インタビュー

NASAアジア担当代表のガーヴィー氏が帰国–6年で感じた日本の宇宙産業の変化

2023.10.25 09:00

井口 恵(Kanatta代表取締役社長/コスモ女子運営)

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 2023年7月末にNASAアジア担当代表として東京での6年間の任期を終え、米国に帰国したガーヴィー・マッキントッシュ(Garvey McIntosh)氏。7月に連日開催された送別会には、宇宙飛行士の山崎直子氏をはじめ、日本の宇宙業界を牽引する面々が彼の日本での功績を讃えるべく、次々に足を運んだ。

ガーヴィー・マッキントッシュ氏(左)と若田光一宇宙飛行士(右)

 現在はワシントンDCのNASA本社でArtemis計画(アルテミス計画)に携わるマッキントッシュ氏は、2023年9月8日でNASAでの勤続20周年を迎えた。国際間の交渉役という立場から、宇宙ビジネスの発展を見守ってきた20年間で、マッキントッシュ氏はどのような変化を感じたのか。また、その中で日本はどのような役割を担ってきたのか。宇宙業界の今後の展望も交えて話を聞いた。

――まず、ガーヴィーさんがNASAで働きはじめたきっかけを教えてください。

 私はNASAで働く前の1994〜1998年の4年間、長崎で英語教師をしていました。その後、カルフォルニアの大学院に進学し、国際的なキャリアを求めていたところ、NASAでそのようなポジションがあると知り、働きはじめました。

 この話をするたびに宇宙好きのみなさんに申し訳なく感じるのですが、私は幼い頃から宇宙大好き少年だったわけではなく、米国政府で国際協力の仕事をしたいと思っていたところ、ラッキーなことにNASAでそのような仕事に巡り合ったのです。その頃からNASAでアジア担当代表というポジションがあることは知っていて、以前日本に住んでいたこともあり、とても魅力的に感じていました。しかし、かなりの経験値が必要なポジションなので、その目標を実現するまでには14年かかりました。

 日本で働き始めるまでは、NASAの国際機関間関係局(OIIR)で働いていました。途中で当時のNASA長官のチャールズ・ボルデン氏の元で働いた時期もありましたが、NASA本社で過ごした14年間のほとんどは、諸外国とNASAとの国際協力に関する交渉をするために、世界30カ国以上を飛び回っていました。そして2017年から、念願のNASAアジア担当代表として在日米国大使館で働きはじめました。

NASA元長官のチャールズ・ボルデン氏(右)

――念願のNASAアジア担当代表としてのキャリアはどのようなものでしたか?

 NASAアジア担当代表としての私の主な仕事は、米国大使館での宇宙関連の業務でした。特に担当地域であるアジア全域を訪問しながら、NASAの広報や政府間の連携を進めていました。日本ではJAXAが一番のパートナーなので、JAXAはもちろんのこと、JAXAに関連する省庁である内閣府や外務省と直接やり取りをすることも私の仕事でした。他には、米国大使が宇宙関連の会合に出席するときには、大使館の「NASA代表および宇宙代表」としてすべてアレンジしていましたね。

 NASAにも大使館にも上司がいたので、朝は5時に起きてワシントンDCのNASA本社とやり取りをして、日中は日本で仕事をし、夜寝る頃にはまた米国本社からどんどん電話がかかってくるという状況で、あまり寝る時間もないような忙しさでした(笑)

 先日打ち上げに成功した月探査機「SLIM」をはじめ、日本はNASAと深く関係するプロジェクトを推進していたり、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで重要なミッションを担っていたりすることから分かるように、日本はNASAにとって最も大切なパートナーです。そんな日本と米国の強固なパートナーシップのもと、両国の努力がしっかり実を結ぶように、私のようにNASAを代表する者が東京に常駐しているのです。

ラーム・エマニュエル駐日米国大使(右)

――6年間、日本の宇宙業界を見守ってこられた中で、どのような変化を感じましたか?

 まず、この6年間で日本の宇宙関連の民間企業が急増したことには驚かされました。私が日本に最初に来た時に、日本の宇宙企業として知っていたのはアストロスケールやispaceなど、数社だけでした。しかし、今年の8月に私が米国に帰国する頃には、さまざまな分野で新しい宇宙関連企業が誕生しており、とても喜ばしく思います。

 一方で、米国と比較して日本の宇宙産業はまだまだ小さいので、これから日本政府がどのようなサポートをするかという点では課題が残っていると思います。先日、政府がJAXAに100億円程度の補助をする方針を発表しました。それ自体は素晴らしいことですが、その財源がどのように民間企業に分配されるかは分かりません。日本の宇宙産業が成功するためには、民間企業がより成長し、国の産業全体に貢献することが必要だと思います。

――日本の宇宙産業はまだまだ小さいとのことですが、ガーヴィーさんから見て、日本と米国の宇宙産業の最も大きな違いはどこにありますか?

 一番大きな違いとして、たとえばArtemis計画1つをとっても、米国はそのプロジェクト自体を主導しているのに対し、日本は参画しているに過ぎない点です。米国の宇宙産業が成長してきた要因は、国際宇宙ステーションやArtemis計画のような大きなプロジェクトへの参画に向けて、民間企業が活発な競争をしてきたからです。

 よく勘違いされるのですが、米国政府やNASAが民間企業に投資する際に、どの企業に投資するかがあらかじめ決まっているわけではありません。たとえば、国際宇宙ステーションの民営化のプロジェクトでは、Axiom SpaceやSierra Spaceなどいくつかの企業への投資が行われていますが、それは彼らが激しいコンペを勝ち抜いた結果です。日本にはそのような大きなプロジェクトがなく、競争が発生しないことが課題だと思います。

 そのような状況もあり、宇宙業界で成功したい日本企業は近年、米国進出を試みています。国内の市場が限られていることから、マーケットを開拓するために東南アジアやアフリカなどの発展途上国に人員を派遣する企業も出てきました。高い技術力を誇る企業が多いだけに、マーケットが限られていることは日本にとってこれからも大きな課題になるでしょう。

――よく日本の企業は資金力がないため、なかなか宇宙開発に予算を割けないという話を聞くのですが、その点についてはどう思われますか?

