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ホンダ、再使用型ロケットの飛行試験で安定した着陸–機体の特徴や試験の位置付けを解説【秋山文野】

2025.06.19 15:52

秋山文野

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 本田技研工業(以下「ホンダ」)は6月17日、研究開発子会社の本田技術研究所が開発する小型再使用型ロケットで高度約300メートルまでの飛行・着陸試験に成功したと発表した。2021年の開発表明から4年間、詳細を明かさずに開発を続けてきた機体は、公開と同時に安定した着陸を実証してみせ、驚きをもって受け止められた。

(C)Honda

 全高6.3mと小型の試験機による飛行試験は北海道大樹町で行われ、射点からの離陸と、再利用型ロケットのキー技術である降下しながらの速度・位置の制御と安全な着陸を実証する、ホンダにとって初の試みだった。

 今後ホンダは実証実験機を発展させ、本格的なエンジン開発を経て小型衛星打ち上げロケットの設計へと進む計画だ。2029年には準軌道への飛行(サブオービタル飛行)を実施することを目標に掲げている。ホンダへの取材から、これまでの開発の取り組みと今回の飛行試験の位置づけ、今後予想される開発の方向性について解説する。

燃料には「メタン」を選択–着実なエンジン開発

 ホンダが小型衛星打ち上げロケットの開発を始めたのは2019年だ。当初はサブシステムとしてまずエンジン開発から始めた。推進剤を燃焼させる「点火器」の実験から始め、ガスでタンクから推進剤を押し出して燃焼させる試験(このときはエンジン1基)、ターボポンプを加えて連続的にエンジンへ推進剤を送り込み燃焼させる試験(エンジン2基)と1ステップずつ開発を進めていった。ただし、ターボポンプの詳細はまだ開示されていない。

 ホンダはJAXAとともに月面での利用を想定した水素供給の技術開発を進めているが、ロケットの燃料としてはメタンを選択した。メタンと液体酸素の組み合わせは、中国の「朱雀二号ロケット」や、SpaceXの「Starship」、国内では同じく大樹町で開発を続けるインターステラテクノロジズの「ZERO」、将来宇宙輸送システムの「ASCA」が採用している。

 従来からロケット燃料として使用されてきたケロシン、スペースシャトルのメインエンジンや日本のHシリーズロケットが採用している液体水素と比較すると、エネルギー密度などの点では両者の中間といったところだが、極低温燃料としては液体酸素と比較的同じ温度で液化するため取り扱いやすく、ケロシンよりも煤が少ないため再使用ロケットのエンジン整備がしやすい。液化天然ガスやバイオ燃料としても入手できるというメリットもある。

 エンジン試験の段階ですでに2基のエンジンを組み合わせ、クラスターエンジンを想定した開発を進めていた。その後、エンジン部分のみのホッパー試験、小型の試験機に推進剤タンクとエンジンを収めたフライト形態の機体による地上での燃焼試験を進め、2025年春までに試験機で地上から50cmの高さまで上昇し、高度を維持する試験も行っていた。さらに高さ5mまで上昇し、機体を30度ロール回転させ、水平に5m移動するホバリング試験なども実施していたという。

 試験機は着陸脚を格納した状態で全高6m、展開した状態で全高6.3m、直径85cm、推進薬を搭載した状態での重量は1312kg(推進薬なしのドライ状態で900kg)。日本の既存のロケットでいえば、JAXAの観測ロケット「S-310」の直径を太くしたようなサイズ感となっている。

 推進系には最大推進能力6.5kNのエンジンを2基備えている。機体下部にオイルダンパー式の4脚の着陸脚を備え、機体上部には着陸を制御するパドル状の制御翼(グリッドフィン)を備えている。エンジン2基のジンバルとグリッドフィンによる姿勢制御機能を持ち、IMU(慣性計測装置)とGNSS(全地球航法衛星システム)を組み合わせた自己位置推定とLiDARによる高度の検出が可能だ。

(C)Honda

 試験機は下からエンジン、タンク、アビオニクス機器がぎっしり詰まっていて貨物(ペイロード)を搭載するようにはなっていないとみられるが、飛行試験の映像からオンボードカメラでの撮影が可能であることが明らかになった。

 ホンダの開発は2段階に分かれ、ステップ1ではロケットの再使用化に向けた要素技術を実証するのが目標だ。宇宙へは行かず、大気下で飛行して所定の位置に着陸する。ステップ2では宇宙環境での信頼・耐久性技術を実証するのが目標で、地球低軌道に何らかのペイロードを投入する目標もある。

 ステップ1の初実験となった今回の飛行では、エンジン点火からリフトオフ、着陸脚の収納、エンジン燃焼を絞るスロットリングの実施、着陸に向けたエンジン燃焼(ランディングバーン)開始、着陸脚の展開、そして着陸まで各動作をひとつひとつ検証することになっていた。

飛行試験で「安定」の離着陸–厳重な安全対策も

 飛行試験は6月17日16時15分に大樹町の海岸沿いにあるホンダの専用実験施設で実施された。目標高度270mに対して高度271.4mに到達して目標を達成した。着地位置の目標との誤差は37cm、飛行時間は56.6秒だったという。着陸の誤差がどの程度まで許容されていたのかについては非開示だが、射場のコンクリパッドは直径がおよそ30m程度と小規模であるため、10mを超えるような大きな誤差は許容範囲外だったと考えられる。

 映像からうかがえる飛行試験は一言でいって「安定している」につきる。オンボードカメラの映像に見える射点付近の海岸線はほとんどブレることがなく、機体は目に見えるような姿勢の乱れを起こすことなく計画の通りに飛行しているようだ。リフトオフから数秒後に着陸脚を展開し、着陸の10数秒前にまた展開している。地上に近い高度300m付近での飛行試験であれば着陸脚を展開したまま実施することも可能だったかもしれないが、フライトシーケンス全体の中で地上付近での挙動を一通り実施するという実験の位置づけから考えれば、高度に合わせて簡略化するのではなく全て実施したというところではないだろうか。

(C)Honda

 試験に合わせた厳重な安全対策も特徴的だ。試験場から半径1km以内を警戒区域に設定し、計画上の飛行エリアを外れた場合にはエンジンを停止して機体を落下させる飛行安全システム(推力遮断機能)も準備されていた。推力を遮断して機体を落下させた場合に、地上で2次爆発が起きて破片が飛散する距離なども踏まえ、周辺700m付近までを飛散の可能性のある距離としてさらに余裕を加えたのが1kmという距離の根拠だという。

 さらに試験当日は警戒区域の500m外側を通行止めにした上で、警備と海上の監視船を配置し、貯水槽を新設して消火設備を用意、地元の電力会社の協力の上で予防停電まで準備したという念入りな体制がとられていた。万が一のときには機体が海上に落下する使い切りロケットと異なり、再使用ロケットは射点へ戻ってくることが安全性を検討する際の考え方の根底にあるという。

 今後の計画では、ホンダはペイロードの軌道投入が可能な機体を想定してエンジンの低コスト・大型化開発を進めるとしている。ホンダの目指す「小型ロケット」とは、おおむね地球低軌道(LEO)に1000kgまでのペイロードを搭載できるロケットとされる。2029年にサブオービタル飛行という目標はやや慎重だが、1000kgまでのペイロードを投入できるロケットともなれば「小型ロケット」というカテゴリではあっても日本の他の小型ロケットよりは大型になる。本格的な機体開発の期間を十分にとっての目標だと考えられる。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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