インタビュー

月面の家では「タイル素材」が当たり前に?–クレバリーホーム松田社長が語った宇宙住宅プロジェクトの狙い

2025.08.12 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 寒暖差が激しく、放射線や隕石も降り注ぐ過酷な宇宙環境。今後の有人月探査や有人火星探査では、そうした環境でいかに人の居住に適した空間を作り上げるかが大きな議論の的となっている。そこに真っ向から挑もうとしているのが住宅メーカーのクレバリーホームだ。

 同社は前身から数えると創業55年の歴史を持つ、住宅・不動産をはじめ幅広い事業を手がける新昭和グループの傘下企業だ。耐用年数50年以上という耐久性に優れたタイル素材を屋根や外壁に用いる、安心・安全でメンテナンスコストのかからない住まいづくりに強みを持つ。

クレバリーホーム代表取締役の松田芳輝氏

 そのタイルの技術が月面や火星の基地に活用できるのではないかと考え、クレバリーホームでは2025年から「宇宙住宅プロジェクト」をスタートさせた。そこにはどのような思いや狙いがあるのか、クレバリーホーム代表取締役の松田芳輝氏に話を伺った。

世界を狙っていくなかで見えてきた「宇宙基準」

 クレバリーホームが初めて宇宙分野への進出を公言したのは、2025年4月1日。月面環境に耐えうる宇宙仕様のタイルを採用した月面住宅「LUNABASE」の開発に成功したという発表だった。

 もちろんこれはエイプリルフールのジョークだったが、「実はそれより前から、私たちのタイル貼りの住宅は宇宙にも建てられる品質かもしれないと話し合っていた」と松田氏。宇宙向けの技術を持つ取引先などとの出会いや後押しもあり、真剣にプロジェクト化を探っていく中で、まずは世の中に発信してみようという気持ちでリリースを打ったという。

月面住宅「LUNABASE」のイメージ(出典:クレバリーホーム)

 「タイルが宇宙にも通用するのでは」という考えは、耐久性の高さに限らず、素材がもつ優れた特性からもきている。かつてはスペースシャトルに使用され、現在はSpaceXの再利用ロケットにも採用されていることからも分かるように、セラミック素材のタイルは極高温から極低温まで対応できる耐熱性を備える。

 また、「アルファ波やベータ波のような放射線だけでなく、中性子線も通しづらい」(松田氏)ことが明らかになっており、大量の宇宙線(放射線)が降り注ぐ月面や火星など、宇宙における建物の外壁素材としての適性が高い。

 そのうえでクレバリーホームのタイル貼り住宅は「タイルという重量物を身にまとうため、構造躯体を頑丈にしているのも特徴」だという。東日本大震災で津波に襲われながらも耐えきった例がいくつもあり、強度の高さは実証済み。こうした信頼性の高い住宅を日本だけでなくアジアや世界にも展開していきたいという思いが膨らむ中で、「世界基準の次は宇宙基準」というビジョンにもつながっていった。

 「既存の住宅用に多少の手を加えるだけで宇宙基準の家になるかもしれない」という期待を胸に、社内で有志を募り、ついにプロジェクト化を果たした。しかし、企業として取り組む以上、単なる夢物語として考えているわけではなく、実利に向けた狙いもそこにはある。「企業イメージや販売促進などブランディングの意味合いもあるが、宇宙の最先端技術を獲得して、それを地上の住宅に生かしたい」と松田氏は語る。

社員が内側に秘めている熱いものを引き出したい

 宇宙住宅のプロジェクトに参加している社員は、自ら手を挙げて志願した20~50代の7名で、住宅の商品開発に直接関わらない部署のメンバーも多い。本業の傍ら、月に2回程度は全員で集まり、月1回外部のコーディネーターも交えて議論する。

 あくまでも地上の住宅への技術フィードバックが目的の1つであるため、素材を大きく変えるなどして宇宙専用のタイルを作ることはしないという縛りはあるものの、「基本的には自由な発想で進めていく」のがコンセプトだ。たとえば「月というとウサギのイメージがあるので、ドーム型の建築物の上にウサギの耳を模した形で太陽光パネルを取り付ける」など、既存の宇宙企業にはなさそうな若者らしいアイデアも上がっているのだとか。

 宇宙住宅プロジェクト以前にも新規事業プロジェクトは存在している。ただ、こうした自由闊達でチャレンジングな活動は実はクレバリーホームの元々の社風というわけではない。松田氏によれば、社員が自ら手を挙げて新しいことに挑戦する動きが出てきたのは、ここ数年のことなのだそう。

 「5年前に私が代表に就任したとき、社内の全員が言われたことを淡々とこなしていくのに慣れてしまっていた。これではいけないと思い、みんなで一緒に考えを出し合いながら商品を作り上げていく癖をつけないといけないと感じた」ことが変わる契機になった。すべてをトップダウンで決めてしまうことはせず、「社員1人1人が内側に秘めている熱いものを、なるべく引き出してあげる」ことに注力するようにしたという。

 この宇宙住宅プロジェクトについても、「私は最初のきっかけを作っただけ。今は外から見守るオブザーバー的な立ち位置で、みんなが自由に取り組めるように意識している」という。

はるか未来を見据えた動きよりも、まずは現実的な目標から

 宇宙住宅プロジェクトでは具体的な議論は進めているものの、商品として「宇宙住宅」ができあがっているわけではない。松田氏は「宇宙事業においてはやはり資金が一番の課題。中堅企業の私たちとしては、いかにコストを抑えつつ目標を具現化していけるか、という点で悩みや迷いがまだある」と明かす。

 たとえば地上から資材を打ち上げたり、月面に存在する素材をタイルに加工して建築に用いたりするような考え方もあるが、コストなどを考慮すると、現実的には「それは遥か先の話」だというのが松田氏の考えだ。クレバリーホームとしては、まずは「これなら月面にも建てられる、という目処がつく家を作ることが1つ目のステップ」と捉え、今は国内外の厳しい環境の地域に検証用施設の建設を検討している。

 「クレバリーホームのタイル貼りの家は、世界最強の木造だと思っている。これを宇宙基準の家にするのが1つ目の目標。宇宙分野の最新技術を取り入れて、住宅づくりをもっと進化させていきたい」と力を込める同氏。

 すでに宇宙ビジネスに本格的に取り組んでいる取引先や、宇宙スタートアップに部品供給しているグループ企業もあり、それらとの連携も考えられる。近年はさまざまな業界からの宇宙参入が相次いでいるが、クレバリーホームがタイルの強みを生かして、どのような宇宙住宅を実現させるのか注目したい。

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