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そもそも宇宙建築って何?–月面に「快適な住宅」をつくる構想を解説

2023.06.20 08:30

天地人

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 宇宙ビッグデータを活用した無料GISプラットフォーム「天地人コンパス」を手掛ける天地人。本企画では、同社でインターンとして働く学生が、「学生視点」で宇宙ビジネスの注目点を解説していきます。第2回となる本記事では、大学院で建築環境について研究する龍崎輝が「宇宙建築」に焦点を当てます。

そもそも宇宙建築とは

 宇宙建築と聞くと、多くの人はSF映画に出てくる宇宙基地などを想像するのではないでしょうか。しかし、宇宙建築の実現はそう遠い未来の話ではなく、現実味を帯びつつあります。既に世界各地で研究や開発が行われています。

 そもそも、宇宙建築とは、地球圏外に建設される人間が暮らすための構造物のことです。大きく3種類の構想が進んでおり、1つ目は国際宇宙ステーション(ISS)のような宇宙空間に浮かぶ構造物、2つ目は月面の建築、3つ目は火星の建築です。本記事では、特に研究が進んでいる月を設計対象地とした計画について紹介します。

「月面住宅」を3Dプリンターで建設する米ICONの構想

 「Project Olympus」は、3Dプリンティング技術を用いて月面住宅を建設する計画です。大型の3Dプリンターと電源の太陽光パネルのみで、建物を施工できます。

 Project Olympusは、米国のベンチャー企業ICONが主導し、NASAから資金援助を受けています。ICONは2017年の創業で、3Dプリンターを用いた建設技術を開発しています。2018年には米国初の3Dプリンター技術による住宅建築の許可を取得し、実際に住宅の建設に成功した実績もあります。

出典:ICON

 このプロジェクトでは、構造材として月の表面を覆う砂(レゴリス)が採用されています。ICONは、レゴリスにほとんど何も加えず、マイクロ波やレーザー、赤外光などを使ってレゴリスの状態を変化させ、3Dプリンティングの材料にする方法を研究しています。

 しかしなぜ、地球上に存在せず検討することが難しい月のレゴリスを、材料として使おうとしているのでしょうか。それは、宇宙建築の材料は現地調達することが望ましいからです。

 材料を調達する方法は「地球から持っていく」「現地で調達する」の2択ですが、地球から持っていく場合はロケットを何度も打ち上げる必要があり、莫大なコストがかかります。そのため、現地調達できる材料で設計する必要があるのです。

 また、地球の一般的な建物の設計では、初めに用途やコンセプトから大枠を設計することが主流です。そのため、初めから詳細に材料を決定するという設計プロセスの違いは、地球上の建築と宇宙建築の大きな違いかもしれません。

 宇宙建築の材料は、宇宙で構造物として成立可能で、さらに激しい温度差や有害な放射線などから人間を守る能力が求められます。Project Olympusでは、月面における熱や放射線、隕石から人間を守れる堅牢な建築にするため、構造材としてレゴリスが採用されました。

 さらに、材料選定時には、組み立て方法(人間 / 機械)などの、施工性も考慮する必要があります。地球上で一般的な構法(木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造など)を利用できれば、多くの技術的知見を生かせそうですが、そう簡単にはいかないようです。そこで、前述の3Dプリンティング技術が採用されたようです。

 一方、宇宙で実現可能な構法を、地球にも適用することは可能であると考えられます。今後3Dプリンティング技術以外にも宇宙建築において新しい構法が考案され、地球上の建築もより面白くなっていくかもしれません。

 月面などにおける宇宙建築の実現が早まることだけでなく、建築全体の技術的・意匠的なレベルが上がることも、建築業界が積極的に宇宙分野へ参入することの重要な意義であると感じます。

ROSENBERG SPACE HABITAT:快適な居住環境を追求

 上記とは別に、自然科学だけでなく心理学などの視点から多角的に住環境を検討し、人間が快適に居住できる月面住宅「ROSENBERG SPACE HABITAT」の構想もあります。

