インタビュー
横河電機「月の水を探る装置」共同開発の狙い–「日本の普通の大企業」が月面探査へ本気
「日本の産業界ほど、民間レベルで月面開発の話が盛り上がっている国は他にない」──。そう語るのは、横河電機でエグゼクティブ・メンターを務める黒須聡氏だ。「横河電機は日本の普通の大企業」とも同氏は謙遜するが、そんな同社が「月面開発」のビジネス化に本気で取り組んでいる。その狙いについてSPACETIDE 2023イベントで話を聞いた。
横河電機は、さまざまな産業向けに計測機器やプロセス制御機器とシステムを提供している大手電機メーカーだ。
同社が取り組む宇宙ビジネスは主に3種類ある。1つ目は「地上での研究開発、射場等宇宙関連施設への計測機器」の提供、2つ目は「地球低軌道上のISSでの科学実験に使用するライフサイエンス計測機器と衛星を活用したデータソリューション」の提供、そして3つ目は「月面でのプラント建設を見据えた計測・制御ビジネス」の確立だ。
なぜ横河電機が宇宙ビジネスに注目しているのか。その理由について黒須氏は、同社の計測・制御ビジネスの概要について説明してくれた。
「我々はもともと計測屋だったが、その後制御も手掛けるようになり、今ではプロセス制御のほうが売上の9割を稼ぎ出している。計測機器では例えば光ファイバー通信やバイオメディカル機器の開発に用いられる光スペクトラムアナライザも売っている。これら既存の技術を宇宙へ広げていこうというのが我々の取り組みだ。今すでにやっているのは地球低軌道で、将来的には月面でのビジネスにも挑もうと思っている」(黒須氏)
同社の強みである計測制御や情報技術を、1つ1つ「宇宙に対応させていく」のが同社の基本戦略というわけだ。
既存技術を宇宙へ横展開した事例として、黒須氏は「共焦点スキャナユニット」を挙げた。同技術は「生きた状態の細胞の立体画像を、生きた状態のまま生成できる」技術で、千代田化工建設が開発した宇宙実験用の顕微鏡システムに組み込まれた。そして、2020年から国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されている。
銅鉱山の「廃液ダム」崩落を衛星監視で予測
加えて、衛星データを活用したソリューション事業にも取り組んでいる。横河電機は鉱山や紙パルプのプラントなど、地上に多くの顧客を抱えているが、宇宙からのリモートセンシングで取得したデータを活用して、地上の産業を支援するソリューション開発を進めている。
「今やいろいろな衛星が打ち上げられているが、その衛星データを使ってさまざまなソリューションを作ろうと取り組んでいる。我々は計測用のさまざまなセンサーや、制御情報技術などを持っていて、地上にさまざまなお客様を抱えている。そして、そういったお客様は我々のデータをお持ちなので、そこから得られる地上のデータとリモートセンシングで得られる広域データを組み合わせて、意味のあるソリューションにしようと力を入れている」(黒須氏)
黒須氏が例に挙げたのは地盤崩落監視だ。
「我々は南米に鉱山のお客様を抱えているが、鉱山の廃液を貯めるダムが時々崩れてしまうことがある。この廃液はとても毒性が高く、流れ落ちて麓の村が全滅した事例も実際に起っている。これは人道的にも大変なことで、企業にとっては絶対に防ぎたい。そこで、衛星データを使えば高さがわかるので、形状の時間変化を見ながら崩落を予測するソリューションを開発している」
また、タイでは水道の漏水防止の取り組みも始めたという。「タイのバンコクでは水道の50%が漏水している箇所もあるそうで、弊社のエンジニアを派遣したところ、やはり深刻だった」と黒須氏は語り、続けて「合成開口レーダー(SAR)のデータを使って何かできないかと実証を始めたばかり。これにはいろいろな可能性を感じている」と意気込む。
こうした事例からわかる通り、横河電機の宇宙ビジネスの強みは、すでに自社のセンサーや制御技術を活用している顧客が地上、それもグローバルに数多く存在する点だ。そうした顧客から直接ニーズを汲み取ってソリューションを開発し、それを他の顧客に横展開するサイクルを回せる。
また、衛星データを時間差で比較することで変化を抽出し、そこから問題を発掘するダッシュボードもインドのチームが開発している。「今はソフトウェアの作成段階だが、これも非常に楽しみな取り組みだ」と黒須氏は話す。
プラント事業を月面でも展開へ、水資源検査装置を展示
次に黒須氏が紹介したのは、月面における水資源採掘の取り組みだ。月面では米国主導のArtemis(アルテミス)計画や中国主導の探査計画が進んでいるが、横河電機が見据えるのは、それよりも後。国家ではなく民間企業が月面開発を本格化させる時期だ。
商用の月面開発が本格化すれば、当然資源の採掘プラントが建設されることになる。横河電機は地上のプラント向けに計測や制御技術を提供しているが、これを月面にも横展開しようというわけだ。
そこで黒須氏が披露したのは、同社のレーザーガス分析計を組み込んだ月の水を探る検査装置だ。千代田化工建設と共同開発したもので、SPACETIDE 2023イベントに展示していた。
同装置は、月面を掘削して砂(レゴリス)に含まれる揮発性物質を気化してレーザーで分析する機構を備えており、土壌が含む物質を測定できる。「O2やCO2、H2Sなどいろんな物質を測定できる。H2O、つまり水の有無もわかる」と黒須氏は説明する。
月面には水が豊富に存在するとされ、その水は電気で酸素や水素に分解できる。人類が恒久的な月面での活動を維持する際にエネルギーの自給源となる。また、人類が火星や深宇宙に繰り出す際にも、重力が地球の6分の1しかない月は、エネルギー補給基地として有望視されている。
そんな月に水資源採掘プラントを建設する際には、事前に「どこにどれだけの水があるか」を試掘で確かめる必要がある。その際に、同社が開発したレーザーガス分析計を組み込んだ装置が活用できるというわけだ。
「実際に同装置で水の所在がわかれば、月面の産業化が本格化する。我々は地上でプラント制御を手掛けており、最終的にはプラント制御を月でやりたいと思っている。ここが一番楽しみな仕掛けだと思っている」と黒須氏は語る。
月面開発、民間レベルでは「日本が一番盛り上がっている」
海外の民間企業でここまで月面開発に注力している企業はあるのか。黒須氏に競合について尋ねると「一個作りで(検査装置を)NASAがやっているというのは聞いたことがあるが、商用レベルでやっているという話は聞いたことがない」と説明。
また、同氏はこれまでに何度も海外で講演する機会があったというが、講演のテーマについて「なぜ日本の産業界は月に対してここまで盛り上がっているのか、その理由を話してくれ」と先方から頼まれるほど、日本の民間レベルでの月面開発の盛り上がりは顕著だという。
黒須氏は「日本の普通の大企業である我々も月面開発に取り組んでいるくらいに日本は盛ん。あと10年くらいすれば各国の大企業も参入してくるとは思うが、気長に待つ必要のある月面開発は、実は日本企業と相性が良いのではないかとも思っている」とも付け加えた。