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「スペースX」ではなく「ロケット・ラボ」で打ち上げる理由–Synspectiveの衛星コンステ構築に見るFalcon 9が持たない強み(秋山文野)

2024.06.21 15:16

秋山文野

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 ニュージーランドの小型ロケット企業「Rocket Lab」(ロケット・ラボ)で最高経営責任者(CEO)を務めるピーター・ベックCEOが6月18日に来日。同社の主力ロケット「Electron(エレクトロン)」で、日本のSynspectiveが開発する小型SAR衛星「StriX」シリーズ10機を打ち上げる契約に調印した。

 Rocket Labにとって、これまでで最大の衛星コンステレーション打ち上げ契約となる。また、日本のSynspectiveにとっては衛星コンステレーション構築を加速する大型の打ち上げサービス調達となる。ニュージーランドの首相を務めるクリストファー・ラクソン氏も列席する中、ピーター・ベック氏と、Synspectiveで最高経営責任者(CEO)を務める新井元行氏が契約を交わした。

Rocket Labで最高経営責任者(CEO)を務めるピーター・ベック氏(撮影:秋山文野)
Synspectiveで最高経営責任者(CEO)を務める新井元行氏

Synspectiveとは

 Synspectiveは、SAR衛星コンステレーションの構築にあたってすでに4回の打ち上げをエレクトロンで実施している。すでに協力関係を持つ両社だが、Synspectiveが目指す衛星網にとって、Space Exploration Technologies(SpaceX)も提供できない強みがこの関係性を生んでいる。ニュージーランドが生んだ小型ロケット業界のユニコーンには、競合にはない魅力があるようだ。

 Synspectiveは、フラットパネル型アンテナを持つ小型合成開口レーダー(SAR)衛星を展開する日本企業だ。2020年からプロトタイプ衛星「StriX-α/β」の打ち上げをはじめ、現在は4機目となる商用衛星「StriX-3」まで打ち上げが進んでいる。2020年代中に30機のXバンドSAR衛星コンステレーションを構築し、1日1回の地球全土観測、準リアルタイム地球観測を目指している。

2024年4月に公開されたStriX-3の初画像。デンマークのコペンハーゲンを観測した。画像提供:Synspective

 SAR衛星は、衛星アンテナからマイクロ波を発してその反射をアンテナで受信し、地表の様子を観測するタイプの地球観測衛星だ。太陽光を利用しないため夜間でも、また悪天候時にも雲の下を観測でき、防災やインフラ管理などに力を発揮する。

 SynspectiveはXバンドと呼ばれる短い波長を利用しており、高精細な観測画像を得られる。その分、同じSAR衛星でも東西50kmの幅を観測できるJAXAの「だいち2号(ALOS-2)」のような広域観測ではなく、狭いエリアの観測に向いている。広域をくまなく観測するためには多数の衛星を打ち上げ、地表のあるエリアの上空を衛星が次々と通過していくような衛星網の構築が必要だ。

 現在のStriXシリーズは、太陽同期軌道と呼ばれる地球を南北方向に周回する軌道を通っている。今後は、傾斜軌道と呼ばれる赤道から少し傾いた軌道への衛星投入を目指している。傾斜軌道ならば、低緯度から中緯度の領域を集中して観測できるためだ。新井氏は2019年に、アジアで都市の発展を定点観測するといった用途を打ち出していた。光学衛星では対応しにくい雲がかかった天候が多いアジアで、気象条件に左右されずに定点観測が可能なSAR衛星は力を発揮する。

 これを実現するのが、複数の衛星が定期的に地上の任意の地点を観測できる衛星コンステレーションだ。コンステレーションでは衛星どうしの間隔や赤道上空を衛星が通過するタイミングなどがあらかじめ決まっている。最初の1機は比較的自由なタイミングで打上げが可能だが、2機目、3機目と衛星数が増えていくと、計画に沿って衛星を配置していくために打上げタイミングの要求が厳しくなる。2機目以降の小型衛星打上げに適したロケットは、世界でも非常に選択肢が限られている。

小型ロケットで唯一無二の打ち上げ企業「Rocket Lab」

 その中で、ニュージーランドで2006年に設立された小型ロケット専門のRocket Labは、唯一無二に近い存在感を放っている。2018年に初めて軌道への到達に成功し、これまでの打上げ回数は49回の実績を数える。2015年に米航空宇宙局(NASA)の超小型衛星打上げロケット育成プログラム「Venture Class Launch Services(VCLS)」に選定された3社のうち1社だが、同時に選定されたFirefly Space Systemsは試験機打上げ前にいったん事業を精算、Virgin Galacticは打上げ事業をVirgin Orbitに分離した後、航空機からのロケット空中発射の失敗でやはり事業が破綻している。生き残っているのはRocket Labだけと言ってよい状況だ。

2022年2月、StriX衛星を打上げるElectronロケット。画像提供:Rocket Lab

 その後、小型ロケット事業に進出するベンチャー企業はさらに増えたものの、米Relativity Spaceの「Terran 1」やABL Space Systemsの「RS1」は試験飛行に失敗、Firefly Space SystemsはFirefly Aerospaceと名前を変えて再設立し、2023年に初めて「Alpha」ロケットの試験打ち上げに成功、スペインのPLD Spaceの「Miura5」は開発中といった段階だ。

