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ロケット射場の民間活用を目指す「鹿児島県」が宇宙ビジネスに本腰–自治体や学校、企業への取材でみえた実情

2023.08.11 09:00

藤井 涼(編集部)

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日本で唯一の“宇宙”を学べる中高一貫校

 学校紹介のパンフレットの表紙には、宇宙服を着て駆け出そうとしている宇宙飛行士の姿。「宇宙からの学びで生徒の探究心を育む」と謳うのが、2015年に肝付町に開校した、中高一貫の全寮制男子校(2026年度から男女共学の予定)である鹿児島県立楠隼中高一貫教育校(以下「楠隼高」)だ。

鹿児島県立楠隼中高一貫教育校のパンフレットと校舎

 全国初となるJAXA公認の推進モデル校で、2015年の開校時から、JAXA職員や大学教授らによる、月探査や人工衛星、有人宇宙開発などの講義「シリーズ宇宙学」を中学1年生〜高校1年生向けに実施してきた。2023年8月現在も日本で唯一、宇宙について学べる中高一貫校であることから、宇宙に関心のある学生が全国から集まっているという。

 シリーズ宇宙学では、それぞれの学年で1年間に3〜4回ほど講座を受け、宇宙航空についての課題研究をする。具体的には、中学1年次で研究テーマを決め、2年次で情報収集、3年次でその研究内容をまとめる。さらに高校1年では「宇宙開発系」「宇宙生命系」「応用工学系」「航空工学系」の4つのコースに分かれ、JAXA職員らによる講座を各コース2回ずつ受けるという。

 そして、このシリーズ宇宙学の新たな取り組みとして2023年度に始まったのが、宇宙スタートアップなどと連携した人材育成プログラム。楠隼高校の1年生60名が対象となり、宇宙ビジネスを展開する企業のCEOや社員から直接、宇宙や衛星ビジネス、さらには起業などについて話を聞けるものだ。6月8日から7月6日まで全4回にわたり特別講義(起業、ものづくり・技術開発、事業戦略・営業、DX・衛星データ活用など)が開かれた。

左から、鹿児島県立楠隼中高一貫教育校 校長の德留敏郎氏、Fusic代表取締役社長の納富貞嘉氏、Fusic 技術本部 先進技術部門 先端技術チーム エンジニアの石橋龍氏、鹿児島県 商工労働水産部 産業立地課 新産業創出室 主幹の西村元一氏

 このプログラムは、県内の宇宙産業を盛り上げたい鹿児島県や肝付町も支援しており、次世代の宇宙人材の育成・輩出や、九州における宇宙産業の底上げに期待しているという。そのため、講師陣にも、九州で宇宙開発に取り組むQPS研究所や、その開発パートナー企業であるオガワ機工、昭和電気研究所、Fusicなどが選ばれた。

 取材のために楠隼高に訪れた日は、全4回の最終回となるFusicの講義。同社はウェブシステムやスマホアプリ、AIなどを開発する福岡市のIT企業で、2023年3月に東証グロース市場と福証Q-Boardに上場している。人工衛星のプロジェクトでは、ウェブブラウザ上で衛星に送信する命令を作成し、限られた通信可能時間内に送信できるシステムを構築。また、クラウドを使ったシステムとして初めて、内閣府より「衛星リモートセンシング記録を取り扱う者」に認定されている。

 講義が始まる朝9時半になると、教室に続々と生徒が集まってきた。すでに教室内にいた講師や自治体の関係者に挨拶をしながら、それぞれの席に着席していく。講義も4回目とあって、生徒たちも外部の人との交流に慣れている様子だ。

「シリーズ宇宙学」の講義の様子

 まず初めに、Fusic 技術本部 先進技術部門 先端技術チーム エンジニアの石橋龍氏が、宇宙に関わるようになったきっかけや、自身が高校生の時に北海道大学高校生科学教育プログラム(北大SSP)に参加して学会で発表した経験などを紹介。さらに「私たちはどうやってものを見ているか?」といった質問を投げかけながら、高校生たちにも分かりやすくリモートセンシングについて解説。同社の事業である衛星データによる農作物のモニタリングなどの事例も紹介した。

 続いて、Fusic代表取締役社長の納富貞嘉氏が、起業や経営についての経験を紹介。高校生の時の悩みや辛かった出来事、将来自分にしかできないことをやりたかった思い、大企業の内定を断ってまで学生起業した経験、さらにテクノロジーの進化によって加速するVUCAの時代の心構えなどを説き、2時間にわたる特別講義を終えた。

 起業や衛星データの話は生徒たちにも刺激になったようで、質疑応答の時間や講義の終了後には、「リモートセンシングには特殊なカメラが必要ですか?」「会社経営で最も辛かった時は?」など、さまざまな質問が講師陣に投げかけられた。講義後に生徒たちに話を聞くと、「学生起業でここまで成長させられるのは凄い」「上場の話が一番ワクワクした」「宇宙開発を支えたい気持ちが強くなった」と、それぞれの視点で講義から学びを得たようだ。

 2023年度は全4回の特別講義がこれで終了となるが、次年度もこうした取り組みを続けていきたいと楠隼高の校長である德留敏郎氏は話す。「生徒たちは、これまで宇宙学で学んできたことを実際のビジネスの場面でどう生かせるのかについて、企業や大学の方から直接お話を聞き、広く学ぶことができた。このことは自身の進路や将来の仕事に生かせると思う。(楠隼高からの宇宙人材の輩出に向けては)本校の『シリーズ宇宙学』での学びを通して、JAXAや宇宙関連企業に目を向けるきっかけを与え、宇宙のことを広く捉えられるような人材を育成できればと思う」(德留氏)

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