特集

衛星データで「エネルギーおよび環境問題」の解決を目指す–日本ではNEDO主催のコンテストも

2024.04.05 08:30

野村英史(PwCコンサルティング合同会社)井上陽介(PwCコンサルティング合同会社)

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 昨今、世界中でカーボンニュートラル実現に向け、エネルギーおよび環境に係る技術開発が積極的に推し進められており、宇宙基本計画(令和5年6月13日閣議決定)においても、国土強靱化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現が目標として掲げられている。

 このような背景の中、経済産業省および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、環境およびエネルギーに係る課題の解決に資する衛星データを活用したソリューション開発(技術シーズ)の発掘を目的とした研究開発コンテスト「NEDO Challenge ~Satellite Data for Green Earth~」を開催している。

NEDO Challenge ~Satellite Data for Green Earth~

 PwCコンサルティングと宇宙サービスイノベーションラボは、本コンテストの事務局業務を受託している。ここでは、コンテストの募集テーマである「環境およびエネルギー分野」での衛星データ活用について概観するとともに、研究開発から社会実装に至るエコシステム構築の必要性について解説する。

PwCの宇宙ビジネスと環境およびエネルギー分野の取り組み

宇宙ビジネスの事業領域

 PwCには世界各国に宇宙ビジネスコンサルティングを行うチームがある。世界10カ国以上のチームと連携しながら宇宙ビジネスに関する実績や知見を蓄積しており、これまで政府系機関や民間企業へ宇宙ビジネス・コンサルティング・サービスを提供している。PwCグローバルでは、Copernicus(欧州の地球観測プログロム)を支援しており、定期的にマーケットレポートを発刊している。またPwCグローバルで蓄積した宇宙ビジネスナレッジを全世界に発信している。

 PwCコンサルティングでは、宇宙ビジネスの事業領域を「バリューチェーン」と「事業エリア」の2軸で整理している。

宇宙ビジネスの事業領域

 これまで政府系機関や大手企業が主導して取り組んできた宇宙の事業領域は、ロケットや衛星の製造・開発、ならびに打ち上げ・軌道投入サービス、衛星運用や地上局運用、宇宙開発・探査などアップストリーム~ミドルストリームが中心だった。

 昨今では多くのスタートアップ企業が登場し、これまでの主な事業領域であった製造・開発や打ち上げサービスに革新を起こしている。多くの衛星が打ち上げられるようになったことから、多数の衛星を使用し、地球観測データや位置情報、またインターネット通信ビジネスなど、衛星データ利活用ビジネスと言われるダウンストリーム市場が盛り上がりつつある。

 これまでフロンティアとして捉えられてきた宇宙は、さまざまな産業で「地上」という事業エリアに浸透するところまで成長している。たとえば、防災やエネルギー、自動運転など地球上の多岐にわたる課題解決に役立っている。

環境およびエネルギー分野」での衛星データ活用

 環境およびエネルギーに係る課題解決に向けた衛星データの活用可能性としては、以下のような背景と事例がある。

カーボンクレジット基盤構築(グリーン・ブルーカーボンなど)

 昨今、世界的な気候変動などの影響により、CO2などの温室効果ガスの排出量削減を目的としたカーボンクレジットの創出・取引への需要が増加し、さまざまな取り組みが見られるようになってきている。

 こうした中、森林、農地、水域、海洋などを対象にしたカーボンクレジットの創出・流通を促すために必要な業界・技術課題を解決する試み、具体的にはMRV(測定・報告・検証)などの観点からカーボンクレジットの品質や信頼を高めることへの期待が高まっている。また、カーボンクレジットの創出・流通促進につながる森林・農地・水域・海洋などの適切かつ効率的な維持管理など、業界・個社が抱える課題の解決に貢献することも求められている。

 XバンドSARなどを活用した森林のCO2排出量算出によるカーボンクレジット創出や、炭素クレジット格付けを行うプラットフォームを提供している事例がある。今後は、ALOS-4の打ち上げにより高品質なSARデータを活用した炭素クレジットの算定が期待される。

エネルギーマネジメント基盤構築(風力・太陽光など)

