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宇宙飛行士がISSでも快適に過ごせるリラックスウェアを–スノーピークとシタテルに聞く「船内服」誕生秘話
ZOZO創業者の前澤友作氏をはじめ、年々増え続けている宇宙旅行者。さらに国際宇宙ステーション(ISS)の後継となる民間商業宇宙ステーションも開発も進んでおり、今後は多くの民間人が宇宙空間に長期滞在することが現実的になってきた。ただ、一般旅行者も日常的に宇宙空間に旅立つようになると、船内服には従来の機能安全に加えて“快適”さという要素が求められてくる。
そのような近い将来を見据え、アウトドアメーカーのスノーピークと衣服 業界向けプラットフォームサービスを提供するシタテルは、JAXA主催の宇宙飛行士のQoL(Quality of Life)向上を目指したビジネス共創プラットフォーム「THINK SPACE LIFE」(TSL)を活用して、快適に過ごせる船内服を開発した。
地上でも「Space Life Comfortable」シリーズとして発売し、ほぼ完売という成果を上げているという。今回は2社の共同開発ということで、製品そのもののこだわりに加えて、宇宙領域での共創プロジェクトの進め方などについて、スノーピークの未来開発本部 Apparel開発部エグゼクティブクリエイター菅純哉氏と、シタテル プラットフォーム戦略本部 原正樹氏に話を聞いた。
「宇宙」という領域にしがらみがない体制で挑む
――まず、両社が宇宙領域に取り組むことになった経緯を教えてください。
原氏:当社の場合は、大きく2つの理由があります。1つは、自社のミッションとの親和性が高かったこと。そしてもう1つが、創業者であり代表取締役を務める河野(秀和氏)の強い思いがあったことです。
弊社は「人々の想像力を解放し、人類の豊かな未来を作る。」というビジョンを掲げています。衣服産業はしきたりやしがらみが強く、衣服を作りたいという強くピュアな思いを持って参入しようとしても障壁が多く、諦めてしまうということが起きがちな業界です。そのような状況を変えようとの思いから、河野が衣服業界に誰でも参入できるようなプラットフォームビジネスを立ち上げたという経緯があるのですが、その点宇宙は何事もゼロベースで考えることができ、しがらみもないため、新しいことにチャレンジできますよね。そのような理由で、河野自身に元々宇宙領域に取り組んでみたいという思いがあったのです。今回のプロジェクトも河野が先頭に立って進めて、それを私が裏方として支えた形となっています。
――そういったお互いの思いや事情があった中で、JAXA主催のTSLで船内服の共同開発に取り組まれたわけですが、応募した理由や共創に至るまでの経緯も教えてください。
原氏:シタテルでは、このプロジェクトが始まる前からJAXAの地上で働く人向けのユニフォームを制作した実績がありました。そのような関係性の中で、JAXAからTSLを始めるということでお声がけいただいたのです。最初はパートナーという形で参加して、JAXAから宇宙飛行士のQoL向上というテーマを伺い、最適なパートナーを探し始めました。その際に、しがらみがない形で進めたかったので、なるべく衣服ではない領域を主力事業としている企業を探しまして、取引関係があった企業の中からスノーピークさんに協力をお願いしたという流れです。
ワークショップでテーマを選定–快適な船内服を開発へ
――具体的にTSLのプロジェクトはどのように進めたのでしょうか。
原氏:最初の企画段階では、複数の企業に参加していただき、2020年7月にどのような衣服を作るかといった案を出すためのワークショップをリモートで開催しました。その際、宇宙飛行士のQoLを高めるためのテーマとしては、最新鋭のテクノロジーで快適さを実現する「テクノロジー路線」と、宇宙という非日常空間で人の意識は根源的なところに向かうだろうということで、「プリミティブ路線」という2つの方向性を当社側で用意しました。
その上で2つのチームに分かれて双方の衣服のアイデア出しをしてもらい、途中でお互いの意見を交換しつつ、最終的に2つの企画書を作り上げJAXAに提出するという形で進めていきました。そこでプリミティブ側がJAXAに採択されて、チームのリーダーだったスノーピークさんとの協働でプロジェクトを進めていくことになったという経緯です。
――開発にあたってのこだわりや苦労した点はありますか。
菅氏:宇宙でも地球上と同等の「快適さ」を求めるため、衣服の着心地の良さや快適さを通してリラックスできることがポイントでした。一般の衣服作りと異なる点としては、(1)船内へ持ち運べる重量の制限と、(2)入浴の制限があり、限られた状況下で、身体を衛生的に保つためにはどうするべきか、この2点は意外でした。(2)に関しては入浴に制限があることはわかっていましたが、あらためて宇宙での生活の難しさを感じました。
原氏:これら2つをどうクリアするかが論点になりました。そもそも地上では服は洗う前提で作りますし、重量もさほど気にすることはありません。そこで両社で打ち合わせを重ねてアイデア出しをし、ホールガーメントという無縫製の技術で組み上げる技術を採用することにしました。
――無縫製にするとどう変わるのですか?
