
インタビュー
日本の宇宙開発をソフトウェアで支える技術者集団セックの実力–「はやぶさ」や「SORA-Q」など50年にわたり開発
スマートフォンもPCも、肝心のソフトウェアがなければ動かない。宇宙空間という過酷な環境で動作する人工衛星や探査機も、当然ながらソフトウェアを搭載しているが、50年以上にわたり日本の宇宙開発を支えてきたソフトウェア開発企業がセックだ。
同社が開発に携わった宇宙機は数知れず。小惑星探査機の「はやぶさ」「はやぶさ2」に加えて、2024年1月に月面着陸に成功した月着陸実証機「SLIM」の撮影に成功した「SORA-Q」(変形型月面ロボット LEV-2)にも、同社が開発に協力したソフトウェアが搭載されている。
JAXAや大手企業の受託業務を担うことが多いことから、セックという社名を目にする機会は少ないかもしれない。しかし、わずかなプログラム上のミスがプロジェクトの失敗、引いては巨額の損失にもつながりかねないハイリスクな事業にチャレンジし、数々の成功実績を残してきた。

そんな陰の実力者ともいえるセックにおいて長年、宇宙分野のソフトウェア開発で中心的な役割を担ってきた、執行役員(宇宙ビジネス推進担当) 研究企画室 室長である松久孝志氏に話を聞いた。
宇宙機に求められる「リアルタイム技術」に強み
――まずはセックという企業について教えてください。
当社は、システム工学を学んでいた3人の大学生によって1970年に設立されました。社名のセックは、Systems Engineering Consultantsの頭文字を取ったもので、システムズエンジニアリングを究めたプロの技術者集団を目指したいという願いが込められています。
1970年といえばコンピューターがまだ一般的ではない時代ですが、コンピューターを使って制御する対象の1つに、当時はロケットがありました。ロケットはリアルタイムに制御する必要があり、そのためのソフトウェア開発からスタートしました。1971年にロケットエンジンの性能試験システムを開発したのが、最初に宇宙に関わった案件でした。
現在は4つの事業領域でソフトウェア開発を手がけています。社会基盤システム、モバイルネットワーク、インターネット、宇宙先端システムとなりますが、現在、当社の業績を下支えしているのは社会基盤システムで、官公庁向けや防衛・医療関係のシステム開発です。モバイルネットワークはキャッシュレス決済端末や車載端末、インターネットはセンサーのようなIoT機器などですね。

社員数は400名弱、東京本社のほかに大阪事業所と米国子会社があります。主な取引先は大手通信キャリア、電機メーカー、自動車メーカー、JAXAをはじめとする研究機関などです。
われわれの強みはリアルタイム技術です。センサーが捉えた情報をもとに処理を行う制御システムですね。たとえば、科学衛星やロボットに使われるようなものですが、単なる制御に留まらず、異常や動作不良があっても安全に機能し続ける設計を伴う、リアルタイム制御システムの開発を得意としています。
――宇宙開発がメインというわけではないんですね。
最近でこそ案件は増えてきましたが、それまでの40数年間は1年に1件あるかどうかという感じでした。それでも宇宙機に関してはサブシステム、たとえば制御系、データ処理系、ミッション系、シミュレータと、ひと通り手がけてきましたし、衛星の管制や衛星から取得した画像の解析、運用のプランニングなども行っています。創業時はロケット向けの開発もしていました。
――これまでセックがソフトウェアを開発してきた宇宙機を教えてください。
1つは地球周回衛星です。地球の周囲を回りながら地上を観測してデータを送るような科学衛星のソフトウェア開発はもちろんのこと、探査衛星のソフトウェアも開発しています。代表的なものには小惑星探査機の「はやぶさ」と「はやぶさ2」があります。

最初のはやぶさについては「何があったときにどう動くのか」といったようなスケジューラー的な部分を、はやぶさ2ではそれに加えて画像処理部分などを担当しました。ほかにも、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士を支援する船内ドローン「Int-Ball2」や、SLIMから放出された「SORA-Q」の自律動作を含むソフトウェア全般ですね。