 デンマークのSAGA Space Architects(SAGA)が開発した同住宅は、高さ約7m、2.5階建ての月面住居のプロトタイプとして設計され、SpaceX社の宇宙船Starshipの中に納まるサイズとなっています。

 この建築は、閉鎖的で単調な月面空間における快適性に着目して設計されています。ISSは、人間が生活できる最低限の環境は保持されていますが、快適とは言い難い環境です。そもそも、限られた資源の宇宙空間で人間が生活できるようにするだけでも高度な技術が必要であり、居住空間の快適性まで検討して設計されていませんでした。

 しかし近年、宇宙で人間が滞在できる環境に対する考え方は、「最低限生活可能な環境」から「快適に感じる環境」の実現にシフトしています。SAGAは、長期間の生活が前提となる月面の建築においては、心身の健康を損ねない快適な環境が必要であると考え、同住宅を設計しました。

出典:SAGA Space Architects

 無機質な閉鎖的空間で孤立状態になることは心に大きなストレスを与えることから、ROSENBERG SPACE HABITATは2名の居住想定で、内部空間は居住者が適度な刺激を得られ、体内時計を維持できるように工夫されています。

 最上階の2.5階は、柔らかいテキスタイルで壁面と天井が覆われた就寝キャビンです。その下の2階はリビングスペースで、建築内の全機能を制御できるダッシュボードや折りたたみ式テーブル、ワークスペース、収納などが備え付けられています。

 1階にはエアロック式の部屋があり、中にトイレやシャワーがあります。階の移動は、備え付けられたはしごを使って行います。

 また、この建築では、月面で狂ってしまう考えられる体内時計を調整する設計を取り入れています。人間の体内時計はおよそ25時間ですが、地球上では太陽光を浴びると24時間にリセットされます。

 しかし、月と地球では、昼夜の周期が大きく異なります。月の1日(太陽が昇って沈み、次にまた昇るまでの時間)は地球上で約27日です。月では、地球の2週間のあいだ昼間が続き、その後2週間夜が続きます。これが、月で体内時計が狂ってしまう要因です。

 月で体内時計を維持するために、ROSENBERGには、地球上と同じ周期で自然光を再現したサーカディアン照明が導入されました。サーカディアン照明の有効性について、SAGAは2020年にROSENBERGのもととなったLUNARKという建築実験で確認したといいます。

 LUNARKの実験では、-30℃にもなるグリーンランド北部を月に似た過酷環境として実験場所に選定し、実際にLUNARKを設置して2名の設計者が60日間滞在しました。建築内に設置されたサーカディアン照明で夜明け、日の出、昼光、夕焼けなど様々な自然光のパターンを再現した結果、正常な睡眠ホルモンの分泌が確認され、自然な睡眠サイクルの確保に成功しました。

出典:SAGA Space Architects
出典:SAGA Space Architects

 このように、宇宙建築の設計では、地球での当たり前を適用することができず、人間が健康に生きるために必要なことについて考える必要があります。特に照明や空調などの建築設備に着目すると、改めて「人間にとって快適な環境とは何か」を考えさせられます。宇宙の視点で人間の快適性を見つめ直すことにより、宇宙のみならず、地球上の建築環境も向上させることに繋がるでしょう。

 また、私は大学院で、テラスやピロティなどの半屋外空間における温熱環境について研究しています。オフィスなどの閉め切った室内空間は、空調を一定に制御し、温度や湿度、気流などがほとんど均一な空間と考えることができます。一方で半屋外空間は、半分屋外であるため温度や気流などの温熱環境が常に変動します。このような環境では、室内空間と比較すると人間の温熱環境に対する期待が小さいため、やや暑かったり寒かったりしても許容されやすいという特徴があります。

 宇宙空間は、さらにこの特徴が顕著で、人間の環境に対する期待は地球上よりも小さいと考えられます。そのため宇宙建築には、「人間の快適さ」についての研究が進んでいる地球上の建築設備に関する知見を、十分適用させる余地があると思います。

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