インタビュー

宇宙教育と旅行会社の「意外な親和性」とは–「ミライ塾」を仕掛ける日本旅行に聞く

2023.10.12 14:00

日沼諭史小口貴宏

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 旅行大手の日本旅行が学校向けの宇宙教育事業を展開している。その名も「ミライ塾」。

 一見すると旅行業との関連が薄そうなテーマだが、すでにミライ塾のプログラムは全国の学校で採用され、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士候補者選抜でも同社が開発したシステムが使用されたという。

 旅行会社である同社はなぜ宇宙教育に参入したのか、またその狙いは何か。ミライ塾を主導する中島修氏に伺った。

教育コンテンツは旅行会社の武器になる

──まず、日本旅行さんのルーツと、これまでの宇宙ビジネスとの関わりについて教えてください。

 初めに歴史的経緯から説明しますと、当社は、110年以上前に初めて団体旅行を作った日本で最も古くからある旅行会社です。当時は携帯電話はもちろんないですし、電話自体も限られた人しか使えない時代でした。ファックスもありません。つまり遠くにある宿の予約ができないわけですね。

株式会社日本旅行 事業共創推進本部 宇宙事業推進チーム ミライ塾 マネージャー/プロデューサー 中島修氏

 でも当時の日本人は、お伊勢参りをしたい、善光寺に行きたい、といったような願望も強かった。とはいえ簡単には行けないから「一生に1回、いつか行ければいいな」という考え方が一般的でした。そこで「だったらみんなで行けるようにしよう!」と、日本旅行の創業者が団体旅行を始めたのが日本の旅行あっせん業のルーツです。

 また、私たちは一般のお客様だけでなく、法人様や学校様などにも旅行サービスを提供してきました。その一環として、JAXA様からロケットの打ち上げに関する各種手配などの業務を受けていて、これが我々の初めての宇宙との接点でした。

 さらに、我々の経験とノウハウはワクチン接種センターの運営や東京オリンピック・パラリンピックのPCR検査など、旅行業に直接関連しない業務でも生かされてきました。これらは現場スタッフのオペレーションやコールセンター、予約受付システムなど、旅行業で培ったノウハウが必要とされる業務で、事業の拡大に寄与してきました。

──なるほど。最初はJAXAの各種手配業務が中心だったわけですね。

 私たちとJAXA様との関係は1992年、毛利衛さんが宇宙へ旅立つ時に始まりました。当時、彼の地元などの関係者で結成された応援団が発射場のある米国のオーランドへ打ち上げを応援しに行くお手伝いをしていたのです。その後も、歴代の宇宙飛行士の打ち上げに際しての関係者支援業務をJAXA様から受託しておりました。具体的には、オーランドなどにおける日本関係者の対応などです。また、日本国内では種子島でのロケット打ち上げに際し、JAXA様や三菱重工様などの渉外業務も受託しています。

 宇宙開発は、交通の便が良い都市部ではなく、種子島や大樹町、オーランドのような場所で行われることが多いです。そういった場所でも確実にご視察などが行えるため、私たちは旅行業で培ったノウハウを駆使し、現場で案内人が必要なときには経験豊富な添乗員を提供してきました。

 しかし、ロケットの打ち上げは国の施策であるため、我々自身の力だけでは仕事の範囲を拡大することは困難です。そのため、既存の宇宙関連の仕事をベースに、自分たちで新しい仕事を生み出すことを考えました。その一つが宇宙に関連する教育事業や人材育成事業です。今では、宇宙や星空をテーマにしたエンターテイメントイベントの企画や、地域活性化の一環としての宇宙を核としたまちづくりのプロデュースなども行っています。

──宇宙教育事業の「ミライ塾」を立ち上げた経緯についても教えてください

 我々が「ミライ塾」を立ち上げるきっかけとなったのは、JAXA主催の高校生向け「エアロスペーススクール」の事務局運営を受託した経験からでした。受託するなかで「宇宙教育のプログラムをもっと他にも広げていってはどうか」という話が出たんです。

 しかし、実際にはなかなか難しく、私たちでやってみようとなっていた時に、パートナー会社さんからお声がけをいただき、民間で一緒に作っていきましょうということになりました。

