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ウクライナ侵攻で大慌て、「衛星の電気推進」で日本が存在感を高める方法–事業者と研究者が議論(秋山文野)

2023.11.06 08:00

秋山文野

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 2022年2月に始まったロシアによる一方的なウクライナ侵略は、ロシアが運用するソユーズロケットのビジネスから西側が撤退するという宇宙ビジネスの大きな変化を招いた。

 ソフトバンクが出資する英国の低軌道通信衛星企業OneWebがソユーズに委託していた衛星打ち上げを一方的に取り消され、36機の衛星がロシアに取り残されたままとなったことは記憶に新しい。

技術試験衛星9号機(ETS-9)。クレジット:JAXA

 影響はそれだけではなかった。人工衛星の分野で需要が高まっている小型エンジン(スラスター)の一種である電気推進の分野でも激変が起きている。

そもそも電気推進とは

 電気推進とは、電力によって推進剤をガス化して高速で噴出するタイプの推進装置で、日本では小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載されたイオンエンジン「μ10」などが知られている。

 燃料を酸化剤と合わせて燃焼させる化学推進と比べると、人工衛星用では宇宙航空開発研究機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」に搭載された金星周回軌道投入のための化学推進のメインエンジン「OME」が500N級という推力であったのに対し、ESAの月探査機「Smart-1」に搭載された電気推進エンジンの推力は90mNとはるかに小さい。しかし5000時間、1万時間といった長時間の運転が可能で、推進剤の消費量が小さく、燃費はとてもよい。

 電気推進は長期間にわたって宇宙を航行する深宇宙探査機や、10年以上運用する静止衛星などを中心に搭載されてきた。これまで人工衛星の軌道制御に使用されてきた化学推進のスラスターでは毒性の高い推進剤を使用する場合があり、取り扱いが難しいという難点もあった。米国のBoeing(ボーイング)が初めて電気推進のみの静止衛星製造を受注した2012年ごろから、実用衛星(特に静止衛星)を全電化、つまり化学推進を使わずに電気推進のみで構成する例が増え始めた。

 近年では、低軌道で増加するスペースデブリ対策として、衛星の運用終了後に速やかに元の軌道を離脱して大気圏に再突入することが求められている。米連邦通信委員会(FCC)が軌道離脱の手段のひとつとして、衛星にスラスターを搭載することを推奨している。

 電気推進には推進剤の物質やプラズマ化の方式でいくつかのタイプがあるが、中でも電力に比して推力が大きく、用途に合わせて推力を使い分けられるメリットを持つのが旧ソ連で開発された「ホールスラスタ(Hall-Effect thruster)」と呼ばれるタイプだ。

 ホールスラスタは中国の天宮宇宙ステーションの軌道維持用に搭載されており、宇宙ステーションのような大型の宇宙機では初の電気推進の採用例となっている。歴史は長いが日本では実用例が少なく、2025年度に打ち上げを目指すJAXAの「技術試験衛星9号機(ETS-9)」で国産ホールスラスタの実用化を目指す。

JAXA相模原キャンパスにある開発中の技術試験衛星9号機(ETS-9)のホールスラスタのチャンバー。クレジット:JAXA
ETS-9のホールスラスタ。クレジット:JAXA

 地球低軌道(LEO)の小型衛星の分野では、SpaceXのStarlink衛星が電気推進エンジンを採用し、軌道制御やスペースデブリ回避マヌーバや軌道離脱などに利用している。将来は1万機を超える衛星網を構築するとあって、静止衛星に比べてさらなるエンジンの低コスト化と大量製造を追求する段階に入ってきたといえる。

 ところが、2022年2月にロシアが一方的にウクライナに侵攻し、ロシアの宇宙ビジネスは米欧から経済制裁の対象となってしまった。その結果、この分野にも激変が起きた。ホールスラスタのルーツといえるロシアのメーカーで、全世界の10%のシェアを持っていたとされるFakelはROSCOSMOS傘下であり、経済制裁の対象となった。

 Starlinkと同じ低軌道衛星網を構築しているOneWebは、Fakelのホールスラスタを採用していたが供給を絶たれ、米国のBusek製のホールスラスタに移行することとなった。また電気推進の推進剤としてこれまで多く使われていたキセノンはウクライナが主要な供給国で、戦争によって供給網が混乱していることからアルゴンなどの代替推進剤への切り替えも各国で進められている。大型のユーザーであるStarlink衛星は、キセノンよりも低コストのアルゴンを推進剤として利用している。

小型衛星で求められる電気推進の姿とは–事業者と研究者が議論

 前述の通り、需要は増える一方で供給が混乱するという電気推進にとっては難しい時代に、小型衛星の事業者と日本の電気推進研究者がどのように協力すれば、日本の存在感を高められるだろうか。10月17日から20日まで富山市で開催された第67回宇宙科学技術連合講演会の2日目、日本の衛星事業者の代表と電気推進の研究者によるパネルディスカッション「電気推進利用の最新動向」が開催された。

 登壇者は、衛星事業者側からはSAR衛星コンステレーションを運用するQPS研究所の八坂哲雄氏、同じくSAR衛星コンステレーションのSynspectiveから小畑俊裕氏、インターステラテクノロジズの衛星部門OUR STARS代表の野田篤司氏、三菱電機の関根功治氏。研究者側からは九州大学の山本直嗣氏、東京大学の小泉宏之氏、横浜国立大学の鷹尾祥典氏が登壇した。

衛星事業者側として(左から)QPS研究所の八坂哲雄氏、Synspectiveの小畑俊裕氏、インターステラテクノロジズの野田篤司氏、三菱電機の関根功治氏が登壇(撮影:秋山文野)
研究者側として(左から)九州大学の山本直嗣氏、東京大学の小泉宏之氏、横浜国立大学の鷹尾祥典氏が登壇(撮影:秋山文野)