AIを含めた最新の開発技法も積極的に取り入れていますので、そのあたりは宇宙専業の企業よりも柔軟に対応できると思っています。宇宙専業だと地上系の開発部門と宇宙機の開発部門などが分かれていて連携が難しかったりするのですが、われわれは1つの部署で地上系も宇宙機も開発するようなことが普通にあります。運用の現場も把握しつつ宇宙機を作れるということで、その両方でバランスの取れた設計ができることが強みですね。
英語で書かれた数千ページのマニュアルを把握–宇宙開発ならではの難しさ
――他分野と比べて宇宙開発における難しさはどの部分にあると考えていますか。
開発費用のほとんどがロケット(ハードウェア)に割かれることと、開発期間が長期に渡ることです。宇宙機の開発コストは総額で語られることが多く、数字だけ見ると莫大ですが、その大半はロケット打ち上げ関連のコストに費やされます。
宇宙機に使われるパーツは、CPUが1つ数億円と言われるほどですし、それらの信頼性を検証するための人件費にも多大なコストがかかっています。その中でのソフトウェア開発となると、全体の予算から見ればごくわずかなんです。
開発期間については、科学衛星1つに最低でも5~6年かかり、次のシリーズの開発までに20年もの間が空きます。プロジェクトが単発かつ間が空くということで、人材の維持や若手の育成が困難です。
また、宇宙機によっては十分な安全マージンを取るために、使用する各部品をスクリーニング(事前検証して安全性などを審査)したり、冗長性をもたせたり(異常発生時にも代替手段で動作する仕組みに)しますから、攻めた使い方、性能の100%を出すような使い方ができないという制約がある場合もあります。
――ソフトウェア開発という部分に的を絞るとどうでしょうか。
ソフトウェア開発を進めるにあたっては、宇宙機に関するすべてを理解している必要があります。つまり、どこにどういったデバイスが使用されているかを熟知したうえで、時には部品の選定にも関わり、それらを踏まえてソフトウェアの設計や開発に生かしていかなければなりません。
英語で書かれた数千ページの複雑なマニュアルを読み込んで把握しなければいけない案件もあります。使われるプロセッサからどういった故障が発生しうるかを考慮しつつ、カメラやセンサーなどの故障の仕方も想定して、信頼性を担保するための設計を考えることもあります。
プログラムのアルゴリズムも工夫しなければいけません。なぜなら宇宙機に搭載されるCPUは処理速度が遅く、現代のPCの数十分の1~100分の1の性能しかなかったりするからです。そのため、少ないリソースで高速に処理できるアルゴリズムに精通している必要があります。
OSには通常リアルタイムOSというものが使われるのですが、ソースコードを参照できることが重要です。マニュアルだけでは分からない部分があり、その時にはソースコードを見て確認する必要があります。さらに、ソースコードをプログラムとして実行できるようにするコンパイラについても、場合によっては不具合で正しく実行できないソフトウェアができあがるケースもあるので、ソースコードを確認して対策を検討することもあります。
そうして作り上げたソフトウェアの動作検証も大変です。たとえば、小惑星にタッチダウンしたはやぶさ2のような探査機の動作を試験しようにも、実際に宇宙空間に行かないとできません。そのため、設計段階でそのあたりをすべて見越した形で作り込んでいかなければならないんです。宇宙機のソフトウェア開発では、こうした作業を限られた予算と期間でこなす必要があります。

