インタビュー
山崎直子氏が語った「宇宙×STEM教育」への想い–アカマイ財団が支援先に日本宇宙少年団(YAC)を選んだ理由
2024年春、Akamai財団(アカマイ財団)によるSTEM教育助成金が、日本で初めて国内団体に付与された。そのうちの1団体が、元JAXA宇宙飛行士である山崎直子氏が理事長をつとめる「日本宇宙少年団」(通称YAC・ヤック)だ。
日本宇宙少年団は、つくば科学万博の翌年である1986年に設立。宇宙や科学をテーマとした体験プログラム、水ロケットコンテスト、スペースキャンプ、宇宙飛行士との交流、衛星データを利用した学習プログラムなどを、全国約140の分団を中心に展開し、青少年の育成に貢献してきた。山崎氏は、漫画家の松本零士氏より志を引き継ぎ、2021年に理事長に就任している。
一方のアカマイ財団は、MITの数学教授だったトム・レイトン博士が教え子と共に創業したクラウド企業である米アカマイ・テクノロジーズの慈善団体だ。人道支援や各国でのボランティア活動などに加えて、STEM教育の支援を通じた次世代のテクノロジー・イノベーターの育成を目指している。
同財団ではこれまでも、デジタルインクルージョンと質の高いSTEM教育への平等なアクセスに重きを置いて、さまざまな団体に助成金を付与してきた。2023年は世界54団体を支援しており、ここに初めて日本が仲間入りした格好だ。2024年度も選考中だという。
そこで本稿では、前半に山崎直子氏の単独インタビュー、後半に山崎氏とアカマイ・テクノロジーズ共同創業者 兼 CEOのトム・レイトン氏の対談をお届けしつつ、「宇宙×STEM教育」に対する両者の想いを紐解いていく。
「宇宙の子、地球の子、科学の子」を育てたい
ーー最初に、山﨑さんが日本宇宙少年団(以下、YAC)の理事長に就任された経緯を教えてください。
山崎氏:宇宙飛行士の訓練をしているときから、JAXAを通じて交代でイベントに参加するなど、YACの活動には長く関らせていただいています。私は子どもの頃から学校の先生に憧れて、数学の教員免許を取得したこともあり、教育はライフワークのひとつと考えていました。
2010年に私が国際宇宙ステーションに行ったときには、YACからアサガオの種を記念品として預かりまして、宇宙から戻ってきた後に返還し、全国で育てていただきました。また、子ども時代から松本零士先生の作品も大好きで、そういったご縁もすごく嬉しく思っていました。そのような中、松本零士先生も段々とご高齢になられて、次にバトンタッチをというタイミングがあり、引き継がせていただいたという経緯になります。
ーー子どもたちの宇宙に対する姿勢について、どのように感じていますか?
山崎氏:お子さんたちは、本当に発想力が豊かで、純粋な思いを持たれている方が多いので、こちらがすごく学ばせてもらっていて、ハッとさせられることも多いです。
一方で、時代もどんどん変わってきて、いまの常識だけが常識ではなくなりつつあります。YACも、宇宙だけというよりむしろ、宇宙の子、地球の子、科学の子を育てるという、広い視点でのSTEAM教育を目指しているところです。そうした活動の中で、お子さんたちの視野が広がって、いまの常識だけにとらわれないで自ら考える力をどんどん身につけてほしいなと感じています。
ーーYACに参加する子どもたちの傾向や、以前と比べて変化を感じることはありますか?