 日本では文部科学省のSmall Business Innovation Research(SBIR)制度によりインターステラテクノロジズと将来宇宙輸送システム、スペースワンの3社が2027年度までの実証を目指して開発中。インドではインド宇宙研究機関による小型固体ロケット「SSLV」が2023年に初の衛星軌道投入に成功し、2024年から商用衛星の受け入れを開始する。民間で超小型衛星向けの小型ロケット事業化に成功したといえる企業はまだほとんどなく、この6月には50回目を達成しようとしているエレクトロンは実績の点で他を大きく引き離している。

SpaceXではなくRocket Labを使うワケ

 ニュージーランド南島出身のピーター・ベックCEOは、機械加工メーカーで働きながら独学でロケット工学を研究し、ニュージーランドに初めて宇宙産業の企業を立ち上げた伝説的な人物だ。

 ベックCEOの設計による電動ポンプやカーボン素材の機体を取り入れたエレクトロンロケットは、液体酸素・ケロシンを推進剤とする全長18mの2段型+キックステージのロケット。地球低軌道(LEO)に300kg、高度500kmの太陽同期軌道(SSO)に200kgを投入できる。ニュージーランド北島のマヒア半島に独自の射場を持ち、米国での打上げ事業をバージニア州のワロップス飛行施設で実施している。

 エレクトロンの打ち上げコストは2018年頃のSSO投入能力が150kg程度だったときは約500万ドル、能力を増強した現在は750万ドル(約12億円)とされる。SpaceXの「Falcon 9」を利用した小型衛星打上げサービスはkgあたりの単価は低額だが、多数の衛星をまとめて打ち上げるライドシェア型のサービスのため、衛星コンステレーションの2機目以降を任意のタイミング、任意の軌道に投入する柔軟なサービスには向いていない

 ニュージーランドは航空機や船舶といったロケット打上げと競合する要素も比較的少なく、コンステレーション構築に合わせて打上げタイミングを設定しやすい点もプラス要素となっている。Synspectiveが目指す衛星コンステレーションに効くのは、こうしたニュージーランドに射場を持つ地の利と、小型衛星に特化した搭載能力というわけだ。

 このエレクトロンロケットで、Synspectiveはこれまで4機の衛星打上げに成功し、2機の衛星が打上げを待っている。今回の契約は新たに10機の衛星を2025年から2027年に打ち上げるものだ。合意に至った理由として、Synspectiveは「過去の実績はもちろんのこと、柔軟な打上げスケジュールと各衛星の正確な軌道投入などをコントロールできる点」を挙げており、コンステレーション構築に向いているエレクトロンの能力が大きな理由となっていることがうかがえる。

 「正確な軌道投入」という点は、Synspectiveが先日成功を発表したSAR衛星の複数回の観測による地表の精密な観測技術、干渉SARにもメリットがあるものだろう。干渉SARを利用するには、2回以上の観測で衛星が通過する軌道が高い精度で一致している必要がある。Synspectiveは干渉SARを民生分野で大きな需要があるものと位置づけている。

 StriX衛星は100kg級で、重量だけみればエレクトロンの能力でやや余裕がある。だが、広げると約5×0.8mあるフラットパネル状のアンテナは、たたむと80cm四方の立方体になるという。ロケットのフェアリングの中でかなりの容積を必要とするようで、Synspectiveの淺田正一郎ゼネラルマネージャは「日本のH-IIBロケットにHTV(こうのとり)を収納したときのようにフェアリングも工夫している」と話す。

 過去のStriX衛星の打ち上げ時、エレクトロンのフェアリングを「衛星を収納する小型ドームを設けてカスタマイズした」とRocket Labは説明している。これはH-IIBロケットのフェアリングに設けられた、突起物とフェアリングの干渉を避けるための「突起物カバー」に相当すると考えられる。とこうした衛星に合わせたカスタマイズなどの協力関係を両社が築いてきたことも、合意にいたった理由と考えられる。

2022年2月にStriX衛星を打上げた際のElectronのフェアリング(上)と、他の打上げミッションのフェアリング(下)を比較すると、StriXの際には2つの突起が見える。衛星の突起とフェアリングとの干渉を回避するためのカバーと見られる(画像提供:Rocket Lab)

 調印式の場でピーター・ベックCEOは「エレクトロンは衛星を特定の、非常に重要な軌道に投入できるという他のロケットにはないユニークな能力を持っている。特定の軌道傾斜角に衛星を投入するにはタイミングが非常に重要になり、エレクトロンはその目的を達成するのに理想的だ」と述べ、衛星コンステレーション構築に向けたエレクトロンの能力を強調した。

 新井元行CEOも「エレクトロンは私たちが求めるどんな軌道でも投入でき、スケジュール面での難しい要求にもとても柔軟に対応してくれている」といい、両社の協力関係がしっかりできていることをうかがわせた。2020年代中に30機という目標に向けて、エレクトロンがSynspectiveの事業を加速する力になりそうだ。

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