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2024年の宇宙活動を振り返る【世界編】–スペースXとボーイングで明暗、中国はさらなる躍進(秋山文野)
2024.12.30 10:43
2024年の最後に、宇宙活動の分野ではどのような出来事があったのか振り返ってみよう。世界では毎年衛星打ち上げが前年を上回る勢いで増加している。巨大通信衛星網の衛星コンステレーションを各国が構築する計画を持っていることがその背景にある。
世界の宇宙輸送概況
民間の宇宙活動記録サイトGunter’s Space Pageの記録によれば、2024年末で世界の軌道上へのロケット打ち上げ総数は259回となっている。
1位は米国、2位は中国、3位はロシアだ。米国は141回中の131回がFalcon 9、4回がStarshipとなり、SpaceXがトップを独走している。2位の中国も旺盛な打ち上げを実現しているが、2024年開始時点での目標である年間100回には届いておらず、2023年を1回更新する実績となった。ロシアはウクライナへの侵攻によって欧米の衛星の打ち上げとは関係を絶っているものの、自国衛星と国際宇宙ステーションへの輸送ミッションで第3位を維持している。
小型ロケットのロケット・ラボ1社で1カ月に1回以上の打ち上げを実現しているニュージーランドが4位、基幹ロケット「H3」の運用を開始した日本は、民間のカイロスロケットも加えて5位となる7回の打ち上げを実現した。なお、年末にもFalcon 9(米SpaceX)やPSLV(インド)、New Glenn(米Blue Origin)などの打ち上げが予定されているため、総数は更新される可能性がある。
その中でも1号機打ち上げを準備中であるメタン燃料大型ロケットのNew Glennは、日本時間の12月28日に射点で機体を結合した状態で24秒間のエンジン燃焼試験を行った。打ち上げ前の主要な試験を終え、2024年内デビューを果たせるか注目される。
世界の軌道上へのロケット打ち上げ(日本時間12月28日時点)
- 米国:141
- 中国:68
- ロシア:17
- ニュージーランド:14(打ち上げ主体は米国)
- 日本:7
- インド:4
- イラン:4
- 欧州:3
- 北朝鮮:1
※Gunter’s Space Pageより筆者まとめ
【米国】
SpaceXの躍進
毎週2回以上のペースでロケットを打ち上げ続けるSpaceXは、多目的宇宙輸送システム「Starship/ Super Heavy(スターシップ/スーパーヘビー)」の飛行試験を加速している。
テキサス州の自社の射場「Starbase(スターベース)」で2023年から始まったStarship/ Super Heavyの飛行試験は、2024年3月に3回目を実施。2段Starshipは軌道に到達し、再突入と地上への帰還開始までを実現したものの、エンジンの不具合のために帰還に失敗した。6月に実施された4回目の飛行試験では、Super Heavyはメキシコ湾へ着水して地上への帰還に成功、Starshipもインド洋上の目標地点から6kmの範囲に着水した。
10月13日に行われた5回目の試験飛行では、1段Super HeavyはStarbaseの発射塔、通称「Mechazilla(メカジラ)」という発射塔で一対のアームに挟まれるように空中でキャッチされて帰還を達成した。Falcon 9のように着陸脚で洋上の回収船に着地するのではなく、射点設備を使ってブースターを射点で回収する方式で、高頻度再使用に向けたターンアラウンド(次の打ち上げまでの整備)向上に挑む。
11月の6回目の試験では2段Starshipの飛行能力を増強し、軌道上でのラプターエンジンへの再着火、新型タイルの試験やStarshipをMechazillaで回収するための技術実証を行った。2025年早々に7回目のStarship飛行試験を予定している。
