インタビュー

世界で最も愛されるロケット射場は「マニュアル操作のクラシックカー」–内之浦宇宙空間観測所の羽生新所長と肝付町の挑戦

2024.09.30 12:11

林公代

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 2024年4月、JAXA内之浦宇宙空間観測所(USC)に15年ぶりの新所長が着任した。宇宙科学研究所の羽生宏人教授だ。同氏はすでに様々な取り組みを進めている。

2024年4月から内之浦宇宙空間観測所所長に着任した、宇宙科学研究所の羽生宏人氏。観測ロケット実験グループグループ長も務める

 USCは、1963年の開所から61年目を迎える、日本で最も歴史のある発射場だ。現在は基幹ロケット・イプシロン、研究用観測ロケットの打ち上げを実施している。観測ロケット「S-520 」31号機(2021年)は世界初のデトネーションエンジンの宇宙飛行実証に成功、2024年11月打ち上げ予定の34号機で同改良型エンジンを搭載するなど先進的な実験を実施している。

 USCについて「ロケット射場のレジェンド」と羽生氏は例えつつ、「このスイッチが何か、その意味や仕組み、つまり癖を知っている人が上手に使っている。ハードウェアは少し古いために、専門知識をめちゃくちゃ必要とするマニュアルのクラシックカー」と運用の難しさを説明する。「クラッチのつなぎ方を知ってる人はうまく使えるけれど、新しい人が来てすぐに使うのは難しい」(羽生氏)

JAXA内之浦宇宙空間観測所 左端がイプシロンロケットを打ち上げるMセンター台地、中央が観測ロケット管制室、右が衛星運用を行う34mアンテナ
かつて使用していたロケット発射装置。手前が「S-310用」、奥が「S-520用」(2024年2月11日撮影)

 特に羽生氏が強調するのは、内之浦特有の難しさだ。そもそもUSCは起伏が多い場所の山肌を削って作られた発射場だ。射点のあたりは標高が300mほどで、雨が降ると雨雲に覆われ、視界が10~20mまで悪くなることもあるという。周囲は崖が切り立ち風の癖もある。ロケット発射時はUSC特有の気象条件も含めてGo/NOGOを判断しなければならない。

 とはいえ「現在の担当職員だけでUSCを持続的に運用していくのは、人材的にも厳しいだろう。JAXA全体で運用できるようにしたらどうか」という考えのもと、数年前から取り組みを始めている。

 「5~6年前から観測ロケットユーザーハンドブックを再整備して、開発工程の確認ポイントなどを専門職員以外にも分かりやすく整理してきた。それに基づいてJAXA全域から研修を受け入れている。たとえば、2024年は新事業促進部から受け入れた。現場を知ってもらってロケット発射時に必要なプロセスなどを開示し、改善点について意見をもらっている」(羽生氏)

 さらに人材教育の観点から、宇宙科学研究所の大学院生たちに観測ロケットの開発からUSCでの運用、発射まで経験させている。「たとえば、発射前の判断会議に参加させて、現場のピリピリした空気を感じてもらう。専門の担当班が軌道、天気のトレンドを報告、それらに基づいて総合判断する際に、なぜその判断になったか根拠も含めて現場で教える」(羽生氏)。現在は宇宙科学研究所に通う大学院生に絞っているが、可能ならより多くの大学生たちに体験してほしい内容だ。

宇宙科学現場体験プログラムの学生たちと(出典:あいさすGATE

「イプシロンS」の高頻度打ち上げに対応できるのか?

 USCの現状がわかってきたところで疑問が浮かんだ。開発中の「イプシロンS」ロケットは高頻度打ち上げをうたっているが、USCの環境整備は必要ないのだろうか。日本政府は2030年代前半までに民間ロケット含めて年30機の打ち上げを目標に掲げている。その中には当然、イプシロンロケットも含まれるはずだ。

 「(環境整備は)必要だと思う。年に2機なら今のままで回せると思うが、3機以上の運用に向けては機材の保管エリアの整備、円滑に作業ができる設備・環境を充実させたい。私はイプシロンロケットのプロジェクト立ち上げ期に、多数打ち上げのプランを作ったことがある。課題の1つは、火薬類の取り扱い。滞留量の制約などもある」(羽生氏)

 あるエリア内でどれくらいの量の火薬類を取り扱うかなど、法の制約を考慮する必要が出てくるという。「産業面からみればロケットを多数打ち上げた方が喜ばしいが、運用面ではさまざまな制約の中で工夫している。ロケット単体でみないで、発射場を含めた全体のシステムを考える必要がある」とのこと。

学生ロケットや民間ロケット打ち上げへの道は?

