インタビュー

「地球、お疲れ!」を伝えたい–バスキュール朴氏が宇宙放送局や宇宙遊泳メタバースに込めた想い

2024.03.08 10:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 2023年の大晦日から2024年の元旦にかけて、国際宇宙ステーション(ISS)に設置されたカメラで「宇宙の初日の出」をライブ配信するイベント「THE SPACE SUNRISE LIVE 2024」が開催された。宇宙からの映像は、日本実験棟「きぼう」内に設けられた世界唯一の宇宙放送局「KIBO宇宙放送局」からほぼリアルタイムで地上に送られ、地球の背後から徐々に姿を見せる新年の輝きを誰もが目の当たりにすることができた。

 このイベントを手がけたのは、東京に本拠を置くプロジェクトデザインスタジオのバスキュール。インターネットの黎明期からその表現の可能性に着目し、モバイルや映像、VR、AIなどのテクノロジーとエンタメを組み合わせた企業・自治体のプロモーションを手がけてきた。近年は宇宙を舞台にしたプロジェクトも積極的に推し進めている。

バスキュール代表取締役の朴 正義氏(右)と同社 執行役員で「KIBO宇宙放送局」プロデューサーの南郷瑠碧子氏(左)

 バスキュールが「宇宙の初日の出」の配信を始めた理由は何だったのか。そこで駆使している独自の技術、宇宙とエンタメの可能性など、同社代表取締役 朴(ぼく)氏の宇宙にかける想いに迫った。

地球の公転を労うための「宇宙の初日の出」

 地球が映るようにISSの船外に設置されたカメラを用い、バスキュールが年末年始に「宇宙の初日の出」をライブ配信したのは2024年で4回目。インターネットやデジタル技術を活用したプロジェクトをメインのビジネス領域にしていたところから、宇宙へと飛び出したのは、朴氏いわく「メタな視点を持つことが人の幸せにつながると確信しているから」だという。

 多くの人にとっては、まだまだ宇宙は身近には感じられないもの。「テクノロジーでできることが増えて、みんな忙しい。テレビを見なくなったという話はよく聞くが、ネットはあらゆるものごとの解像度をあげてしまい、その影響で、宇宙よりもっと身近な自分の好きな世界に没入する人がどんどん増えてしまっている」こともその一因だと同氏は考えている。しかし、だからこそ「時代を問わずみんなをつなげられる『宇宙』という存在が必要」とも感じているという。

 そのために、どうすれば多くの人に宇宙に興味を持ってもらえるか。きっかけになるかもしれないと朴氏が考えていたのが、「1年の間に1回でも宇宙に思いを馳せる機会を作る」こと。ロケットの打ち上げや探査機の月着陸もその1つだが、なかなかタイミングを特定することは難しい。ハロウィンやクリスマスのように宇宙に思いを馳せる年中行事を作れないか。身近でわかりやすく、宇宙の壮大さを実感できるタイミング、それが「宇宙の初日の出」だ。

 そもそも1年とは、地球が太陽の周りを1周すること。よりメタな、俯瞰的な視点から見ると、私たち地球に生きる誰もが、1年をかけて太陽の周囲約9億4000万kmもの距離を旅していることになる。

 「それを考えれば、1年の終わりは『地球、お疲れ!』だし、新年は『また次の1周、みんなで頑張って行こうぜ!』でもある」と同氏。「宇宙船地球号やWe Are All Crewという言葉も、地球の公転運動を意識して初めて実感できるのではないだろうか。太陽1周のゴールと新たなスタートを宇宙から共有することができれば最高」とも話す。

 同社では「MeteorBroadcaster」というリアルタイム流星観測システムによって、日本上空で発生した流星を検知するソリューションも開発・提供している。そうした流星群が発生する要因の多くは「公転軌道上に滞留する(公転によって)塵のある場所に地球が突っ込むから」であり、たとえば8月のペルセウス座流星群、12月のふたご座流星群は、まさにそれら塵のある場所に地球が来たからこそ流星として目に見えるものなのだ。

