特集
JAXAで活躍する「文系職員」–宇宙ビジネスと20年間向かい合ってきた上村俊作氏の原点
J-SPARCを始めたことで職員のマインドも変わり始めた
――現在はどのようなことをされているのでしょうか。
新事業促進部 事業開発グループという部署で、主に「J-SPARC」という取り組みを、10数名のプロデューサーと社内横断した100名前後の共創メンバーとともに進めています。2018年に立ち上げた民間事業者との共創型研究開発プログラムで、多様な分野のベンチャーや大手企業と宇宙関連ビジネスの創出、あるいは宇宙関連技術を用いた地上での新規ビジネス創出、さらにはJAXAも新しい技術を獲得して将来のミッション創出も目指すプログラムです。
国の研究開発機関である我々JAXAが伴走する形で、これまで約40のプロジェクトに取り組んできて、そのうちすでに5件が事業化(商品化、サービスイン等)を果たしています。僕のミッションは、2024年度までにそのなかから宇宙関連事業を10件生み出すことです。
今のところ事業化しているのは教育・エンタメ系や衣食住関係が多いのですが、これからの後半戦はロケット、衛星などまさに直接的に宇宙に関係するところが事業化してくるでしょう。
――J-SPARC以前は、共創のような取り組みはしてこなかったのでしょうか。
かつて、JAXA発足時から始動した、宇宙への参加を容易にする仕組み「オープンラボ」というプログラムがあり、提案者である民間企業・大学等に対して資金を助成し事業開発など後押ししていました。現在では国内で70社ほどの宇宙ベンチャーも誕生し、宇宙技術を活用した臭わない下着や超小型衛星ビジネスなどが生まれ、高いと思われている宇宙ビジネスのハードルを下げるというオープンラボの目的はある程度達成できたと思います。
2015年頃から、官民ファンドなどの資金が宇宙ベンチャーなどに直接投入されるようになりました。そこで、J-SPARCでは、JAXAからの民間企業への資金助成ではなく、民間の事業化を後押しするJAXA内部での研究開発費に国の予算を活用しています。また、J-SPARCが呼び水となり、共創相手方企業側でより資金、人材、技術などを確保しやすくなる効果もあるとも聞きます。
一方で、JAXA内部では、なぜ民間企業のために汗をかかないといけないのか、という声が少なからずありました。我々の一丁目一番地は、政府が期待するロケットや衛星などを作り、運用して、得られたデータを世に提供していくこと。なのに、産業のこと、民間ビジネスのことをなぜ考えなければならないのかと。
そのため当初は塩対応でうまくマッチングできないところもありましたが、民間企業と手を組むことでシナジーが生まれ、自分たちがやっている研究開発も前に進みやすくなる、といった効果もあることも訴えていきました。民間のベンチャーがたとえばロケットや衛星、探査機を作るというのであれば、そこに我々の研究開発テーマも載せ、共に実証し、最終的には民間ベンチャーがJAXA技術や研究開発成果を使っていただくなんてことも考えられます。
確実に職員のマインドが少しずつ変わり始めましたよね。各事業部門でも民間共創の意識も以前よりは高まりつつあります。J-SPARCを始めたことで、「変わり始めたJAXA」も実感するようになってきています。ただ、まだ少数派ではあるので、これから、カタチを見せ、少しずつ仲間を増やしていきたいと思っています。
――上村さんは人や仲間を増やす、ということに一貫して取り組まれていますね。
JAXAには5分類の「○○したい人」がいると思っています。研究者に代表されるような未知の事柄を「知りたい人」、そして技術者のようなロケットや衛星を「作りたい人」、宇宙飛行士のように宇宙に「行きたい人」、それにメーカーや海外宇宙機関などあらゆるステークホルダーと物事を調整する「整えたい人」、宇宙開発に関する情報などを「伝えたい人」ですね。
さらに、これからは、宇宙を「使いたい人」が鍵であり、そういう人をどんどん増やしていきたいところです。宇宙の場、技術、データなどを使いたい人が増えれば増えるほど、ロケットや衛星を作りたい人も増えていく、そういう循環も作りたいですね。今は特に宇宙とはこれまで関係なかった業界の人たちを呼び込みたい。就活時に出会った人たちや出向中の人脈が今に生きているところもありますから、人と人の緩い繋がり、コミュニケーションは本当に大事なんだなと常々思っています。
