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北朝鮮が打ち上げた偵察衛星「万里鏡1号」は何者か–軌道情報から手がかりを探る(秋山文野)

2023.11.29 09:50

秋山文野

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 2023年11月21日深夜、北朝鮮が今年3回目となる軍事偵察衛星の打ち上げを実施した。事前に発出していた水路情報を予告なしに1時間近く繰り上げるという安全を軽視したやり方ながらも衛星の軌道投入に成功した。

「万里鏡1号」打ち上げの様子 Credit: 朝鮮中央通信

 米国宇宙軍の軌道上の人工物体追跡サイトSpacetrack.orgでは、日本時間で11月22日ごろに宇宙物体のカタログ番号58400が「MALLIGYONG-1」(万里鏡1号)に、同じく58401が「CHOLLIMA-1 R/B」(千里馬1号ロケット上段)に付与され、北朝鮮が打ち上げた物体が衛星「万里鏡1号」とそれを搭載したロケット上段であることが確認された。

 国連安保理は、北朝鮮の弾道ミサイル技術を使用した活動の禁止を決議しており、今回の打ち上げが同決議に違反していることは確かだ。それでも、人工物体を宇宙の狙った軌道に投入することができたことは注視していく必要がある。

 現在は衛星としてどのような機能を持つものか不明な部分が多く、偵察衛星として運用できているのかどうかもまだわからない。まずは現在の段階で裏付けのある軌道の情報と過去の経緯から、万里鏡1号が何を目的としているのか整理してみよう。

万里鏡1号が周回する「太陽同期準回帰軌道」から見えるもの

 万里鏡1号は、今年5月の最初の打ち上げ以降、一貫して「偵察衛星」であるとされている。偵察衛星とは軍事目的で他国の地上の様子を観測する衛星で、大きく分けてカメラのようなセンサーを搭載した「光学衛星」と、レーダーで地表を観測する「合成開口レーダー」(SAR)がある。

 北朝鮮は万里鏡1号がどちらの種類であるのか明言していないものの、一般的には偵察衛星開発のスタートラインとも言える光学衛星だと考えられている。

 光学衛星の機能は、基本的には民生用の地球観測衛星と同じだ。地球観測衛星は北極と南極の付近を通る極軌道を周回しながら地球全体を観測するものが多く、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用した地球観測衛星「だいち(ALOS)」や、米国で50年以上も運用を続けている「LANDSAT」シリーズなども極軌道を周回している。

太陽同期軌道の性質。Credit: NASA illustration by Robert Simmon

 極軌道を周回する光学地球観測衛星にとって1つの便利な軌道がある。それは、地上のある場所をいつも昼間の同じ時間に観測できる「太陽同期軌道」だ。同軌道に衛星を投入することで、地球の昼の側にいるときに見下ろすエリアの現地時間を一定にできる。例えば、午前10時前後の時間で調節すれば、明るさや影のでき方などを同じ条件で観測できる。

 また、地上のある場所の上空を数日から数週間おきに定期的に通過する軌道を「準回帰軌道」といい、観測を繰り返しながら長期の変化を調査するのに都合がよい。両方の特徴を持つ「太陽同期準回帰軌道」は、同じ意味で偵察衛星にも条件が良い。

 万里鏡1号が投入された軌道の性質は、国際標識番号などと共に公開されている軌道情報から読み取ることができる。Spacetrack.orgやそのミラーサイトであるCelesTrak.orgには、TLE(2行軌道要素)と呼ばれる軌道情報を元に、軌道高度や軌道傾斜角、1周回の時間などの要素が表示されている。

 この中で太陽同期軌道に関わるのが軌道傾斜角だ。赤道(0度)に対して軌道がどの程度傾いているのかを表す情報で、これを90+数度に調整すると太陽同期軌道になる。11月27日の情報では万里鏡1号の軌道傾斜角は97.43度だ。また、周回時間から衛星が1日に何周回しているのか計算することができる。万里鏡1号は現在、遠地点512km、近地点492kmの軌道を94.66分で一周している。

