特集

福岡中心の町工場が一体となり人工衛星を開発–QPS研究所の上場に沸く「福岡県」の宇宙ビジネス最前線

2024.01.17 09:00

藤井 涼(編集部)

facebook X(旧Twitter) line

 九州における宇宙産業と聞くと、「種子島宇宙センター」や「内之浦射場」のある鹿児島県を思い浮かべる人も多いかもしれないが、実はいま宇宙業界において存在感を高めているのが福岡県だ。

福岡の天神エリア
スタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」などもある

 2023年秋には「九州宇宙ビジネスキャラバン」や「宇宙∞会議」といった宇宙ビジネスイベントが次々と初開催されたほか、12月6日には福岡発の衛星ベンチャーであるQPS研究所が上場を果たし、現地の宇宙関係者の熱も高まっている。

 UchuBizでは2023年11月、県内の宇宙ビジネスを振興する福岡県庁や、QPS研究所、同社の衛星開発に関わる町工場などへの集中取材を実施。取材を通して見えた福岡県の宇宙ビジネスの最新動向をお伝えする。

宇宙ビジネスにおける福岡県の「3つの強み」

 まず、最初に向かったのは福岡県庁。各自治体は、その地域ならではの特徴を生かして宇宙ビジネスの振興に取り組んでいるが、「福岡の強みは3つある」と福岡県 商工部長の見雪和之氏は話す。

福岡県 商工部長の見雪和之氏

 1つ目は、自動車産業や半導体産業、ロボットやIoTなど、優れた技術力をもつモノづくり企業が集積していること。QPS研究所の衛星開発を県内モノづくり企業が支えている事実がそれを裏付けている。

 2つ目は、衛星データを活用できるポテンシャルを秘めたIT企業が数多くあること。プログラミング言語「Ruby」の開発者である、まつもとゆきひろ氏が会長を務める「福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議」には、現在800以上の会員が加盟しているという。代表例として、クラウド事業者で初めて衛星リモセン法の認定を取得した「Fusic」や登山アプリ開発の「YAMAP」などがあり、加えて、東京を本社に置く大手IT企業の福岡拠点なども多い。また「Ruby」はQPS研究所とも深い関わりがあり、衛星を制御するシステムには福岡県発のプログラミング言語「mruby(軽量Ruby)」が採用されている。

 そして3つ目は、バイオ産業に強いこと。福岡県の久留米市は医療機関が多く「医療のまち」と呼ばれているほか、古くから酒や醤油などの発酵・醸造といったオールドバイオ技術が蓄積している。こうした地理的優位性を生かし、研究機関とも連携しながら、「創薬」と「食品」を中心に研究開発の促進や、ベンチャー育成を続けてきたという。

 その結果、福岡は2021年6月に国のバイオ戦略に基づいた「地域バイオコミュニティ」第1号の認定を受け、2022年7月には中核組織となる「福岡バイオコミュニティ推進会議」を設立。地元企業の機能性表示食品の申請や開発支援なども伴走しており、バイオ技術を宇宙日本食にも応用できると考えている。

補助金やマッチング機会–福岡県の宇宙ビジネス支援策

 福岡県では、2020年度に国から「宇宙ビジネス創出推進自治体」(S-NET自治体)に選ばれたことにあわせて、産学官による「福岡県宇宙ビジネス研究会」を発足。同年には早速「福岡県宇宙ビジネスフォーラム」を開催した。

 また、衛星データを活用した新たな宇宙ビジネス創出のための「アイディアソン」や、県外有力宇宙ベンチャーへの「出張技術提案会」、宇宙日本食ビジネスへの参入を促進する「宇宙食開発ワークショップ」など、さまざまな切り口で、県内企業の宇宙参入を促してきた。

 そして2023年度には、世界各国から研究者らが集う国内最大の宇宙国際会議「ISTS(International Symposium on Space Technology and Science)」が福岡の久留米で開催された。6月3〜9日の開催期間中には、延べ1万人もの関係者が来場する大規模なイベントになった。

 高額な費用のかかるハードウェア開発も支援している。県内企業によるロケット・人工衛星などの研究開発に対する経費を、最大1000万円助成する「宇宙関連機器研究開発支援事業」を展開。人工衛星への炭素繊維強化プラスチック(CFRP)部品の実装に向けた研究開発をしているオガワ機工など、2021年度からこれまでに県内の9社を採択して支援している。

 宇宙日本食の開発・認証に向けた、認証アドバイザーの設置および助成制度の創設も進めてきた。宇宙日本食については、2019年に生鮮食肉として初めて「機能性表示食品」に選ばれた「はかた地どり」の宇宙食認定プロジェクト(福栄組合)や、雑穀を使用した宇宙日本食「スペース雑穀米ぜんざい」(ベストアメニティ)など、福岡ならではの食材や技術を生かした宇宙日本食の開発を支援しているという。

