インタビュー

世界中の「宇宙港」づくりを支える日本人–各国政府とも直接交渉するASTRO GATE大出氏の情熱

2025.05.14 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 2024年の世界のロケット打ち上げ回数は合計250回以上におよんだ。米国のSpaceXをはじめ、中国などの打ち上げ回数も伸びており、今や地球上のどこかで毎日のように打ち上げられている状況と言ってもいい。

 しかし、爆発的に増加している人工衛星の打ち上げ需要にはこれでも全く足りていない。打ち上げるロケットの供給が間に合っていないこともそうだが、そもそも発射するための宇宙港(スペースポート)が圧倒的に少ないことも遠因となっている。

 そこに着目し、多くのスペースポートをつくることで宇宙産業をさらに活性化させようと、世界各国のスペースポートに関わるワンストップサービスを売り込む日本のスタートアップがASTRO GATE(アストロゲート)だ。5月に入ってからも、モルディブやケニアなどで、スペースポート開発を目的とした覚書(MoU)を次々と締結している。

ASTRO GATE代表取締役社長の大出大輔氏

 独自のノウハウを元にした提案を行い、時には各国の政府高官と直接交渉することさえあるという。日本の先人が世界で積み上げてきた信頼と、日本の地政学上のメリットも生きているというチャレンジングなそのビジネスの現状を、同社代表取締役社長の大出大輔氏に聞いた。

世界にスペースポートを広げる「ASTRO GATE」とは

――まず大出さんのご経歴や、ASTRO GATEを立ち上げた経緯について教えてください。

 私の生まれはJAXAの燃焼試験設備もある東京都あきる野市です。大学は建築学科で、2年次の時に発生した東日本大震災をきっかけに耐震分野に興味をもち、ゼネコンの大林組に新卒で入社した後は耐震分野の研究者として様々なプロジェクトに携わりました。

 新しい研究アイデアを考えるのが好きだったこともあって新規事業部の創設メンバーになったのですが、建設業界としてAI、ブロックチェーン、宇宙など、新たな産業にどう関わっていくかを考えた時、宇宙産業、その中でもスペースポートが建築分野との親和性が高いと思いました。ロケットの打ち上げ方向が海で広く開かれているという点でも日本の優位性があると感じ、スペースポートに注力するようになりました。

 国内の自治体とスペースポートに関していろいろな取り組みを進めていたところ、北海道にスペースポートを作るプロジェクトで、共同で会社を立ち上げるフェーズから参画することになりました。結果的には2021年に大林組を退職し、SPACE COTANという会社の創業に至りました。

 そこで3年半ほどスペースポートの企画運営、発射場の建設資金の調達、世界中のロケット会社の誘致などに取り組んできました。そうこうしているうちにスペースポートを作りたいという世界中の国や自治体からお声がけいただくことが増え、2024年にASTRO GATEを立ち上げたという流れです。

――ASTRO GATEの事業について教えていただけますか。

 「世界中のスペースポートを企画運営する」ことがコンセプトです。スペースポートを作ろうとしたときには、フィージビリティスタディに始まり、ロケット会社の誘致、発射場の設計・施工、そして発射場の運営をしていくことになりますが、どの段階においても多くの経験値が必要になってきます。それをワンストップで提供するのがわれわれの特徴です。

 現在、フィージビリティスタディのフェーズはコンサル会社が、設計・施工のフェーズは建設会社が担当し、第三セクター的に運営会社を作って運営する、というのが世界的にもよくあるパターンです。ただ、そうするとコンサル会社はなるべく調査費を稼げるよう調査を長引かせたい意思が働きます。建設会社も本業の建設費が高くなるような提案をする意思が働きます。

 最終的には、調査フェーズや建設フェーズが長引いた影響で運営開始が遅れてしまいかねません。余計な調査・建設コストや維持費がかかる可能性が高いので運営の最適化につながらず、スペースポートのその地域における価値が下がってしまう可能性もあります。そうしたことのないように、あらゆるフェーズを最適化し一貫して取り組めるようにするのがASTRO GATEの役割だと考えています。

