インタビュー

世界初の民間宇宙ステーションを目指すシエラ・スペース–トム・ヴァイスCEOに独占インタビュー

2023.10.02 09:00

藤井 涼(編集部)日沼諭史

facebook X(旧Twitter) line

 2030年に運用終了が見込まれる国際宇宙ステーション(ISS)に代わる新たな民間商業宇宙ステーションの開発競争が激化するなか、米Sierra Space(以下、シエラ・スペース)は次世代の商業宇宙ステーションや宇宙往還機を開発している。また、宇宙空間を活用して人々の生活を向上することを目的として商業宇宙ステーションをはじめとするプラットフォームの開発を進めている。

 このほかにも、宇宙往還機「Dream Chaser(ドリームチェイサー)」のアジア拠点の検討先として、日本の“宇宙港”である大分空港を選び、日本航空(JAL)との連携を進めるなど、日本の自治体や企業と深い関係性を築きつつある。それらのパートナーシップ構築を支えたのは、長く宇宙・航空関連の製品も扱ってきた総合商社の兼松でもある。

シエラ・スペースのトム・ヴァイスCEO(左)とニーラジ・グプタ上級副社長(右)

 UchuBizでは、8月下旬に来日していたシエラ・スペースのCEOであるトム・ヴァイス氏と、上級副社長のニーラジ・グプタ氏に独占インタビューする機会を得た。来日の目的から各プロジェクトの進捗、さらには日本の宇宙産業に向けたメッセージなどを語ってもらった。

H3は失敗ではなく「次につなげる学びの機会」

――改めてシエラ・スペースという会社について教えてください。

トム・ヴァイス氏:シエラ・スペースのビジョンは、宇宙にテクノロジープラットフォームとビジネスプラットフォームを構築し、地球上の生命に利益をもたらすことです。たとえば、難病の治療法確立や長寿などに向けた次世代の医療ソリューションを見つける、といったことが挙げられます。多くの人が必要としている網膜や臓器を宇宙で製造することが期待されていますし、新たな素材や半導体、通信手段の創出にもつながります。

 気候変動対策についても考えられます。カーボンニュートラルにするだけでは実際には不十分ですが、宇宙で新たな物質や新しい解決策を見つけることで、すでに地球に与えてしまった悪影響を逆転させられる可能性があります。このようにグローバルな視野で物事を考えているのが、シエラ・スペースという会社です。

ニーラジ・グプタ氏:トムが言ったように、私たちが宇宙を目指しているのは、宇宙から地球の生命に利益をもたらすためです。宇宙に行くための技術を身に付けるだけでなく、これまで何年にも渡り、我々が目標を達成するために必要な要素をもっていることを証明してきました。あとはどう実践していくかという段階です。微小重力という環境を活用して人々の生活を向上させること、それが我々が宇宙を目指す理由です。

――今回来日された目的は?

トム・ヴァイス氏:日本には非常にユニークなエコシステムが存在します。日本はバイオテクノロジーや半導体、次世代素材の分野におけるリーダーです。こうした日本企業は世界標準の技術基盤をもっていると言えます。私たちは既存の宇宙企業も含め、日本のパートナー企業と協力してエコシステムを活性化させ、日本のGDP向上に寄与したいと考えています。

 加えて日本はロケット打ち上げのための独自のプラットフォームを持ち、地球周回軌道上への効率的な打ち上げを可能にしています。大分には世界でも珍しい宇宙港の計画もあります。我々のパートナーの1社である三菱重工のH3ロケットにも大変注目しており、我々の宇宙船であるDream ChaserをH3ロケットで日本から打ち上げ、大分の宇宙港に帰還させる、といったことも可能になると見ています。

――そのH3ロケットの最初の打ち上げは叶いませんでした。国内ではこれを「失敗」と見る人もいましたが、ヴァイス氏としてはどのように捉えていますか。

トム・ヴァイス氏:失敗を恐れてはいけない、というのが私の考えです。米国や他のどの国の歴史を見ても、技術革新をするにはトライアルを通じて学ぶことが重要でした。もし、一度の挫折を経験しただけで失敗と断じてしまったら、次のステップに今度はそれまでの何倍もの時間がかかることでしょう。

 本当の失敗は、限界まで突き詰める勇気を持てなくなったときです。1960年代のアポロ計画を見た子供の頃を思い起こすと、それは驚異的な成功ではありましたが、最初からうまくいっていたわけではありませんでした。私も、これまで多くの航空機などを設計してきたものの、最初から完璧に設計できたとは言えません。そうした経験を重ねて学んできたのです。

 H3ロケットの最初のミッションは失敗ではなく、次につなげるための学びの機会だったと認識してます。勇気、創意工夫、先を見据える力が、日本の強さの一端であると思います。H3ロケットの打ち上げで起こったことを改めて見直し、経験値として吸収し、弱さではなく強さの証にしていくべきです。