2020年から運用を開始した有人宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」は運用10号機を9月に打ち上げ、ISSへの米国唯一の宇宙飛行士輸送手段となっている。同じCrew Dragonを利用した民間による宇宙飛行ミッションを実施、実業家のジャレッド・アイザックマン氏が民間人として史上初めて船外活動に成功した。アイザックマン氏はドナルド・トランプ氏から次期NASA長官に指名され、2025年にNASAを率いる立場となる予定だ。
Boeingの苦境
SpaceXと共にNASAから国際宇宙ステーションへの民間宇宙船開発を委託されたBoeing(ボーイング)は、「Starliner(CST-100)」の実証で苦境が続いている。2019年末の無人飛行試験ではミッションを完了できず、追加の無人試験飛行を行ったことから構想よりも遅れて2024年春にStarlinerの有人試験飛行(CFT)を計画した。
宇宙船を搭載するAtlas Vロケットの問題や地上系のトラブルから打ち上げは6月まで遅れ、またエンジンを取り付けるサービスモジュール部分でヘリウム漏れが発見された。ISS到着後もさらにヘリウム漏れが見つかり、姿勢制御装置の不具合などもあってテストパイロットのサニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士、ブッチ・ウィルモア宇宙飛行士はStarlinerでの地上帰還を断念。長期滞在クルーのミッションに合流し、2025年2月ごろに予定されているCrew Dragonでの帰還へと計画を変更することになった。
こうした開発トラブルでStarlinerの運用1号機である「Starliner-1」ミッションは現在のところ2025年中という以外は不透明な状況だ。JAXAの油井亀美也宇宙飛行士も搭乗する計画だったものの、日本人宇宙飛行士のISS滞在機会にも影響している。
Boeingは国際宇宙探査計画「アルテミス計画」で宇宙船を搭載するSLSロケットの開発でもNASAから立て続けに開発遅延とコスト超過を指摘される異例の事態となっている。アルテミス計画の月周回飛行「Artemis II」ミッションは2025年から2026年へ、有人月面着陸の再開である「Artemis III」ミッションは2026年から2027年へ延期となった。トランプ新政権でのNASAの運営は、SLSの課題にどう対応していくかが焦点となった。
一方でSpaceXはStarlinerに替わって宇宙飛行士をCrew Dragonで地球に帰還させる役割を担うだけでなく、SLSからFalcon Heavyに載せ替えとなった木星の衛星エウロパ探査機、Europa Clipperを打ち上げるなどNASAとの関係を深めている。
民間月探査
2024年1月にはJAXAの月探査機「SLIM」と相前後して民間企業がNASAの商業月面輸送サービス「CLPS」計画下での初の月面着陸ミッション「IM-1」を実施した。着陸機の姿勢異常はあったものの、民間初の月面への軟着陸成功となった。夏にはNASAが計画していた無人ローバーによる月南極域の探査ミッション「VIPER」の中止を発表。CLPSへの支援へ注力する姿勢を見せた。
【中国】
中国の宇宙探査の進展
5月には中国が2013年から続けてきた4回目の月着陸探査ミッションとなる「嫦娥6号(Chang’e-6)」が打ち上げられた。月南極のエイトケン盆地において、史上初めての月の裏側から表面の物質を採取するサンプルリターンミッションだ。
エイトケン盆地は月が形成された当時「マグマオーシャン」と呼ばれるマグマの海だった状態を反映している物質が存在していると期待され、6月にサンプルの入ったカプセルを内モンゴルに届けた。カプセルには1935.3gのサンプルが入っており、約28億年前の月の火山活動を反映する玄武岩が含まれていることがわかったという。
中国の宇宙輸送
中国は商業衛星やインターネット衛星コンステレーションの実現を目指し、打ち上げを加速している。この受け皿となったのが海南省文昌市に新設された中国初の商用ロケット発射場「海南商業宇宙発射場」だ。既存の発射場である内モンゴル自治区の酒泉衛星発射センター、山西省の太原衛星発射センター、四川省の西昌衛星発射センター、海南島の中国文昌航天発射場に続く打ち上げ射場で、2022年の着工から約2年で初打ち上げを実現した。
