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日本主導のX線天文衛星「XRISM」の初撮像データに科学者大興奮–「予想が裏切られた」「議論が止まらない」(秋山文野)
2024.01.24 15:00
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2023年9月7日に打ち上げたX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」がファーストライト(初撮像)の成果を上げた。
銀河が放つX線を物質ごとに読み解く「X線マイクロカロリメータ」を搭載した最初の衛星「ASTRO-E」から23年、ついに日米欧のサイエンティストが待ち望んだときが訪れた。
23年分の思いを載せてXRISMの打ち上げ成功
XRISMは、日本にとっては7年ぶりのX線天文衛星だ。大気に吸収されてしまい地上まで届かないX線を観測し、ブラックホールや超新星残骸、銀河団など、X線を発する宇宙の高温、高エネルギー現象を解き明かすことを目的としている。これによって、宇宙の大規模構造「銀河団」の成長やダークマター、そして元素の起源の理解を深めることができる。
7年ぶりのX線天文衛星といっても、2016年に打ち上げられた先代の「ASTRO-H(ひとみ)」は、打ち上げからわずか1カ月強で姿勢制御装置に異常が発生。太陽電池パネルと進展式光学ベンチ(光学観測機器を取り付けたマスト状の装置)が破損し、軌道上で衛星を喪失してしまった。
それ以前も、初めてX線マイクロカロリメータを搭載した2000年の「ASTRO-E」の打ち上げ失敗、後継機「ASTRO-EII(すざく)」の冷凍機のヘリウム漏れなど苦闘が続いており、X線マイクロカロリメータによる観測はあと一歩のところでつかめず23年が経った。
「良い観測機が出来上がった」「予想が裏切られていく経験」
こうした苦戦が続いていたが、2023年秋にXRISMの打ち上げに成功した。
軌道投入からおよそ3カ月の初期機能確認を経て、10月にはX線撮像装置「Xtend(エクステンド)」を用い、7.7億光年の距離にある銀河団「Abell 2319」を、12月にはX線分光装置「Resolve(リゾルブ)」が大マゼラン星雲にある超新星残骸「N132D」をそれぞれ観測した。
2回の観測で、JAXAのXRISMプロジェクトチーム プリンシパルインベスティゲーター(PI、研究主宰者)である田代信 宇宙科学研究所(ISAS)特任教授が「いい検出器が出来上がったな」
これまでの理論に、観測結果というデータがプラスされ「新しい装置が世界を拓くときにしかできない『予想が裏切られていく』経験で、科学者の議論が止まらない」(田代教授)のだという。科学者を沸かせたファーストライトの観測例について、田代教授の解説を紹介しよう。
銀河団Abell 2319の観測
まず、銀河団Abell 2319の観測結果について、田代教授の解説を紹介する。
「この観測は、『すざく』搭載XIS(X線CCDカメラ)の4倍の視野を持つXtend検出器の特徴を生かした観測となり、衝突して合体している銀河団の全体の様子を捉えることに成功しています」
「2つの銀河団に付随する高温プラズマの分布も取れており、満月がすっぽり入るような、従来のX線天文衛星である『すざく』や、米国のチャンドラ衛星と比較しても面積で4倍という広い視野と高い解像度という(XRISMの)特徴を示すものです」
「衝突銀河団、銀河団はその重力源のほとんどがダークマター(暗黒物質)と呼ばれるものです。この暗黒物質の作る重力の井戸の中に、銀河やそこに含まれる恒星がトラップされていて、宇宙の長い歴史では銀河団と銀河団が暗黒物質の重力の中に落ちていき、ひとつに合体成長していくという歴史を繰り返していったと考えられています」
「2つの銀河団が10億年、20億年、30億年いう時間でまとまっていくと、ぶつかった衝撃でできた渦や、2つの銀河の中心の動きなどがが見えてくると予測されていました。これを実際に観測してみると、銀河団が合体していく様子を高温ガスの渦として見ることができるようになります」
