インタビュー

宇宙ビジネス参入から37年の清水建設が狙う「3つの領域」–同社を支えるCSP Japanとは?

2024.02.20 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

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 人類が初めて月面に到達した1969年のアポロ11号から55年、月探査機「SLIM」の着陸成功によって、日本にもいよいよ本格的な月探査時代が到来した。将来的な月面基地建設、月資源の活用に向けた第一歩となり、同じように月を目指す宇宙ベンチャーや大企業にとっても勇気をもらえるような出来事だったに違いない。

 日本でもさまざまなプレーヤーが宇宙事業に新たに参入し、かつてない盛り上がりを見せている宇宙業界。しかし、そうした成功や盛り上がりの影に、清水建設が関わっていることをご存じだろうか。

 同社が宇宙開発に乗り出したのは、37年も前の1987年。そして、現在の宇宙事業の責任者は、当時新卒で清水建設に入社後、他の部署を経験せずに、これまで宇宙一筋を貫いてきた金山秀樹氏だ。競合のゼネコンや大企業ともひと味違う、清水建設ならではの宇宙事業について話を聞いた。

清水建設 フロンティア開発室 宇宙開発部長の金山秀樹氏

清水建設が注力する「3つの領域」

 海洋、砂漠、極地、大深度地下などの極限環境において建設技術でどう貢献できるのか。そんな議論の中から、1987年に清水建設の宇宙への取り組みはスタートした。研究開発を主目的とした「宇宙開発室」が発足し、それから2010年頃まで、他社との協業によるスペースポートの構想、宇宙空間の作業ロボットに関する米カーネギーメロン大学との共同研究、宇宙ホテルの構想、月面基地建設構想、月や軌道上から地球に送電する大規模発電構想などを発表してきた。

清水建設の「月面基地構想」
月太陽発電「LUNA RING」構想
宇宙太陽発電システムのイメージ

 その間にはバブルが崩壊し、その影響を受けて同社内でも組織再編があったほか、日本国内でも民間企業の宇宙開発への参入や、商用目的の宇宙利用といった新たな動きが増えてきた。さらに、小型衛星コンステレーションや、クラウドやAIなどの情報処理技術の急速な技術革新もあって宇宙産業の変革期に差し掛かり、清水建設はそれまでの研究開発から事業化を見据える形へとシフトしていったという。

 金山氏は1年かけて役員を説得し、2018年に現在の「フロンティア開発室」を設置するとともに、同社が取り組む宇宙事業の領域として「宇宙輸送分野」「衛星データ活用分野」「月開発利用分野」の3つを定めた。

 1つ目の「宇宙輸送分野」のメインとなる活動は、スペースポートの建設・運営と小型衛星の打ち上げサービスに関わるもの。小型ロケットを開発・運用するスペースワンに出資し、同ロケットの専用発射場の建設を手がけ、2024年3月には初号機の打ち上げが予定されている。

スペースワンの「カイロス」ロケット打上げのイメージ(提供:スペースワン)

 2つ目の「衛星データ活用分野」は、各種衛星で取得したデータの活用を目指すもの。「衛星測位を用いた動態監視」と「SAR画像を併用した変動計測」という2種類の技術・サービスをベースに展開していく。

「衛星測位を用いた動態監視」と「SAR画像を併用した変動計測」

 前者の「衛星測位を用いた動態監視」については、高い建築物などに遮られるような箇所でもミリメートル単位で測位できる技術がベースになる。独自の小型測位システムと併用し、建設現場や災害発生リスクのある箇所においてリアルタイムの高精度な測量を実現するという。同種のシステムと比べ半分以下の低コストで、クラウドを介した24時間の遠隔監視が可能なのも特徴だ。現在は社内での実証・実用段階にあるが、2024年度からは外販も計画している。

動態観測システム「QuartetS」の計測システム全体構成

 後者の「SAR画像を併用した変動計測」では、小型SAR衛星事業者Synspectiveとの協業などを通じて、SAR衛星で得られた画像と、先ほどの衛星測位技術の組み合わせによって地上の広範囲の情報を分析するものを想定している。時間帯や天候に左右されることなく観測できるSAR衛星の特性を生かし、SARデータは災害監視に加えて洋上監視のような安全保障分野での活用も期待されている。

SAR画像データによるソリューション例

 3つ目の「月開発利用分野」は、37年前の発足直後から続く月面開発に関わるもの。月面探査プログラム「HAKUTO-R」で知られるispaceや、宇宙デブリ除去のアストロスケールに対して、長期的な視点から戦略的に出資をしている。ユニークな取り組みとしては、レゴリスと呼ばれる月の砂を模した月模擬砂「レゴリスシミュラント」の製造・販売がある。