山崎氏:そうですね。本当に宇宙が好きなお子さんもたくさんいますし、科学が好き、工夫や考察が好き、という子もいます。特徴的なのは、理系女子が少ないといわれる昨今において、YACは4割ほどが女の子なので、比較的多いほうではないでしょうか。
また、私が個人的に接している感想では、これまでは「宇宙でこんなことをしたい」とご自身の興味で語ってくれるお子さんが多かったのですが、最近は「地球を守るためにこれをしたい」と、「宇宙の中の地球」ということを自然に捉えているお子さんが、非常に増えてきたなという印象があります。
ーー山崎さんがYACの子どもたちと関わるうえで、大切にしていることはありますか。
山崎氏:私が子どもの頃には、日本人の宇宙飛行士は誰ひとりいませんでしたが、いまでは何人もの日本人が宇宙へ行っています。いま分かっていること、想像していることだけが、世界のすべてではないということです。だから、「世界は、皆さんが想像しているよりも、もっと大きいんだよ」「そうした可能性を作っていくのが皆さんなんだよ」ということを、しっかり伝えていきたいと思っています。
ーー日本の子どもたちがもっと宇宙に興味を持つには、どのようなきっかけが必要でしょうか。
山崎氏:やはり“大きなビジョン”ではないでしょうか。私自身も子どもの頃には、車が空を飛んだり、スペースコロニーにみんなで住んでいたりと、SF作品などでいろんな未来像に触れて、「こんな未来になったらワクワクするだろうな」と想像していました。その体験は、大きく影響していると感じています。
現在では、スペースXのイーロン・マスクさんが「火星への移住」を打ち出していますが、やはりそれだけにとどまらず、いろいろな宇宙の未来像があるということを、日本からどんどん発信できるとよいのではないかと思います。
ーーその一方で、日本では宇宙分野を学んだ学生たちの、就職先の選択肢が多くはないのも実情です。
山崎氏:おっしゃる通り、そうですね。しかし、これまで宇宙に携わってきたJAXAや重工業さんなど以外にも、航空会社さん、自動車会社さん、保険会社さんなど、さまざまな業種で宇宙ビジネスがどんどん立ち上がってきています。宇宙系スタートアップの数も国内で100を超えてきています。どこに行ってもSTEAM人材不足といわれていますが、宇宙業界もまさにそういう状況になっています。
学生さんたちも、ぜひいろいろとアンテナを張って、幅広い可能性を知っていただきたいですし、私たちも頑張って発信していきたいですね。また、国の宇宙政策委員会に携わってきた身としては、戦略的にSTEAM人材を育てていくことも重要だと感じます。それぞれのレイヤーで視点を広げていくことが、大事なのではないでしょうか。
ーー山崎さんはSpace Port Japanの代表理事として、日本における「宇宙港」の推進にも携わっています。宇宙港という視点で子どもたちにワクワクを与えられる可能性もありますか?
山崎氏:はい、十分あると思います。いま人工衛星もどんどん飛ぶようになり、近い将来にはもっと宇宙にアクセスしやすくなります。そのときには、日本から人も宇宙へ行ける世の中を作っていきたいですね。 そのためには、宇宙への輸送だけではなく、周辺にはいろいろな産業が必要なので、宇宙教育ももっと幅広くなってくると思います。すでに、宇宙を学べる“宇宙コース”を新設する地域の高校なども出始めているので、宇宙港があるということは教育の面でも、大きな影響力になると考えています。
ーーYACには小学生が多く在籍していますが、中高進学や就職という長いスパンで宇宙教育を考えた場合、親にはどのような関わり方が求められるでしょうか。
山崎氏:YACは、みんなで集まって活動するリアルな場を大切にしていて、チームワークにも力を入れています。ときにはリーダーシップ、ときにはリーダーを支えるフォロワーシップと、その両方の経験を積むことは、宇宙飛行士になるにはものすごく大事なことで、またどの仕事でも大事なことなのかなと思います。
自分のペースでよいので、宇宙への興味はずっと温めて持ち続けてほしいし、そのためにも親としては、宇宙に関するニュースや報道など何か話題があると、こういうのがあるよと教えてあげることも大切かもしれないですね。
私自身も親にしてもらっていたのですが、一緒に科学館に行こうかとか、こんなニュースが新聞に載っていたよとか、ちょっと気にかけて、子どもだけでは得られない情報をサポートして渡してあげると、あとは子どもたちが自らいろいろ考えるようになるのではないでしょうか。
ーー今後、どのような方にYACに参加してほしいですか?
