解説
欧州で注目すべき宇宙スタートアップ7社–非宇宙企業も宇宙を目指すべき理由
2023.11.01 14:00
宇宙空間の商業利用が、ビジネス界のフロンティアとして注目を集めています。
20世紀半ばから加速した宇宙開発は、長らく国家や大手企業の独占的な領域でした。しかし、インターネットやデジタル技術の進展、グローバル化の波は、社会や経済の構造を根本から変え、宇宙ビジネスの新たな展開を促しています。
この変化の象徴とも言えるのが、Elon Musk(イーロン・マスク)氏が率いるSpace Exploration Technologies(SpaceX)による垂直離着陸ロケット「Falcon 9」の商業打ち上げです。
ここでは、民間企業が宇宙ビジネスに参入すべき理由、宇宙の商業利用が進む分野を紹介するとともに、世界最大級のベンチャーキャピタルであるPlug and Playが出資したり、Plug and Playのアクセラレータープログラムに選ばれたりした、宇宙分野で活躍する欧州のスタートアップ7社を取り上げます。
(本記事は世界最大級のベンチャーキャピタルであるPlug and Playからの寄稿です)
いま宇宙ビジネスに乗り出すべき理由
宇宙ビジネスの市場は、国際的な宇宙開発の活性化と技術力に優れた民間企業の参入によって、今後も大きく拡大することが見込まれています。また、Apollo(アポロ)計画以来の大規模な米国の有人月面探査プロジェクト「Artemis」を筆頭に、世界各国で宇宙開発プロジェクトが活発化しています。
そして、上記のような各国の宇宙開発プロジェクトの盛り上がりに伴い、民間需要が増加しています。これによって、従来宇宙ビジネスとは無縁だった企業も含め、多くの企業が宇宙ビジネスへの参入を果たしています。また、宇宙開発予算の制約やスペースシャトルの退役に伴う有人宇宙船の不足など、コストや技術、インフラの問題が浮き彫りになる中、効率的かつコストパフォーマンスに優れた民間企業と国家機関の協力やパートナーシップが拡大しています。
宇宙旅行、軌道上サービス、衛星データやインターネットの活用などが注目される中、ロケットの打ち上げや衛星インフラの構築といった従来の「アップストリーム領域」だけでなく、エンターテインメント、旅行、衛星データの活用、デブリ除去など、新たな宇宙関連サービスを提供する「ダウンストリーム領域」の発展も期待されています。
このように、現在の宇宙産業は多様化の道を歩んでおり、航空宇宙以外の技術力を持つ民間企業の参入を促しています。
宇宙輸送、衛星インフラの構築・運用、宇宙データ・技術の活用、軌道上サービス、宇宙旅行・滞在・移住、探査・資源開発など、多岐にわたる事業が生まれている現在の宇宙産業は、さまざまな事業者が価値を創出し、さらなるビジネス的な飛躍を遂げる可能性を秘めたマーケットと言えるでしょう。
海外の宇宙スタートアップ7社を紹介
高高度疑似衛星、太陽光パネルロータリーアクチュエータ、無重力空間を想定したトレーニング、連続繊維強化と熱硬化性マトリックスを備えた高性能複合材料を製造する3Dプリント、複雑な電極システム・触覚・光学センサー・半剛性構造を組み合わせた生地素材の宇宙服などに関わるスタートアップを紹介していきます。
1. Stratobotic(成層圏を飛ぶ疑似衛星を開発)
イタリアのトリノで2019年に設立された Stratoboticは、安全保障、大規模災害の監視・被害分析、地表調査、インフラ設備の点検、環境対策などに関するデータを提供する企業です。
衛星を打ち上げるには莫大なコストと高い技術力が求められると共に、その運用期間は数年から十年程度と長くありません。
Stratoboticが開発した高高度疑似衛星「CubeHAPS」は、低軌道(LEO)よりも大幅に高度が低い高度20kmの成層圏で、通信や地表観測を実現する高高度基盤ステーション(HAPS)です。