レゴリスを模した月模擬砂「レゴリスシミュラント」

 同社はアポロが持ち帰ったレゴリスの分析によって得られた物理特性や化学組成をもとに、それに限りなく近い2種類の月模擬砂「レゴリスシミュラント」の製造に成功している。研究開発用素材としてJAXAや研究機関などに販売し、月面を移動しながら活動する探査機の開発だけでなく、月面での大規模建築に欠かせないとされる建材の現地調達のため、その主要候補であるレゴリスをどう活用するか、といった研究にも生かされているという。

月模擬砂「レゴリスシミュラント」の組成

 ちなみに、以前は太陽光でレゴリスを焼結して建材を作る研究をした経験があるが、金山氏によると「最近はレゴリスから建材として有効な成分をどう抽出するか」に興味があるとのこと。レゴリスには鉄やチタン、アルミニウムなどが含まれており、それらをいかに取り出して建材に適した状態にするか、というのが今後の課題になってくるようだ。

 また、月面で重機が自律的に動いて建設作業をする「自律施工のための環境認識基盤システム」と、東京ドームの屋根膜の製造で知られる太陽工業らと共同開発している膨張式の居住モジュールも「月開発利用分野」におけるプロジェクトとして進められている。

清水建設を支える「CSP Japan」とは?

 1987年から宇宙開発を続けてきた清水建設だが、実はCSP Japan(シー・エス・ピー・ジャパン)という清水建設の100%出資子会社が、同社の宇宙開発において極めて重要な役割を果たしてきた。設立は宇宙開発室の発足と同じ時期、1987年だ。

 金山氏いわく「ロケットや人工衛星の製造以外の宇宙開発とは何をすべきなのか考えた。そのためには、とにかく世界が宇宙領域でどんなことをやっているのか、情報がないと判断できない」とのことから、米ボストンの調査会社CSP Associatesと業務提携し、欧米の宇宙政策などの情報を集める会社を日本に作った。それがCSP Japanだ。

 金山氏は清水建設の宇宙開発室に所属しながら、CSP Japanに出向する形で宇宙に関わってきた。「清水建設の宇宙事業の方向性を決める情報を与えてサポートする、調査・コンサル会社」としてスタートし、近年では、たとえば出資先企業であるスペースワンとispaceを清水建設とつなげたのもCSP Japanだ。出資先の1つであるSynspectiveとは会社として立ち上がる前からの付き合いだという。

 2015年、金山氏はCSP Japanの代表取締役社長に就任した。最近のプロジェクトで言えば、3月にスペースワンが打上げを予定している和歌山の発射場の適地選定はCSP Japanが請け負ったものだ。

金山氏はCSP Japanの代表取締役社長も兼任する

 清水建設の意思決定をサポートしていくうちに、JAXAの前身である宇宙開発事業団(NASDA)をはじめ、同社の情報収集力を聞きつけた他社から業務を受託するようになり、次第に外部の顧客をサポートすることがメインになっていったという。ニーズに応じてさまざまな調査やコンサルを行うことで、宇宙に関する世界の動向や情報がどんどん蓄積され、日本でも指折りの宇宙分野における調査コンサル会社になったわけだ。

 それこそスペースシャトルの時代から国際宇宙ステーションを経て、昨今のSpaceXなど民間企業の進出まで、宇宙開発の歴史の大半を間近で見てきた金山氏。「清水建設が続けてきた研究開発の知見と、そのインテリジェンスの部分を担っていたCSP Japanという両輪があったからこそ、今の清水建設の宇宙事業がある」と同氏は言い切る。

今後数年が日本の宇宙産業にとっての「正念場」

 2023年は文部科学省の「SBIRフェーズ3基金」による宇宙関連スタートアップへの支援、JAXAを通じて1兆円を拠出する「宇宙戦略基金」の決定、その他大手企業による宇宙ベンチャーへの出資の動きなどがあり、金山氏は「今までの宇宙ベンチャーは研究開発するには市場から資金調達しなければならなかったが、政府の手厚い資金的支援に後押しされる形で、大企業もベンチャーにまとまった額を出資するようになった。これは1つの転換点」だとし、「世界で戦っていける日本企業が今後数年で現れるようであれば、日本の宇宙産業にとって非常にいいこと」と語る。

 さらに「これから数年がおそらく日本の宇宙産業にとって正念場。好条件は揃っているので、われわれも含め、どうやって成長していくかが課題」と分析する。2024年はスペースワンの「カイロス」ロケットの初打上げや衛星データを活用した測位サービスの外販などが予定されており、清水建設の37年続けてきた宇宙事業がついに花開くタイミングでもある。スペースワンは小型ロケットを年間10機超のペースで打ち上げることも目標に掲げるが、そのためには現在の射場の拡張や新たな射場建設も視野に入れる必要がありそうだ。

 「本業である建設業はいつまでも右肩上がりというわけにはいかない。少子化などの影響で新しいものを作る需要は減っていくので、そうなれば建設を超える新しい事業を作る必要がある。今私がいるフロンティア開発室がその一翼を担えれば」と表情を引き締めた。

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