「画像の白い枠はXtendの視野となります。過去に観測された銀河の分布の上に重ねたXtendの画像から、紫から白にかけて広がっている構造が見えます。大きくガスの渦巻く様子が撮れていることが広い視野でカバーできています。右上の方に300万光年と書いてありますが、これほどの大規模な現象であり、ガスの広がりがものすごく大きいものだということが分かっていただけると思います」
「さらに拡大して白黒の画像となっているものは、高い解像度によって『コア』『サブクラスター』という元々2つの銀河であったそれぞれの構造が今も残っていることが見て取れます。この詳しい解析はこれからですが、銀河の構造を広い視野で明瞭に捉えられることを示しました」(田代教授)
超新星残骸 N132Dの観測
続いて、大マゼラン雲にある超新星残骸 N132Dの観測に関する田代教授の解説は次の通りだ。
「超新星残骸というのは、星が終末を迎えたとき、特に重い星ですと大爆発を起こします。その最後に白色矮星という『燃え残りのデータ』を残します。この白色矮星にさらに外から質量降着があったり、あるいは白色矮星に何かがぶつかったりということが起きると、さらに大爆発が起きることもあり、こうした現象は宇宙のあちこちで起こっていると考えられています」
「恒星の中で作られてきた元素がこのような爆発で宇宙にばらまかれ、新たな星や新たな惑星の材料になり、地球やその上に暮らす生き物もそれらの元素によって作られたという、宇宙の長い歴史があります。そうした現象を私たちは化学的進化と呼んでいます。『超新星残骸がどのような星から作られたたのか』も分かりますし、少ない元素がだんだん豊穣な世界に変わっていく宇宙の歴史を表す証拠です。そのような超新星爆発の1つが『N132D』です」
「超新星残骸の中にどのような元素が入っているか、どれぐらいのスピードでそれが広がっていったか、ということがその鍵になります。Resolveが捉えたX線のスペクトル分布では、なだらかな丘の上に、たくさんのピークが立っているように見えると思います」
「1番高いピークは硫黄の元素が出す特徴的な曲線です。それからシリコンのグループがあり、アルゴン、カルシウム、鉄というように、超新星残骸の中に含まれる元素の種類とその量が表示されています。『すざく』のXISで同じ天体のスペクトルを撮ったものを比較すると、XISではあまり分解しきれずにもやっと1つにまとまって見えるということがわかります」
「一方、(XRISMのように)鋭いピークに分解できますと、これまで山が見えず気がつかなかったアルゴンやカルシウムが確かに存在するということがわかります。このように検出感度、すなわち元素を検出する感度が格段に上がったことで、星の由来、元素の由来といったものが鮮明に分かってくるのです」(田代教授)
末永い活躍へ
すでに「すざく」と同じ超新星残骸を観測し、より高分解能で宇宙の物質の分布に迫るXRISMは、「『ひとみ』が作ってくれた道の上を歩き出した」(田代教授)という。2月以降に公募観測を開始し、「ひとみ」の初期の観測でネイチャー掲載論文となったペルセウス座銀河団の観測も予定している。
XRISMの観測は世界にも開かれている。当初の公募観測は計画参加機関であるJAXA、NASA、ESAが中心となる。その後は全世界の研究者に機会を提供する計画だ。「アジアでX線天文が盛り上がっている」(田代教授)といい、1990年代からX線天文に取り組んできたインドなどを中心に共同観測の提案が考えられるという。「研究提案に日本の計画参加機関から代表者を1人加えてもらえるとコミュニケーションしやすい」(田代教授)とのことだ。
ついに成果を上げるときがきたXRISMだが、予定していた初期の作業がまだ少し残っている。Resolveに打ち上げ時に取り付けられていた保護膜(打ち上げ直後の機体から出るわずかな揮発性の物質からX線入射部を守るための部品)の開放がまだ終わっていないのだ。
この状態でも観測はできているものの、X線の中でも低エネルギーの波長の観測には課題となる。Resolve周辺は極低温となっているため、保護膜を留めているヒンジ部分などの動作が低温で固くなっている可能性もあり「温度を調整して開放を試みる」(前島弘則プロジェクトマネージャ)ことを予定している。
それでも参加した科学者からは「保護膜開放の作業で観測を止めないでほしい」という要望が多数寄せられているとのこと。定常運用は打ち上げ後3年までだが、後期運用の段階まで末永く期待に応える衛星として活躍してくれそうだ。