【欧州】
7月には、欧州の大型基幹ロケット「Ariane 6」がついに初飛行を達成した。高度300×600kmの楕円軌道で上段エンジンの再着火に成功、8機の超小型衛星を軌道投入した。上段の軌道離脱に向けた補助推進装置の着火で不具合を残したものの、2023年のAriane 5の退役以来、空白となっていた大型基幹ロケットの運用を再開できたことになる。Ariane 6は2025年2月から欧州の地球観測衛星や測位衛星の打ち上げを実施する予定だ。
一方で、Ariane 6を運用する欧州の打ち上げサービス企業Arianespaceから、固体ロケット「Vega」シリーズを運用してきたイタリアのAvioが分離する交渉を進めている。Avioが製造するVega-Cは2022年の打ち上げ失敗で打ち上げを休止していたが、12月に欧州コペルニクス計画の地球観測衛星「Sentinel-1C」を搭載して打ち上げ、飛行を再開した。
この打ち上げはまだArianespaceが実施しているが、2025年末までにはAvioに運用を移管する計画となっている。Arianespaceは小型ロケット開発のスタートアップ企業Maiaspaceに出資しており、Maiaspaceはロシアのソユーズが利用しなくなったギアナ宇宙センターの射点から2026年以降に打ち上げを開始する計画だ。
【ロシア・インド】
打ち上げスケジュールに不安の残るインド
低価格の打ち上げサービスで存在感を築いてきたインドは、2024年はこれまで打ち上げ実績4回、12月30日に予定されているPSLVロケットの打ち上げを入れても5回にとどまる。8月には小型ロケット「SSLV」の3回目の試験打ち上げを成功させ、12月には欧州宇宙機関の技術実証衛星Proba-3をPSLVで打ち上げるなど打ち上げサービスは継続している。
一方で、3月に予定されていた米印共同のLバンドSAR衛星「NISAR」打ち上げが延期を続け2025年にずれ込むなど、スケジュールの面ではやや不安を残している。インド宇宙研究機関(ISRO)は有人宇宙船「Gaganyaan(ガガニャーンまたはガガンヤーン)」の開発に注力しており、その影響もありそうだ。
独自宇宙ステーションを計画するロシア
2022年のウクライナへの侵攻から欧米の衛星の打ち上げサービスとは関係を絶ち、宇宙活動の中での立ち位置が激変しているロシアは、独自の宇宙ステーション「Russian Orbital Service Station」(ROSS)の予備設計が国営企業ROSCOSMOSから承認を得たと発表した。
ROSSは国際宇宙ステーション(ISS)退役後のロシア独自の宇宙ステーションとして構想しているもので、ISSの軌道傾斜角(51.6度)とは異なり97度の軌道傾斜角を持つことから、ロシア領内のステーション可視時間が向上するという。運用開始当初は2名のクルーが滞在可能で、2027年から2032年の間に打ち上げを行う計画だ。
だが、独自の衛星打ち上げ市場を築く活動は続いている。11月には極東のボストーチヌイ宇宙基地からソユーズロケットで55機の衛星を一度に打ち上げ、ロシアのロケットとして1回の打ち上げの衛星搭載数記録を更新した。55機のうち51機はロシアの衛星だが、中国とロシア共同の衛星、ジンバブエとロシア共同の衛星、2機のイラン企業開発による衛星が含まれている。
【衛星メガコンステレーションの覇権争い】
SpaceXのStarlink構築が進み、通信衛星による大規模な衛星コンステレーションの計画が各国から持ち上がっている。衛星コンステレーションとは、共通の機能を持つ複数の衛星が軌道を共有し、一体的に制御される衛星の運用方式で、地上の任意の点で安定的に衛星の可視状態を確保する(グローバル・カバレッジの確保)ことができる。特にStarlinkのように100機、1000機と大規模なものを「メガコンステレーション」といい、地球低軌道を周回する衛星でインターネットへの常時接続を実現できる。