――現在の社内体制についても教えてください。

 私が代表取締役社長を務め、CEOには野村総合研究所で宇宙関係のコンサルティングを主に担当していた原田悠貴が就いています。政府系、民間系、輸送系、人工衛星系と、幅広くコンサルティング、戦略立案してきた人間です。また、4月1日付で中尾太一がCTOとしてジョインしています。JAXAで発射場の運営や、筑波宇宙センターで発射場に関連する技術開発をしていました。他にはスタッフが数名いるだけで、少数精鋭の体制としています。

同社CTOの中尾太一氏(左)、CEOの原田悠貴氏(右)

打ち上げ需要だけでなく「二地点間輸送」のニーズも満たす

――そもそも、なぜスペースポートを増やす必要があると考えたのでしょう。

 この5年で人工衛星の年間の軌道投入数は7倍以上に、ロケットの打ち上げ回数は2倍以上に増えています。今はまだ人工衛星の打ち上げ需要にロケットが追いついておらず、1年以上、あるいは2年以上待ってようやく打ち上げられるという状況です。

 こうした需要を満たすべく世界の200社近くのスタートアップがロケット開発を進めていますが、軌道投入用のロケットを打ち上げた実績のあるスペースポートは世界中で20カ所ほどしかありません。純粋に発射場が足りないので、今ロケット開発している会社の多くがどこで打ち上げるかで悩んでいます。

 ですので、より多くのスペースポートが必要とされています。スペースポートに取り組もうとする国や自治体は近年増えており、すでに100以上の国や自治体が計画を表明していますから、われわれがノウハウをもってスペースポートを計画、運営できるようなサポート、サービスを提供していけると思っています。

――長期的な視点で見ると、スペースポートにはどのような可能性がありそうですか。

 長期的にはロケットによるP2P(二地点間)輸送にも関わってくると思います。SpaceXのように、一度打ち上げたロケットをピンポイントで着陸させて再利用することも可能になってきているので、こういった技術を活用することで地球上の二地点間を1時間以内で移動できるようになるかもしれません。

 文部科学省はP2P輸送に関して、2040年代には日本国内の離発着だけでも5.2兆円の市場規模の可能性を示唆しています。次なる人類の移動手段のハブとなる拠点、スペースポートを国内に作る、それによってより大きな経済成長、経済効果を達成する、というところに対しても私たちが貢献できると考えています。

――スペースポートをつくるにあたり、重要なポイントはどこにあるのでしょう。

 スペースポートだけつくったとしても、空港でいえば滑走路があるだけの状況です。空港の場合、滑走路と空港ターミナルにある商業施設などを合わせて黒字化を目指しますが、国内で成功している空港は1〜2割ほどで、ほとんどは商業施設の売上を含めても赤字なのが実情です。

 スペースポートも同じで、発射場単体しかなければ確実に赤字になります。周辺地域における商業的な取り組みなどによって地域経済がどう恩恵を得られるのか、そうしたことも含めてトータルでスペースポートのあるべき姿を考えていく必要があります。

 ただし、新たに発射場の運営会社を立ち上げることになると、ゼロからノウハウ獲得や、世界中のロケット会社などとコネクションを作っていくことになるので展開が遅くなります。われわれにはすでに射場のノウハウや、世界中のロケット会社とのコネクションもありますから、そういった知見を活用してよりスムーズに、より安くスペースポートのプロジェクトを実現させていくことも非常に重要だと考えています。

打ち上げの実証実験にはすでに成功–海外にも売り込む

――従来の空港とスペースポートの仕組みについて違いを挙げるとすれば何でしょうか。

 たとえば航空産業は、飛行機を製造するメーカーがあり、その飛行機を運用するJALやANAのような航空会社があり、空港を運営する会社がある、という役割分担をしています。一方でロケット周りの宇宙産業でいうと、ロケットを製造している会社が、ほとんどの場合自分たちで発射場を持ち、さらに運営して打ち上げている状況です。

 これだと発射場がその会社のロケット専用に最適化されてしまいます。世界中のロケットメーカーが作っている多様なロケットの打ち上げには対応できませんし、結果として打ち上げ需要をカバーできないという状況につながっています。1社に依存するよりも、他のメーカーのロケットも打ち上げられるようにした方が、発射場の利用頻度を高められるという点でメリットがあるはずです。

