特集
トヨタも年始に出資発表–「垂直統合」をキーワードに大手企業が本格参入する日本の民間ロケット
2025.01.17 09:00
2025年1月7日、北海道に拠点を置く民間ロケットベンチャーのインターステラテクノロジズは、トヨタグループのウーブン・バイ・トヨタからシリーズFラウンドで70億円の出資を受けることを発表した。
インターステラテクノロジズは、衛星コンステレーションの需要増などを展望して宇宙輸送能力の強化を目指しており、ロケット量産体制の構築や低コスト化、リードタイム短縮などを目指してトヨタと協力する。大手企業が宇宙輸送に参入する背景に何があるのか、その関係性を探ってみる。
日本の主な新興民間ロケット開発企業
※以下は、各社ウェブサイト、内閣府宇宙開発戦略推進事務局「宇宙活動法の見直しを行う背景」などを元に筆者作成
スペースワン
2018年設立、地球低軌道に250kgの打ち上げ能力を持つ固体ロケット「カイロス」を開発中。キヤノン電子、清水建設、IHIエアロスペース、日本政策投資銀行の共同出資で設立。2024年から打ち上げを開始。
インターステラテクノロジズ(IST)
2013年設立、観測ロケット「MOMO」開発後、小型衛星打ち上げ向け液体ロケット「ZERO」を開発中。企業・団体によるサポートプログラム「みんなのロケットパートナーズ」などを通じて丸紅、大林組、東京海上日動火災保険、NTTドコモ、SBIグループなどが出資、協力。トヨタグループから人材交流を経てウーブン・バイ・トヨタ株式会社も出資。荏原製作所・IHIエアロスペースが技術協力。
SPACE WALKER
2017年設立、観測ロケット「FuJin」、衛星打ち上げ向け再使用型有翼ロケット「FaiJin」を開発中。2030年代に8名が搭乗可能な有人サブオービタル飛行が可能なスペースプレーン「NagaTomo」開発を目指す。JALUX、興和と資本業務提携。エア・ウォーターが技術協力。
将来宇宙輸送システム
2022年設立、再使用型ロケット「ASCA 1」を開発中。IHI/IHIエアロスペース、荏原製作所らと共にエンジンを共同開発。
PDエアロスペース
2007年設立。2030年代に8名が搭乗可能な有人サブオービタル飛行が可能なスペースプレーン「ペガサス」開発を目指す。ANA HD、H.I.S、阿波製紙、中部日本放送、双日、豊田通商が出資。
AstroX
2022年設立。気球からの小型ロケット打ち上げ(ロックーン)方式による「AstroX Orbital」を開発中。インクルージョン・ジャパン、ニッセイ・キャピタル、ANOBAKA、三菱UFJキャピタルなどが出資。
本田技術研究所(Honda R&D)
2030年代に小型ロケット開発を目指す。詳細は非公開。
ロケットリンクテクノロジー
2023年設立。固体推進薬の一種「低融点熱可塑性推進薬」を使用した小型衛星打ち上げ向けロケット開発を目指す。インキュベイトファンドから出資。
各社について概観してみると、大手企業と民間ロケット企業(ベンチャー企業中心、基幹ロケット開発企業を除く)の関わり方には、自身がプレーヤーとなって参入するホンダ、キヤノン電子、IHIエアロスペース、清水建設といったタイプと、技術協力で関わるIHI、IHIエアロスペース、荏原製作所、エア・ウォーターなど、そして出資によって関わるウーブン・バイ・トヨタ、JALUX、ANA HD、H.I.S.、双日、三菱UFJキャピタル、丸紅、SBIインベストメント、NTTドコモといったタイプがある。
キーワード「垂直統合」から探る大手企業と宇宙輸送の関わり
大手企業とロケットベンチャーとの関わりにはいくつかの種類があるが、宇宙輸送に進出した大手企業は宇宙輸送にどんな要素を見ているのか、キーワードから探ってみてみよう。まずはいくつかの大企業のプレスリリースや発言に現れる「垂直統合」という言葉だ。
宇宙機に必須の要素として、輸送(ロケットや着陸機などの輸送手段)、通信(地上や衛星間の通信手段)、エネルギー(電源など)がある。この中の複数の要素を1社で実現するのが垂直統合だが、特に衛星系のビジネスと宇宙輸送の手段を同一の企業が持つことが垂直統合と呼ばれる。代表例は、衛星打ち上げサービスから始まって、現在は世界最大の通信衛星オペレーターでもあるSpaceXだ。
