インタビュー
「月保険」を世界に先駆けて開発–専門チームで日本の宇宙産業を後押しする三井住友海上
宇宙が新規ビジネス領域として注目される中、国内の保険業界でも複数の企業がビジネスに名乗りを上げている。中でも目立つ動きを見せているのが、三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)だ。
社内で宇宙開発専門のチームを作り、宇宙保険のメニューを複数提供しているほか、宇宙企業各社と連携して、市場そのものの成長や拡大を支援するなど幅広く活動している。同社の企業マーケット戦略部 宇宙開発チーム 課長代理である土屋光陽氏に、従来の保険領域にとどまらない挑戦について聞いた。
専門人材を集結し「宇宙開発チーム」を構成
三井住友海上の宇宙ビジネスは、約50年もの歴史がある。日本で初めて宇宙保険が必要とされたのは、1975年に「N-Ⅰロケット」に搭載された宇宙開発事業団(NASDA)初の人工衛星「きく1号」が打ち上げられた時であり、同社は幹事保険会社としてこの宇宙保険を組成して引き受けた。そこから現在にいたるまで、多くの衛星事業者、ロケット事業者の保険引受実績がある。
国内での宇宙ビジネスの機運が高まるなか、2023年には営業部門の中に宇宙産業を専門で扱う宇宙開発室を発足。その組織が発展する形で、2024年度からは本社組織となる企業マーケット戦略部宇宙開発チームが設置された。宇宙開発チームは約10名で構成されており、同組織がハブとなって、MS&ADインシュアランス グループ各社や社内の各部署、全国の営業部支店と連携しながら、事業や商品の企画・開発、営業、営業支援活動などを行っている。
宇宙開発チームは、内閣府宇宙戦略室(現在の宇宙開発戦略推進事務局)の立ち上げメンバーを務めた濱村康介氏がチーム長を務めるほか、航空保険と宇宙保険のスペシャリスト職や、宇宙スタートアップから転職したエンジニアなど、宇宙ビジネスに携わる専門家が集結。土屋氏も、宇宙航空研究開発機構(JAXA)での勤務経験があり、新事業促進部で民間との共創活動や宇宙スタートアップ・ベンチャーキャピタル(VC)への出資業務を行ってきた。
同チームの活動は、宇宙領域への注目の高まりも相まってすでに社内外で認知されつつあるという。「今まではイベント出展や講演活動など、われわれから外にアピールしていく形だったが、最近はお話をいただくケースが増えている。全国の営業部署から『宇宙ビジネスに興味を持っている企業がいるからレクチャーしてほしい』『同席してほしい』という依頼が増えており、展示会などでお会いした方々から直接コンタクトをいただくこともある」(土屋氏)
製造段階から宇宙空間までカバーする「宇宙保険」
三井住友海上の宇宙事業では、(1)「宇宙産業の事業者を守る・産業拡大を支援する」、(2)「宇宙の技術を利活用する」という、大きく2つの観点でビジネスを推進しているという。
前者の「宇宙産業の事業者を守る・産業拡大を支援する」領域では、本流である「宇宙保険」を中心とした各種保険商品の提供と、そのほかの「宇宙事業者向けの総合支援サービス」を提供している。まず、宇宙保険では主力商品として「打上げ前保険」「打上げ保険」「(軌道上)寿命保険」「宇宙賠償責任保険」という4つの商品をラインアップしている。
「ロケットや衛星の、地上での製造段階での事故や打ち上げの失敗、宇宙空間での運用中の不具合に加えて、事業者に生じうる賠償責任までをシームレスに補償できる。すでに日本のスタートアップを含めて、グローバルで人工衛星の保険を引き受けている実績も多数ある」と土屋氏は話す。
独自の新しい保険商品としては、世界初となる「月保険」と、JAXAの共創プログラム「J-SPARC」の枠組みを利用した「宇宙旅行保険」がある。月保険では、2023年にispaceの月探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1が未達で終わった際に、保険金を支払った実績がある。
宇宙保険には、航空保険と同様に元受けの保険会社が日本航空保険プールという組織に再保険を卸す互助的な仕組みがある。月保険もプールに所属する各幹事会社の承認を得て開発しているため、実際のところ補償金の全額を三井住友海上が支払ったわけではない。
宇宙保険では、海外の再保険会社にも一部再保険を引き受けてもらっており、この海外再保険マーケットとの接点は重要になる。「ispaceの件は当然保険収支上には影響があるが、宇宙産業拡大のために月保険は絶対に必要なので、できることはやるという心持ちで取り組んでいる」(土屋氏)
