとACSLは、eVTOL(電動の垂直離着陸機)の騒音対策に向けた技術開発を共同で進める予定だ。

低騒音プロペラ「Looprop for SOTEN」

特許も取得したJAXAの静音技術とは

低騒音プロペラ「Looprop」(ループロップ)は、JAXA が静音を目的に独自に開発した、ループ状の形(8 の字状)をしており、世界でも類を見ない形状だという。

「Looprop for SOTEN」(左)と通常の2枚羽プロペラ(右)

 2017年からLoopropの技術開発を進めてきたJAXA航空技術部門 嶋英志氏は「ドローンなどeVTOLの利用が拡大しているが、居住地近郊で使うためには、安全性の確保と並んで低騒音化が必須だ」と話す。

JAXA 嶋英志氏

 見据えるのは、ドローンや空飛ぶクルマと呼ばれる、いわゆるeVTOLが飛び交う未来だ。eVTOLとは電動の垂直離着陸飛行機のことで、空の新たなモビリティだ。

現状、車の騒音レベルが60dBなのに対して、ドローンの騒音レベルは80~100dB。いずれ、車の変わりに交通機関として空飛ぶクルマを利用するとき、車よりも騒々しいものが空を飛ぶことが許されるだろうか。嶋氏は、こう問いかけて「やはり20dB程度は抑える必要があるが、車並みに低騒音化するのは容易ではない」と続けた。

 「ジェット旅客機が実用化してから、20年間かけて20dB静かになったという技術進歩を考えると、eVTOLの低騒音化も不可能ではない。空を飛ぶものに対して、性能を落とさず、重量も大きくしないで、静音化することはすごく難しい課題だが、空飛ぶクルマでの利活用を見据え、今後もいくつかの静音性の技術を積み重ねていく予定だ」(嶋氏)

 今回のアプローチは、数ある手法のうちプロペラにスキュー(前進・後退角)をつけることで低騒音化を図るなど、プロペラ本体から生じる騒音を小さくするというもの。すでに船舶や航空機では用いられている技術だという。この手法なら、普通のプロペラとあまり変わらない技術で作ることができる分、実用化にも近い。

 近年は、音の大きさを測る「音圧」レベルだけではなく、同じ音圧でも周波数の違いなどによって人が感じる不快さは異なるため、「音色」レベルも含めた耳障りさや静かさを評価する「PA 指標(Phyco-Acoustic Annoyance:サイコアコースティックアノイアンス) 」が、世界的によく用いられているという。Loopropの開発においてもPA指標を用いて「耳障りさ」の低減を目指した。

 結果は、従来のプロペラより、音圧レベル、音色レベルともに、低騒音化を実現できたことを確認した。

 なお、JAXAの低騒音プロペラLoopropは2018年に特許を出願し、2022年末に発効されたという。嶋氏は、「プロペラをループ状にするという技術自体はこれまでも存在していたが、我々の技術の特徴は、懸垂線を使ってプロペラの形状を決めるというところ。ただループ状にするだけだと、すごく頑丈な素材でプロペラを作る必要があり、重量が大きくなる、コストも高くなりがちだが、懸垂線の理論を用いることで、特殊な材料を使わなくても、ループ状の細長いプロペラを作ることができる」とLoopropの有用性を説明した。

 嶋氏の補足説明によると、懸垂線の理論の一番分かりやすい例は“縄跳び”だそう。縄跳びの縄は、振り回すとあたかも固いループ状の物体のように見えるが、地面にぶつかるとすぐに元の直線の形に戻り、回転するとまたループ状の形状に戻る。

 「我々の技術を使えば、プロペラも柔らかい素材で作ることが可能になるかもしれない。ただし、3Dプリンタでは表面がザラザラになってしまうし、柔らかいものを滑らかな形で作るというのは、そう安価に実現できるものではないのでまだ試してはいない。安くできる方法があれば、ぜひトライしてみたいと思っている」(嶋氏)