――「宇宙はすぐに儲からない」ことが企業の参入障壁になっているとも言われていますが、セックはいかがでしょうか。
事業としてはきちんと黒字になるように取り組めています。あえて赤字覚悟で受注するチャレンジングなプロジェクトもありますが、全体で見ると以前からずっと利益は出ていますね。
といっても、宇宙で大きく稼ぐのは一般的には今はまだ難しいのが実情だと思います。企業が新規で宇宙に参入しても、単年で黒字化は難しい。まずは宇宙事業部のような部署を作って、ほかの主軸事業でカバーするような形にせざるを得ないですよね。
宇宙スタートアップも増えていますが、今は事業そのものの売上げよりVCや株式公開による資金調達で維持しているようなところもあります。大企業だと宇宙事業をブランディングに活用したり、そこからの派生技術をほかの事業に応用するといった形をとったりもしています。
ただ、単年で成果を出さなければいけない企業としては待っていられないかもしれませんが、長期で考えれば宇宙は間違いなく儲かると思います。いずれは宇宙太陽光発電や、重水素を使った月面での核融合発電など、エネルギーの根幹を担う舞台になると考えられますから。
宇宙開発の「輸送」課題をソフトウェアで解決
――世界の宇宙開発における日本の技術力・競争力についてはどのように考えていますか。
宇宙機については、日本は海外にも負けていないと思います。はやぶさ、はやぶさ2、SORA-Qのような突拍子のないものは海外ではほとんど作っていないですよね。その部分のソフトウェア開発は先端を行き過ぎているくらいだと思います。「世界の誰もやろうとしないだろうし、面白そうだからとりあえずやってみよう」みたいな考えでチャレンジしているところもあるのかもしれません(笑)。
実際のところ、それ以外の分野を含めても日本は宇宙強国だと思っています。日本国内の投資先も宇宙分野が注目されていますし、米国ほどではないにせよ民間のプレーヤーも多くいる。宇宙港やその予定地も民間が保有しています。
宇宙開発は「メカ」「エレクトロニクス」「ソフトウェア」「人」といった複数の要素を融合させて進めるものですが、そうしたところでのすり合わせ技術は日本の得意分野です。日本ならでは独自性や強みを発揮できる民間企業がどんどん参入すれば、宇宙産業における日本の存在感や競争力をさらに高められるのではないでしょうか。
――宇宙開発の今後の展望について教えてください。
最近になって当社では、「ソフトウェア技術で宇宙開発の課題を解決する」をコンセプトに、「Space HAX Project」という研究活動をスタートさせています。
たとえば、宇宙開発に欠かせない輸送の問題を解決するには、輸送力を強化したりロケットを再利用したりする方法以外に、現地で資材を調達して輸送するもの自体を少なくする、という方法もあります。そのための手段の1つがソフトウェア技術だと考えています。
ロボットなどの機器に搭載した機能は、ソフトウェアアップデートで変化させることができますし、そのハードウェア自体も立体造形プリンタやAIなどを活用することでソフトウェア的に変化させられます。それによって宇宙開発を加速させていこうというのがこのプロジェクトの狙いです。

今すぐに人類が火星に到達したところで、できることはほとんどありません。しかし、こうしたソフトウェア技術を用いて事前に火星上で環境を整えておけば、有人探査や移住の可能性を高められます。今はそのような長期的な視野をもって、各種研究活動や関連する受託開発、アライアンスを模索しているところです。
――ソフトウェアの受託開発に留まらない活動も展開されているわけですね。
ほかには、「衛星DX研究会」という組織にも参加して、JAXAさんや参画企業と一緒に衛星開発プロセスをデジタル化(IT化)し、効率的にするような取り組みも行っています。
JAXA宇宙戦略基金の影響もあり、ソフトウェア開発のニーズがこれまでにないほど増えています。ところが、開発できる人材が少ないのでそのニーズに追いついていません。先ほどお話ししたように、宇宙機のソフトウェア開発環境は他分野と比べてハードルが高いですから、そうした現場の状況を変えていく必要もあります。
たとえば、使用するパーツをある程度共通化して汎用的なPCのようなものにすれば、そのデバイスの設計に必要な作業は最小限に抑えられます。われわれが標準化したソフトウェアプラットフォームを用意し、信頼性も担保することで、企業はその上で動くアプリの開発にフォーカスでき、コストやリスクを減らせます。「宇宙機のすべてを知らなくても作れる」ようになれば、宇宙産業の活性化にもつながるはずです。
もちろん、そうした枠組みに関わらず、宇宙に参入したいという相談があれば、大手企業でもスタートアップでも協力させていただきます。すでに数多くお声がけいただいていますし、日本の宇宙産業の活性化に資するものであれば、喜んでご支援しますので、ぜひご相談ください。