そのほかにも、アークエッジ・スペースと協業した衛星コンステレーション向け新サービスの開発や、将来宇宙輸送システムとの協業による再使用型宇宙輸送機事業のリスク評価・管理、ロケットリンクテクノロジーとの協業に基づく、宇宙輸送業に関わるリスクの評価・移転と事業機会の創出など、新たな商品開発の取り組みが進行しているという。
大企業からスタートアップまで「宇宙参入」を後押し
また、宇宙産業全体を活性化するための取り組みとして、三井住友銀行(SMBC)と協業し、宇宙スタートアップ向けに新たなファイナンススキーム構築の検討を開始した。
「宇宙産業では特にハードウェアの開発は足が長くなり、莫大な資金が必要になる。そこで、これまでの政府やベンチャーキャピタルなどからのリスクマネーの供給に加えて、銀行などを含む全国の金融機関からのリスクマネーの供給を増やしていくことで、宇宙産業がもう一段進むという考えのもと、SMBCとわれわれの保険商品を組み合わせた、柔軟性の高いファイナンススキームの構築を検討している」(土屋氏)
さらに、宇宙環境利用・回収プラットフォームサービスを展開する東北大学発スタートアップであるElevationSpace(エレベーションスペース)と、新たに参入を検討する民間企業に対する包括的な支援を実施。スタートアップから従来の大小国内企業までを対象に、宇宙産業への参入ハードルを下げる取り組みを進めている。また、同社は国内のアカデミアを結集して参入企業向けの技術コンサルティング事業も開始した。
「ElevationSpaceとは、同社が開発する地球に帰還可能な小型人工衛星による実証環境で、自動車製造を中心に培われてきた国内製造業が保有する『モノづくり』技術が宇宙でも通用するか、宇宙空間での品質検証環境を提供する。あわせて、宇宙事業に参入する企業に対して当社がリスクマネジメントを提供するという両輪の取り組みを行っている。それによって、国内宇宙産業の拡大を目指す」(土屋氏)
産業の成長を支援する「宇宙事業者総合支援サービス」
「宇宙事業者向けの総合支援サービス」では、保険が必要となる前段階でのビジネス化を支援するために、グループ会社であるMS&ADインターリスク総研との協業のもと、人工衛星やロケットの製造から輸送、打上げまでの宇宙事業におけるリスクを可視化・低減する目的で、安定的に宇宙事業を継続できるようにするための総合的なリスクマネジメントサービスを実施している。
「ビジネスを組み立てる段階でリスクコンサルティングやサーベイを実施し、事業ができる環境にあるのか、どうすれば事業化できるかのアドバイスをする。特に宇宙事業の特異性である技術面や法務面についても、積極的に外部の事業者とも連携しながらサービスを提供する」(土屋氏)
最後に「宇宙の技術を利活用する」領域に関しては、衛星データの既存の保険事業への活用や、宇宙起点の技術を、防災をはじめとする社会課題の解決に役立てるような新たなサービス開発に生かしていきたい考えだ。
現時点では、まず課題を洗い出して事業化を検討している段階だが、特に衛星データ活用については「世界中での時間分解能・空間分解能の向上にあわせて、適切なタイミングでサービスインすることを狙っている」(土屋氏)という。
宇宙で挑戦を続けることで「地上でも新たな一歩が踏み出せる」
土屋氏は自組織での活動の本質について、「保険会社なので事業のメインは宇宙保険になるが、それだけではあえてチームを作った意味がないと思っている。もう少し大きな視点で産業全体の活性化や、新規事業づくりをチームの中で進めている」と説明する。
その背景にあるのが、米中をはじめ世界に対する日本の宇宙産業の遅れである。米国などと比べると、日本は失敗に対して寛容ではなく、保守性が強い大企業が市場での影響力を持つことから、新領域の成長をただ待っていても、宇宙事業の拡大は見えてこない。そこでまずは、保険商品・リスクマネジメントのノウハウを持つ同社が先導し、事業実現性を担保しながらプレイヤーを増やす動きをしていく必要がある、というのが同社の考えである。
「個人的に一番大事にしているのは、産業をどうやって大きくしていくかということ。そのためには競合他社と同じような動きをするだけでは不十分で、われわれが保険会社として行ってきた仕事から脱皮していく必要がある」と土屋氏は思いを語った。
「われわれが宇宙事業でこのような動きを続けることで、地上事業でも保険会社が新たに一歩踏み出せる未来を作れるのではないか。社内でも宇宙開発チームに続くような、新しい産業に特化したチームが生まれたらいいと思う。これからも保険会社の事業領域に捉われない、オリジナリティのある取り組みを進めていきたい」(土屋氏)