 気候変動の影響による世界的な再生可能エネルギーの需要増加、それにともなう太陽光・風力などの適地選定や発電量予測での精度向上の必要性が求められている事情がある。地上側でデータを取得するには限界があり、衛星データなどの活用が求められている。こうした中、カーボンニュートラルの実現に向けて、風力・太陽光などの再生可能エネルギーの普及促進に資する業界・技術課題を解決する試みが進められている。

 たとえば、再生可能エネルギーの普及促進に向けた適地探索、発電電力量予測、需要予測などである。また、関係する事業者・行政等における意思決定の支援や、点検・保守などにおける業務の効率化といった、業界・個社の抱える課題解決に貢献することも必要とされている。光学衛星を活用した太陽光発電量予測やSAR衛星を活用した風力発電予測ソリューションも国内外の企業から提供されている。

気候変動・環境レジリエンス基盤構築(火災・水害・生物多様性など)

 世界的な気候変動などの影響により、森林火災・水害のような環境変化に対するレジリエンスの向上および自然保護活動の重要性(ネイチャーポジティブ・生物多様性への関心)が増加している。このような状況の中で、災害対応や生物多様性保護といった、自然・人的資本に貢献する業界・技術課題の解決が重要になってきている。

 具体的には、激甚化する風水害に対する被害軽減、火山や林野火災の早期検知などの環境レジリエンスの強化、さらに、生物多様性の維持管理や回復などに関する貢献が挙げられる。また、関係する事業者・行政などにおける意思決定の支援や業務の効率化といった、業界や個社の抱える課題解決に役立つことも求められている。

 SAR衛星と地形情報を活用して高精度な洪水シミュレーションを行うソリューションを提供している企業もある。

PwCにおける環境・エネルギー分野での取り組み例

 PwCコンサルティングでは、カーボンクレジットおよびエネルギーマネジメントに係る取り組みを進めている。具体的には、スペースシフトおよび山陰酸素工業と共同で実施する、衛星データを活用した脱炭素支援サービス化に向けた実証試験である。同実証事業は、鳥取県の宇宙産業推進を目的とした補助金である「鳥取県産業未来共創研究開発補助金」への採択を受けて実施されるもので、次の2つの取り組みを目指している。

 1つ目は「衛星データを活用した森林由来のJクレジット創出支援」で、現在現地調査もしくは航空レーザで実施している森林のCO2吸収量の算定調査を、衛星のデータ解析を活用する方法に代替し、Jクレジット創出の促進を目指している。2つ目の取り組みは「衛星データを活用した再エネ(太陽光発電)のポテンシャル把握」としており、衛星データから太陽光発電の設置ポテンシャル量の可視化を測り、地域の脱炭素化に貢献することを目指している。

実証試験のイメージ図

研究開発から社会実装に向けたエコシステム構築

 環境およびエネルギー分野をはじめとして衛星データの活用事例は増えつつあるものの、衛星データの利用方法や用途はまだ十分に浸透しているとは言えず、多くの技術シーズを発掘するだけでなく、宇宙技術分野以外の関心層の参画を促し、ユースケースを開発する必要がある。

 そのような中、今回紹介するNEDOコンテストや国などが実施する実証事業、宇宙ビジネスコンテストの取り組みは、宇宙産業のすそ野を広げるうえでも貴重な機会となる。NEDOコンテストの目標は、衛星データを活用したソリューション開発(技術シーズ)を発掘するための技術開発を行い、その成果を共同研究などにつなげることにある。今回、PwCコンサルティングでは、コンテスト運営支援において、技術開発を主眼におきつつも、環境およびエネルギーに関心のある方々が課題解決の1つとして衛星データの活用の可能性を探り、気づきの契機になることを目指している。また、本コンテストを通じて、宇宙技術に関心のある層とのネットワーク形成も創っていきたいと考えている。

 一方で、本コンテストのように技術シーズからのソリューション開発は、ユーザーニーズを的確に捉えられていない場合もあり、その開発成果を共同研究やPoC、さらに事業化して社会実装につなげていくためには、ソリューションを必要とするユーザーとの協業や費用対効果などステップを踏む必要がある。そのため、弊社では関係機関や各種企業とも連携を図りながら伴走型エコシステムを構築し、衛星データを活用したダウンストリーム市場の形成と社会課題解決に貢献したいと考えている。

