インタビュー

老舗商社の兼松が描く「地球低軌道ビジネス」とは–Sierra SpaceやBlue Originと商用宇宙ステーション利活用へ

2023.06.13 09:00

藤井涼石田仁志

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 宇宙という新しい市場に対する期待感が高まり、国内外で多くのプレイヤーが商機を伺っている。未知なる領域に対するイノベーションの創出で新興勢力が目立ちがちな市場のなかで、従来から航空宇宙ビジネスを手掛け、実績で勝負するのが老舗商社の兼松だ。

 同社は宇宙領域で1つ1つ実績を積み重ねてきた延長線上で、地球低軌道における宇宙環境利用の実現に向けて米国Sierra Spaceと提携し、2030年に運用終了を予定している国際宇宙ステーション(ISS)に続く、新たな商用宇宙ステーションの利活用に向けた取り組みを進めている。兼松が描く宇宙ビジネスとそれらがもたらす近未来像とはいかなるものか、同社の航空宇宙部のメンバーに聞いた。

20年以上前から「宇宙」に取り組む兼松の強み

 兼松は、創業100年を超える老舗の商社だ。多種多様な商品・サービスを提供する一環として、20年以上前から宇宙ビジネスを手掛けている。長年事業を続けているが、同社は伝統的なビジネスにとどまらない。宇宙事業で蓄積した実績と強みを生かし、次なる宇宙事業開発に向けた新たな取り組みを始めている。同社の社長である宮部佳也氏も車両・航空部門の出身であり、宇宙は期待されている事業領域だ。

 兼松のメインのビジネスは輸入販売であり、海外から人工衛星向けのサブシステムや部品を仕入れて国内の企業などに納入している。具体的には、放送衛星をはじめ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプログラムで運用される衛星やロケット、補給機向けのサブシステムから部品まで、宇宙にかかわる多種多様な製品を納めている。

 昨今では、輸入販売ビジネスにとどまらず、「H-IIAロケット」「イプシロンロケット」「H3ロケット」といった、JAXAの基幹ロケットの打ち上げを支援する海外地上局の維持・管理・開発を手掛けている。「現場から入ってモノづくりの支援をしていたが、今日では事業領域を拡大し、トレーディングだけでなく付加価値のあるサービスの領域にも取り組んでいる」と廣瀬裕介氏は語る。

兼松 航空宇宙部 第4課の廣瀬裕介氏

Sierra Spaceと提携し「低軌道利用促進ビジネス」に注力

 その中で同社が新たに注力しているのが、地球低軌道を利用したビジネスだ。2021年9月にSierra Spaceと提携し、官公庁や日本の大手企業との連携・調整といった、国内宇宙事業立ち上げのフェーズから関与している。

 Sierra Spaceは、航空機・宇宙船の開発製造会社であるSierra Nevada Corporation(SNC)から、2021年にカーブアウトした民間宇宙開発企業である。同社は、SNC時代から培った30年以上の宇宙開発の技術と実績を継承した精鋭企業だ。航空やサイバー技術といった専門性の高い事業ドメインをカバーするSNCグループという強力な後ろ盾も付いている。Sierra Spaceは直近ですでに数百億円年間売上を計上しており、他の民間宇宙開発スタートアップとは一線を画した存在だ。

 Sierra Spaceの事業領域は、「Dream Chaser」による宇宙輸送事業を行う「Space Transportation」部門、Amazonの創業者であるジェフ・ベゾス氏が設立したBlue Originと共同開発する次世代商用宇宙ステーション「Orbital Reef」の事業化を目指す「Space Destinations」部門、そして「Dream Chaser」と「Orbital Reef」を補完するサブシステムとしてジンバルや太陽光パネル、スラスター、生命維持装置、熱機器、アビオニクスなどのモノづくりを行う「Space Applications」部門の3つである。また、Sierra SpaceのDestinations部門は、LIFE habitat(Large Integrated Flexible Environment)と呼ばれるインフレータブルな居住空間を開発している。