 資金が必要なのは、米国企業も同じです。なので、資金力の問題というよりは、先程からお話ししているように、そこに挑戦したくなるような競争が生まれないことが課題だと思います。日本では三菱重工やNECなど、資金力やリソースがある会社と並んで、小さい会社がチャレンジする機会が限られているように感じます。

 米国では1つのプロジェクトが発足すると、そこで必要な部品を作れる会社をコンペで選ぶ、というように、小規模な会社やベンチャー企業でも競争に参加できる機会が必ずあります。日本の宇宙産業のプレイヤーを増やすためには、新興企業をどのように巻き込むかを考えないといけないかもしれません。

――以前ガーヴィーさんはコスモ女子の勉強会において、宇宙業界での「ジェンダー平等」をテーマにお話されました。Artemis計画では、初の女性と黒人の宇宙飛行士が選ばれていますよね。NASAにおけるダイバーシティの取り組みについて教えてください。

 今までの有人月面探査を行なった宇宙飛行士は全員白人男性でしたが、今回の計画ではたくさんの女性宇宙飛行士が選ばれています。まず「Artemis II」では、初めて女性宇宙飛行士が有人飛行に参加します。月面探査が予定されている「Artemis III」でもきっと女性が選ばれるでしょう。

 ここで大切なのが、単にダイバーシティのために女性を選びましょう、黒人を選びましょう、という話ではなく、常にベストな選択をしているということです。Artemis計画はNASAの中でも重要なミッションなので、ダイバーシティを加味しながら、最も優秀な宇宙飛行士を選ぶ必要があります。

コスモ女子メンバーとともに

――日本ではジェンダー平等が社会的な課題になっていますが、日本の宇宙産業のジェンダーの状況について、ガーヴィーさんはどう感じていらっしゃいますか?

 確かに日本はもっと女性の参加率を上げなければならないというジェンダーの課題に直面していますが、米国はもっと複雑な課題にぶち当たっています。我々は女性だけでなく、私のような黒人、アジア系米国人、ラテン系米国人など、様々な人種の方の参加率を上げなければいけません。

 米国もNASAの長官は今まで全員男性です。JAXAも歴代の理事長はすべて男性なので、お互い努力の必要がある点では同じです。NASAでは女性の管理職はどんどん増えていて、副長官は今まで3回女性が務めたので、変わってきているとは感じます。

 一方、日本では今まで11名いた宇宙飛行士の中で女性はわずか2名です。今回候補生に女性が選ばれたことは喜ばしいことですが、宇宙飛行士、そして組織の代表レベルを女性が務めることが当たり前になることが国として、とても大切になってくると思います。

 とは言っても、米国の大使はいつも日本の宇宙産業を褒めているのです。なぜなら、日本の宇宙業界を牽引するリーダーと大使のお茶会を開いた際に、Space Port Japan(スペースポートジャパン)代表の山崎直子氏を始め、インフォステラの倉原直美氏やALEの岡島礼奈氏など、出席していた宇宙企業のCEOの半数を女性が占めていたためです。

山崎直子宇宙飛行士(右)

 反対に、日本政府のトップ層はみんな男性ですよね。私がここで思ったことは、日本の女性は自力でなんとかできる場合は成功するものの、そこに「選ばれる」というプロセスが含まれると男性が選ばれてしまうということです。

 米国には、“The cream always rises to the top”ということわざがあります。本来、一番優秀な人、頭の良い人が自然に頭角を表すはずなのです。そこにジェンダーや人種は関係ないはずです。

――ガーヴィーさんが日本に期待することはなんですか?

 難しい質問ですね。でも私は日本が好きだから、正直に答えます。

 日本政府は日本企業の技術力の発展のためにもっとサポートをする必要があると思います。私が日本の若者と話す中で、日本の将来に可能性を感じている人が少ないように感じました。その中で今行われている月面探査など宇宙関連の取り組みは、若者が将来に対してワクワクする絶好の機会です。

 アポロ11号が月面着陸したとき、米国全土がその光景にワクワクしました。今まで不可能とされていたことが可能だと証明されたことで、自分の、そして自分の子どもたちの未来は明るいとみんなが確信したためです。日本でも、不可能を可能にするようなチャレンジを通じて、今の子どもたちが、努力すれば成功するんだと思えるようなきっかけを作れたらと思います。宇宙は、その可能性を大いに秘めています。

 日本人は失敗を恐れすぎです。何かにつけて、「リスクがあるから、怖いから」とチャレンジしない理由を並べます。米国にこんなことわざがあります。

 「Shoot for the moon. Even if you miss you will still be among the stars.(月を目指しなさい。たとえたどり着けなくても、どこかの星に着陸するだろう)」

 常にベストを目指してチャレンジすることが大切なんです。今の日本はそういう精神が足りないように感じます。

――最後に、NASAでのガーヴィーさんの目標と個人的な目標を教えてください。

 NASAではもう20年働いてきましたが、入った当初の目標はNASAの代表になることでした(笑)。今の目標は、NASAでも他の民間企業でもいいのですが、国際関係部門のトップになることです。

――ぜひ、それを日本で実現してください。

 頑張ります。

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