特集

ロケット射場の民間活用を目指す「鹿児島県」が宇宙ビジネスに本腰–自治体や学校、企業への取材でみえた実情

2023.08.11 09:00

藤井 涼(編集部)

facebook X(旧Twitter) line
1 2 3

鹿児島県で宇宙に取り組む「ソフトウェア企業」の想い

 2022年に鹿児島県宇宙ビジネス創出推進研究会を立ち上げ、宇宙ビジネスの創出に取り組む鹿児島県だが、もちろん県内にはすでに宇宙事業を展開する企業もある。ここでは、その中から2社を紹介したい。

 1社目のリリーは、鹿児島県の中心街にある鹿児島中央駅から数百メートルの場所に本社を置く、2017年創業のITベンチャー。ウェブシステム開発やアプリ・サイト制作などを得意としており、地場企業や開発者のいない企業の新規事業を共創するなど、各社のDXを支援している。従業員は15名で、そのうちの8割近くがエンジニアやデザイナーだ。

リリー代表取締役CEOの野崎弘幸氏(右)と同社取締役COOの田井村尚紀氏(左)

 リリーが宇宙との接点を持ったきっかけは、同社の代表取締役CEOである野崎弘幸氏がもともとつながりがあったという、さくらインターネットが展開する衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」に、開発パートナーとして携わったこと。衛星データを活用した事例の作成などで関わった。

 その後、鹿児島県庁から宇宙に関わるソフトウェア企業として声がかかり、鹿児島県宇宙ビジネス創出推進研究会に参加。研究会における実証実験の1つとして、前述したメタシステム、OSTの3社で、衛星データを活用した水産業(漁業・養殖業)向けの海況状況の可視化を実現。これまでPDFなど利用しづらいフォーマットで公開されていた鹿児島県の赤潮情報を、二次利用しやすいデータに加工して、Tellusに掲載することで衛星画像とも組み合わせやすくした。

 同社では今後も、一次産業の企業や人々に役立つソリューションを衛星データなどを活用して届けていきたいと野崎氏は話す。「われわれはご縁があってこうして宇宙事業に取り組んでいるが、周知さえすれば他のソフトウェア企業もきっとやれるはず。『宇宙は遠い』と思わず、目を向けてみてほしい」(野崎氏)

光ディスク修復装置で世界トップの老舗が支える「小型衛星ビジネス」

 鹿児島市から車で1時間ほど南下した南さつま市に拠点を置くのが、1980年に創業した老舗メーカーであるエルムだ。吹上浜海浜や雄大な自然が一望できる山頂に建てられたオフィスは、まるでこの地域に昔からあるお城のようにも見える。

山の上に建てられたエルムのオフィス。その佇まいはまるでお城のようだ

 同社では「無いことがチャンス」を合言葉に、これまでLED照明やコンテナ型栽培システムなど多岐にわたる製品を開発してきた。また、CD・DVD・Blu-rayといった光ディスクの傷を短時間で自動修復できる装置を開発し、世界で8割近いシェアを誇るという。

 そんな独自のアイデアや開発力に強みを持つエルムだが、宇宙事業にはなんと40年も前から携わっている。1983年に気象衛「ひまわり」からのデータを高解像度で受信できるシステムをエプソンと共同開発したことを皮切りに、海洋気象衛星「NOAA」受信解析システムを大学や水産試験場に導入したりと、幅広い宇宙向けの製品を開発してきた。

 また、衛星から送信されたデータを受信するため、アンテナを自動的に衛星に向ける装置である「人工衛星自動追尾装置」も手がけている。同社の製品の特徴は、低軌道に打ち上げられる小型衛星に対応していることだ。大型衛星向けの直径20〜30m級の巨大なパラボラアンテナは、一般的な小型衛星にはあまりにもオーバースペックな上に価格も高額だが、エルムでは小型かつ価格も抑えたことで衛星ベンチャーのニーズに応えた。現在は、アンテナの高精度化と安定した大容量の送受信が可能な地上局の開発を進めているという。

人工衛星自動追尾装置や光ディスク修復装置など多岐にわたる製品を開発(出典:エルムのウェブサイトより)

 さら、2020年からは北海道のインターステラテクノロジズとともに、ロケット追尾システムの共同研究を開始し、2021年7月に観測ロケット「ねじのロケット」の追尾テストに成功。ロケット追尾に対応したミッションデータ受信局の実現に向けて共同研究を進めているという。

 40年近く宇宙産業に携わってきた、エルム相談役の宮原照昌氏は、「宇宙といえば昔はかけ離れた存在だったが、今では民間企業でも人工衛星を飛ばせる時代になっている」と語り、同社の開発する地上局によって、今後さらに増えるであろう衛星ベンチャーの活動を支援していきたいと話す。

エルム相談役の宮原照昌氏。緑が生い茂る同社の中庭にて

 また、鹿児島県に拠点を置いて宇宙開発を続けることについては「インターネットがあるので、今は地方であっても都会とのハンデはほとんどないと感じている。宇宙はどんどん身近になってきていて、もう特別なものではない。ぜひチャレンジしてみてほしい」と語り、同じく地方から宇宙ビジネスに挑戦しようとしている企業にエールを贈った。

 なお、同社では宇宙人材の育成にも注力している。直近では「南さつま少年少女発明クラブ」と協力して、地元の小学生などに対して、3Dプリンタを使ったものづくりやワンチップマイコンのプログラミングを体験できる機会を提供しているという。

鹿児島県から「宇宙ビジネス」は生まれるか?

 県内を巡りながら、自治体、学校、企業など、さまざまな立場からの声を紹介した今回の鹿児島取材。

 2022年に発足した鹿児島県宇宙ビジネス創出推進研究会は、実質的な活動を2023年度に始めたばかりのため、その成果をいま求めるのは時期尚早かもしれない。ただ、仮にロケット射場の利活用の承認を得た際に、早期に民間活用へと移行できるように、今のうちから県内の宇宙産業を“温めておく”ことは無駄ではないだろう。

 また、これまでなかなか交わることのなかった鹿児島県のハードウェア企業とソフトウェア企業による共創に向けた取り組みや、楠隼高での宇宙人材の育成など、鹿児島県の宇宙産業の成長につながるであろう動きも増えつつある。2つのロケット射場を持つ、同県ならではの宇宙ビジネスの創出に期待したい。

1 2 3

Photo report

Related Articles