 SpaceXも初期にFalcon 1で何度も失敗しましたが、それでも彼らは粘り強く続け、ついにはやり遂げました。SpaceXのメンバーは成功でも失敗でも喜びます。私自身、ステルス飛行機からジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡まで、革新的なものを設計してきたと自負していますが、その経験を振り返ってみると、成功から学んだことよりも失敗から学んだことの方がはるかに多く、それが自分を強くしてくれたのだ、ということが心の中に常にあるのです。

「微小重力」が新たなイノベーションを生み出す

――商業宇宙ステーション「Pathfinder」や宇宙往還機「Dream Chaser」によってどのようなことが可能になるのでしょうか。

トム・ヴァイス氏:歴史上大きな進歩があったとき、そこには新しい基盤技術がありました。蒸気機関や鉄道もそうですが、現代のインターネットが実現したのも、1970~80年代にかけてTCP/IPという基盤技術ができたからです。それがなければ携帯電話は生まれなかったでしょうし、ECもフードデリバリーサービスも、クラウドプラットフォームも誕生することはなかったでしょう。

 では、宇宙時代においてTCP/IPのようなものに相当する基盤技術は何かというと「微小重力」です。微小重力環境を、既存市場を打破する革新的なアプリケーションとして我々が提供することになります。そのため、我々は単なる宇宙企業ではなく、バイオテクノロジー企業でもあり、半導体企業でもあると思っています。その仕事をする場所(次世代の商業宇宙ステーション)が今私たちの頭上400kmにある、というところが特徴的な点ではありますが。

次世代の商業宇宙ステーションのイメージ(提供:Sierra Space)

 人類が飛行機で空を飛び始める前後は、長距離移動は困難だと考えられていましたが、そのうち大陸間や島々を飛び回るのも当たり前になりました。宇宙もそれと同じです。これまではとても遠く、到達するのは難しいと思われてきた宇宙でも、実際には頭上のたった400km先にあります。我々がしようとしているのは、その400kmをもっと身近にすることです。

 飛行機で初めて大西洋を横断しようとしたとき、それは偉業だったかもしれません。でも、今はそうではないですよね。宇宙でもそんな日がやって来ます。必要なのは輸送における革新的な変化であって、それを我々の宇宙船であるDream Chaserが実現します。日本航空との協業で最初の宇宙航空機、最初の宇宙路線を構築することも決まりました。それによって基礎的なプラットフォームを作りたいと考えています。

――従来の国際宇宙ステーション(ISS)とシエラ・スペースの商業宇宙ステーションの違いは?

トム・ヴァイス氏:ISSにおける課題は、米国政府が運営し、各国のパートナーがその一部のモジュールなどを所有していることです。私たちの顧客、バイオテクノロジーや半導体の企業は、ISSでの研究開発において、発明の自由、知的財産の保護、スケーラビリティなどを確保したいと考えていますが、ISSではそれが困難な場合があります。また、ISSでの実験には少なくとも数カ月間はかかり、実験に携わる宇宙飛行士のスケジュール調整にも苦心します。

 しかし、民間商業宇宙ステーションではそのような懸念を払拭できます。地上にある施設と同じように、実験施設も、その内容やテーマも期間も、企業のニーズに合わせてカスタマイズできるのです。さらに我々の技術によって宇宙へのアクセスコストを大幅に削減することもできます。

 付け加えると、我々は宇宙ステーションを不動産賃貸のようなビジネスモデルで運営することは考えていません。また、宇宙に何を送るのかではなく、宇宙から地球のために何をするか、という視点を大切にしています。ですから、宇宙旅行についても積極的には考えていません。

 宇宙旅行は注目されがちな領域ですが、結局のところ少数の人々にしか関係しないものです。我々は何十億もの人々の生活に影響を与えるような製品を発明し、開発・製造して提供したいと思っています。我々が商業宇宙ステーションを建設し、投資している理由は、そのように人々に大きな影響を与えることができるからです。企業として高い利益が期待でき、それを元手にさらなる研究開発にもつなげられます。

ニーラジ・グプタ氏:ISSは1980年代に設計されたものでした。ところが技術の進歩により、もはや現在のISS全体が持っている能力よりも、1台のスマートフォンが持っている能力の方が高くなっています。そこで我々は、今のスマートフォンやスマートホーム、オートメーション技術など、すでに地上で日常的に使われている技術を宇宙で活用します。つまり、より効率的なシステムにします。

 トムが話したように企業の知的財産を保護できる、といったメリットもありますが、それだけではありません。宇宙でどのように生活し、仕事ができるかも重要です。各国の政府や資産家だけでなく、誰もがアクセスできる開けた宇宙にすることを考えています。インターネットが世界中に開かれ、それなしでは生活が成り立たないものとなっているように、宇宙もそうなっていくはずです。ISSでは提供できないそうしたことが、我々の民間宇宙ステーションでは可能になるのです。