 まず口火を切ったのはユーザー側である4人の衛星事業者だ。

 将来は36機の合成開口レーダー(SAR)衛星によるコンステレーション構築を目指すQPS研究所の八坂哲雄氏は、研究者に次のような具体的な要望を述べた。

 「軌道の維持やデブリ回避、軌道離脱など、スラスターなしでコンステレーションはありえない。しかし(電波で観測する)SARは大電力を必要とし、スラスターの消費電力はできるだけ抑えたい。小型衛星に納められるようスラスターは直径300mmの中に収まることが理想で、なおかつ衛星を航空機で射場などへ運搬する際に、推薬は航空機に乗せても問題ないものにしてほしい」(八坂氏)

 これを受けて「感激している」と喜んだのが東京大学の小泉宏之氏だ。「20年前の日本では電気推進のユーザーがおらず、研究しかすることがなかった。今日は4社もユーザーが来て要望を出してくれることが素晴らしい。使ってもらえるとなれば研究側もやりがいがある」とビジネスの段階に入ってきた変化について触れた。

 より深くユーザー側の要望を述べたのは、QPS研究所と並ぶ日本の小型SAR衛星コンステレーション事業を行うSynspectiveの小畑俊裕氏だ。

 「スラスターの使い方はQPS研究所とほぼ同じだが、事業として『※InSAR(干渉SAR)』に取り組まなくてはならない。同じ条件で同じ場所を観測しなくてはならず、非常に厳しい軌道制御を迫られる。勘弁してくれと言いたいほど難しいが、ソリューションビジネスとして非常に魅力的であるため、スラスタも使って頑張らなくてはならない」(小畑氏)

(※干渉SAR:2回のSAR観測データを使って地球表面の変動を高精度に捉える技術

 小畑氏によれば、衛星事業者としてスラスターを調達するには、海外に並ぶビジネス上の条件面も非常に大事だという。

 「どのようにスラスターを選ぶかだが、『ヘリテージ』、つまり何機も軌道上で何年も動いていることが最重要だ。性能はそこまで高度でなくても、『安定してこの性能が出せる』ことがわかれば我々はそれに合わせて使い方を考える。30機の衛星を打ち上げるのだから、もうマーケットがあると思ってほしい。そしてストックを持ってほしい。海外企業は注文から4カ月で提供するところもあるので、注文を受けてから生産では海外に負ける。推進系はケアしなくてはならない要素が多いため、何かあったときにすぐに返事をくれてサポートしてくれることが大事。製品の良さより人の良さを見ている」(小畑氏)

「日本の電気推進」が存在感を示せない理由は?

 ユーザーも研究者も共に意欲に満ちている日本の電気推進だが、世界の衛星マーケットで存在感を発揮できていないのはなぜか。

 これまで日本の多数の衛星を開発し、現在はホールスラスタ搭載のETS-9のプライムメーカーである三菱電機の関根功治氏は「これまでなぜ製品化に結びつかなかったのかといえば、スラスターそのものだけでなく電源も含めて海外に追いついていない」という事情をざっくばらんに述べた。

 「宇宙用の高電圧電源に経験の蓄積が少なく、100Vまでは知見があるものの300V、800Vとなると非常に弱い。海外では欧州のタレスアレニアやエアバスに高電圧に強い人材がいる。日本は産業用のパワーデバイスには強いが宇宙用となると需要が小さいため取り組んでもらえない。JAXAや大学などは不具合の原因になる部分の周辺技術も含めて解析が難しいところで協力できると思う」(関根氏)

 こうした衛星事業者側からのさまざまな要求に、研究者側は次のように応えた。

 東京大学の小泉宏之氏は「八坂先生の要望はギリギリいける。水を推進剤に使えば航空機に乗せられる」、九州大学の山本直嗣氏は「以前に八坂先生から『親指大のスラスターを作って欲しい』と依頼され、実際に作ったことがある。性能は限られているが、要望があれば応えられるようにしたい」、横浜国立大学の鷹尾祥典氏は「エレクトロスプレーという新しい省電力の方式に取り組んでいる。小さくてモジュール化しやすく衛星に搭載しやすい。推進剤の安全性さえ確認できれば利用できるので、ユーザー側もこうした新しい技術にも目を向けてほしい」と述べ、ユーザーの要望は研究者にとって新たな技術を提案するきっかけになることを示した。

 なお、「推力がやや下がるが……」とトレードオフの条件を気にする鷹尾氏に、「いいんです。それでいいんです。我々はなんとか使うので」と小畑氏が背中を押す場面もあった。

 一方、インターステラテクノロジズの野田篤司氏は、現在構想中の数cm級の衛星を数多く打ち上げて一体として飛行させ、大型アンテナとして利用する「フォーメーションフライト」もある意味で「電気推進」のひとつだという。

 将来は超低高度衛星での電気推進利用も構想しているインターステラだが、「現在の大型・小型衛星が目指す推力向上の方向性だけでなく、マイクロニュートン級といった非常に推力の小さいスラスターを使って、高度1000kmの衛星を運用終了後に短期間で軌道離脱させるといった用途にも使える。今までのロードマップに載っているものを作らなくてはいけない、という発想は変えたほうがいい」と発想の転換を促した。

 人工衛星への電気推進の利用は、従来の深宇宙探査や静止衛星の軌道上昇に限らず地球観測衛星や低軌道通信衛星の分野にも広がってきている。地政学的事情にも左右される衛星のエンジンの供給だが、日本の事業者が参入していくきっかけに変えられるのかもしれない。

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