インタビュー

スタートアップ大国のイスラエルが「宇宙テック」でもリードする理由–日本との協力関係も進展

2023.06.19 09:00

Yoav Milo(Aniwo VP Business Development)

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 5月22日、イスラエルのテルアビブで宇宙カンファレンス「SpaceTech Summit 2023」が開催された。政府関係者をはじめ、スペーステック業界に関わる著名な学術研究者や専門家、スタートアップ企業、投資家など世界中の業界キーパーソンがイスラエルを訪れた。

Space Tech Summit Organizers(Type5提供)

 本稿では、2014年からイスラエルに本社を置くAniwoで、日本とイスラエル間のイノベーション創出に携わる筆者が、実際にイベント会場で収集したリアルな情報や業界キーパーソンへのインタビューをもとに、同国のスペーステックエコシステムや、注目企業の最新動向、そして日本とのコラボレーションの可能性について解説する。

スペーステック業界をリードするイスラエル

 小さな国土と人口ながら、世界有数のスタートアップ大国として知られるイスラエルは、宇宙開発分野においても目覚ましい発展を遂げてきた。宇宙ロケット打ち上げの基礎となるICBM技術のリーダーとして知られ、現在も数々の宇宙スタートアップを生み出すイスラエルは、間違いなく世界の宇宙産業をリードする主要プレイヤーと言える。

 そのイスラエル宇宙産業において重要な役割を担っているのが、1983年に設立されたイスラエル宇宙庁(ISA)だ。ISAは、他国や国際宇宙機関(NASA、欧州宇宙機関など)とのパートナーシップの促進や共同研究開発プロジェクトの支援に関わっている。イスラエルの研究者や企業が、国際的な視野を持ちながら宇宙技術の開発に取り組み、革新的な成果を生み出し続けている背景にはISAの存在が大きい。

 世界で初めて民間として月面着陸ミッションに挑戦したのも、イスラエルの民間団体SpaceILであり、彼らは2019年に「ベレシート」月面着陸ミッションに挑戦している。結果、着陸成功に至らなかったものの、月面に衝突した痕跡は確かに確認されており、ベレシートは月軌道に到達した初めての民間探査機となった。次回ベレシートミッションについては、2024年に計画しているという。

 そして2022年4月、イスラエル政府は戦略的重要性と経済成長可能性の観点から、民間宇宙産業分野を今後5年間の国家優先部門に指定した。5年間で約1億7000万ドル(日本円で約240億円)を含む多額の投資をすることで、国内の宇宙関連企業の数を倍増させ、同分野の年間売上を4倍にすることを目標としている。

SpaceTech Summit 2023とは何か

 スペーステック業界のキーパーソンが多数参加した「SpaceTech Summit 2023」には、イスラエルの防衛・航空宇宙産業をリードするElbit systemsとIsrael Aerospace Industries(IAI)も参加し、来場者の視線を集めた。

 Elbit systemsについては、3月に日本エヤークラフトサプライ(NAS)、伊藤忠アビエーションの3社間で、相互協力を推進するためのMoU契約を結んでおり、今後技術面で連携していく予定だ。

 また、同イベントは「1兆ドル規模の宇宙市場」「サイバーセキュリティ」「量子通信」「AI」「気候変動」などを主要トピックとして掲げ、各トピックに関連したパネルディスカッションやキーノートスピーチ、宇宙関連企業による展示ブースが設けられ、スペーステック業界の可能性と進歩の発信、および国際的なコラボレーションを促す機会を提供した。

宇宙に特化したイスラエルVCのキーパーソンに聞く

 さっそく、各キーパーソンのインタビューを紹介していこう。

 まずは、スペーステック領域に特化したベンチャーキャピタルで、今回のSpaceTech Summitの主催者でもあるType5が、イスラエルのスペーステック業界においてどのような役割を果たしているのか、共同創業者 兼 Managing DirectorであるLior Herman氏とVenture PartnerのBurt Ross氏に話を聞いた。

Co-Founder & Managing DirectorのLior氏(左) 、Venture PartnerのBurt氏(右)

 2023年に創設2年目を迎えた同社は、世界のスペースエコシステムにおいて不可欠な存在となることを目指し、世界規模でのコラボレーションやパートナーシップを促進しているという。

 同社の特徴は、資金面の支援にとどまらず、戦略的パートナーシップやIPライセンス、M&A活動などもサポートし、機会の商業化や最先端技術の活用促進にも積極的に取り組んでいる点だという。イスラエルスペースエコシステムには、政府の支援に加えて同社のような宇宙開発に特化したVCが存在しており、グローバルでの連携および民間企業のリードの創出に貢献している。

 Lior氏は、スタートアップ大国であるイスラエルには、宇宙に特化した企業だけでなく、地上でも優れた技術を開発する企業が数多く存在することも強みだと解説する。地上で開発し、得られた収益が宇宙技術開発の原動力となり、イノベーションと技術進歩におけるポジティブなサイクルを生み出すという。

 また、同社は国際的なコラボレーション、特に日本とのコラボレーションの重要性について言及しており、日本とイスラエルが協力して宇宙関連技術を開発促進することで10億ドル規模のIPOを生み出し、両国が宇宙開発の最前線に躍り出る未来を思い描いている。

火星や月の土壌から金属や酸素を生産する「Helios」

 続いて話を聞いたのは、月面での資源採取と地上での鉄鋼業界の両面において変革を起こし続ける、スペーステック業界注目のスタートアップであるHeliosだ。同社は、革新的な溶融レゴリス電解法(MRE法)を活用することで月の土壌から酸素と金属を抽出し、月面基地や有人宇宙探査のための材料コストを削減している。

