特集

新たな地球外生命を求めて「ヘビ型ロボット EELS」を開発–NASAジェット推進研究所・小野雅裕氏の原点

2022.09.12 09:00

藤井 涼(編集部)小口貴宏(編集部)

facebook X(旧Twitter) line
1 2

民間の宇宙進出、いまは「SpaceXの時代」

──民間企業で言うと、2021年は宇宙旅行の事例も一気に増えましたが、最近の民間企業の宇宙進出については、どのように見ていますか。

 やっぱり勢いがすごいですよね。いま僕は副業で日本のスパークス・イノベーション・フォー・フューチャーという会社が立ち上げた、宇宙フロンティアファンドのアドバイザーもしています。米国だけでなく日本の宇宙ベンチャーも何十社か見ていると、ここ数年は(宇宙業界に)お金が集まっているなと思います。

 ただ、これまでは「官の時代」でこれからは「民の時代」と言われていますが、あれは必ずしも正しくないんですよ。宇宙開発は黎明期からずっとNASAなど国営機関が民間企業とタッグを組んでやってきました。米国はアポロだってあらゆるモジュールは民間が手がけているし、多くの民間企業がNASAと取り組んできた。なので、民間が中心的な役割を果たしているのは今も昔も変わりません。

 では、この10年で何が一番変わったのかというと、結局はSpaceXの登場だと思うんですよ。この破壊力はすごいですよね、1つの革命を起こしました。いまの打ち上げシェアで言ってもファルコン9に叶うロケットはありません。このSpaceXの非常に大きな成功によって業界にお金も集まってきて、NASAもさらに民間に投資していこうとなっている。

 これにより第2のSpaceXと言えるような宇宙企業が5社、10社と出てくれば、宇宙ビジネスはさらに伸びるでしょうし、逆にそうならなければ宇宙バブルが弾けるかもしれません。なので、いまは民間の時代というより「SpaceXの時代」と言ったほうが良いかもしれませんね。

──たしかに、宇宙飛行士の野口聡一さんを始め、宇宙業界の方は口を揃えてSpaceXはすごいとおっしゃっていますね。では、話題をJPL戻しますが、日本人は何名くらいいるのでしょうか。

 JPLにいる日本人は現在10人くらいですね。正確にはJPL はNASA直属の組織ではなくて、カリフォルニア工科大学がマネージしているNASAセンターなんですね。なので、外国人を結構雇いやすいんですよ。僕の周りも半分以上が(米国以外の)外国人ですからね。僕の上司もマレーシア人ですし、同じグループにいるのもオーストラリア、イギリス、イランなど、あらゆる国の人が働いているので、外国人としてJPLにいることがすごいかと言われれば、そんなに特筆するようなことではないですね。

未知を既知に変える–儲からなくてもやるべきこと

──JPLは実力主義であるというお話でしたが、一方でどのようなところが魅力なのでしょうか。

 僕らがやっていることって、科学的な探査なんです。たとえば地球外生命の探査なんて1円も儲かりませんよね?儲かることはどんどん民間企業に委譲すればいい。でも、儲からなくてもやるべきことが人類にはある。それをやるのがNASAやJAXAなど国営宇宙機関の仕事だと思うのです。

 人間が文明を作ってから、たった1万年しか経っていません。この宇宙について知らないことのほうが遥かに多い。人間は自分たちのことをホモ・サピエンスと呼ぶくらいだから、“未知を既知”に変えていく仕事はあるべきだと思っています。

 どうやって太陽系はできたのか、どうやって地球の水は運ばれてきたのか、なぜ地球に生命はいるのか、40億年前に生命はいたのかーー。それらの究極の問いに応えていくのが、我々の仕事だと思っているんです。そのために火星にローバーを飛ばせるところはそうないでしょうし、これはボイジャーをきっかけに宇宙の世界に入った僕の使命だと思っています。

──宇宙に生命はいるのでしょうか。

 分からないですよね。それを調べるのが僕らの仕事ですが、これまで人類は自分たちが特別な存在だと思っていたけれど、宇宙を知るにつれてこれがどんどん覆えされている。たとえば、地球は宇宙の中心にあると思っていたら、全然違ったわけじゃないですか。太陽や木星は単なる点なんだろうと思っていたら、地球よりもっともっと大きい惑星があったわけですね。そして、太陽ですら宇宙の中心ではなく、銀河のだいぶ端っこの上に自分たちがいる。