 そうしたタイミングでも「地球、ここまで来たか……と感じられるのが豊かでいいなと思っている」と朴氏。旅行で車窓から眺める景色と同じように、地球の旅行する景色が流星という形で見えている、と言い換えることもできる。そんな風に「誰もが地球が太陽の周りを1周している一員なんだということを楽しく伝えたい」というのが同氏の一番の目的なのだ。

KIBO宇宙放送局と「ISSメタバース」の知られざる技術

 ISS内にある同社のKIBO宇宙放送局は、まさに多くの人に宇宙に興味をもってほしい、という朴氏の思いを実現するために設置したものだ。同氏によれば、インターネット常時接続の環境が整った、民間企業が活用できる宇宙施設は今のところISSのみ。その中にあるKIBO宇宙放送局は、宇宙の初日の出など地球のリアルタイムの姿を双方向ライブで地上に届けられる唯一のスタジオということになる。

 地球周回軌道上を1周約90分という超高速で移動するISSは、地上とは直接通信することができない。そのため、高度400kmにあるISSよりはるかに高い、3万6000km上空の静止軌道にあるNASAの通信衛星を経由して、ホワイドサンズやグアムにあるNASAの送受信受信設備と通信する形をとっている。KIBO宇宙放送局でほぼリアルタイムの双方向ライブ配信を実現できているのも、「とんでもない労力とお金がかかっている宇宙の施設を使わせていただいているから。とんでもなく大掛かりな電波の旅の末にKIBO宇宙放送局ができている」(朴氏)

 しかも、同社はただ宇宙のライブ配信プラットフォームを確立しているだけではない。KIBO宇宙放送局を始めるにあたって考案したアイデアが、その後「THE ISS METAVERSE」という他にはない同社ならではの技術にもつながった。

 VRヘッドセットを着けてISS周辺の宇宙遊泳を擬似体験できるTHE ISS METAVERSEの元となったアイデアは、一言でいえば「地球のデジタルツイン」だ。KIBO宇宙放送局で地球の姿をライブ配信する際、ISSと通信衛星の位置関係などの都合から、どうしても通信が途切れてしまうタイミングがある。また、夜間の上空を移動しているときは真っ暗で何も見えない。そのため、代わりに「リアルの地球と全く同じCGの地球を、完全に同じタイミングで映し出す」のにデジタルツインを活用しているのだという。

 これによって地球のライブ映像がISSから届かない・見えない時間帯でも違和感なく「地球」の映像を再現できる。地理的位置関係もデータとして網羅しているため、「曇って陸の見えない地球のライブ映像の上に、地名などをリアルタイムにAR表示する」ことも可能だ。THE ISS METAVERSEは、このデジタルツインを応用し、「完全にリアルタイムに同期して、宇宙飛行士が見ているISSや地球を見られる」ようにしたものとなる。

 VRゴーグルを覗き込むだけでリアルな船外活動の風景を再現でき、「実際にJAXAの宇宙飛行士に試してもらったときにも感動してもらえた」ほどの完成度。「従来のメタバース体験は移動することにあまり価値がなく、面倒。でも宇宙が舞台なら、その面倒な移動こそが楽しい。ゴーグルをかけた全時間がエンターテイメントになる」とし、宇宙×VRのコンテンツとしての強みも実証できた。

宇宙ビジネスはすでに黒字化–ISS退役後に向けて

 ほとんどの宇宙企業が投資段階にあるなか、「ハード開発が一切ないのが私たちの宇宙事業の特徴。初期ソフトウェア投資分は、すでに回収が終わり、単体で黒字を出している」と明かす朴氏。これまではKIBO宇宙放送局を活用したライブ配信イベントを広告モデルで運営してきたが、THE SPACE SUNRISE LIVE 2024では初の試みとしてクラウドファンディングも実施した。クラウドファンディングサイトの「うぶごえ」との出会いとともに、「宇宙に興味をもつ人を増やしたい」という狙いもあり、あえて「宇宙にそれほど興味がない一般の人に、お賽銭のように初詣がてら支払ってもらうのはどうか」と考えたのだという。

 結果的にはクラウドファンディングのシステム利用料の関係から500円~1万円というプラン設定になったが、ファンコミュニケーションの作り方といった点でも得ることが多かった、と朴氏。「ファンダム(熱烈なファン)がついているコンテンツであればクラウドファンディングの効果は高いが、宇宙にはファンダムがないので大変」としつつも、「宇宙」をテーマにしたイベントというだけで多くの著名人やアニメキャラが集まり、盛り上がることも改めて実感した。

