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ロケット射場の民間活用を目指す「鹿児島県」が宇宙ビジネスに本腰–自治体や学校、企業への取材でみえた実情
2023.08.11 09:00
世界一美しいロケット発射場といわれる「JAXA 種子島宇宙センター」と、世界でも珍しい山中にあるロケット発射場「JAXA 内之浦宇宙空間観測所」。開所から50年以上が経つ、これら2つのロケット発射場が設置されているのが、九州の南に位置する鹿児島県だ。
政府は、これまで国主導だった宇宙ビジネスを地方自治体からも創出することを目指し、2018年から「宇宙ビジネス創出推進自治体(S-NET推進自治体)」を選定しており、鹿児島県も2023年3月に選ばれたばかり。今後は民間企業などとも連携しながら、ロケット発射場の利活用の促進や、宇宙人材の育成に取り組むという。
民間ロケットを開発するインターステラテクノロジズが本社を置く北海道や、砂丘に月面実証フィールドを作り出した鳥取県など、各自治体が地域ならではの強みを生かした新たな取り組みを加速させる中、宇宙開発において長い歴史を持つ鹿児島県は、その優位性をどう生かしていくのか。
UchuBizは7月に鹿児島県内を巡り、県庁担当者や、JAXA 内之浦宇宙空間観測所のある肝付町、宇宙学を教える鹿児島県立楠隼高等学校、さらに宇宙に携わる県内企業などを現地取材。関係者らの声を聞き、同県の宇宙ビジネスの実情に迫った。
ロケット射場の民間活用に向け「宇宙ビジネス」に本腰
年間に数百回も噴火し、日常的に灰が降そそぐ活火山「桜島」。同県のシンボルともいえるこの島から、海を挟んでわずか4キロほどの場所にあるのが鹿児島県庁だ。この日はあいにくの雨模様だったが、晴れの日には県庁から目の前に広がる大迫力の桜島を一望できるという。
鹿児島県 商工労働水産部の部長である平林孝之氏に、同県における宇宙への取り組みについて聞くと、「鹿児島県は2つの射場を持っているという強みを十分に生かしきれていなかった」と切り出した。
鹿児島県ではこれまで、 国主導のロケット打ち上げのインフラ整備などに尽力してきたが、民間企業とも連携した宇宙ビジネスという視点では、まだ大きな成果を出せていなかったと平林氏。また、鹿児島県内には製造業(ハード)の企業が数多くある一方で、宇宙ビジネスにおいて今後ますます重要になるであろう、ソフトウェア企業が少ないという課題があった。
さらに、射場のある種子島や肝付町では、多くの島民や町民が宇宙産業を歓迎しているが、県内のその他の地域には「鹿児島県は宇宙に強い」というイメージはそれほど浸透しておらず、県全体を巻き込んだムーブメントには発展していないと説明する。事実、宇宙ビジネス創出推進自治体の選定においても、同じく九州の福岡県や大分県などが先に選ばれている。
こうした状況を変えるべく、商工労働水産部 産業立地課 新産業創出室が中心となり2022年6月末に立ち上げたのが、「鹿児島県宇宙ビジネス創出推進研究会」。産学官の連携により、ハードとソフトが一体となった宇宙ビジネスの創出に向けて協議してきたという。
2年目となる2023年度はより具体的に、衛星データ活用のプロジェクトや、学生向けの人材育成(缶サット甲子園や宇宙学)、県内外企業のビジネスマッチング、新たな共創事業や実証事業に対する県補助金の交付などを同時並行で進めているとのこと。
実証事業については、2022年度からすでに衛星データ利活用の事例が生まれているという。たとえば、リリー、メタシステム、OSTの3社は、気象衛星「ひまわり」などのデータを使って海洋を可視化するデータベース基盤を構築。海水温や海流を可視化したほか、過去のデータにもとづいて養殖漁業者向けに赤潮予報の情報提供を計画している。こうした事例を、補助金なども活用して量産していきたいという。
そして、鹿児島県における宇宙ビジネスの本丸とも言えるのが、ロケット射場の民間開放。米国をはじめ世界各国のロケット打ち上げ回数が年々増加する一方で、国内のロケット打ち上げ回数は減少傾向にある。また、2022年から続く、イプシロン6号機やH3ロケットの打ち上げ失敗の原因究明やその対策に時間を要しているため、今後の打ち上げ予定も後ろにずれ込む可能性は高い。
これに伴い、射場が使われない空白期間も伸びており、一言でいえば「宝の持ち腐れ」状態となっている。そこで、国の打ち上げがない期間は民間企業の開発したロケットに、宇宙ベンチャーの小型衛星を載せて打ち上げるなど、1年間を通して射場をビジネス活用することで、周辺の関係人口の増加や地域活性化をつなげたい考えだ。
2021年には、九州経済連合会を事務局とする「九州航空宇宙開発推進協議会」が、射場開放を求める要望書を政府に提出した。「現在は国で議論が進んでいる段階だと思うが、実際に射場が開放された際には、やはりそこに産業を生み出していきたい。射場の近くには(ロケットの部品製造や組み立てなど)企業や技術が集積されてくるのではないか。そこからさらに派生して新たなビジネスが生まれることに期待したい」(平林氏)
ロケットと共に歩んできた「肝付町」–宇宙教育や射場開放への想い
このロケット射場の民間開放に対して、並々ならぬ想いを持っているのが、JAXA 内之浦宇宙空間観測所(以下「内之浦射場」)がある肝付町で町長を務める永野和行氏だ。2009年に就任し、いま四期目を迎えている。
肝付町は本土最南端の鹿児島県大隅半島南東部に位置する、人口約1万4000人の自然豊かな町で、900年にわたり「流鏑馬」が伝統行事として受け継がれている。そうした伝統を重んじる一方で、自治体として全国で初めてGoogle CloudやChromebookを全庁に導入するなど、テクノロジーを生かしたDXにも積極的に取り組んでいる町だ。
“日本の宇宙開発の父”と呼ばれる糸川英夫氏が、観測所の建設地として内之浦(現在の肝付町)を選び、1962年に内之浦射場が完成してから60年以上。日本初の人工衛星である「おおすみ」や小惑星探査機「はやぶさ」、さらにイプシロンロケットなど、これまで大小400機以上のロケットが肝付町から打ち上げられてきた。
その反面、ロケットの打ち上げ頻度が減ると、肝付町を訪れるロケット関係者や打ち上げを目的にした観光客も減り、同町の盛衰にダイレクトに影響がおよぶというリスクがあった。前述したように、日本のロケット打ち上げ数は減少傾向にあり、関係者の足が遠のいたことで旅館が廃業するなど、今まさにそのリスクが顕在化しているという。
「われわれはロケットや宇宙開発と共に歩んできたが、それを次の世代にどのように引き継ぎ、進化させていくかが大切。そのための仕組みを作っていかなければいけないと思っている」(永野氏)
肝付町内ではこれまでも、宇宙に関する商品開発などを個々に行ってきたそうだが、町全体の取り組みとして訴求できていないという課題があったことから、2015年に「肝付町スペースサイエンスタウン構想」を策定。商品開発やイベント開催だけでなく、地元校での宇宙人材の育成など、国のロケット打ち上げ頻度に左右されない“持続可能な宇宙の町”を目指して活動してきた。
また、内之浦射場の民間開放も早期に実現したいとしている。九州航空宇宙開発推進協議会が政府に提出した前述の要望書の実現に向けた施策の1つとして、2023年4月に肝付町役場内に宇宙産業を推進する組織「宇宙のまちづくり推進課」を新設。今後も“宇宙の町”としての振興活動を進めるとしている。