 「宇宙ビジネスのハードルは高いが、果敢に挑戦する企業を今後もしっかり支えていきたい。ハードやソフト、衛星データの利活用に加えて、宇宙日本食や宇宙での衣食住など、全方位的に取り組んでいく」(見雪氏)

九州に宇宙産業を根付かせる「QPS研究所」の挑戦

 福岡空港からもアクセスしやすい、博多の繁華街である天神駅から徒歩数分のビルに、福岡発の衛星ベンチャーQPS研究所のオフィスはある。ベンチャーと言っても創業したのは18年前の2005年。日本の宇宙ベンチャーとしてはかなり古株だ。

 同社は、日本の衛星開発の第一人者である八坂哲雄氏が1995年に九州大学で始めた小型衛星開発の技術を伝承し、九州に宇宙産業を根付かせることを目的に、八坂氏と九州大学の桜井晃氏、そして三菱重工のロケット開発者だった船越国弘氏の3名によって、2005年に創業された。社名のQPSには「Q-shu Pinoneers of Space (九州の宇宙の先駆者)」という想いが込められている。

QPS研究所のメンバー

 八坂氏の九州大学での元教え子で、同氏の想いを受け継ぎ、2014年にQPS研究所の代表取締役CEOに就任したのが大西俊介氏。現在37歳だが、代表に就任した20代後半の時点で、すでに国内外の10件以上の小型人工衛星開発プロジェクトに携わってきた豊富な経験を持つ。

 同社では、従来のSAR衛星に比べて質量を20分の1、製造コストを100分の1まで下げた小型SAR衛星「QPS-SAR」を開発している。夜間や天候不良時でも高分解能かつ高画質に観測できるSAR画像を提供しており、2023年7月には日本最高分解能である46cmの画像取得に成功した。

 この小型SAR衛星を毎年、複数機打ち上げることで、2027年度に24機体制、そして最終的には36機のコンステレーションを構築する計画。実現すれば、平均10分ごとの「準リアルタイム地上観測データサービス」の提供が可能になるという。防災やインフラ監視など、多様な宇宙ビジネスへの活用が期待されている。

1号機「イザナギ」の実物大模型

 打ち上げ実績として、これまでに「QPS-SAR」衛星の1号機「イザナギ」、2号機「イザナミ」、6号機「アマテル-III」の3機を運用。さらに、12月15日には5号機「ツクヨミ」の打ち上げに成功しており、同社が運用する小型SAR衛星は4機となった。(3号機と4号機を乗せた「イプシロン」ロケット6号機は2022年10月に打ち上げ失敗)

QPS研究所の開発を支えた北部九州のモノづくり企業

 「複数機の人工衛星を毎年打ち上げる」というQPS研究所の高い目標を支えるパートナーの1つが、九州北部を中心とした町工場らによって2007年に設立された、NPO法人 円陣スペースエンジニアリングチーム「e-SET(イーセット)」だ。

 前述したように福岡県は、自動車産業や半導体産業、ロボットなど、優れた技術力をもつ企業が集積された、モノづくり地域として知られている。e-SETに加盟する町工場チームは、他の産業で培ってきた技術や知見を結集して、人工衛星の開発経験など全くない状態から宇宙産業に挑戦し、大学の衛星プロジェクトに参加。そしてQPS-SARプロジェクトでは1号機のイザナギから衛星の開発・制作を支えている。

NPO法人 円陣スペースエンジニアリングチーム「e-SET(イーセット)」。写真右がe-SET代表の當房睦仁氏

現在、QPS研究所の衛星作りに参画している県内企業は17社におよぶ。たとえば、久留米市のマルナカゴム工業(ゴム製品制作)、筑後市の石井熱錬(金属熱処理)など。また、福岡市で衛星データを活用した農作物生産量予測モデルを手がけるFusicがシステム開発に関わっている。

 よくある“発注者と下請け”という関係ではなく、情熱を持った対等なパートナーとして衛星開発に取り組んでいることが特長だ。e-SETの町工場の多くは福岡県内にあるため、QPS研究所と一緒に衛星の試験に立ち合ったり、また、部品の改良点などが見つかったりすると、最速で翌日には修正物を工場まで持ってきてすぐにまた試せるような、スピーディーに開発できる関係性ができているという。

 このe-SETの技術力やスピード感は、早期の衛星コンステレーション構築を目指す上で大きな強みになる。また、同社の小型SAR衛星の設計寿命はは5年としており、常に宇宙空間で36機が運用されている状態を維持するには、毎年新しい衛星を打ち上げ続ける必要がある。そのため、両者のパートナー関係も持続的なものになるという。

e-SETの町工場が手がけた人工衛星の部品

 ただし、長期的な視点では、現状の衛星開発だけでは立ち行かなくなる日がくるのではないかと、e-SET代表の當房睦仁氏は危機感を言葉にする。當房氏自身も、フッ素樹脂コーティングなどを手がける久留米市の町工場「睦美化成」の社長という顔を持つ。