 そして今は、宇宙のライブ配信を日本だけでなく世界に広げることも検討している。「宇宙の初日の出」は日本時間をベースにしていたが、世界各地で初日の出を迎えるタイミングには時差がある。そのため、海外メディア企業に宇宙ライブ配信の権利を販売し、初日の出ライブを実施してもらうことを考えている。

 今のところ、地球1周のリアルタイム映像をエンターテイメント利用できるのは、先述の通り世界でもKIBO宇宙放送局だけ。その双方向のプラットフォームも、デジタルツインを用いたARの仕組みも同社独自のものだ。「JAXAが主催したNASA-JAXA-ISSをリアルタイムにフェイスtoフェイスでコミュニケーションするイベントにも、KIBO宇宙放送局のプラットフォームを利用してもらった。海外の民間宇宙ステーションを開発している人たちからも、なぜエンタメ利用が可能なのかと不思議に思われるくらい」だという。

 2030年以降にはISSの退役が予定されている。「それまでにこの宇宙ライブの恒例行事化を進めていきたい。そうすればハードが変わっても、ソフトは残る」と朴氏。「Axiom SpaceやSierra Spaceが開発している次期宇宙ステーションともその可能性について検討をはじめている」「ISSメタバースで、SpaceXのクルードラゴンが宇宙ステーションにドッキングする様子を外から見ることができたら楽しい。月面着陸も今はリアルタイムの映像中継はできないが、デジタルツインのメタバースを組み合わせればもっとわかりやすく、楽しく情報提供できる」と期待する。

各地にデジタルツイン技術などを活用したエンタメ施設を

 世界的にも宇宙エンターテイメントをすでに実施しているプレイヤーがバスキュール以外に見つからない状況ではある。それでも、THE SPACE SUNRISE LIVE 2024では民間宇宙ステーション開発企業らの協力のもとトルコ初の宇宙飛行士(1月20日からISSに滞在)からビデオメッセージをもらうプログラムも実施し、世界の宇宙企業とのエンタメ的な取り組みの第一歩を踏み出した。

 「エンタメの手前でやらなきゃいけないことが宇宙にはまだ多い。そんななかでも、次期宇宙ステーションを作っている人たちをはじめ世界とつながって新しいファンダムを作れるようになりたい」と朴氏は意気込みを見せる。

 同社の将来的な目標は、デジタルツインを活用した宇宙体験ができる常設のエンタメ施設のプロデュースだ。宇宙のライブ配信はISSの設備を借りられた日にしか実施できないが、THE ISS METAVERSEならいつでも使える。「各地で建設が進められているスペースポートに体験設備がつくれたら夢がある」とし、国内だけに止まらず世界展開も見据える。

 「僕らは、データ×クリエイティブの力で、これまで見えなかったものごとに気づいてもらい、体験したくても体験できなかったことを体験できるようにする、いわば『データテイメント』を提供するチームだと思っている。これまでも万博やWBCなどの世界的なイベントにおいて、そこで生まれたデータをリアルタイムに活用することで臨場感あるイマーシブな体験を提供してきた」と同氏。なかでも宇宙は「体験したくても体験できない場所としてわかりやすい。夢があって老若男女誰でも楽しめる。きっとこれからたくさんのデータが集まるようになる。そんなモチーフは他になかなかない」とも語る。

 「20世紀の人類がメディアの力で世界を感じるようになった。21世紀の人類はネットの力で地球を感じるようになるはず。その進化の方向はもう戻らないし、そこに新しいエンターテイメントが生まれないわけがない」とも言い切るが、そこで必要なのはやはりメタ視点だという。

 「日本の良いところとそうではないところは他の国を知っているからこそ気付くこと。日本を地球に置き換えるとすれば、宇宙のことを知ってはじめて、地球の素晴らしさに気づくことができる。地球環境のことを本気で考えるなら、宇宙を楽しく伝えるエンタメが必要。世界中の人々に届く宇宙エンターテイメント、宇宙を舞台にした行事を作っていきたい」(朴氏)

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