兼松 航空宇宙部 第4課の髙田敦氏

 「当社は、単に製品を販売するのではなく、技術力とノウハウを用いて、製品の改善、顧客の問題解決ができるところが強み。その部分が評価され、有難いことに一緒に事業をさせてもらっている」と、同社とのパートナーシップを担当する髙田敦氏は話す。

 Sierra Spaceとの提携を踏まえて兼松では、(1)「Dream Chaserの日本展開」、(2)「Orbital Reefの宇宙施設・空間の利用促進」、(3)「Orbital Reef上での共創を含めた新規事業開発」――という3つの事業を目指している。

Sierra SpaceのBusiness Development Vice PresidentであるJohn Rothとの撮影。場所はNASAのケネディー宇宙センター(提供:兼松)

 (1)「Dream Chaserの日本展開」では、Dream Chaserを宇宙から日本へ帰還させることを目指している。帰還先として期待される候補地は、宇宙産業振興に積極的な大分県だ。将来的には、日本をアジアにおける主要の宇宙港へ発展させるビジョンを描いているとのこと。

 Dream Chaserは、宇宙へ貨物を運ぶ無人往還機と、スペースシャトルのように地球と宇宙の間を人が移動するための有人往還機、地球軌道上を周回し国家安全にかかわるミッションに携わる無人機という3タイプの機体の開発が進んでいる。その中でNASAとの契約の元、まずは2023年に無人往還機を打ち上げ、ISSに物資を補給した後、2024年に米国に戻るミッションを計画している。兼松は、大分空港をDream Chaserのアジア拠点として活用することを目的に、2022年に大分県と日本航空(JAL)、Sierra Spaceの3社とパートナーシップを締結し、実現に向けた方向性や制度設計についての検討を進めている。

Dream Chaserのイメージ(提供:Sierra Space)

 大分県では、兼松とパートナーシップを締結する以前から県内企業が人工衛星の開発に参画するなど、行政のみならず地域全体で宇宙開発の話題が盛り上がっているという。さらに鹿児島には種子島宇宙センターがあり、福岡県には小型SAR衛星メーカーなどの宇宙関連企業も多く、九州エリアは今後宇宙産業を発展していくために良い条件を備えている。最終的には、種子島からH3ロケットでDream Chaserを打ち上げ、大分空港に帰還する「種子島発 宇宙経由 大分着便」の就航を目指しており、2030年までに、無人機の大分空港への帰還を実現すべく大分県庁と共に取り組んでいる。

 (2)「Orbital Reefの宇宙施設・空間の利用促進」では、これからSierra SpaceとBlue Originが打ち上げる新しい宇宙ステーションであるOrbital Reefの施設内に、日本の政府や企業による研究開発や事業活動の場として使える環境を用意して、日本のイノベーション促進と宇宙事業参入のコーディネートや支援を行う。同事業のポテンシャルについて髙田氏は、「現在のISSは公的施設なので、研究開発以外の商用利用ができない。民間が持つ宇宙ステーションであれば民間が自由に使えるので、これから様々な分野・業界での利用拡大が期待されている。また、兼松が商社として保有するネットワークを活用して、非宇宙産業の企業様とも連携を深めたい」と説明する。

Orbital Reefのイメージ(提供:Sierra Space)

 また、現段階でISSを利用したい日本の民間企業に対しても、Sierra Space経由でISS利用枠を提供するサービスを開始しようとしている。そこで実験した成果や取り組みは、Orbital Reefへと移行させていくこともできる。

 2027年のOrbital Reefの運用開始に向けて利用企業を先行して募ると共に、Orbital Reefの開発を行うSierra SpaceとBlue Originに対して、ISS「きぼう」日本実験棟の経験から生まれた日本発の技術も提案している。兼松は、日本の宇宙産業が長年蓄積した技術と実績を、Sierra Spaceとの連携の中で世界展開し、世界の宇宙産業の発展へ貢献することも重要な使命だと考えている。