 そのため、世界的なスペースポートの方向性としては、スペースポートの運営会社を作り、ロケット会社の作ったロケットをそこで打ち上げる形になってきています。将来的には、ロケット会社はロケットを作り、それが世界中に出荷され、現地のスペースポートの運用会社などがロケットを打ち上げる、というように航空産業に似た仕組みになっていくのではないでしょうか。

 われわれとしても、基本的にはスペースポートを運営し、ロケットの打ち上げ業務までサポートする形が、一番経済合理性が高いと考えています。もちろん地域によっては「打ち上げのこの部分だけお願いしたい」というように、スポットのニーズも少なくありませんので、部分的に請け負うことも含めて柔軟に対応していくつもりです。

――これまでのASTRO GATEの実績についても教えていただけますか。

 ちょうど今は、福島県南相馬市と連携協定を組んで、スペースポートの本格運用の可能性を模索しているところです。2024年3月の創業後すぐに、南相馬市内でロケット打ち上げの候補地を選定し、市役所の方や周辺住民のみなさま、ステークホルダーの方々と協議を重ねて、実際に打ち上げるための合意を得ました。

 それを受けて2024年8月には、同じ南相馬市に本拠を置くロケットスタートアップであるAstroXの高度200メートル級ロケットの打ち上げ実験を行いました。住民の方々にも実際に見ていただき、「しっかりと管理された中で実施していて説明も尽くされている」「ロケットの打ち上げに怖さは感じなかった」とおっしゃっていただけました。

 続く同年11月には、AstroXの2機目となる高度10km級のロケットを、12月には神奈川大学の高度10km級ロケットをそれぞれ打ち上げて無事成功しました。国内の民間単独での打ち上げという意味では、スペースワンのカイロスロケット2号機、インターステラテクノロジズのMOMOに次ぐ3番目のクラスの記録 です。創業から1年でそのようなロケットが打ち上げられるような環境や住民理解を作ることができたのは、1つの実績になるものと思っています。

福島県南相馬市沿岸部から打ち上がるAstroXのロケット(shot by 大滝和季)

 それと、2024年度は10カ国ほど訪問して、各国政府高官の方々と意見交換してきました。すでに海外のスペースポートに関して、基本合意書を取り交わしたものもあります。

――各国の政府とコネクションを作るのは簡単なことではないと思います。

 アドバンテージとしては、私たちのように複数の国や地域にまたがってスペースポートを作る会社が現状ほぼ存在しないことです。先ほども申し上げたように、既存のスペースポート運営会社はその地域の第三セクター的なものとして立ち上げられることがほとんどなので、他の地域に営業することはできません。競合が世界中のどこにもいないんですね。

 ですので、ノウハウはないけれどスペースポートをつくりたいと思っている国・地域から、単純に連絡が来てお会いするパターンも少なくありません。もちろん私たちの側からアプローチすることもあります。地理的、気象的な条件やその国の経済状況などを見て、私たちの知見からスペースポート設置の可能性を推し量ることができますので、その国の宇宙機関などに直接連絡を取ってディスカッションの機会を得ることもありますね。

海外にスペースポートを展開する際の「課題」とは

――日本の会社であることが有利に働くこともありますか。

 先人が積み重ねてきた信頼のおかげで、初めから「日本人は真面目に、誠実に仕事をしてくれる」というような信頼感をもって接してくれているように感じます。レスポンス良く連絡していただけますし、実際に会ったときも大変歓迎してくれますね。

 宇宙やスペースポートというのは国の安全保障にも関わってくるため、その国との関係性、地域特性や地政学的なところも大きく影響します。他のビジネスと違ってお金やリソースの多寡だけで決まらないのが面白いところでもありますね。

――スペースポートを実現させるにあたり、課題になることは何でしょうか。

 スペースポートを設置できる土地が世界的に少ないことが、まず1つの壁です。ロケットは一般的に東方向、もしくは極軌道に投入しようとすると北方向か南方向に打ち上げるわけですが、その方向に海がないと打ち上げが困難です。都合良く海が開けている土地は世界にはそう多くありません。

 もしその条件に合致する場所であっても、打ち上げの際に半径1~2キロを警戒区域に設定して、人が立ち入らないようにしないといけません。ですが、沿岸部に何もない地域はあまりないんです。しかも、インフラですので数十億円、数百億円規模がイニシャルで必要になります。スペースポートという新しいインフラにそれだけの投資をすること自体が、世界的な事例として多くないので、その判断ができるかどうかも鍵になります。