――それぞれのプロジェクトの進捗や今後のスケジュールについて教えてください。

ニーラジ・グプタ氏:Dream Chaserについては、「Tenacity(テナシティ)」と呼ぶ無人の初号機「DC100」の環境試験が、今後NASAの施設で開始されます。2024年初頭に最初の打ち上げが予定されています。有人飛行に向けては「DC200」を開発しています。大分県との強力なパートナーシップをはじめ、他の多くのパートナーとも協力し、Dream Chaserを2026年、大分空港に着陸させられるよう検討を進めているところです。

 「Pathfinder(パスファインダー)」と呼ぶ宇宙ステーションを、2026年に地球周回軌道に打ち上げて、商業利用できるようにする予定です。

トム・ヴァイス氏:2026年はとても意義深い年になると思いますね。まだ確定ではありませんが、Dream Chaserが日本のH3ロケットで打ち上げられ、Pathfinderに向かい、最後は大分空港に着陸して、地上で日本の産業と力を合わせて研究開発を進める、そんなライフサイクルのスタートがあとわずか3年に迫っているんです。そのためにすべきことは盛りだくさんですが、我々にとっては大きなチャンスであり、大きな可能性も秘めています。

Dream Chaserのイメージ(提供:Sierra Space)

宇宙を理解しなければテクノロジー企業たり得ない時代に

――日本のパートナー企業とはどういった協業が見込まれるのでしょうか。

トム・ヴァイス氏:現在のISSにある日本の宇宙ステーションモジュール(実験棟の「きぼう」など)では、さまざまなハードウェアが搭載され、多くの研究が行われました。それに関わってきた企業は、もちろん我々のキーパートナーになると思っています。ただ、そうした企業だけでなく、最先端研究を行っている日本の大学や、新たな創薬を目指す製薬会社とも協業したいと思っています。そのために十分な輸送能力が今のところはまだないので、我々がそれを担うことになるでしょう。

 我々にとっては日本の企業と協力して次世代の輸送能力や開発テーマを作り出すことも1つの重点課題です。たとえば医療分野ではMRIやCTスキャンなどが考えられます。それを微小重力下で行うことで、たんぱく質の結晶化や幹細胞生成など、再生医療に関わる部分において新たな知見が得られ、大きな技術的進歩につながるかもしれません。

 同じ病気に悩む何百万もの人たちの治療法の確立から、たった1人のためのパーソナルな医療まで実現可能なのは、私が最もすばらしいと思っている宇宙活用の1つでもあります。そのためにはたくさんの新発明が求められます。それを手助けするためにも、あらゆる分野の日本企業と協力し、宇宙ステーションに搭載する実験機器に必要な情報や要求を集めなければなりません。

――兼松との関係性やパートナーシップにおける強みなどについても伺えればと思うのですが。

トム・ヴァイス氏当社と兼松は強力なパートナーシップを築けていると思っていますが、さらにこのパートナーシップをどう強化・拡大していくかを議論しているところです。商業的な面で、あるいは人々に対して、米国と日本の国益のために他にどんなことができるか、といったことですね。

 個人的に面白く感じているのは、このパートナーシップのポテンシャルの大きさが未知数だということです。兼松を通じて多くの日本企業と新たに出会うことができましたが、そのたびに我々になかった見識が得られるのです。

 とてもパワフルなパートナーシップと感じていますが、そこには企業文化としての一致もあるように思います。私たちは同じ世界を見ているし、同じ未来を見ている。宇宙というものから次なる世代を知りたいのだと思います。それに興奮する気持ちは、私だけでなく、兼松も同じなのではないでしょうか。このパートナーシップからは、もっと大きな何かが生まれるはずです。

――最後に、日本の宇宙企業や宇宙に関心をもつ企業に向けてメッセージをいただけますか。

トム・ヴァイス氏そもそもシエラ・スペースは宇宙企業ではなく、宇宙業界をディスラプトすることを目的としたハイテク企業です。同じハイテク企業なのであれば、宇宙ビジネスに参入しないという選択肢はありません。通信会社に限らず、たとえば農作物の生産管理をしている会社もそうです。保険会社も、地球観測する企業も、インターネット企業も、バッテリーや化学製品を扱っている会社も、あらゆるテクノロジースタートアップが宇宙を活用したいと考えているのではないでしょうか。

 ロケットや人工衛星を作る会社でなくとも、宇宙データの利用は有効です。リスク管理や顧客・販路拡大など、ビジネスを強化するために宇宙データの利用方法を模索しなければなりません。10年前なら宇宙のことは無視できました。でもこれからの10年、そんなことではビジネスは成り立たないでしょう。iPhoneにもすでに衛星通信で緊急通報できる仕組みが搭載されています。今や宇宙を理解しなければテクノロジー企業たり得ない時代になってきている。そう考えていいと思います。

Related Articles