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トランプ政権がNASAに大幅な削減要求–2026年度予算のスケジュールや削減案を整理する(秋山文野)

2025.05.09 08:00

秋山文野

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 ホワイトハウス行政管理予算局(OMB)は5月2日、2026年度の政府機関の大統領予算案(予算教書)の簡易版を発表した。

 対象となる政府機関の中でNASAは2025年度予算の248億ドルから、2026年度は188億ドルまで予算を削減することが求められている。全体では前年度比60億ドル、24.3%相当の予算削減となるが、特に科学予算の50%近い削減が注目されている。

 大統領予算案は一種の勧告であって議会が採択する義務を持つものではないが、政権の強い方針を示すものでもある。NASAの活動に大きな影響を与え、日本や欧州を含む国際共同ミッションの打ち切りにもつながりかねない。NASAの2026年度予算が今後、予算教書の発表と上下両院の議会審議を経て決定されるまで、詳細を追ってみたい。

クレジット:NASA/Ben Smegelsky

米国の予算編成スケジュールは?

 公表されている予算教書簡易版は、米国政府機関の予算が決定されるプロセスの半ばにある。上下両院の審議や大統領からの補足案提出などがスケジュールに含まれており、予算教書イコール決定ではない。

 そこで、まずは予算成立までのプロセスを確認しておこう。NASAをはじめとする政府機関の予算編成の活動は、新しい会計年度(10月1日から翌年9月30日まで)の1年半前(2026年度予算の場合は2024年4〜5月)から始まっている。現在は、下の一覧では(5)の段階にあたる。

  • (1)ホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)による予算案ガイダンス送付
  • (2)連邦政府機関が予算要求を作成し、OMBに提出する
  • (3)各機関の要請を参考にOMBは大統領向けの予算案を作成
  • (4)OMBから各機関に予算方針を送付する「パスバック」(本来は前年11月)
  • (5)大統領から議会へ予算案を提出(本来は2月初旬)
  • (6)議会で専門小委員会が公聴会を開催して予算案を議論
  • (7)下院で年間予算案に関する審議を完了(本来は6月末まで)
  • (8)大統領から議会へ予算案に関する補足文書「Mid-Session Review(MSR:会期中レビュー)」提出(本来は7月16日まで)
  • (9)議会から予算法案を大統領に送付、大統領は署名または拒否を決定
  • (10)新年度予算成立

 大統領から議会への予算案提出は、基本的には年初の2月第1月曜日までに送付されることになっているが、今回トランプ大統領は5月2日に簡易版を発表し、詳細版は5月後半に発表するとしている。

 政権交代時に予算案が遅れることは珍しくなく、バイデン前政権時代も5月28日になって予算案を発表したこともあるため、トランプ大統領が特に異例というわけではない。とはいえ、通常より約3カ月後ろ倒しの日程であり、議論の時間が多くないことは確かだ。

 また、大統領は予算審議中の情勢の変化などを反映して当初の予算要求に対する修正を提出し、予算案を更新することができる。この修正案は「Mid-Session Review(MSR:会期中レビュー)」と呼ばれ、7月半ばまでが期限となっている。これも遅れる可能性がありスケジュールに不確実性はあるものの、議会の予算案審議とMSRが今後に注目されるマイルストーンとなる。

予算案(簡易版)で示された削減案

 大統領予算案は9項目に分かれ、それぞれ2025年度予算からの増減と政策の方向性が簡略的に示されている。うち予算増加となったのは有人宇宙探査の1項目のみとなった。個別に予算案と方向性を見ていく。

【予算増】

■Human Space Exploration(有人宇宙探査):6億4700万ドル増

 増額と予算移動によって70億ドルを月探査に、10億ドルを新規に火星探査に向けた計画にあてる。米国の有人宇宙探査を効率的で比類なきものにする。

【予算減】

■Space Science(宇宙科学):22億6500万ドル減

 中国を打ち負かして月面に再び降り立ち、火星に人類を送るという目標を掲げる一方で、優先順位の低い研究、予算のかかりすぎるプログラムを打ち切る。例として、予算超過に陥り2030年代まで火星表面の物質を持ち帰ることができない「マーズサンプルリターン」計画を中止する。