山崎氏:宇宙大好きな方はもちろんですが、科学が好きだから、工作が好きだから、といろんな興味の切り口で参加していただけたら嬉しいです。というのも、宇宙って、そもそも裾野が広くて、エンジニアリング、天文、鉱物、宇宙食、人の居住、あるいは文化的なこと、切り口もさまざまです。自分の興味関心から接点を持てる、その先に無限大の可能性が広がっているところも、宇宙の面白さだと思います。
ですので、子どもたちに教えるリーダーを経験したい高校生や大学生の方にもぜひ参加していただきたいですし、社会人の方も同様です。あるいは、子どものときにYACで活動していた方が、OB・OGとして指導やサポートに携わって下さることも可能です。世代を超えて一緒に学び合うことも楽しいですよ。ぜひ多様な世代の方に、興味を持っていただきたいです。
山崎氏×トム氏「STEM教育を通じて自分で考える力を」
ーー日本で初めて助成金を付与する団体として、YACを選んだ理由を教えてください。
レイトン氏:アカマイはSTEM教育を支援していますが、女子学生などを多様性の観点から支援することは、とりわけ重要だと考えています。理由は、可能性が大きいにも関わらず、テクノロジーの領域においては、まだまだレプリゼンテーションが欠如しているからです。私自身、大変才能豊かでテクノロジーにも強い自分の娘がどういったキャリアを歩んでいるかを、この目で見て感じたことでもあります。この助成金を通じて、子どもやレプリゼンテーションが足りていない人たちを支援したいと考えています。
そして、宇宙は非常にエキサイティングですね。私も子どもの頃に人類の月面着陸という大ニュースを見て、「科学や数学を学べば、最も難しくてできないとさえ思っていたことを、人類は成し遂げられるのだ」と、インスパイアされた経験があります。
ですから、若い世代がきちんと教育を受けることで人類を前進させてほしいと願っていますし、宇宙だけではなく、医学や、地球温暖化などの課題に対しても、同じようにSTEMを基盤に、取り組んでほしいと思っています。
ーー山崎さんにお伺いします。助成金付与についての感想と、今後の活用方法を教えてください。
山崎氏:最初にアカマイ財団さんが日本のSTEM教育にご支援くださると伺ったときは、本当にありがたいと思いました。いろいろな技術を使って次世代の教育を行っていきたいということは、YACみんなの共通の想いだったので、そういう活動をサポートいただけることに心から感謝しています。
YACは、水ロケットの教育にも力を入れていますが、水ロケットは、水の容量、翼の形などを変えることで、どう影響を受けるのか、トライアンドエラーできるところが魅力です。従来は、飛ばすまで分からない、そもそも飛ばせる機会も多くないこともあって、トライアンドエラーの回数を重ねることが難しかったので、助成金を活用してシミュレーターを作りたいと考えています。シミュレーターによるデジタル技術と、リアルなハードウェアを使うことで、試行錯誤を繰り返しながら学んでいけるようにしたいです。
ーー産業界においてSTEM教育が果たす役割とは何でしょうか。
レイトン氏:STEMは、人類に大きな前進をもたらすものです。コロナワクチンの開発、インターネットによるコミュニケーションの変化、ビジネスの効率化など、私たちはSTEMの多くの恩恵を受けています。一方で、セキュリティをはじめ、技術的進歩を悪用しようとする人たちも出てくる、ネガティブな側面もあります。
けれども、地球温暖化に対してSTEMが果たせる役割は大きいはずで、温暖化スピードを遅らせることができるかもしれません。また、環境の変化によって広がる貧困や飢えという課題に対しても、科学、テクノロジー、エンジニアリングの力をもって、新しいやり方で水や食料を供給して、世界の人々の命を救うことができるでしょう。STEM教育は、そういった未来を可能にするという役割を担っているのです。
山崎氏:本当そうですね。宇宙から地球を見ると、地球自身が生きているような気がするのですが、地球には口も耳もないわけなので、私たちは科学、テクノロジー、エンジニアリングの力を使うことで、人工衛星を飛ばし、いろいろなセンサーを駆使しながら、地球を宇宙から診察することができるようになりました。あるいは、探査機をよりディープな宇宙に飛ばして、砂を持ち帰って研究するということは、地球から手や足を伸ばしているような感覚かもしれないです。
ですから、STEAM教育は私たちが持っている可能性を広げてくれるものだといえますし、同時にいまトムさんがおっしゃったように、気候変動もそうですし、未知なる課題がどんどん出てくると思うのですが、そのときにSTEAMの力を統合してソリューションを見つけていくということが、本当に欠かせないことだと思っています。
ーー最後に、今後の教育の在り方、理想的なSTEMとの付き合い方について、お二人の考えをお聞かせください。
山崎氏:最近話題によく上がる生成AIを含め技術が進歩していくなかで、さまざまなIT技術をツールとして活用しながら、教育もアップデートしていくことが必要だと思います。でも、ツールを使いこなすというだけではなく、情報を自分で集める、見極めて判断する、それを統合していく力を養うという本質的なところが、教育としてはますます大切になるのではないでしょうか。
そして、STEMを若い時から学びながら、現実と自然を相手にすることが大切だと思います。やはり自然を前にすると、人は謙虚になることができます。そうしたなかで、知識を得て、実験を重ねて、トライアンドエラーをしていく、その積み重ねの上にまた知識が広がっていく。子どものときからそんな体験を繰り返すことで、これから未知の課題に出会ったときにも、自分なりの考えを持って解決方法を生み出す、可能性を切り開く力につながると信じています。
レイトン氏:考え方を訓練するということですね。とてもいいポイントをおっしゃってくださったと思います。何が真実なのか、何が真実そうなのか、ということを問う。そしてロジカルに、理論立てて考える。そのためにツールを使う。STEM教育を通じて、こういった体験を積み重ねることは、将来的に技術系に進まなかったとしても大変有用なことだと思います。