 航空宇宙システム工学が専門の東京都立大学の佐原宏典教授は、軌道情報から「かなり正確な太陽同期軌道に投入できたと言える」と述べ、次のように説明した。

 「打ち上げ時刻から推測すると10時~11時ごろに地上の任意の地点の上空を通過することになるだろう。太陽が天頂に近いと影が短くなるため、地上の物体の形状など把握するには難しさもあるが、その点を補う運用の仕方もできるかもしれない。また、1周回の時間から計算すると、現在は4.9966日で回帰していると考えられる。偵察衛星であればできるだけ高頻度に同じ場所を観測したいと考えられるので、多少の誤差はあるが5日で回帰すると考えれば偵察衛星の目的に合致するのではないだろうか」(佐原教授)

 投入された軌道という観点からは、万里鏡1号は偵察衛星や地球観測衛星のセオリーに沿った衛星であるといえる。

 すると、打ち上げ翌日の11月22日に北朝鮮が表明した「グアムの米軍基地をすでに撮影した」「12月1日から運用を開始する」という北朝鮮側の主張が裏付けられたと言えるのだろうか──。確かなところは撮影した画像が公開されない限り不明であり、また打ち上げから数週間は機器の動作確認などを行う通常の衛星の運用手順から外れてはいるものの、ありえないことではないという。

 「12月1日という日付は、回帰日数からいえば朝鮮半島や日本付近の上空を通過する2周回目のタイミングには合致する。一方で気になるのは、グアムの米軍基地を撮影したという主張だ。そもそも撮影できたのか、衛星の撮像範囲やデータ量がどの程度のものであるの不明だが、主張が本当ならば北朝鮮国内で衛星のデータをダウンリンクできるタイミングは非常に限られており、かなり高速にデータを降ろす必要があるかもしれない。すると、通信装置の性能を上げて、Xバンドなどの高速通信が可能な波長を使っている可能性がある」(佐原教授)

軌道情報から動向を読み解く努力が重要

 一方で、衛星として所定の性能を発揮できているのか、という点については不明な部分が多い。太陽電池が正常に電力を供給できているのか、通信装置や搭載コンピューター、姿勢制御装置は動作しているのか。そして肝心の画像センサーの機能については今後の情報を待つ必要がある。

 2016年2月に北朝鮮が打ち上げた人工衛星「光明星4号」のケースでは、打ち上げからおよそ2日後に米国では「衛星が回転を制御できず、所定の性能が発揮できていないとみられる」という報道があった。タンブリングという姿勢の安定化に失敗した状態で、撮影はもちろん通信や発電も難しくなる。

 ところが2月末の段階で、欧州の民間観測を元にタンブリングが起きているとは考えにくく、比較的安定した状態で軌道を周回しているとの推定情報が出てきた。このことから、光明星4号は一部機能したとの見方もある。

 今回も同様に、万里鏡1号の性能を決定づけるには時間がかかり、難しいとみられる。佐原教授は「1周回目の朝鮮半島付近上空の通過タイミングにあたる、11月26日深夜に北朝鮮はデータの受信などの運用を試みた可能性がある。韓国や日本はこのタイミングを狙って、衛星から電波が発信されているのか探ろうとするのではないだろうか。もしもXバンドのような帯域を利用しているとすれば、相当に指向性の高い大型のアンテナを衛星方向に向ける必要がある」という。

 万里鏡1号の性能や運用についてはまだ情報が少なく、断定的なことは言いにくい。とはいえ、北朝鮮は今後も偵察衛星の打ち上げを続ける意向を示している。同様のことがまた繰り返される可能性もあり、衛星の軌道など客観的な情報からその動向を読み解く努力も継続する必要があるだろう。

(更新:2023/11/29 15:28)回帰日数についての記載を4.9日から4.9966日に改めました

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