1万2000機の衛星網となる計画で、現在は40カ国でサービスを提供しているStarlinkが先導し、次々と大型の計画が登場している。ソフトバンクグループからの資金も得て2019年に衛星の打ち上げを開始した英OneWebは、633機の衛星で携帯電話のバックホール回線などの企業向け、政府や海事、航空機などを中心にサービスする構想だ。
Amazonが計画するKuiper Systemsは、3236機の衛星で個人向けのみならずAWSの地上局をつなぐ回線として機能する。欧州はロシアのウクライナ侵攻で独自のセキュアな通信衛星網の必要性を強く意識しており、欧州内の事業者のコンソーシアムで構築する独自の「IRIS2」衛星を2025年から打ち上げる計画だ。
中国では国有企業の上海垣信衛星科技(Shanghai Spacecom Satellite Technology Ltd. :SSST)が衛星開発を担う1万5000機規模の衛星コンステレーション「G60/Qianfan(千帆星座)」が2024年8月から衛星打ち上げを開始。さらに12月には約1万3000機のGuowang(国網)コンステレーションの衛星打ち上げも始まった。民間企業による1万機規模の「Honghu-3(鴻鵠)」構想もあり、中国だけで3万機を超える衛星コンステレーションの計画を持っている。
こうした中で、衛星の利用する電波を管理するITUの審査機能に多大な負担がかかっている。2023年秋にScience誌に発表された調査によれば、10機以上の衛星を有するコンステレーションの構想は世界で300以上、約33万7000機の衛星を含むコンステレーションもあり、総数では100万機に迫るという。
ITUは各国の通信当局を通じて過剰な衛星コンステレーションの周波数申請を規制を始めており、期限を設けて計画された衛星の一定数を実際に打ち上げるよう事業者に求めている。AmazonのKuiper衛星が2026年までに計画の半数の衛星を打ち上げなくてはならないのはこのためだ。中国も同様の規制を意識しており、ロケットの高頻度打ち上げ実現を急ぐ要因となっている。
【軌道上の安全と持続的な宇宙利用】
通信衛星メガコンステレーションの増加によって、宇宙の環境にも変化が起きている。欧州宇宙機関が毎年発表する宇宙環境の報告書2024年版によれば、多くの衛星が利用する高度2000kmまでの地球低軌道(LEO)でオブジェクトの数が1万個を超えるまでには、1960年から2010年ごろまで約50年の時間がかかったのに対して、1万個から2万個に増えるには2010年ごろから2022年ごろまで10年余しかかかっていない。
混雑するLEO環境の持続的に利用できるようにするためには、寿命を終えた宇宙機の90%以上が速やかに軌道を離脱することが必要だとしている。現在、低軌道の衛星に課された規制は「25年ルール」であり、運用終了から25年以内の軌道離脱を求めている。欧州は増加著しいメガコンステレーションの衛星に対してはさらに短い、5年以内の軌道離脱を求めている。
SpaceXのStarlink衛星のようにスラスターを備え、運用終了(End-of-Life:EoL)時に自ら軌道を離脱するコンステレーションもある。また、OneWeb衛星はEoL時に衛星が自力で軌道離脱できなくなった場合の支援サービスを日本のAstroscaleの英子会社と契約した。
Astroscaleは日本では打ち上げ終了後のロケット上段を軌道上から取り除く「商業デブリ除去実証(CRD)プログラムをJAXAと共同で進めている。CRDフェーズ1衛星「ADRAS-J」が2009年に打ち上げられたH-IIAロケット15号機の上段に最短で15cmまで接近し、その状態を観測することに成功した。AstroscaleはCRDフェーズ2で実施企業として2024年4月に選定され、新たな衛星「ADRAS-J2」で実際のロケット上段の軌道離脱の実証を行うことになる。
(2024年の宇宙活動を振り返る【日本編】の記事はこちら)
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。