ロケットの商用再利用を実現させて宇宙輸送を実現したSpaceXだが、同社の収益の柱は衛星通信網のStarlinkに移行してきている。市場リサーチ企業のsacra.comによれば、2024年に142億ドルと見られるSpaceXの収益のうち、約58%にあたる77億ドルがStarlinkによって生み出されているという。2024年秋のStarlinkユーザー数は世界で460万人を越えているといい、2025年にはさらに118億ドルに増えると予想される。このうち30億ドルは政府向けの契約によるもので、Starlinkは米国やウクライナのみならず、いずれはイタリアでも政府の通信インフラになろうとしている。
ただし、通信衛星コンステレーションの競争は激しく、トップを走るSpaceXも常にコスト削減の努力を求められている。欧州の宇宙産業リサーチ組織Eurospaceのアナリストによれば、SpaceXの主張通りに2023年にStarlinkの事業が黒字化したのであれば、Falcon 9によるStarlink衛星の打ち上げ費用は1回あたり2800万ドル以下と推定されるという。2024年のFalcon 9の公称打ち上げ価格は6975万ドルなので、Starlinkによる自家消費はその半額以下ということになる。SpaceXの公称価格で衛星を打ち上げるコストを負担していると、Starlinkはまだ黒字化できていないということになってしまう。
もともとSpaceXに限らず、米国ではボーイングやロッキード・マーティンもロケットによる宇宙輸送と衛星開発の両方を手がける。衛星サービスが収益を上げられるように、他社に宇宙輸送を頼らず自前で持とうという垂直統合の発想は珍しくない。
この点を意識した発言は、スペースワンの設立に参加したキヤノン電子に見られる。キヤノン電子の酒巻久社長の著書『左遷社長の逆襲』(2021年 朝日新聞出版)によれば、「最初からロケットも射場も自分たちで作ると決めていた。打ち上げ手段がないと、それらを持つ内外の国策機関や企業に首根っこを押さえられ、自分たちの好きなときに好きな場所へ打ち上げることができない。これでは人工衛星をビジネスにするには制約が大きすぎる」と垂直統合の考え方を表明している。
すでに4機を開発、3機が軌道上で運用されているキヤノン電子の光学地球観測衛星「CE-SAT」シリーズのビジネスを自在に展開するにあたり、独自に固体ロケットを開発して自前の打ち上げ手段を持つという考え方が、IHIエアロスペースらと共同でのスペースワン設立につながっている。
衛星ビジネスのために宇宙輸送を、というキヤノン電子に対して、宇宙輸送側から衛星ビジネスへの発展を目指しているのがインターステラテクノロジズだ。インターステラテクノロジズはウーブン・バイ・トヨタとの資本業務提携のプレスリリース中で、「ロケットと衛星通信事業の垂直統合を早期実現へ」と表明している。
インターステラテクノロジズの衛星サービス部門「Our Stars」は、フォーメーションフライトと呼ばれる超小型衛星を多数連携させ、軌道上に仮想大型アンテナを構築する構想を持って開発を続けている。2024年に始まった宇宙戦略基金の「高精度衛星編隊飛行技術」テーマで、名古屋大学、東京大学大学院と共に採択されている。宇宙輸送に大手企業が参入するにあたり、垂直統合による衛星サービスの収益化が視野に入っていると考えられる。
「宇宙活動法の見直し」で進む法改正と環境整備
さらに、2024年から政府の宇宙ビジネス競争力強化の取り組みが続き、宇宙ビジネスを取り巻く環境に大きな変化が起きている。もうひとつのキーワードは法的な「環境整備」といえるだろう。
2024年には、日本が獲得すべき宇宙技術を整理した宇宙技術戦略と、宇宙技術戦略をベースに民間の持つ技術力に資金を提供するJAXAの「宇宙戦略基金」がスタートした。さらに2024年秋から内閣府宇宙開発戦略推進事務局の宇宙政策委員会に「宇宙活動法の見直しに関する小委員会」が設置され、「人工衛星等の打ち上げおよび人工衛星の管理に関する法律」、通称「宇宙活動法」の施行から5年目の見直しが始まっている。
宇宙活動法とは、宇宙諸条約に沿って民間の宇宙活動を規律するために各国が制定するもので、日本では2018年に最初に施行された。同法は衛星を搭載したロケットの打ち上げ許可、人工衛星の管理、打ち上げの際の落下などにより第三者へ被害が生じた際の賠償制度が含まれている。5年目の見直しはもともと計画されていたものだが、衛星コンステレーションの増加による打ち上げの飛躍的な増加、再使用やサブオービタル飛行、宇宙機の再突入・回収、そして有人宇宙輸送といった宇宙活動が事業の視野に入っている中で、これまでの宇宙活動法では管理しきれなかった部分を手当てし、産業振興にもつなげる目的がある。