 自分たちしか知らないがゆえに自分が特別だと思ってきた、ある意味おこがましい思い上がりが否定されてきたわけです。もし、我々が宇宙で唯一の知的生命体だと思っていたとしても、きっとこれまでと同じような流れで、宇宙のことをどんどん知っていけば否定される日が来ると思います。ただ、こればっかりは出会うまで分からないですよね。

氷の下にある海を目指す「ヘビ型ロボット」を開発

──先程のヘビ型ロボットのお話も伺いたいのですが、こちらはどのようなきっかけで開発することになったのでしょうか。

 これはいろいろな幸運が重なりました。6年くらい前に新しいアイデアを探していたときに、エンケラドュスも興味の対象でした。ただ、当時は氷の下の海には氷を溶かして進むというアイデアしかなかったのですが、せっかく割れ目があるのだからそこを降りてみようというアイデアが出てきたんです。

 それは面白いなと思って、実際にプロポーザルを書き、1年間研究してみて、これは案外無理なアイデアじゃないかもしれないと思ったわけですね。そこで仲間とさらに大きい提案を書きました。タイミングよく、JPL内で「JPL NEXT」という次なるミッションを作るコンテストがあり、最後まで残ると総額で10億円以上の資金提供が受けられるものでした。最初8チームだったところから、1年以上かけて幸運にも最後まで残ることができ、2021年からは本格的にプロジェクトも走り始めました。

 いまはそのヘビ型ロボットを作っていて、この9月からはカナダの氷河に持っていって実験をするんですよ。7月には地元のスケートリンクを借り切って本物のロボットをテストしました。(動画を再生しながら)まだ潜っていくところまではやっていませんが、結構メリメリと進んでいるでしょう。テストが非常にうまくいったので、次は垂直に登らせるところです。

地元のスケートリンクを借り切ってロボットのテストを実施(Image: NASA/JPL-Caltech)

 僕はいまこのチーム全体のマネジメントをしているので、僕の日々の仕事はロボットを作ることではなく、メンバーたちとミーティングをして全体の方針を決めたりしています。実際に手は動かしていなくても、チームの人たちは何日も夜遅くまで作業しているので、そこのマネジメントという意味では、どの会社にでもあるような泥臭いこともいろいろとやっていますね。

──小野さんご自身は、本来はマネジメントではなく、現場で手を動かしたいタイプなのでしょうか。

 どうでしょうか。それも好きですけど、やっぱりさっきお話したように、自分よりも遥かにスキルのある人がたくさんいます。最近は特に、ロボティクスやAIにおいて、若い人たちのスキルや経験値がすごい。僕はいま面接する側ですが、彼らは大学のころから趣味でどんどんロボットを作って、オープンソースのソフトウェアと組み合わせて自分でAIでトレーニングまでしています。いまだったら、僕は彼らと競争してJPLには絶対入れないと思うんですよ。そういう意味では、リーダーシップの立場にいるほうがいいのかなと思いますね。

宇宙で夢を叶えるには「忍耐」が大事

──最後に、宇宙ビジネスを志す方々にメッセージをいただけますでしょうか。

 宇宙って華やかに見えるのですが、夢を実現するための鍵って結局は継続とか忍耐だと思います。やっぱり宇宙はスケールが大きいじゃないですか。システムとしても非常に複雑ですし。インターネットの世界では、投資して、サービスをローンチして、投資を回収するまでに数年というスケール感ですが、宇宙はそうではない。SpaceXでさえ、最初のころはファルコン1で山ほど失敗をして、何度か破綻の寸前までいきながら、長い年月と莫大な資金を投じて、現在の成功につながっています。

 もちろん、(宇宙ビジネスへの)敷居を下げていくことはすごく大事です。一方で、あまり軽々しく「これからは何でもできる」と言って、どう考えても実現不可能な小さい資金から始めても、これはもう無理があるわけですよね。事業をする側も投資する側も腰を据えて、数年でイグジットするなんて考えないで、人生をかけて1つのものを作ってやろうという胆力が必要です。そのためには、コンスタントなお金も必要ですし、技術者を集める必要もあります。そこには忍耐が大事だと思うんですよね。

 僕がいつも子どもたちに伝えているのは、夢を大きく持とうと。一方で、大きな夢ほど叶えるのには時間がかかるということは認識するべきです。それを知ったうえで、大きな夢を少しずつ育んでいく。そういう気持ちで、ぜひ皆さんにはこの世界に飛び込んできていただければと思っています。

1 2

Related Articles