宇宙産業を「産業」と呼ばないような世界に
――ところで、本業以外のところで何か活動はされていますか。
今はいくつか兼業しています、ご縁があって、生まれ育った九州で地域・地方創生な活動のお手伝いもしています。宇宙とは関係ない新しいビジネス提案や、地方自治体側でふるさと納税や青少年教育など全く異なる分野ですね。JAXA、この宇宙業界に入って20年ちょっと、これまでに培ってきた人脈、経験、知見などさまざまなことは、今の本業にフィードバックするのはもちろんのことですが、これからはそれとは違った領域、ステージでも活かしたいなと。これからは、2枚目の名刺を持つ、パラレルキャリアをどう積んでいくかも大事だと思っているので、自ら実践したいと思っています。
ちなみにJAXAでは、2019年度から兼業が届出制になり推奨することに変わりました。2021年度には仕事をする時間と場所の自由度も向上して、フレックス、テレワークはもちろん、これまで12時台だった昼休み休憩も、勤務時間内でどこかで1時間とれるようになりました。国の研究開発法人の中でもJAXAはいち早く革新的な働き方を導入して、ある程度自由に兼業もしやすい環境になりましたね。
――改めて、宇宙の魅力と、これからどんなチャンスや課題があるのか、教えていただければ。
いまの宇宙ビジネスは、金脈を探して一攫千金を狙ったゴールドラッシュに似ているとも言われています。あの頃、夢を掴んだのは、実は、砂金掘りに奔走している人々でなく、デニムを売ったリーバイ・ストラウスさん、そう、リーバイス(Levi’s)とも言われています。宇宙ビジネスも、そういう派生的な、リーバイスみたいな企業、商売が大きなビジネスになるのかもしれない。必ずしもロケット、衛星など宇宙機だけでない、2次的、3次的な広がりを持つビジネスとしても宇宙は魅力的です。
あと、宇宙は多面的ですよね。科学技術の側面に止まらず、最近では、安全保障、外交、産業、災害・気候変動、教育などの側面もあります。多面的ということは、どんな人・分野でも宇宙に関与できるということで、それはとても魅力的なことだと思います。だからこそ、我々は様々なバックグランドを持った人材、プレーヤーを求めています。そして、決まっていないことが多く、自分で何かをそこで作り出せる余白もまだある。成熟していないとも言えますが、それもまた魅力ですよね。
しかし、時間とお金がかかることは確かで、どうやってこれを克服するのか、どうやってこの現実と付き合っていくかは課題です。従来の一般的なビジネスとは時間軸としても金額感としても合いにくいので難しい。合ったとしても失敗する可能性だってもちろんある。けれど、それを上回る魅力が宇宙にはまだあるのかもしれませんが。
――宇宙産業はこれから先どうなっていくのでしょうか。あるいはご自身としてどのようにしていきたいと考えていますか。
以前は、ひと握りの人・組織しか携われなかった宇宙に、これほどにまでプレーヤーが増えてチャレンジしやすくなっているのは感慨深いですよね。でも課題はあって、ほとんどの人がまだ儲かっているわけではありません。ビジネスとしてマネタイズしていく段階にはまだ達していないので、ここからどうするか。
ビジネスとして成立するようになるには、まだ施策を打たなければならないと思います。特に、実証機会を。まだ絶対量が足りない。まだまだ産業としては途上の分野だと思いますので、これから政府が2030年代早期に目指す2.4兆円の産業規模にするためにも、様々な人材、資金、技術・アイディアを糾合し、施策も厚みあるものにしていくことが必要でしょう。
僕は、2014年に米スペースX社を訪問したことがあります。当時の副社長から「スペースXの民間初の偉業は確かに凄いと世界から評されるが、それ以上に、価値のあることは、(枯れた技術を使いイノベーションが起きにくいと思われてきた)宇宙開発で、民間としてまだまだやれることがあることを世の中に示し、証明したことだ」と言われました。僕は、イノベーションの源泉はまだ宇宙にあると信じています。
インターネット産業という言い方はしないことと同じで、ゆくゆくは宇宙産業と呼ばれなくなるぐらい、宇宙が当たり前となるような私たちの生活に欠かせないインフラになる、国だけなく、民間も海外も巻き込んでこの世界を実現する、これが僕の目指す目標の1つです。
共創しよう。宇宙は、世界を変えられる。