1月後半には「『宇宙活動法の見直しの基本的方向性について(中間とりまとめ)』(案)」がまとまる予定だ。内容の方向性については検討中だが、議事録からは民間ロケット事業者をはじめとする打ち上げ当事者としての企業から、宇宙輸送事業の環境整備に忌憚のない意見が出ている様子がうかがえる。第1回の議事録からいくつか抜粋してみる。
・ロケット機体の制御落下について
「制御再突入によって打ち上げ能力が著しく減殺されるため、全ての打ち上げで義務化されますと、その能力的な観点から、今、工程表に示されておりますミッションが成立いたしません。ということで、結果的に国の計画を遂行できなくなるという懸念もございます。したがいまして、国際標準に配慮しつつ、打ち上げ能力と制御再突入の効果のバランスを図りながら、国際競争力が損なわれることのないように検討いただければ」(JAXAのコメント)
「制御再突入を行う場合は、打ち上げ能力が低下して、国際競争力を大幅に損なう。資料には『GTO』と書いておりますが、実際に低軌道でも制御再突入が難しいケースもございますので、ロケット上段の制御再突入の義務化に関しましては、日本が先行することで国際競争力を失わないように、産業界をサポートしていただけるような体制をお願いしたい」(三菱重工業のコメント)
「危険なデブリの発生原因は何なのかというところの分析はしっかりとされているのでしょうかという議論だと思います。まず、発生原因の国として、日本なのかということ。そして、活動領域は低軌道なのか、シビルの領域なのかというところです。私が見る限り、どう考えてもミリタリーではないかと思いますし、日本以外のところが多く出しているのではないかと。そういった流れの中で、発生原因になっていない民間の低軌道の、しかもシビルの活動を世界で一番厳しく縛って、何をしようとしているのか、全く意味が理解できないと考えているところでございます」(スペースワンのコメント)
・サブオービタル飛行について
「サブオービタル飛行に関しては、有人・無人問わず、現時点では、引き続き宇宙活動法の許可範囲外にすべきだと我々は考えております。今、部分的にでも宇宙活動法の許可の範囲に入りますと、我々の観測ロケットの事業、我々以降に続くようなプレーヤーに関しても、事業性は完全に失われると考えております」(インターステラテクノロジズのコメント)
・安全管理について
「事故報告の義務化とか事故調査権限の拡大、あるいは宇宙政策委員会で原因究明をして、再発防止策を検討し、事業者にフィードバックする、あるいは横展開するみたいなことを御検討されているように我々は認識してございますが、そもそも宇宙活動法の法目的が、第三者損害の発生の防止と被害者の救済等とある中で、それが発生していない中、このような規制強化は活動法の趣旨にそもそも反するだろうと思ってございますし、昨日、事務局資料を見て得た印象ですが、アメリカがやっているからやるのだという安易な議論はやめていただきたいと考えてございます」(スペースワンのコメント)
民間企業の「意見」が環境整備にも反映へ
オブザーバー参加のJAXAを含め、「規制法になりすぎないでほしい」という趣旨の発言が繰り返し発せられている。打ち上げを計画する際の飛行解析の作業が高頻度打ち上げにとってボトルネックになっているといった具体性のある提言もみられ、高頻度打ち上げ、包括許可、サブオービタルなど要素別に規制を最小限にする戦いが繰り広げられている。
事業者からのインプットを反映した体制整備の事例は、並行して文部科学省でももう一例ある。2024年7月から11月まで段階的に宇宙開発利用部会では、約20社の民間ロケット関連企業が参加する一般社団法人宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)が民間による「次世代の宇宙輸送システム」を目指し、SLA代表理事の稲谷芳文JAXA参与が「有人宇宙往還飛行に必要な課題を追求する動きを国の側から出し、JAXAがそれに対応して動き、 民間側も応募して採択される、そうしたサイクルを回し始める」ことが必要だと訴えた。SLAの提言は宇宙技術戦略の毎年の見直しに反映させる方向性が了承され、やがては宇宙戦略基金の技術テーマになっていく可能性がある。
宇宙活動法の見直しは5年に1度の機会であり、事業者の側から主張するべきことを主張することで事業環境を整備するチャンスだといえる。垂直統合による収益力の強化、改革期での積極的な環境整備の努力といった活動の上に民間ロケット事業者がスタートアップから飛躍する機会をつかめるか、大手企業の参入はそうした変化の時期であることを踏まえていると考えられる。
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。