インタビュー
JAXA職員が民間企業で働く「越境プログラム」がもたらす意外な効果(後編)
2022.09.12 08:30
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員が民間企業に短期留学!? そんなユニークなプログラムが2019年度から始まっている。正式名称は、新事業促進部と人事部で主導する「宇宙ビジネス共創・越境プログラム」(原則、週1回・半年間)。
官民一体で宇宙産業の市場規模を倍増させようという時代。「全てを JAXA内で完結するのではなく、外部と連携して事業を実現するために必要な、提案力の強化に取り組む」「民間事業者等との相互の人材交流等、人材流動性を高める取り組みを推進」と第4期人材育成実施方針(PDF)に明記されている。
この方針を実践すべく、2021年には3人の職員が政策金融機関、化粧品メーカー、デザインコンサルティング企業に“越境”。彼らはどんな体験をし、気付きを得たのか。(前編はこちら)
「ジャーニーマップ」で見えてきたこと
――長福さんがIDEOで取り組んだ「宇宙旅行の体験をデザインする」というプロジェクトでは、技術でなく人に焦点を当て、デザインしていくアプローチをとったそうですね。最初は何が出てくるか不透明だったとか?
長福紳太郎氏:IDEOのアプローチには型がない。基本的に探索型なんです。最初はリサーチから始まりました。アスリートやおもちゃのデザイナーさん、ディズニーで働いていた人、JAXAで貨物船「HTV」を開発したエンジニアにもインタビューしました。そして宇宙旅行者が時系列でどういう体験をするか「ジャーニーマップ」という形でまとめていきました。
すると、最初は不透明だったものが、見えてきたんです。
――どんなことですか?
長福氏:宇宙旅行者というと宇宙船とか、宇宙ホテルでの滞在経験にフォーカスしがちです。
ところが、宇宙旅行者の体験をゼロから考えると、最初は宇宙旅行について調べる、チケットを購入する、トレーニングをする。打ち上げ当日は発射までの数時間、狭い船内で待たないといけない。その感情を追いかけます。
もし、打ち上げが中止になったら宇宙船を降りないといけないから、ナーバスになるだろうとか、宇宙旅行者になりきって、その人の感情に立つと見えてくるところ、デザインする機会がいっぱいあることが発見できました。
――たとえば?
長福氏:HTVのエンジニアに「宇宙旅行者の体験をよくするためにどういうデザインをしますか」と直球で聞いたんです。すると「椅子を豪華にするかな」という回答でした。
一方、IDEOの議論では「椅子はない方がいい」という案が出てきた。なぜならば、狭い宇宙船の中で6~8人の宇宙旅行者がいて、見ず知らずの方たちとトイレを共有しないといけない。狭いほど、その体験はストレスになる。椅子は(打ち上げと帰還時に)短い時間、座るだけだからない方がいい。全然違いますよね。
――つまり、安全面や機能面より「宇宙旅行者がどう感じるか」という視点に立つと宇宙船のデザインが全然違ってくると?
長福氏:見方を変えると違うものが見えてくる。
宇宙旅行のチケットはすごく高額なので、購入時の体験が小さいと満足感が得られないことが予想される。一方、ディズニーランドで乗り物待ちをしているときの体験はすごくデザインされているので、宇宙旅行の参考にしたらいいのではないか。
つまり、今までロケットや宇宙船という技術にフォーカスにしていたが、宇宙旅行者という人間中心にするとデザインの指針が変わることが見えてきました。
技術が先? 社会ニーズが先?
――そもそもJAXAの宇宙開発は「この技術を何に生かすのか」という視点から出発しているのでしょうか。社会課題に対して何ができるかという考え方でないのか疑問を感じました。
長福氏:そもそも、技術開発には長く時間がかかります。(社会ニーズに対して)この技術が必要と言ったときにすぐにそれが準備できるかといえばそうではない。だから、たくさんの技術を準備しておく。100の技術があって、そのうちの1つの技術が将来はまるかもしれない。研究ってそういうところがあります。
島明日香氏:アカデミックの世界でも、研究が何の役に立つのかと言われると困ってしまう。社会ニーズはどんどん変わっていく。資生堂さんは技術から市場のニーズをもちろん拾うけれど、自分たちで社会を作るという意識。JAXAエンジニアも技術を使って社会をどうにかしたいと思っている。
ただ、大学やJAXAが発表できる技術と、社会が求めているものは違うところがどうしてもありますよね。