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台風対策の切り札となる日本の「降水レーダ衛星(PMM)」とは–2028年度に打ち上げへ

2023.08.15 16:06

秋山文野

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出典:「JAXA線状降水帯集中観測モニタ」より

 線状降水帯や台風を3次元観測し、大規模水害に備える衛星プロジェクトの3代目開発が決定した。7月24日、文部科学省の宇宙開発利用部会でJAXAは、2028年の打ち上げを目指す「降水レーダ衛星」(PMM)のプロジェクト入りを報告した。

 このプロジェクト入りによって、過去26年間にわたる日本と米航空宇宙局(NASA)の協力がさらに発展し、地球全体の降水量を測る衛星ミッションが継続されることになる。これまでは日本からNASAの衛星にレーダーを提供する協力だったが、PMMでは衛星も日本が開発する。

PMMの前身「GPM/DPR」がもたらした圧倒的成果

 PMMは降水レーダの名の通り、降雨や降雪をレーダで測る衛星だ。1997年に打ち上げられた熱帯降雨観測衛星「TRMM」、2014年に打ち上げられた後継の全球降水観測計画「GPM/DPR」と続く、衛星による降水観測ミッションとなる。

 雲を3次元スキャンするように観測することで、雨量だけでなく台風の発達を捉えられる。降水量が正確にわかるだけでなく、20年以上のデータが蓄積することで、梅雨前線の降水活動が最近10年間は非常に活発化していることなど、長期の気候変動の解明にも役立っている。

 水害が頻発する日本で降雨を測る衛星の意義は大きい。動画は、2023年6月2日に発生した梅雨前線と台風2号の影響による大雨を、現行のGPM/DPR衛星がとらえたものだ。高知県、和歌山県、奈良県、三重県、愛知県、静岡県で線状降水帯が発生し、四国から関東にかけて広い範囲で強い雨となった。

GPM/DPRが2023年6月2日に観測した線状降水帯の構造(出典:JAXA「全球降水観測計画(GPM)による2023年6月2日に発生した線状降水帯の観測」より)

 宇宙航空開発機構(JAXA)と情報通信研究機構(NICT)が開発した衛星搭載の二周波降水レーダ(DPR)は、6月2日中に2回大雨の雲を観測し、場所によっては時間雨量でそれぞれ70mm、80mm以上といった強い雨を捉えている。

 GPM/DPR衛星のデータは2016年から気象庁の気象予報にも利用されており、2018年には7月の豪雨の降水予報の精度が向上している。2020年7月に発生した九州の記録的大雨の際の線状降水帯の発達のプロセス把握にも利用されるなど、防災の現場でも欠かせない衛星となっている。

 こうした成果を受けて、NASAが計画中のAOS(Atmosphere Observing System)への参画を前提として5月にPMMのプロジェクト移行審査が行われた。AOS(旧称:ACCP)は、異常気象や気候変動を引き起こすエアロゾルや雲のプロセスを解明する衛星観測網のことで、NASAが中心となり、日本、カナダ、フランスが参加する。

 このAOSを構成する衛星の1つである「AOS-Polar」には一周波ドップラーレーダやマイクロ波放射計、LiDAR、赤外線放射計などを搭載する。また「AOS-Inclined」には、LiDARとマイクロ波放射計を搭載(検討中)。カナダによるHAWCsatにはエアロゾル、水蒸気の観測機器を搭載する計画だ。

AOS計画の衛星群。Credit : NASA

 JAXAとNICTが開発するKu帯ドップラー降水レーダは、AOS計画でも重要な役割を果たす。日本では河川の氾濫などの水害が多いが、欧州で激しい干ばつに見舞われているように、降水がないことによる災害も多い。AOS計画は世界の降水システムの予測を高精度化し、洪水や干ばつ観測などの極端現象の予測精度を向上させる。

 JAXAがGPM/DPRデータなどを元に公開する「衛星全球降水マップ(GSMaP)」は、1時間ごとに世界全体の降水情報を提供する基盤情報だ。147カ国、約700の機関で利用されており、WMO(世界気象機関)が干ばつや多雨などの異常気象のモニタリングに利用しているほか、日本の農林水産省の世界の海外食料需給レポートの基礎データにもなっている。

 干ばつによる主要な穀物生産への影響など、世界の食料安全保障を知る手がかりとなり、東南アジアでは、日本の保険企業による農業インデックス保険(一定程度の天候による不作があれば補償を行う仕組みで小規模農家を支援する保険)など、民間でも活用されている。

2023年8月9日まで72時間の世界の降水量。JAXA「世界の雨分布速報(GSMaP)」より

PMM衛星は2028年度に打ち上げへ

 こうした重要な降水観測の継続を担うPMM衛星は、JAXAと情報通信研究機構(NICT)が協力して担当するKu帯ドップラー降水レーダと、フランス国立宇宙研究センター(CNES)が提供する放射計を搭載する。レーダの性能を向上させ、これまで捕捉率が低かった降雪量を90%以上捉えることができるようになるほか、GSMaPの日雨量推定誤差を低減させることが目標だ。

 これにより、豪雨の2~3日前に避難する体制や、交通機関の計画運休を実現できる。また降雪の観測性能が向上することで、雪害による物流停滞や農林水産物の収穫減・施設被害などのリスクを軽減することが目標だという。

出典:第77回宇宙開発利用部会「降水レーダ衛星(PMM)プロジェクト移行審査の結果について」より

 PMM衛星の開発はNECが担当し、JAXAのGCOM-W(しずく)、GCOM-C(しきさい)で実績をもつ衛星バスを利用する。2023年度から衛星、レーダ共にエンジニアリングモデルの開発に入り、2028年に米国側で打ち上げを実施する。衛星重量は推薬込みで約2.7トン、高度407km、軌道傾斜角55度の傾斜軌道に投入される。総開発費は394億円となる。

 2023年の台風6号、7号の被害が懸念される中、降雨、降雪を正確に観測できる衛星網の意義は計り知れない。衛星開発とデータ提供の継続を世界に表明することで、気候変動対策への日本の貢献を打ち出すことができる。

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