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イプシロンS燃焼試験、爆発時に「燃焼ガスの漏れ」が発生–種子島で何が起きたのか、今後の影響は?
2024.12.09 16:52
11月26日にJAXA種子島宇宙センターで実施された「イプシロンS」ロケット第2段の地上燃焼試験で燃焼異常が発生し、試験開始から49秒後にモータが爆発するというトラブルが発生した。
JAXAは12月5日に試験結果から判明している事象について説明。井本隆行プロジェクトマネージャは、2023年7月に秋田県能代市で発生した第2段モータ地上燃焼試験の失敗と、今回の失敗の異なる点について、燃焼ガスの漏れが発生していたことを挙げた。また、JAXAの岡田匡史理事は、「正式な決定ではないものの、イプシロンSロケットの2024年度内打ち上げの予定は立たなくなった」と影響の度合いを示した。
第2段モータはどこが新しくなっていたのか
今回のイプシロンSロケット第2段モータの地上燃焼試験は、2022年10月に運用を終了した固体ロケット「強化型イプシロン」からさらに能力を増強したロケット各段の性能を確認するものだ。第2段モータは、強化型の「M-35」から推進薬を3トン増強し15トンから18トンになっている。
一方で、燃焼時間は強化型より10秒短い130秒から120秒に。短い時間で大きな推力を出して打ち上げ能力を向上させることが目的だ。さらに、2023年の第2段モータ地上燃焼試験(以下、能代地燃)失敗を受けて、原因とされる点火装置(イグナイタと内部のイグブースタ)のケース素材変更や断熱といった溶融対策を施している。
種子島の再地上燃焼試験で何が起きたのか
井元氏の説明によれば、11月26日午前8時30分から実施された再地上燃焼試験(以下、種子島再地燃)では、点火から約20秒で燃焼圧力のデータが予測値(計画上の値)とズレ始める。グラフでいえば30秒後あたりで、わずかに圧力が下がった後にまた上昇し、点火から49秒で約7メガパスカルと最大に達し、その後圧力が下がってから爆発という経緯を辿っている。ただし、燃焼圧力はモーターケースの試験で保証された耐圧性能である8.8メガパスカルをずっと下回っていた。
この爆発で種子島の試験スタンドが損傷し、機体を支えていたクレードル(試験治具)が焼損、周辺の扉も損傷するという結果になった。
12月5日の会見では、試験時に機体を後方から撮影した一連の画像が示された。画像中時刻の48.7秒(時刻は手動でタイマーをスタートしているため、データ上の時刻とは若干ずれているとのこと)には「発光」という情報が示され、何かが噴出してノズルの周辺が一瞬明るくなり、その後48.8秒のところでは噴出が拡大しもやのようなものが立ち上っている。
発光が始まったあたりは、データでいえば点火から48.9秒のところに該当し、燃焼圧力はだんだん低下し、それから0.3~0.4秒後の49.1秒で爆発が起きているという。発光したもやのようなものは、「燃焼ガスが漏洩している事象」と考えていると井元氏は述べた。2023年の能代地燃のときは、こうした圧力の変化は見られず、正常な状態から異常への変化は瞬時に起きたという。能代地燃と種子島再地燃では似ている点とそうでない部分の両方があるため、現時点で同じことが起きたとも、そうでないとも言えない状況だ。
一方で、再地燃のときに飛散したものについて、陸上では回収済み、海に落ちたものも船やダイバーを出して回収を検討中だという。陸上で回収したものの中から、イグナイタとイグブースタが見つかっている。「外から見る限り溶融はしていない」(井元氏)といい、断熱材を巻いた溶融対策は機能していた可能性がある。
能代地燃の際には、点火器イグナイタの一部であるイグブースタが点火の際に一部溶け、高温の金属がモータ内に飛散して断熱材が損傷、モータケース(モータの容器部分)が熱のために耐圧性能が下がってしまったというシナリオが導き出されいる。種子島で見つかったイグブースタに溶融が起きていないのであれば、異なる原因の可能性はある。いずれにせよ調査は継続中であり、まだ結論は出せない。
今後の原因調査の方針について、井元氏は「『燃焼圧力の予測値からの乖離』と『燃焼ガスリークから爆発までのプロセス』について2つのFTA(故障の木解析)を作り、あらゆる可能性を潰していく」と述べた。それぞれのFTAが同じ結論になる可能性も、また別の要因になる可能性もあるといい、現時点で結論を出せるような段階ではない。
一方で、会見資料で示され意識されつつあるのが「推進薬のグレイン形状」という言葉だ。グレインとは、固体ロケットの成形された推進薬の塊のことで、内側にトンネルのように穴が開いている。この内孔で推進薬が燃焼し、発生した燃焼ガスをノズルから排出して推進力を生み出すのが固体ロケットの基本的な仕組みだ。液体ロケットの場合は、液体燃料と酸化剤を小さな予備燃焼室で温めてガス化し混合して燃焼室に送り込む。固体ロケットは、液体ロケットでいうところの燃焼室と推進薬が一体になったような形になっている。
グレインの内孔は単なる円筒ではなく、星型、車輪型、独立した穴が複数開いている多孔型、スリット状のドッグボーン型などさまざまな種類がある。内孔の形状は推進薬の燃焼の時間や推力パターンを左右する、いわば設計の要だ。イプシロンSロケットでは推進薬の増量に伴ってグレイン形状が変更されている。一般的にグレイン形状は固体ロケットのパワーを左右する要素であると共に、亀裂や侵食による異常燃焼の要因にもなり得る。設計の段階で問題はなかったという井元PMの説明だが、FTAの中で原因から排除されるのかどうかは注視していきたい。
今後への影響は?
12月5日の説明会で岡田理事は「年度内の(イプシロンS)打ち上げの予定は立たなくなったと考えている」と述べた。2024年度に残された時間で原因究明と対策、燃焼試験の設備を再建、新たな試験の準備が可能とは考えにくいため、これは現状追認というところだろう。
宇宙基本計画工程表(令和5年度改定)では、イプシロンSロケットの搭載予定として2024年度中にイプシロンS実証機(1号機)でLOTUSat-1(ベトナム向けの地球観測衛星)、2025年度中にイプシロンS(2号機または3号機)で革新的衛星技術実証4号機の打ち上げが計画されていた。
※2025年度中に計画されていた深宇宙探査技術実証機(DESTINY+)は、能代地燃の影響によりH3を含めた他のロケットに載せ替えとなる。
イプシロンS実証機/LOTUSat-1が2024年度からずれ込むことで革新的衛星技術実証4号機も玉突き的に遅れることになるが、革新的衛星技術実証プログラムは日本の宇宙開発に必要な技術に宇宙実証の機会を提供するものだ。
すでに、2022年10月のイプシロン6号機打ち上げ失敗で革新的衛星技術実証3号機を喪失しており、実質的に同プログラムは1、2号機しか結果を出せていないということになる。打ち上げが先延ばしになることで衛星技術の発展、競争力に影響が出る懸念もある。暫定的にでも他のロケットへの載せ替えも検討の対象になってくるのではないかと考える。
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。
秋山文野
サイエンスライター/翻訳者
1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。