 そもそも私たちのような旅行会社は、独自に提供できるコンテンツはあまり持っていません。旅行業ではホテルからお部屋を、鉄道会社から座席をそれぞれお借りして、それらをつなぎ合わせて提供することを商売にしてきました。本当の意味でのオリジナルのコンテンツを提供することはあまりできていなかったんですね。

 宇宙事業では、せっかくならコンテンツを提供していく側、コンテンツホルダーになるような仕事を作りたいと思い、そこに教育はちょうどマッチしそうでした。教育コンテンツを開発して学校に提供するという流れを試しに作ってみた結果、宇宙教育をそんな風に手がけている会社は他に存在しないし、中身も面白いという評価をいただけたことで、本格的に事業化できると踏んで2022年から本格的に「ミライ塾」という名前で始めたんです。

──教育事業は、本筋である旅行業とは直接関係していないようにも思えますが。

 実のところ、旅行会社のビジネスで意外と大きな部分を占めているのは教育旅行という分野なんです。学校の修学旅行や研修旅行が含まれますが、それらは旅行業の販売の中では一定の割合を占めていて、旅行会社各社がそれを競っています。

 私も新入社員時代は教育旅行のセールス担当でした。しかし、他社さんとの戦いになったときには差別化しにくいのも事実です。みんな独自のコンテンツを作ろうとするものの、先ほど言ったように旅行会社はコンテンツを持っているわけではないので、他社もすぐ同じような真似ができてしまうんですね。だから、なんとかして有利に戦える武器が欲しい。

 ミライ塾は、そこに対して教育旅行のセールスにおけるキラーコンテンツになり得る可能性がある、という仮説から始まっています。売り込みの仕方も、広告を打つのではなく、教育旅行のセールスの一環として捉え、各学校にセールス担当が直接訪問して売り込んでいます。

 当社のお得意様である学校もあれば、まだ入り込めていない学校もあります。でも、このミライ塾のプログラムは今まで入り込めていない学校にも売りやすい。入り込めていない学校はたいてい他社さんの扱いしかないのですが、ミライ塾のプログラムはセールス担当にとって、そういう学校に対する武器になっているんです。

ミライ塾の月面探査ワークショップのシステムをJAXAの宇宙飛行士選抜試験に提供

ミライ塾の月面探査ワークショップのシステムをJAXAの宇宙飛行士選抜試験に提供

──ミライ塾は具体的にどんな活動をしているのですか。

 ミライ塾では主に、宇宙をテーマとした探究体験プログラムを提供しています。現在、学校現場では探究学習の必要性がより一層高まっています。しかし、一般の学科と異なり、探究学習には明確な答えが存在しないため、学校現場では様々な課題感を抱えています。そんな課題を解決するために、我々は教材だけでなく講師も派遣し、出張授業の形でサービスを提供しています。

 他の企業でもプログラミングなどの教材を提供しているところはありますが、その大半は学校の先生が授業を行わなければなりません。先生たちもとても忙しい中でそれらを実施していくことが困難なのが実情とお伺いしています。また、学校の特色として今まで実施されていないような、特に宇宙をテーマにしたプログラムを実施したいと思っても、実際に実施するのは難しいともお伺いしおりました。そうした背景から、我々のプログラムは講義全体を引き受け、子供たちの探求心を刺激し、学びの心に火をつける内容を提供することが強みとなっています。

 宇宙はポジティブなイメージを持ち、生徒たちの間で好き嫌いが極端に分かれることの少ないテーマです。ミライ塾が提供する宇宙教育のプログラムは、その点で生徒たちが楽しみながら宇宙を通して様々な気づきを学ぶことができる、という魅力があると思います。

──どのような方が講師を務めているのでしょう。

 プログラムの内容によりますが、JAXAの元職員や宇宙開発関連のエンジニアなどが講師を務めることもあります。また、私たちのスタッフ自身が講師となることもあります。

 ミライ塾が提供するプログラムは、特定のエンジニア志向の生徒や宇宙業界を目指す子供たちに限定しているわけではありません。未来への希望を抱かせ、未知の領域への挑戦を促したり、宇宙視点のプログラムを経験することで視野を広く持ってもらったりしたいといった目的を持つ学校や教師からの依頼が多いのです。そのため、生徒のレベル感に対応したスタッフが講義を担当することがよく受け入れられます。

