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「スターリンクの一強」で良いのか–日本の通信網がイーロン・マスクに依存する危険(石川温)

2024.01.23 13:30

石川温

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 2024年1月18日、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルは令和6年能登半島地震における通信エリアの復旧状況についての4社共同会見を実施した。

 地震は1月1日16時10分頃に発生。バッテリーを装備する携帯基地局は、地震直後こそエリアカバーを維持できたが、停電が長引いたことで、数日後には電力を消失。1月3日や4日あたりが、最もスマートフォンが使えないエリアが拡大したようだ。

政府の情報収集衛星が撮影した被災地(出典:内閣府)

 各キャリアとも数百名体制でエリア復旧を試み、1月18日の時点では、道路の寸断して立ち入り困難が継続している地域を除き、エリアカバーはおおむね復旧できた模様だ。

 各携帯電話会社は、2011年の東日本大震災以降、災害に向けて準備や訓練を日々実施してきた。そのため、今回の地震でも迅速にエリア復旧に向けて活動できたようだが、道路の寸断があちこちで起きており、なかなか復旧しなくてはならない基地局にたどり着くのが困難だったという。また、積雪などの気象条件も復旧作業の足かせになったようだ。

圧倒的に手軽なStarlinkが災害復旧に貢献

 今回の復旧活動で、過去と比べて大きく違うのが、衛星通信サービス「Starlink」の投入だろう。

 Space Exploration Technologies(SpaceX)に対して技術協力もしてきたKDDIは、他社に先駆けて被災地にStarlinkアンテナを投入。バックホール回線用に159台、避難所に350台、自治体や行政、企業などの災害対応機関に200台、配備してきたという。

 バックホール回線とは、普段、スマートフォンが通信を行う無線基地局につながっている光通信ケーブルのことを指す。

 今回、大地震によって、通信ケーブルが切断されてしまったような場所では、無線基地局に光ケーブルではなくStarlinkアンテナを接続。、Starlink衛星と直接通信を行うことで、無線基地局周辺のエリアカバーを復活させてしまうというものだ。既存の無線基地局をそのまま復活させるので、従来通りのエリアをカバーすることができた。

 避難所や災害対策機関においては、Starlink回線をWi-Fiルーターとして提供することで、無料のWi-Fiスポットを使ってもらえた。

 これまでは、静止衛星向けのアンテナを積んだ車載移動基地局車を被災地に派遣して、エリアを復活させていた。今回もKDDIでは85台の移動基地局車を現地に配備したのだが、移動基地局車の場合、アンテナ設置などに手間と時間がかかるケースが多い。ネットワークを専門で手がけているスタッフであれば問題ないが、災害時には他の部署からも応援で社員が駆けつけることがある。その場合、設置に慣れておらず、余計に手間取ると言うことがあるのだ。

 しかし、Starlinkアンテナの場合、アンテナが小型で可搬性が高く、一度に何台も運ぶことができる。さらに設置もアンテナを地面に置いて電源を入れるだけだ。あとは自動で衛星を補足し、まわりにWi-Fiを吹いてくれる。素人でも簡単に設置できるのが魅力だ。

 しかも、低軌道衛星ということで、通信速度は速くて低遅延だ。設置のしやすさや使い勝手の良さで、Starlinkアンテナが引っ張りだこだったというわけだ。

「空からエリアカバー」の優位性が実証

 今回の件で、Starlinkのように空からの電波がいかにエリア復旧に有効かが改めて実証された。日本は大地震や津波、台風など災害の多い国だ。一刻も早く、各キャリアは空を経由して通信できる環境を整備しておくべきだろう。

 NTTドコモは成層圏通信プラットフォーム「HAPS」を手がけつつ、Amazonが提供する低軌道衛星ブロードバンドの「Project Kuiper」との戦略的協業に合意している。これにより、災害時のバックホール回線活用やWi-Fiスポットの設置などに期待が持てる。ソフトバンクもHAPSをやりつつ、Starlinkと同様のサービス構築をめざすOneWebとも準備を進めている。

 その点、是非とも期待したいのがStarlinkとAST SpaceMobile(AST)だ。

 StarlinkとKDDIはスマートフォンと衛星との直接通信を2024年中にも実現しようとしている。当初はSMSなどに限定されるが、将来的にデータ通信も利用できるようになれば、地上の基地局が使えなくても、インターネット通信が維持できるようになる。

 また楽天モバイルはASTと組んで、基地局が設置できていない場所や災害時に通信ができるよう準備を進めている。

ASTの衛星もスマートフォンとの直接通信サービスの提供を目指している

 先日、ハワイから衛星を通じて、日本にいる三木谷浩史会長に音声通話をしている様子がYouTubeで公開された。計画発表当初は、実現に向けて半信半疑なところがあったが、着実にサービス提供に向けて準備が進んでいるようだ。

日常的な通信もStarlinkに依存する恐れ

 災害時の復旧に有効な衛星による通信ではあるが、現状ではSpaceXのStarlinkが一人勝ちの状態と言えるだろう。

 すでに4000以上の衛星を飛ばし、通信速度も数百Mbps程度を誇るなど、実用性においては他を大きくリードしている。今後、スマートフォンと直接通信できる衛星も継続的に飛ばしていけば、他の衛星サービスを引き離すことになるだろう。

 日本のキャリアにおいてはKDDIがスペースXと提携し、Starlinkを扱うだけでなく、さらにソフトバンク、NTTドコモとNTTコミュニケーションズも再販事業者として認定を受けたスカパーJSATを通じて、Starlinkを売るようになった。

 もはや、日本のキャリアはSpaceXのサービスに「おんぶに抱っこ」状態となっている。

 2023年末から、NTT法のあり方を巡って議論が進んでいるが、そのなかでも「地方の固定電話回線を維持できないのであれば、Starlinkなどの回線を活用すれば良いのではないか」といった指摘も出ている。となると、災害時の復旧だけでなく、日常的な通話や通信もStarlinkに依存することになる。

 本来であれば、Starlinkに対抗できるような低軌道衛星ブロードバンドネットワークを日本の企業が構築できれば望ましいのだが、Starlinkのような低軌道衛星は何千という衛星が地球上をグルグルと回るとなると、日本だけで通信サービスを提供するというのは、あまりに非効率で経済合理性に欠けてしまう。

 とはいえ、日本の通信ネットワークがこのままイーロン・マスク氏のStarlinkだけに依存し続けても良いのかという点は、今後も議論していく余地がありそうだ。

 

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