ACSLのラービCTO「かなり静かでびっくりした」

 発表会には、国産ドローンメーカーACSLの取締役 CTO クリス・ラービ氏も登壇した。同氏が製品発表会などに登壇するのは珍しいが、ACLSがインドやアメリカなど海外市場にも積極的に打って出られるのは、同氏の存在が大きい。

 ラービ氏は、「労働人口の減少が急速に進む日本において、いかに生活水準を保つのか、我々はいつも考えている。最先端のロボティクス技術で、社会インフラに革命を起こしたい」と挨拶し、まずは今回のプロペラの試作に用いた国産ドローン「SOTEN(蒼天)」の特徴を紹介した。

 SOTENは空撮に特化した小型機体。ACSLが2022年に4機種で合計663台を販売したという「用途特化型ドローン」のうちの1機種だ。経産省所管の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の採択事業(安全安心なドローン基盤 技術開発)として、ACSLがPMとなってヤマハ、NTTドコモ、ザクティ、先端力学シミュレーション研究所の5社で共同開発し、2022年より出荷開始している。

国産ドローン「SOTEN(蒼天)」

 大きな特徴は、取得したデータをSDカードに書き込む前に暗号化できる防犯性や、可視光カメラ、赤外線カメラ、マルチスペクトラルカメラ(農業用)、ズームカメラの4種類をワンタッチで切り替えできる利便性などだ。

 続けてラービ氏は、2022年12月5日改正航空法施行による「レベル4」飛行の解禁にも言及。「これからは、人口密集地域も含めて、人がいる上空をドローンが飛ぶことが当たり前になる。型式認証や機体認証で安全性を担保するほかにも、人に優しい、安心できる、できるだけ静かなドローンが必要だと思っている」(ラービ氏)

ACSL クリス・ラービ氏

 今回の試作はあくまでも技術実証。1000時間を超える耐久性テストや、量産化の実現性調査などは、これからだという。また、今回は試作を作りやすいという観点から小型機のSOTENを採用したが、本来であれば大型機体や空飛ぶクルマのほうが飛行時の騒音は大きいと考えられる。

 ラービ氏は「JAXAさんと共同開発したプロペラの音を初めて聞いたときは、かなり静かに感じてびっくりした」と明かしつつ、「実証の数値的な結果についても、非常に満足している。大型機のプロペラの低騒音化も含めて、今後さらに改善して行きたい」と前向きに語った。

飛行デモでは静音効果を感じづらい場面も

 飛行デモンストレーションでは、最初に通常のプロペラを搭載したSOTENが飛行し、次にLooprop for SOTENを搭載し同高度で飛行した。

飛行デモ会場のフットサルコート内に音圧の計測機器を設置し、モニターにも数値を表示した

実際に飛行中のプロペラ音を聞いた感覚では、音の大きさはあまり相違ないものの、“ブーン”という特有の耳障りな音が柔らかくなり、耳への刺激が緩和されたように感じた。実演中の音圧レベルを見ると、2~3dBA程度低くなる様子も確認できた。

 一方で、ドローンの飛行中、静音効果を実感しづらい場面も少なくなかった。強い風が吹いても機体の姿勢を空中で制御するには、プロペラの回転数を変動させなければならない。今回のデモ会場は、渋谷ストリームの4階。高層ビルの谷間だったため、絶えずさまざまな方向からの風を受けていたようだ。

 しかし、レベル4実現に向けて、「低騒音性」に向けた本格的な取り組みが始まったことは、大きな一歩だ。今後の静音効果向上に期待したい。

 なお、レベル4飛行実施には、機体の設計において安全性が十分担保されているかを証明する第一種型式認証と、各機体が設計通りに作られているかを確認する第一種機体認証が必要になるという。

 ACSLは3月13日、主力機であるPF2の派生機「PF2-CAT3」で日本初となる第一種型式認証書を取得しており、2023年3月末までに日本初のレベル4飛行を実施する。

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