NEDOコンテストのご紹介

コンテストの目的

 「NEDO Challenge ~Satellite Data for Green Earth~」(以下、本コンテスト)は、NEDOが2023年度から開始する懸賞金活用型プログラム(NEDO Challenge)の1つであり、技術課題や社会課題の解決に資する多様なシーズ・解決策を「コンテスト形式」による懸賞金型の研究開発である。これは将来の社会課題解決や新産業創出につながるシーズをいち早く発掘することで、懸賞広告応募者と当該シーズのユーザーとの連携の機会を創出し、短期(2年後まで)に共同研究などにつなげることを目的としている。

公募テーマ

 今回、衛星データを活用したソリューション開発においては、環境およびエネルギーにとって技術的にも産業的にも意義が高く、実用化につながりやすい3つのテーマが設定されている。具体的には「カーボンクレジット基盤構築」「エネルギーマネジメント基盤構築」「気候変動・環境レジリエンス基盤構築」の3つである。これらのテーマに関わる課題解決をより高いレベルで満たす情報サービス、意思決定の支援システムのプロトタイピングやそれを実現するためのソリューションの開発が期待されている。

 各テーマに懸賞金が設定されており、1位1000万円、2位400万円、3位200万円となっている。

テーマ1:カーボンクレジット基盤構築(グリーン・ブルーカーボンなど)

<想定される具体的テーマ・開発内容>

  • 森林・農地・水域・海洋などバイオマスのMRV(測定・報告・検証)手法の開発
  • 森林・農地・水域・海洋などの効率的な維持管理など、関係する業界・個社の抱える課題解決
  • 上記の複合またその他対象における技術開発

テーマ2:エネルギーマネジメント基盤構築(風力・太陽光など)

<想定される具体的テーマ・開発内容>

  • 風力・太陽光などの再生可能エネルギーにおける、適地探索、発電電力量・需要予測などの手法の開発
  • 関係する事業者・行政などの意思決定支援、点検・保守などにおける業務効率化の実現
  • 上記の複合、その他対象における技術開発

テーマ3:気候変動・環境レジリエンス基盤構築(火災・水害・生物多様性など)

<想定される具体的テーマ・開発内容>

  • 浸水などの風水害に対する被害把握・軽減、火山・林野などの火災の早期検知手法の開発
  • 気候変動、生物多様性など、自然資本の回復に資する環境評価手法の開発
  • 関係する事業者・行政などにおける意思決定の支援や業務の効率化
  • 上記の複合、その他対象における技術開発

コンテストの実施概要

 コンテストの応募要項や留意事項などの詳細は公式サイトを参照されたいが、概要を示す。

(1)コンテストの流れ

 公募は2024年3月18日より開始し、4月30日正午が締切となる。5月に1次審査(書面審査)が行なわれる。審査項目は、「アイデアの妥当性」「開発技術の妥当性」「実用化による社会発展性」の3つである。1次審査通過者には、システム開発や事業化に関して専門家などによるメンタリングを約6カ月間(6~12月)実施する。その際、衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」の開発環境(コンピューティングリソース)を利用することも可能である。

 専門家などによるメンタリングでは、環境およびエネルギー分野の提案を行う上で求められる情報解析技術やビジネス価値のデザインについて、アドバイスなどを提供する。メンターは、リモートセンシング技術に関する専門家だけでなく、環境およびエネルギーに関する専門家やコンサルタントなども招聘し、事業化やマーケティング、資金調達の手法やピッチコンテストにおけるプレゼンテーションなどに関するアドバイスを提供する予定である。1月の2次審査(プレゼン)を経て、入賞者が決定される。

応募プロセス

(2)応募資格

 応募資格は、日本に法人格のある、企業、大学、公的機関、日本国籍を有する個人。法人の規模や上場の有無は不問となっている。本コンテストには多くの方々から参画いただくことを期待するとともに、今後の環境およびエネルギーにおける課題解決の1つの手段として、衛星データの活用可能性を知る機会になることを期待している。

 最後に、PwCコンサルティングでは、衛星データを事業に活用する、あるいは提供する企業などの事業化を支援するとともに、宇宙産業の市場創出とエコシステム構築に寄与していきたい。

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