 宇宙船の重量の大部分を占めているのが酸素であり、Starshipのような1400トンにもなる宇宙船においては余分な重量の約75%が酸素となる。同社は「燃料の確保」という課題解決を第一に考え、月面から採取可能な資源から持続的に酸素を製造することに情熱を注いでいる。

 また、同社のカーボンニュートラル技術「Helios Cycle」は、還元剤としてナトリウムを利用することで、『直接排出ゼロ・エネルギー消費50%削減・生産コスト20%削減』を実現している。この革新的なアプローチは、クリーンな鉄鋼生産を可能にするだけでなく、貴重な副産物も生み出すことを可能としており、同社はすでに世界最大級の鉄鋼メーカー4社と交渉中とのことだ。

Helios Cycle(Heliosウェブサイトより)

 同社の宇宙領域VPであるAlice Miller氏はインタビューにおいて、「弊社は宇宙での貴重な資源である酸素の生産という点で宇宙分野に貢献する」というビジョンを強調した上で、宇宙技術をクリーンテック等の他の分野と融合させることで、より実現可能でインパクトのあるスタートアップを生み出すことができると語った。

光吸収材料とコーティング技術で信頼を得る「Acktar」

 サミットで多くの注目を集めていたブースの1つが、航空宇宙産業向けに宇宙仕様のコーティングソリューションを提供するイスラエル企業 Acktarである。同社は数十年に渡り宇宙開発の発展に関わっており、数多くの衛星搭載機器に使用される超黒色光吸収コーティングとフォイルの信頼できるプロバイダーとしての地位を確立している。

 同社のコーティング技術は、主に迷光の抑制や受動的な熱管理、原子状酸素や放射線などの厳しい宇宙環境に対する保護を目的に使用されている。同社製品は、これまでに50以上の宇宙プロジェクトに採用され、現在では3万以上のコーティング部品が宇宙で使用されており、宇宙産業において広く認知され信頼できるサプライヤーとなっているという。

 以下の画像は同社技術「Acktar HexaBlack tech」の効果を示したものである。右の画像のように、不要な光を完全に除去することで最高の解像度と品質の画像を提供している。

Acktar HexaBlack tech(Acktar社提供)

 同社の航空宇宙エンジニアであり材料科学者でもあるTamas Rev氏に、民間企業が宇宙産業で成功するために重要なポイントを聞いた。やはり、スペーステック企業が市場で資本調達を実施することについては一定の難しさがあるという。そのため、民間企業、特にハードウェアに特化したスタートアップは、宇宙におけるミッションに対し取り組みながらも収益を上げることを意識し、前述で紹介したHeliosのように産業用途への応用を模索することが重要であると語った。

宇宙領域で進展する日本とイスラエルの協力関係

 そして、今回のサミットにおいて特筆すべき点は、日本とイスラエル間のコラボレーションに焦点を当てたパネルディスカッションが開催されたことである。

 日本とイスラエルの協力関係は近年着実に進展しており、両国間におけるビジネス規模と投資額は年々拡大の一途を辿っている。2021年には、イスラエルに対するグローバル投資のうち、約16%が日本からの出資であり、この数字だけでも双方において関心と関与が高まっていることを物語っている。

 当パネルには、NECイスラエル研究センターのManaging Director・Tsvi Lev氏、NTT Innovation Laboratory IsraelのCTO・Moshe Karako氏、IDDKのCo-CEO and CFO・吉岡康平氏、AcktarのTamas Rev氏が登壇した。

 パネルディスカッションでは、NECイスラエル研究センターが「はやぶさ2」ミッションにおいて、イスラエル企業Ramon.Spaceと共に自律型小惑星探査機用のマイクロプロセッサやソフトウェアを提供した事例や、宇宙での高度な通信システムや計算能力の開発を目指すNTT Innovation Laboratory Israelのイスラエル企業に対する投資・コラボレーション事例などを通じて、これまでのイスラエル企業と日本企業間の宇宙ビジネスにおける取り組み・進歩が解説された。

 また、イスラエルの航空産業とStarburstが提携して立ち上げた世界初の航空宇宙特化アクセラレーターASTRAには、日本からIDDKが採択されており、プログラムに参加した同社Co-CEO and CFOの吉岡氏がイスラエルのインキュベーターに参加することで得られる支援プログラムや戦略的パートナーシップの構築機会について紹介した。

 日本とイスラエル間の宇宙開発はまだ始まったばかりではあるが、日本の宇宙開発企業iSpaceとイスラエル発スタートアップHeliosの提携が注目を集めているように、すでに有望な取り組みが各所で生まれはじめている。AcktarのRev氏も、日本の産業界に根付く長期的なビジョンとチームワークは、イスラエルベンチャーにとって理想的なパートナーであると強調する。両国は今後、益々経済的な結びつきを強め、相互の強みを補完し合いながら、宇宙技術や探査の進歩に大きく貢献する共同事業を創出していくだろう。

最後に

 インフラへの投資と成長を支援する規制の枠組みにおけるイスラエル政府のコミットメントは、スタートアップや業界全体の成長にとって極めて重要な役割を担っている。Earth & Beyond VenturesやアクセラレータープログラムASTRA等の支援を受けることで、スタートアップはコラボレーションや知識の共有、資金調達へのアクセスが可能となり、また、グローバル企業との連携は宇宙開発における世界のイノベーションハブとしてのイスラエルの地位をさらに強固なものにしている。

 イスラエルが得意とするイノベーションの活用と人材開発、支援環境の整備、これらを今後スペーステック業界にも一層拡大していくことで、宇宙探査とテクノロジーの未来により革新的な変化が起こることを期待したい。

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