特集

「スターリンク」のアンテナはどこまで雪に耐えるのか?–通信速度低下の原因を考える(秋山文野)

2024.02.13 10:50

秋山文野

facebook X(旧Twitter) line

 2024年2月5日、南岸低気圧の影響で関東甲信地方では2年ぶりの積もる雪が降り、東京23区でも9cmの積雪があった。電車の遅れや渋滞など、雪への対応を迫られた東京だが、そんな中でSpace Exploration Technologies(SpaceX)の低軌道衛星通信、スターリンク(Starlink)のアンテナが降雪対応の機能を発揮していた。

撮影:小林伸

 筆者の家でStarlinkを導入したのは2022年の10月。光ファイバー網が利用できる都市部では必要性は弱いとは知りつつも、個人で衛星通信を導入できるとあって宇宙開発分野のライターとしては気持ちを抑えられなかった。

 光ファイバーと衛星通信の2回線利用を続けてきた自宅だが、東京で1cm以上の積雪は2022年2月が最後だ。「雪の備え」を知らないまま2年以上がすぎ、この2月の雪で初めてStarlinkの融雪機能の実力を測ることになった。

融雪機能を発揮していたStarlinkのアンテナ。表面は水滴でびっしょり濡れていた。撮影:秋山文野

 Starlinkはもともと、光ファイバー網の弱い北米のルーラルエリアを念頭に設計されている。電子的にビームを走査するフェイズドアレイ式のアンテナは表面がフラットで、角度によっては積雪でアンテナ表面が覆われてしまうことがある。そこでStarlinkのアンテナは、第1世代の丸形アンテナから現在の角型アンテナまで、融雪用のヒーターを備えている。

 スペック表によれば、融雪ヒーターは1時間に4cmまでの積雪ならば対応できる。日本の場合、1時間に3cmを超えると気象用語で「強い雪」で、Starlinkは強い雪を越えても対応できるわけだ。

 ヒーター機能はStarlinkアプリから設定でき、オン(雪国向け)、自動(気温が一定以下になると自動的にオン)、オフの3段階がある。なにもしなければ標準では自動になっているので、東京のようにたまに雪が降るならそのままで良い。ただし、トリガーは気温なので、ただ気温が下がっただけでもヒーターが機能することがある。消費電力を抑えたい場合はオフにしておき、雪の予報があればオンという操作が必要になる。

それほど強くない「東京の雪」で速度低下、原因を考える

 筆者の家では標準の自動設定のままだ。2月5日の夜半にふと気がついてアンテナの様子を確認したところ、降雪ピークの22時すぎにアンテナの表面は水滴で濡れてはいたが積雪はなかった。東京の雪程度なら標準のヒーター機能で十分に対応できることがわかった。

 ただし、通信性能は決して良くはなかった。同時刻にスピード測定をしてみると、速度は下り32Mbps程度、遅延時間は30ms程度とStarlinkとしては性能が出ていないほうだ。2月6日の同時刻は137Mbps、遅延時間は15ms程度で、通信状態がよいときには200Mbps近いこともある。

 通信速度が落ちた原因は2つ考えられる。豪雨や降雪でアンテナの表面に水の膜ができると、電波が減衰して通信の障害になる「水膜減衰」という現象がある。融雪ヒーターは機能していたものの、夜半に強くなっていた湿った雪とヒーターで溶けた水がアンテナ表面を連続的に流れる状態になり、水膜のような状態になって速度が落ちた可能性がある。

 1980年代の資料、それもフェイズドアレイアンテナではなくパラボラアンテナを対象としたものだが、衛星放送の電波は「湿雪では2cm以上になると減衰が始まる」という記述がある。南岸低気圧による東京の雪は湿雪が多いと考えられ、ある程度の通信速度低下は考慮しておいたほうが良いのかもしれない。メールの送受信やWebページの閲覧程度ならそれほどの問題はないと思われるが、ビデオ会議や大容量データの送受信には向かないということはありそうだ。

 もうひとつ、Starlinkの利用している周波数の帯域の特性も考えられる。Starlinkはサービスリンク(衛星〜ユーザー間で利用する接続)には「Ku帯」という衛星通信で一般的に使われるマイクロ波の帯域を利用している。Starlinkの場合は上りが14.0-14.5GHz、下りが10.7-12.7GHzだ。Ku帯は悪天候では減衰することが知られ、雨量が多いほど減衰が大きくなる。

 2月5日の雪は、降水量にすると1時間に最大6.5mmだったので大雨というほどではないが、降雨強度が1時間に5mmを超えると12GHz周波数帯では降雨減衰がおきるという資料もある。悪天候とアンテナの水濡れが重なった、衛星通信にはあまりよくない条件だったようだ。

 Starlinkの着雪対策には、「アンテナの収納機能を利用して垂直に立て、雪を振り落とす」というワザも聞かれる。今回はヒーターで雪を取り除くことができたので不要ではあったが、もしもアンテナ首振りを利用する場合は、その前に積もった雪をある程度払い落としたほうがいいだろう。雪の重さでモーターに負荷がかかりすぎてしまう可能性があるからだ。

 今回は雪という悪条件でStarlinkの耐環境性能を試すことになった。日本の場合、夏の酷暑という条件もあるので注意したい。Starlinkアンテナの動作環境は摂氏マイナス30度から50度までだ。真夏の日中は、地面が50度近くなることもある。夏の場合は可能ならば日陰で利用する、あるいは一時的に日除けを設置するといったことも必要になるかもしれない。

Related Articles