インタビュー

ポストISS時代は宇宙利用が「色鮮やかになる」–宇宙飛行士に認定された米田あゆ氏と諏訪理氏にインタビュー

2024.10.28 13:36

藤井 涼(編集部)

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 14年ぶりの宇宙飛行士候補に選ばれた米田あゆ氏と諏訪理氏が、1年半にわたる訓練期間を終えて、10月21日に正式にJAXA宇宙飛行士に認定された。

 2人は、国際宇宙ステーション(ISS)に加えて、米航空宇宙局(NASA)が主導する月探査計画「Artemis(アルテミス)」を見据えた地質学などさまざまな基礎訓練に参加。今後は渡米し、NASAのジョンソン宇宙センターを拠点に、日本を含む各国での訓練に参加する。

米田あゆ氏と諏訪理氏

 宇宙飛行士に認定されたばかりの米田氏と諏訪氏に心境を聞くとともに、来たるアルテミス計画やポストISS時代への思いを聞いた。

「宇宙飛行士」として実現したいこと

ーーお二人は正式に宇宙飛行士に選ばれましたが、今後実現したいことはありますか。

米田氏:1つ目は、宇宙でしか実現できない「新たな科学」という人類の知能の獲得に携わりたいです。2つ目は「新しい技術」の獲得です。月面へ行く前には国際宇宙ステーション(ISS)が、火星に行く前には月面が、それぞれの技術実証の場にもなると思うんです。そういった人類としての新たな技術を獲得していくということですね。

 そして何より、宇宙で経験したことや、もし月面に行けるのであれば、そこでの経験を地球の皆さんに伝えていきたいです。新しいことへのチャレンジや、(人類の)地を広げていく楽しさに加えて、誰もがいろいろな視点で、多面的に宇宙と関わりを持つことができるんだよ、ということも伝えていきたいと思っています。

諏訪氏:やはり宇宙飛行士の1つの大きな役割は、科学成果の創出に貢献していくことだと思います。今後は月や火星に向かっていく中で、技術実証などもしっかりやっていきたいと思います。

 宇宙飛行士は地上にいる期間も長いので、宇宙で獲得した技術や知見、データなどを、地球上のソリューションと結びつけて、どうやってこの地球規模の課題に対応していくかということも、あわせて考えていきたいです。

 また、過去の宇宙開発で脈々と受け継がれてきたバトンのようなものを、私たちの世代でも受け取って役割を果たし、次の世代に渡していきたいと思っています。宇宙開発は1つの世代でできることは限られているので、次世代の人たちにも宇宙に興味を持ってもらえるような活動もしていきたいですね。

「ここは負けない」という強みは?

ーーISSなど宇宙空間に初めて行く時に、楽しみにしていることはありますか。

米田氏:単純に浮いてみたいですね。地上だと体が必ずどこかに触れているじゃないですか。どこにも体が触れてない状態というのはどういう感覚なのか。人はある種、どこかに触れていることで安心感を得られると言われていますが、そうすると浮かんでいる状態は不安になるのか。逆に全身が包まれるように感じて安心感がより増すのか、感覚の面と感情の面がどう変わるのかすごく楽しみです。

諏訪氏:私も同じです。訓練の中で一番思い出に残っているのが、無重力体感訓練だったんですよね。わずか20秒間でしたけど、やはり自分たちは無意識のうちに重力というものを前提に生きているんだなと感じました。

 毎日普通に生きていたら「重力があるな」と思いながら暮らすことはないと思いますが、重力がなくなった瞬間にいろいろな違和感を感じると思います。そこで何を感じるのかをリストアップしてみたいという気持ちはありますね。

 人類はどういうところで重力を前提に暮らしてきたのか、もしかしたら重力前提じゃなく暮らしてきた部分もあるのかもしれない。そういうことを分析してみたら面白いかなと思っています。

ーー宇宙飛行士として「ここは負けない」という強みはありますか。

諏訪氏:いろいろなことに対して好奇心を持って楽しみながらやっていけるところは、自分の強みなのかなと思いますが、もともと宇宙飛行士にはそういう方が多いので難しいところですね(笑)。宇宙飛行士をしていく上で日々、新しいチャレンジに出会うと思うので、楽しみながらやっていくマインドを忘れずにいたいと思います。

米田氏:私は、身の回りを見渡した時に、「不思議だな」とか「これはどうなっているんだろう」と気になったりすることが多くて、そこは能力というか特徴としてあると思います。きっと宇宙にいても、どんどん気になることが出てくると思うので、面白いことに対するアンテナは常に伸ばしながら、宇宙でも滞在したいなと思います。

人間が行くことは「最大のサンプルリターンの機会」

ーーアルテミス計画では、2028年以降に日本人が月面を歩く予定です。もしお二人が選ばれたとしたら、基礎訓練での経験をどのように生かせると思いますか。また、訓練ではトヨタ自動車の月面探査車「ルナクルーザー」の開発現場にも行かれたそうですね。