■Mission Support(ミッション支援):11億3400万ドル減

 NASA職員、ITサービス、NASAセンターの運営、施設のメンテナンス、建設、環境コンプライアンス活動を合理化し費用を削減する。

■Earth Science(地球科学):11億6100万ドル減

 気候変動のモニタリングを行う優先順位の低い衛星の計画を見直し、2030年以降に打ち上げが計画されている「Landsat Next」計画を再編しつつ、Landsat画像の継続性を維持するためのより手ごろな方法を研究する。

■Legacy Human Exploration Systems(従来の有人探査システム):8億7900万ドル減

 大型ロケットSLS、オライオン宇宙船は1回あたり40億ドルにのぼるコストと140%の 超過を理由に、アルテミス計画で月有人探査再開となるSLS/オライオン3号機を最後に段階的に縮小し、よりコスト効果の高い商業システムにシフトする。月近傍の宇宙ステーション「ゲートウェイ」計画は中止する。

■Space Technology(宇宙技術):5億3100万ドル減

 成果を上げていない宇宙推進プロジェクトを廃止するなど宇宙技術の研究開発を削減する。

■International Space Station(国際宇宙ステーション):5億800万ドル減

 ISSの運用終了と民間宇宙ステーションへの移行に向け、宇宙飛行士の滞在規模と研究を削減する。これに伴い、宇宙飛行士と貨物の輸送ミッションも削減する。ISSでの研究は月・火星探査の実現に向けたプログラムに集中する。

■Aeronautics(航空学):3億4600万ドル減

 環境対策の「グリーンアビエーション」は廃止し、航空交通管制と防衛への応用に集中する。

■Office of Science, Technology, Engineering, and Mathematics (STEM) Engagement (STEM教育):1億4300万ドル減

 NASAが教育活動を行うのではなく、宇宙探査を通じて次世代を啓発することをNASAの主要な役割と位置づける。

 このほか、火星ローバー「パーサヴィアランス」の採取したサンプルを地球に持ち帰る米欧共同ミッション「マーズサンプルリターン」計画も中止を要求されている。

火星ローバー「パーサヴィアランス」の採取したサンプルを地球に持ち帰る米欧共同ミッション「マーズサンプルリターン」計画も中止を要求されている。(クレジット:NASA/JPL-Caltech/MSSS)

予算案へのNASAの反応

 この大きな予算削減方針は、OMBから各機関に予算方針を送付する「パスバック」文書に関する報道で予測されていた。4月11日付けのArs Technica記事では、OMBがNASAに示した予算案の草案で「NASAの予算をこれまでの20%近く、宇宙科学予算は50%近く削減する」可能性が報じられていた。

 削減対象は宇宙科学に集中しており、ハッブル宇宙望遠鏡やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡といった既存の宇宙望遠鏡は維持するものの、2026年以降に打上げを計画しているナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡や金星探査機ダヴィンチといった今後の計画を中止するという。ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡はJAXAが参加する計画でもあった。

 大統領予算案簡易版の発表と同じ5月2日、NASAはジャネット・ペトロ長官代行のメッセージとして予算案の方針を受け入れ、月・火星に向けた有人宇宙探査の活動を強化し、アルテミス計画のシステム再編とSLS/オライオンの4号機以降、ゲートウェイの計画終了などを表明した。

 一方でNASAは現在、新たな長官の指名プロセスを進めている。ジャレッド・アイザックマン氏は上院本会議で長官に承認する投票が行われる予定だ。アイザックマン氏は宇宙望遠鏡など宇宙科学プログラムの支持者であることを表明しており、この分野の大幅な予算削減は望ましくないとの見解を示したこともある。

 米国の政府予算が承認されるまでにはまだ複数のプロセスがあり、トランプ政権の方針を示す詳細な文書も公表されていない。議会とNASA新長官の反応も今後となるが、SLSや国際宇宙ステーションのように議会の指示が強いプログラムの削減には反発も予想される。予算が10月1日までに成立するとも限らず、今後の審議の過程を注視していく必要がある。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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