 国によっては法律で外資の会社がインフラを運営できないケースもありますので、その国の考え方に合わせて対応していくことになります。とはいえ、もし100%外資の運営がOKという場合であっても、スペースポートは現地の協力なしには実現できません。基本的には現地の有力パートナーと連携して取り組むことになると思います。

5月2日にはケニアでのスペースポート開発を共同で推進することを目的にした覚書(MoU)を締結(出典:ASTRO GATE)

――すでに存在するスペースポートの中で、大出さんが注目しているところはありますか。

 1つはスウェーデンのEsrange Space Centerですね。発射場を運営しつつ、広大な発射場の敷地内に地上局を置きたい事業者を募って、地上局設置利用料のようなもので売上を作っています。地上局はスウェーデン以外の国にも分散させているので、ロケット打ち上げ後にスウェーデンの地上局から監視できなくなっても、他の場所にある地上局を通じて通信を維持できるようにしているのもポイントです。

 もう1つはやはりケネディ宇宙センターです。沿岸部にローンチパッドが40個以上ある世界最大のスペースポートで、SpaceXやBlue Originなどの民間企業を取り込み、多くの宇宙産業従事者が集まっています。宇宙のテーマパークみたいなものもあって、実際に打ち上げられたロケットの実機が見られたり、宇宙をテーマにしたアトラクションがあったりと、製造業と観光業がスペースポート周辺に集まってうまく回っている好事例だと考えています。

日本のスペースポートにおける「ポテンシャルは大きい」

――日本におけるスペースポートの現状についてはどう分析していますか。

 海が広く開かれているという地理的な利点の他にも、人工衛星開発に強みをもつ会社が多く、国内だけでも打ち上げ需要が多いことが日本の優位性を高めています。スペースポートについては世界の中でもポテンシャルの大きい国だと感じていますね。

 今のところ北海道、福島県、和歌山県、高知県、大分県、鹿児島県、沖縄県でスペースポートの取り組みが始まっています。他の国と比べると、国内のスペースポートは地域を巻き込みながら取り組んでいく傾向が強いようです。地域の理解を得ながら、その地域のいろいろな既存産業を巻き込んで調和させつつ取り組んでいくことで、他の国にはないようなエコシステムが周辺にできるのではないかと期待しています。

 日本は広い土地を確保しにくく、多くのステークホルダーの方々とコミュニケーションを取りながら進める必要があります。それによりスピードが遅くなる面もありますが、しっかり関係構築ができれば街にほど近いスペースポートを実現できます。ロケット事業者としても滞在環境面でメリットが多いですから、「そこで打ち上げたい」と思えるようなスペースポートになるチャンスを作りやすいともいえます。

――最後に、これから数年間の展望などを聞かせてください。

 世界のスペースポートの企画運営に携わることによって、世界全体の宇宙の取り組みを加速させること、それにより宇宙ビジネスでボトルネックになっている宇宙輸送の課題解消につなげることなどに貢献できればと思っています。

 スペースポートを多く運営できるほど、1つのスペースポートあたりにかかる運営コストが下げられ、事業をスピーディに展開できると考えています。軌道投入用の発射場建設計画も立てているところですが、まずは福島で行っているような実験機体の打ち上げを重ねてノウハウをさらに蓄積し、世界中のロケットが多く打ち上がる時代が1日でも早く訪れるように尽力していきたいですね。

 私たちは宇宙領域の企業ではありますが、実際には地域の観光業や建設業など、いろいろな分野の方々とお仕事させていただいています。そこで得た知見も生かして、これから宇宙に参入したい企業様向けに新規事業開発のサポートもしていますから、ぜひ一度ご相談いただければと思います。

 また、人材もまだまだ必要です。宇宙業界を経験したことのあるエンジニアはもちろんのこと、航空、プラント、建築・設備系などのエンジニアも属性的には近いですし、戦略立案などのコンサルティングが得意な方、広報やバックオフィスの人材も必要です。人類の新しい移動手段の拠点となるスペースポートの開拓に面白さを感じていただける方がいたら、どんな方でも気軽にお声がけください。

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