原氏:縫い目を一切なくすことによって、着心地が全く違ってきます。動きもしなやかになりますし、変なところで曲がらないのでごわつきもなくなり、伸縮性も高くてリラックスできるのです。とにかくリラックスできる服を作るというコンセプトだったので、そこを目指してホールガーメントという技術を採用しました。
もう1点、においについては素材にこだわりました。今回、ニッケという素材メーカーの「ニッケアクシオ」という特殊な素材を使っているのですが、同素材はにおいにくく、むれにくいという特長を持ちます。さらにストレッチ性があって毛玉ができにくく、その分長持ちもします。ニットだとどうしても毛玉ができてしまうのですが、その点でも快適に過ごせるように配慮しました。それらの素材選びからお互いに相談して、ゼロベースから船内服を設計していきました。その結果、2021年にフリーストレスの宇宙船内服が完成し、JAXAの審査も通って2022年10月にSpace Life Comfortableとして一般発売もしました。
スノーピークが企画し、シタテルのプラットフォームを活用して製造
――改めて、TSL参加後のお互いの役割はどうなっていたのでしょうか?
原氏:工程がたくさんあって表現が難しいのですが、今回当社はコーディネートという形でTSLの企画段階から入っていって、そこにスノーピークさんにご参加いただきました。そこからスノーピークさんが服のデザインなどの企画部分を担当して、実際に作る部分を弊社が受け、我々のプラットフォームに参加していただいている縫製工場を活用してOEM生産しました。
――2020年から動いていたということで、他のTSL参加企業のモノづくりと比べてリードタイムが長い印象を受けますが、そこはやはり共創型開発の難しさによるものなのでしょうか?
原氏:JAXAの最終審査が2022年だったのですが、途中で何回か審査があるんですね。そのためには実際に糸の調達もして、工場への製造の依頼もして服を仕上げるという長い工程が必要になります。そのため開発期間については、共同作業に起因するというよりも、そもそも服の生産は時間がかかってしまうということが理由です。最終審査の前に若田光一飛行士のヒアリング会があって、どういう服を望まれているか伺い、若田さんの意見も取り入れて最終審査に向けて物を作っていったという流れでした。
――完成した船内服がISSに搭載されて、実際に若田さんにも着てもらってどうでしたか。
原氏:若田さんから直接お話は聞けていませんが、着心地の良さを感じてもらえていたらいいなという思いはあります。究極のリラックスウェアを作りたいという思いがあったので、それを宇宙でも感じてもらえていたら嬉しいですね。実はスノーピークさんと組ませていただいた一番の理由がそこなのです。スノーピークさんは自然志向というベースの価値観をお持ちなので、「いかにリラックスできるか」という我々の目指す方向性と相性がいいと思えたのです。かなりストレスが高い環境だと推察されるので、そこから少しでも解放されたらいいなと。
――スノーピークの「野遊び」で培ったノウハウが今回最も生かされた点を教えてください。
菅氏:焚火を安全に楽しむことのできるウェアの開発をするなど「野遊び」をより楽しむために常に問題意識をもって開発に努めています。今回の取り組みについても同じくより快適に過ごすために何を解決するべきかという問題意識という点が活かされたと思います。
――両社にとって、このような形での衣服の開発は初めてだったと思います。TSL参加各社はプログラムで開発した技術や製品をどう地上にも転用しようかとチャレンジしていますが、この点はどのように考えていますか?
原氏:当社はプラットフォームビジネスなので、我々が前面に出ていろいろ動くというよりは、様々な人をつなげてより良い服を作っていくという観点から、今回とても良い事例ができたと思っています。いろんな人のアイデアをつなげて、想像力を解放し、より良いものを作っていきたいですね。当社のプラットフォームに新たに宇宙という領域が見えたということで、服の領域で宇宙ビジネスに参加したい企業や人々にどんどん集まっていただき、当社のビジネスとしても発展させていきたいと考えています。
当社では、プロジェクト後にJAXAが開発を進める新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」のプロジェクトチームが着用するミッションウェアの開発も手がけました。これから宇宙領域で、宇宙服をおしゃれにするという意味も含めてどんどん事業を広げていきたいですね。