 肝付町は鹿児島大学や千葉工業大学と協定を結び、鹿児島大学は辺塚海岸で打上げを実施している。USCの現状を聞くと、彼らが発射場内で打ち上げるのは厳しいだろうと思いつつ、可能性を聞いてみた。

 「安全の観点から難しいと思う。国際航路もあるし、漁業関係者と調整して、いつ打上げるか、どこに落下させるかという条件を決めなければならない。われわれは気象条件を正しく判断し、ロケットのスペックを把握して、飛行直前に風向きなどに合わせて飛ぶ方向を微妙にふって、予定落下域に着水させている。観測ロケットの射点はイプシロンロケット射点の真上にある。もし、ロケットが故障したり飛行経路を逸脱すると、基幹ロケットの打上げに影響が出てしまう。USC内で今、(大学などのロケットを)安全に打つのは、とてつもなくハードルが高い」(羽生氏)

打ち上げ準備中の鹿児島ロケット。辺塚海岸で2024年2月28日撮影(提供:肝付町)

 羽生氏は「まずはJAXAの中でUSCの運用について分かる人を増やし、JAXA全体で運用できるようにしたい」と率直に語った。外部への開放はその次の段階になるだろう。

 USCは「世界で最も愛される発射場」と呼ばれている。「地元の理解は圧倒的」と羽生氏は感謝を忘れない。「地元の理解があってこそ仕事ができるので、われわれは中身を可能な限り開示している。研究も、チャレンジすることも許されて、自由にロケットを飛ばすことが許されるのはUSCだからだと思っている」。だからこそ、安全を何より大事にしている。

 今後については「使いやすく運用のしやすい発射場にしていきたい。ある程度の専門性は必要だが、特殊なところをできるだけ減らしたい。内之浦でロケットを運用する基礎や観測ロケット開発のイロハを学んでもらって、『ここを卒業したらどこでも発射できる』という基礎を学ぶ教育機関にできたら」と展望を語った。

肝付町を「宇宙人材育成の拠点」に

 以前、肝付町の町長である永野和行氏に話を伺った際、宇宙の人材育成に力を入れ、肝付町から大学や民間のロケットを打ち上げたいと抱負を語っていた。USCで打ち上げるのが難しいなら、新たな射場を作る覚悟があるとも。日本のロケットの父・糸川英夫氏から脈々と紡ぎ、「世界で最も愛される発射場」と評される町の本気度を感じた。

 実際、肝付町は2017年には鹿児島大学大学院理工学研究科と包括連携協定を結び、2019年から鹿児島ロケットを5機、町内の辺塚海岸で打ち上げている。2023年4月には宇宙産業振興を目指し「宇宙のまちづくり推進課」を新設。2024年6月には千葉工業大学と包括的連携協定を結んだ。宇宙産業の人材育成に関する協定だという。何を目指し、今後どのような活動を行っていくのか。

肝付町宇宙のまちづくり推進課 課長の東純也氏

 肝付町宇宙のまちづくり推進課 課長の東純也氏は「千葉工業大学には、肝付町でロケットの組み立てや実験・実証をしていただき、それを呼び水として、他の大学も参画することで、共同実験や共同研究の場にしていきたい。そこに企業も加わってもらい、宇宙のコンソーシアムのような場ができたらと考えている」と語る。その拠点として、旧岸良小学校を予定している。そこを全国の大学生やものづくりスタートアップなど学生と企業が出会い、共創する場にしたいという。

 日本は宇宙産業の市場規模を2030年代に8兆円規模に倍増することを目標に掲げるが、課題は人材不足。「肝付町を高度技術者など人材育成の拠点にしていきたい。そして宇宙関連産業を根付かせたい」と東氏は意気込む。USC開所から60年を超えるが、肝付町、鹿児島県に宇宙関連産業が育っていない現状が課題でもある。

 千葉工大は肝付町内で、2024年度中に最初の打ち上げを予定しているそう。同大は当面、高度30キロメートルほどのロケット打ち上げを目指すが、そうなると海岸からの打ち上げは難しい。USCと肝付町は意見交換しており、大学が利用するには安全管理上の課題があることも把握している。「千葉工大と連携協定を結んだことから、具体的な課題を1つ1つクリアしていきたい。安全上の課題もその1つ。町としては、第三機関による安全審査、それにともなう審査機関の組成も視野に入れている。ロケット打ち上げができる環境づくりを進めていく中で、利用に関して可能性が見出せない時は、別の選択肢も考えなければならないだろう」

 東氏は2013年のイプシロンロケット試験機打ち上げ時、町民の人口(当時1万6000人)を超える約2万人が全国から駆け付け、盛り上がった町の様子が目に焼き付いている。イプシロンの打ち上げが再開され、2030年代に30機のロケットを打ち上げるという目標に向かえば、USCも活気を取り戻していくという期待はある。

2013年9月、イプシロン試験機打ち上げ(提供:肝付町)

 「町にロケットを作る学生や企業が自然に集まり、交流人口の増加や地域振興にもつながり、町内の小中高生、ここで学んだ大学生が将来、宇宙の仕事に携わりたいという思いにつながれば」。東課長はそう期待している。

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