 「衛星を作る技術自体は、そこまで時間がかからずに他の地域や国でも育ってくる可能性がある。その前に、衛星をどう使ってビジネスにするかという需要を生み出していかなければならない。僕らも衛星を作って終わりではなく、その先のビジネスにうまく絡んでいく必要がある」(當房氏)

福岡県民にも広がる期待–衛星打ち上げを「県庁」でパブリックビューイング

 福岡のモノづくり企業が一体となって作り上げた、まさに「福岡県版下町衛星」といえるQPS研究所の人工衛星には、福岡県民も期待を寄せているという。また、打ち上げ時には、福岡県庁もプロモーションに全面的に協力している。

 たとえば、2019年12月に1号機「イザナギ」がインドから打ち上げられた際には、福岡県庁の1階ロビーでパブリックビューイングを実施。衛星の開発に協力した九州の地場企業や、地元の小・中学生など合計約500人が集まって打ち上げを見守った。成功時にはクラッカーが鳴り、大きな歓声が上がったという。また、2号機「イザナミ」はコロナ禍の2021年1月に打ち上げられたため、オンラインでのパブリックビューイングとなったが、この日も24時という真夜中にも関わらず800名以上が視聴したという。

イザナギの打ち上げでは500人近くが応援に駆けつけた

 前述したようにQPS研究所は12月6日に上場を果たし、宇宙業界からも同社や福岡に注目が集まっている。こうした成功事例が出てくれば、“第2のQPS研究所”となるべく、宇宙ビジネスに参入する県内企業が増える可能性はあるだろう。

九州を「大きな実験場に」–衛星開発から打ち上げまで一気通貫も可能に?

 九州を日本の宇宙ビジネスの中心地にしようと、各都道府県が集結して2023年11月に福岡で初開催されたのが「九州宇宙ビジネスキャラバン」。全国から300名近い宇宙関係者が集まったほか、元宇宙飛行士の山崎直子氏も駆けつけてエールを贈った。

 九州では、宇宙ビジネス創出推進自治体(S-NET自治体)に福岡県、鹿児島県、大分県、佐賀県が選ばれており、各県が競うように宇宙ビジネスの振興に向けた取り組みを加速させている。

 また、鹿児島県には「種子島宇宙センター」「内之浦射場」という2つのロケット発射場があるが、大分県が大分空港を“宇宙港”にするべく整備を進めている。こうした射場から、QPS研究所などの人工衛星を打ち上げることで、九州内だけで機器開発から打ち上げまでのエコシステムを完結させられるのではないか、と登壇者たちは夢を語った。

2023年11月に福岡で初開催されたのが「九州宇宙ビジネスキャラバン」

 さらに、九州は台風や大雨など、自然災害の被害を受けやすいエリアだ。それを逆手にとって、衛星データをいち早く防災に生かすなど、九州全体を「大きな実験場」として活用していくべきだというポジティブな意見も会場では見られた。

 このほか同キャラバンでは、九州の宇宙開発を支えるモノづくり企業各社が宇宙ビジネスの難しさや期待感を述べたほか、衛星データ企業が九州ならではの水産活用といった事例を紹介、さらに宇宙食やコスメなど、衣食住の観点で宇宙ビジネスの可能性が語られた。

福岡そして「九州」が持つ一体感が宇宙ビジネスを推進

 今回の福岡取材を通して感じたのは、とにかく熱いパッションを持ちながら、宇宙ビジネスに取り組む関係者が多いこと。九州宇宙ビジネスキャラバンでも、ある登壇者が「九州エリアは各県が連携しやすい規模感。“九州人”というだけで一体感が生まれる」と話すなど、地元愛が強い人も多い。その情熱を原動力に今後も宇宙産業を推し進めていくだろう。

 また、同キャラバンでモデレーターを務めた宇宙エバンジェリストの青木英剛氏は、九州のGDPは日本の10%におよぶ50兆円規模で「世界トップ30に入る」だと説明。九州が世界の宇宙ビジネスの中心になる可能性は十分にあると期待を寄せていた。宇宙業界における福岡や九州の存在感は今後さらに高まりそうだ。

 e-SETのように、地場の町工場がチームを組んで人工衛星を始めとする宇宙機器を開発する戦略を、モデルケースにしたいという他の自治体も多いだろう。一方で、當房氏の指摘にあったように、衛星というハードを作るだけでなく、同時にビジネス需要も生み出していく必要がある。これはQPS研究所に限らず、日本で衛星データに関わる全てのプレイヤーが乗り越えるべき課題と言えるだろう。

Related Articles