 商用宇宙ステーションの建設にあたっては、米国政府による資金サポートが少ない中で、現在兼松が参加する陣営の他にNanoracks、Northrop Grumman、Axiom Spaceという米国の民間3社が名乗りを上げている状況だが、「技術面や経営陣のリーダーシップ、グローバルでの強力なパートナー企業、資金力などに鑑みて、Sierra Space/Blue Origin陣営が商用宇宙ステーションの実用化を完遂する実現性は高い」(髙田氏)とのこと。

 現在、兼松以外にも複数の日本企業が宇宙事業の開発へ参入を始めているが、髙田氏は「幅広い産業で地球低軌道の利用が広がっていくと思うが、日本が強みを発揮できる業界を中心に、様々な企業様と連携を深めていきたい」と語る。

共創型ビジネスの実現に向けて国内連携を開始

 (3)「Orbital Reef上での共創を含めた新規事業開発」に関しては、宇宙ステーションを使ってみたいという日本企業をパートナーとし、新たな事業や産業を育てることを目指す。

 その前段として兼松は、2022年11月にJAXAの「持続可能な地球低軌道における宇宙環境利用の実現に向けたシナリオ検討調査」の競争企画に対して提案を行い、採択された。同企画には、東京海上日動火災保険、JAL、バスキュール、ベーカー&マッケンジー法律事務所、三菱重工業、三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング、三菱 UFJ 銀行、Sierra Space、Blue Originといった企業が参画し、宇宙環境を利用した新たな事業モデルや、リスク分析、法的制度などの課題を検討した。

 「当社は事業会社として様々なビジネスをしているが、その知見だけでは対応できない。宇宙で新しい事業を進めていく上で、金融や保険、法律の知識が要る。そのために、各領域のエキスパートと連携させていただいている」と、篠原亨氏は語る。それらの共創の取り組みによって兼松は、地球低軌道を利用した新しい経済圏・エコシステムを日本で作り、宇宙利用にかかる日本のマネーを海外へ流出させず、より海外から日本へ流入させる経済の実現を目指すという。

兼松 航空宇宙部 第4課 課長の篠原亨氏

 「本当は日本が宇宙ステーションを作ることが理想だが、現状では数百億円~数千億円の建設費用を捻出することは難しい。そこでまずは日本が得意な分野を生かせる利用環境をグローバルの枠組み内で作り、海外の人にも使ってもらって、外貨を稼ぎ、また次の利用に回していく。それが実現すれば、兼松だけでなく日本全体が儲かる。日本からロケットを打ち上げることができれば、日本の宇宙産業への貢献にも繋がるし、商用宇宙ステーションの利用が増えれば日本としても独自のモジュールが必要だという議論に繋がるはずなので、このような好循環を作りながら事業を進めていきたいと考えている」(髙田氏)

兼松が描く国内における共創型ビジネスの概要と世界観(提供:兼松)

 地球低軌道ビジネスにおける今後の事業スケジュールについては、2023年度から国内企業に対して現在のISSにおける低軌道拠点利用支援サービスを開始して、マイクログラビティ(微小重力)空間の民間利用を促進しつつ、Orbital Reef活用の優先顧客を確保していく構えだ。そしてOrbital Reefが完成する2030年までに、サービスプロバイダーとして国内ユーザーへ地球低軌道利用サービスの本格提供や、アクセラレータープログラムを通した利用拡大支援サービスを開始する予定であるとのこと。

 「すでに米国ではISSの民間利用が拡がっている。日本企業にも地球低軌道、マイクログラビティという場を、イノベーションを起こす場として使っていただきたい。宇宙を使ったビジネスに挑戦する際には、ぜひ一緒に取り組ませていただきたい。日本企業の皆様と共に、新しい経済圏を創造していきたい」(髙田氏)

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