 「ロケット打ち上げ応援ツアー」での経験として、当初は専門家に講義を依頼していましたが、打ち上げの延期などで調整が難しくなった際に、代わりに私たちスタッフが講師となったところ、反響は大変良かったのです。私自身もロケットの打ち上げに50回以上立ち会っており、その経験から現場の雰囲気などは一定程度理解しています。専門的な知識を理解し、現場の臨場感を伝えることが、高評価を得る要因の一つと思われます。

 特に高度なレベルの学問を求めるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)などでは、専門家の講義が求められます。しかし、それ以外では、生徒たちが理科に興味を持つことや、楽しみながら探究することを目指す観点から、専門家ではないスタッフが担当する方が適する場合もあるという結論に至りました。私たちは生徒たちの視点に立った教育を重視しており、旅行業というホスピタリティ業界出身の我々としては、他の教材会社とは異なる視点を持っています。もちろん、学校側からの要望に応じて、外部の専門家も含めた最適な講師を選ばせていただいています。

──授業内容について、詳しく教えていただけますかJAXAにも採用されたとのことですが

 さまざまな授業がありますが、私たちがいま一番売りにしているのが「月面探査ワークショップ」です。このワークショップでは、生徒たちは遠隔操作のローバーを操作し、月面探査を模擬したミッションにチームで戦略を立てて挑戦し、目的達成を目指します。2023年1月に実施された日本人宇宙飛行士候補者の選抜において、この「月面探査ワークショップ」で使用しているシステム(ローバーと遠隔操作用アプリケーションなど)が使われました。私たちが開発したシステムが実際に宇宙飛行士候補者を選抜するツールの一部として採用されことは、本当にうれしい経験でした。

──ミライ塾の実績について教えてください。

 2023年春までに、私たちは合計44校、約6300名の生徒に対してミライ塾のプログラムを提供してきました。主な対象は中学校と高校生ですが、最近では小学校での実施も増え、大手学習塾向けにも小学生向けのミライ塾のプログラムを提供しています。

 最も一般的な形式は平日の「探究学習」の時間に行うもので、一度だけの授業から、年間を通じて数回に分けて行うものまで様々です。また、修学旅行に組み込み、「星空教室」や「宇宙教室」などといったコンセプトでプログラムを提供することもあります。

 公立学校は予算の問題があるため、私立学校で授業することが多くなっています。それでも、2022年は東京都教育庁の「笑顔にするプロジェクト」のコンテンツにミライ塾のプログラムが採用され、公立学校で実施するような施策がありましたし、2023年には地方の教育委員会主催のイベントとして実施したりもしています。

──学生たちからはどんな感想が寄せられていますか。

 大変うれしいことにこちらが狙っていた通りの反応が多いですね。宇宙って難しいイメージもありますが、アンケート結果では全体の95%が「楽しかった」と感じてもらえているようで、我々にとっては自信になりました。

 宇宙をテーマにした学びを通じて、「こんな世界があるんだ」とか「未来に希望を持てた」とか「勉強を頑張らなきゃ」とか、何かしらの気づきを得てほしくて実施しているわけですが、そういう「気づきがあった」と答えた方も91%います。それが我々としては一番うれしいですし、我々のプログラムのセールスポイントでもあるかなと思っています。

 学校の先生方にもアンケートを取っています。教材提供だけでなく出張授業として実施するので、先生方には授業の様子を見学していただけるんですね。それもあって、普段とは違う生徒の姿が見られたとか、客観的な視点で観察できるところがいい、といった感想をいただいています。もちろん授業内容について要望をいただくこともありますので、それは新コンテンツの開発に活かしています。

利益は求めず本業拡大のツールとして活用、将来の宇宙旅行実現も目指す

──事業の成長可能性としてはいかがですか。

 正直に言えば、ミライ塾単体で大きな収益を上げられるとは考えていません。これをツールとして使い、会社全体で収益を上げていくことが狙いです。なので、より尖った、より面白いコンテンツを作っていくことが重要で、それをもとに新たな開拓先に飛び込み、ついでに教育旅行などにも関心を持ってもらえれば、と思っています。最近は学校だけでなく、塾や新しいイベントを求めている商業施設からも、ミライ塾に興味を引かれてお声がけいただくことが増えてきているところです。