米田氏:訓練では月探査の時代を見越して、地質学を学んだり、ルナクルーザーの開発現場を見学させていただいたりしましたが、それにより月探査が具体的に見えてきたと思っています。

 月はどのような経緯でできたのか。また、月にはどういった石があるのか。こういった石があると考えられているけれど、もしそうじゃない石が見つかった場合に、また新たな科学の知見が得られるかもしれない。そういったバックグラウンドを教えていただくと、より月や遠くの天体に対して、興味やワクワクする気持ちが湧いてきました。

 ルナクルーザーについても、過酷な月面環境を走らせるにはさまざまな課題があります。そこに対して、皆さんいろいろな工夫をしたり、アイデアを持ち寄ったりしていて「日本の車を宇宙で走らせるんだ」という熱い思いをすごく感じましたし、みんながワンチームになってやっていかないと成し遂げられないことなんだということも強く感じました。

 そういった現場の方と交流をさせていただくことで、われわれもより責任感が増すというか、宇宙飛行士として、月面で何をしなければならないかということが、より明確になったと思います。

諏訪氏:月や火星に実際に行くことは、科学を進めていく上で非常に興味深いことだと思っています。自分たちはどこから来てどこへ行くのか、どうやって太陽系は成り立ったのか、なぜ地球のような星には生命があるのか、もしかしたら地球と火星は進化途中までは似ていたけれど、大きく運命が分かれるようになったのか。

 いろいろな疑問があると思いますが、やはり現地からサンプルを持ってくることによって分かることは多いと思います。日本でも小惑星の「リュウグウ」や「イトカワ」から実際にサンプルを持ち帰ったことで初めて分かったことが確かにあります。

 私はそこに人間が行くことが最大のサンプルリターンの機会なのではないかと思います。人間がきちんと、どの石が興味深いのかを選んで、かなりの量を持って帰ってくる。それにより、惑星科学が発展する可能性を非常に秘めているし、われわれ自身も地球のことをよりよく理解でき、将来の持続可能性につながるのではないかと思います。

 人間の活動領域を火星などに広げていく、その先鞭をつけるのがアルテミス計画だと思います。他の天体に行って、そこで開発を進める。人類の歴史の中でも非常に大きな転機であり、意義があることだと思います。

 将来的にはそこに経済圏ができていくでしょう。いろいろな民間のプレイヤーが関わっていくと思いますが、ルナクルーザーはその最初の試みの1つなのかなという気がします。日本のいろいろな企業が知恵を持ち寄って、月面を走る車であり、住居でもあるものを作っていくという。実際にモックアップを見せていただきましたが感慨深いものがあって、早く月面で走る勇姿を見てみたいです。

ポストISS時代は宇宙利用が「色鮮やかになる」

ーー宇宙における経済圏の拡大で言えば、2030年以降に退役する国際宇宙ステーション(ISS)に代わり、民間の宇宙ステーションが地球低軌道の開発を進めていきます。この「ポストISS」時代に、宇宙開発の可能性はどう広がっていくと考えますか。

諏訪氏:ポストISSの時代は、地球低軌道から先へ向かっていく時代でもあり、きっといくつかのことが同時並行で起こると思っています。

 地球低軌道に関して言うと、民間プレイヤーによる商業宇宙ステーション運用が始まると思います。その新たなプラットフォームをどのように使っていくかは大きな課題になると思いますが「地球低軌道をどう活用するか」という点に関しては、従来とあまり変わらないと思います。

 やはり、遠くまで何かを持っていくことはコストがかかり、リスクも高いため、そのための実験の場として、地球低軌道の価値は非常に高いものであり続けると思います。

 そして、この先端的な技術を持って、より遠くへ、より長く滞在するというチャレンジにも立ち向かっていかないといけません。そこではまた新たな課題が出てきて、チャレンジによって克服していくという歴史が繰り返されるのではないでしょうか。

米田氏:これから商業宇宙ステーションが出てくると、これまでの国主体ではなかなか参画しづらかった企業や分野が宇宙空間を利用するようになり、そこでまた新たな価値観や知見が生まれてくると思います。

 その中で、いろいろなバックグラウンドの方や企業が参画することで、宇宙に対するイメージだったり、宇宙空間をどう利用していくかというところは、かなり色鮮やかになっていくと思うので非常に楽しみですね。

 商業宇宙ステーションができていく中で、われわれのような国の宇宙飛行士も参画することはあるでしょうし、国際宇宙ステーション(ISS)で培った知見や経験もフィードバックして、より多くの方にきてもらいやすい環境をどう作っていくのかは、われわれがやっていくべきことかと思います。

 より遠いところに行くことについても、皆さんの力を集めていかないといけないですよね。特に月や火星などの重力天体については、重力がある場所での生活になるので、(ISSでの)微小重力環境での技術以上に、地上での知見はかなり生きてくると思います。

 これまであまり宇宙開発に携わることのなかった産業の知見が、おそらく月では今後必要になってくると思います。みんなで声をかけ合ってチームになり、月に新しいものを作っていくことにも、とてもワクワクしていますね。

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