JAXAが事業化まで伴走する「J-SPARC」で見えてきた「宇宙インターネット」への道

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JAXAが事業化まで伴走する「J-SPARC」で見えてきた「宇宙インターネット」への道

2023.08.29 08:00

阿久津良和田中好伸(編集部)

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 コンピューターネットワークの新技術や製品の展示会である「Interop Tokyo」は2023年で30年を迎えた。6月14~16日に開催された「Interop Tokyo 2023」では、30回目を記念した特別企画として「Internet × Space Summit」が開催された。そこでは、宇宙探査や宇宙の活用方法などについて多くが語られた。

 「J-SPARCと情報通信」と題された講演には、宇宙航空研究開発機構(JAXA) 新事業促進部 事業開発グループ J-SPARCプロデューサー 上野浩史氏が登壇した。

JAXA 新事業促進部 事業開発グループ J-SPARCプロデューサー 上野浩史氏
JAXA 新事業促進部 事業開発グループ J-SPARCプロデューサー 上野浩史氏

開発や実証の段階までJAXAが伴走する「J-SPARC」

 JAXAは、政府全体の宇宙開発利用を技術で支える機関であり、宇宙航空分野の基礎研究から開発、利用に至るまで一貫して行う宇宙機関だが、宇宙を起点にしたビジネス、つまり宇宙ビジネスを創出、拡大する側面も持ち合わせている。

 その一環として、宇宙ビジネスに関わる企業、宇宙ビジネスに進出しようとする企業を支援するための新事業創出プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(JAXA Space Innovation through PARtnership and Co-creation:J-SPARC)」を2018年5月から進めている。JAXAが2018年3月に発表した第4期中長期目標では「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」を含んでいる。

 JAXAでの通常のプロジェクトは開発前や初期段階から利用需要を取り込み、情報提供依頼書(Request For Information:RFI)や提案依頼書(Request for Proposal:RFP)などを通じて開発・実証に取り組んできた。その後は民間企業が事業運営する形ながらも、この場合、JAXAの予算は開発と検証にしか活用できない。

 だが、J-SPARCでは、初期段階から民間企業とJAXAが資金を出し合い、開発や実証の段階まで伴走する形を取っている。上野氏は「早い段階で共創活動を続けて、(開発・検証後は)民間企業が事業運営するのがJ-SPARCの基本的な思想」とJ-SPARCの仕組みを説明した。

 2023年で5年目を迎えるJ-SPARCだが、「2018年時点で300件程度の問い合わせをいただき、昨年度(2022年)は23件のプロジェクトを14人のJ-SPARCプロデューサーと他部門が参加し、100名規模で民間企業の事業化を支えてきた」(上野氏)。2023年5月時点で手掛けたプロジェクトは40件に達している。

JAXAの宇宙利用拡大・産業振興施策。J-SPARCも含まれてる
JAXAの宇宙利用拡大・産業振興施策。J-SPARCも含まれてる
J-SPARCのプロジェクト推進方法
J-SPARCのプロジェクト推進方法

 J-SPARCが手掛けたプロジェクトは多岐にわたるが、上野氏は、通信に関連する一つとして、バスキュールスカパーJSATが手掛けた「宇宙メディア事業」を取り上げた。国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」に番組スタジオ「KIBO宇宙放送局(The Space Frontier Studio KIBO)」を開設し、宇宙と地上のリアルタイムコミュニケーションや双方向ライブ配信を目指す取り組みだ。

 通信に関連したもう一つの取り組みとして、ソニーの研究機関であるソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)との共創活動を挙げた。

 ソニーCSLは、ソニーがグループで長年培ってきた、ブルーレイなどの光ディスク技術を使用した小型光通信実験装置「SOLISS」(Small Optical Link for International Space Station)を開発した(SOLISSの開発自体は「JAXA宇宙探査イノベーションハブ」の枠組みの中で進められた)。

 ソニーCSLは、世界中がインターネットにアクセスできる社会のために成層圏や地球低軌道(LEO)でも光で通信できることを目指している。成層圏に浮かぶ成層圏通信プラットフォーム(High Altitude Platform Station:HAPS)やLEO衛星でも光通信を実現させる為に不可欠となる、エラー環境下での完全なデータファイル転送技術の実証に成功している。

 成層圏や宇宙などでの光通信の実用化では、地上とは異なり、通信品質が安定していないという課題を解決する必要がある。

 長距離を隔てた通信機器の間では、機体の姿勢が変わることで送信側の機器が出すレーザー光を受信側の機器で安定して受け取ることができない。受信機器の内部、環境に起因するノイズで、デジタル信号の符号誤りが多く生じる。

 こうした状況から通信品質が安定している環境を前提にした一般的なインターネット通信プロトコルのEthernetやTCP/IPを適用できない。

 こうした課題を解決するために、ソニーCSLはSOLISSでの通信技術をベースに「誤り訂正(Forward Error Correction:FEC)」を新たに開発。JAXAは、TCP/IPを単純に適用できない通信環境でもインターネット通信するために考案した情報通信技術「遅延途絶耐性ネットワーク(Delay/Disruption Tolerant Networking:DTN)」を保有している。

 J-SPARCの枠組みの中で、ソニーCSLとJAXAはFECとDTNを組み合わせた宇宙環境に似せた地上実験で、446Mbpsの通信速度でデータを欠損させることなく完全なデータのファイル伝送に成功している(ソニーグループは2022年6月に宇宙光通信を事業とする新会社Sony Space Communicationsを設立させている)。

 「地上局の追尾(検知)高速化やISSからファクスに類似したデータを地上に送信する実験を行いました」(上野氏)

 この実験が成功したことで、LEOや成層圏での2地点間で光通信の上でインターネットサービスに必要となる高速で大容量、低消費電力での通信に向けた主要な課題の解決が見込まれているという。今後、LEOでの衛星コンステレーションやHAPSの無人機に搭載された、小型の光通信端末同士による通信サービスの事業化に向けた技術基盤を確立したとその意義を評価している。

 このようにJ-SPARCは民間企業の宇宙ビジネス進出を支援している。上野氏は「情報通信の分野と共創活動は宇宙空間を使いやすくするもの。我々は皆さんと世界を変えるために共創したい」とJ-SPARCの哲学を説明して聴衆に呼び掛けた。

地上局の視認実験
地上局の視認実験
ソニーCSLとJAXAの検証環境
ソニーCSLとJAXAの検証環境

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