──今後の展開について考えているところがありましたら教えてください。

 ミライ塾の直近の目標としては、2023年度中に新たに10校程度に採用していただくことが1つ。当社がまだお取り引きをさせていただけていない学校とお付き合いを開始できるのはかなり大変なことで、たった10校であっても採用してもらえればインパクトはかなり大きいんです。

 さらに、ミライ塾のプログラムはチームビルディングやリーダーシップ研修として企業の社員研修にも活用することが可能だと考えています。何か「大人のミライ塾」のようなものが始められれば良いと思っています。また、我々が考えているもう一つのプロジェクトは宇宙教育の「甲子園」のようなものです。学生が参加するロケット甲子園のようなイベントがありますが、それをさらに広げ、より多くの人々が参加できるような宇宙テーマの「甲子園」を設立することが目標です。

 そのために先日、プレイベントを開催しました。2021年から始めた高校生が国際宇宙ステーション(ISS)でタンパク質の結晶生成実験に挑戦する「宇宙理科室」というプログラムがあり、2022年度には2校がこれに参加して成果発表会まで行うことができました。高校生たちが自身で実験試料を検討し、ISSに持っていく試料を作成、SpaceXの宇宙船でISSに送り、ISSの微小重力下で実験を行い、その後試料を学校に戻して結果を確認する、まさに創薬実験と同じ流れです。この「宇宙理科室」は2023年は全国から20チームを募集する規模で実施する予定で、今後はさらに参加機会を増やし、「甲子園」のような盛り上がりを生み出していきたいと考えています。

──旅行会社として将来の宇宙旅行については現状どのように見ているのでしょう。

 近い将来も含めて一般の人々が宇宙を体験できる方法は、大きく分けて「サブオービタル」「高高度気球」「P2P(高速2地点間)輸送」そして「低軌道滞在」の4つに分けられます。これらのうち「サブオービタル」は宇宙旅行というよりは宇宙“飛行”で、よりアクティビティに近いものですので、私たちが最終的に目指すところではないと考えています。

 「高高度気球」は宇宙空間には到達しないため、これも違います。「P2P輸送」は航空会社の領域に近いと考えており、私たちは最高でもチケットを販売するだけでしょう。したがって、旅行会社として取り組むべきは「低軌道滞在」ではないかと考えています。私たちはこれを宇宙旅行と定義しています。

 私たちは、この宇宙旅行を安心・安全・快適に提供する世界を創造し、販売することを考えています。もちろん、新技術開発を伴う部分もあるでしょうが、非常に現実的な目標であり、事業化可能と確信しています。

 宇宙旅行は販売額が非常に大きいため、会社全体の収益に大きく貢献できる可能性を秘めているチャンスでもあります。

──では、人の月面滞在に向けて日本旅行として考えていることはありますか。

 私たち宇宙事業推進チームの最終的な目標は、今申し上げたヒトの低軌道滞在の先に、月や火星にヒトを届けることも目指しています。しかし、月や火星の話は先の長すぎる話になりますから、事業としてはもっと手前のところに注力する必要があります。

 まずは教育事業であるミライ塾や人材育成、エンタメ事業などを着実に成長させて強化する。足許でできることはしっかりやりつつ、その先のところで、低軌道滞在や月へ人を送り届けるためにどうするべきかも考えていきます。宇宙や月に人を送ることはまさに旅行会社の本領です。我々としてはしっかりサービスとして提供できる体制に持っていきたいですね。

──最後にメッセージがありましたら。

 ミライ塾のプログラムは唯一無二のものだと思っていますし、アンケートの評価から見ても魅力的なコンテンツだと思いますが、まだまだ認知度は高くないのが実情です。より多くの方に体験をしていただきたいという思いがあり、とてもリーズナブルに提供していますから、興味がありましたらご相談いただければと思います。宇宙って現実的な、身近なものなんだ、ということをミライ塾を通じて、子供たちをはじめ多くの人に実感してもらえるとうれしいですね。

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