このCubeHAPSは名前の通り、疑似衛星として衛星と同様の機能・サービスをより技術難易度が低く、投入費用も安価な成層圏で実施します。また、気球という再利用可能なプラットフォームを通じてCubeHAPSを成層圏に投入することで、高い費用対効果を発揮することが可能です。
2. ARCA Dynamics(宇宙ゴミセンサーを開発)
運用を終えた人工衛星は、適切な対処がなされない場合、稼働中のほかの衛星と衝突し、宇宙活用の脅威となるスペースデブリ(宇宙ゴミ)として滞留します。
イタリアのローマで2016年に設立されたArca Dynamicsは、衛星の姿勢や角速度を推定するAIセンサーと、スペースデブリを検出できる高性能カメラを開発しています。
同社が持つAIセンサーやカメラ技術は超小型衛星などに搭載可能で、スペースデブリが引き起こす衛星衝突事故の削減に貢献し、高価かつ、現代の社会経済インフラである衛星の継続的な利用を促進することが見込まれます。
3. Vitruvian Virtual Reality(宇宙旅行前のトレーニングをVRで)
次世代の旅行産業として注目されているのが宇宙旅行ですが、人間が宇宙に出るにあたってさまざまな身体検査やトレーニング、そして危機管理能力が必要となります。
イタリアのパドヴァで2019年に設立されたVitruvian Virtual Realityは、浮遊感覚VRトレーニングシステムによって、よりリアルな感覚に近い形での宇宙・フライトトレーニングを可能とします。宇宙旅行・宇宙ミッション前に必要となる身体的な準備をより確実なものとします。
4軸のジャイロ構造を持つトレーニングシミュレーターの動作とVRゴーグルに投影されるVR映像が合致した形での訓練が可能であるため、実際の宇宙浮遊感覚に近い形でのトレーニングを実現し、訓練者の高いパフォーマンスを引き出すことができます。
4. SphereCube(3Dプリント技術を開発)
イタリアで2020年に設立されたSphereCubeが有する3Dプリント技術は、連続繊維強化と熱硬化性マトリックスを備えた高性能複合材料の製造を可能とします。この技術により、耐久性と軽量性に優れた複合素材を高効率かつ低コストで製造することが可能で、極めて過酷な環境下での運用が想定される航空宇宙関連の工業品への応用が期待されます。
5. Xylene (衛星からサプライチェーンをトレース)
ドイツで2019年に設立されたXyleneは、衛星データから得たサプライチェーンの状況、そして物流の位置情報などを独自のブロックチェーン情報と組み合わせることで、効率的かつ正確なサプライチェーン上のデータ収集・管理サービスを提供します。
同社のプラットフォームを通じて企業は自社製品や部品をサプライチェーン上のどの地点にあるのかを正確に把握することが可能となり、より透明性の高い資材・製品調達と物流リスクの削減を実現します。
6. REA Space(宇宙服を開発)
イタリアのバーリで2022年に設立されたREA Spaceが開発した宇宙服『EMSi』は複雑な電極システム、触覚・光学センサー、半剛性構造を組み合わせた生地素材により、微小重力環境における人体、とりわけ姿勢への影響を軽減することを可能とします。
7. Revolv Space (太陽光パネルの発電効率を向上)
人工衛星は電力源の多くを太陽光パネルに頼っています。しかし、近年は通信の高速化や大容量化などの仕様の変化によって、通信衛星は大型化する傾向にあり、衛星自体の消費電力も増加傾向にあります。
オランダで設立されたRevolv Spaceはが開発する「衛星取り付け型太陽光パネルロータリーアクチュエータ『SARA』」は、自動太陽追跡機能を有し、衛星の姿勢を太陽の方に向き直すことが可能。これによって発電量を最大117%も向上させられます。
大企業とスタートアップの協業こそ最適解
2023年現在、宇宙ビジネスは50兆円の市場規模を誇り、2040年には140兆円に拡大すると予測されています。宇宙開発に特化した企業だけでなく、多種多様なプレーヤーの参入が期待されており、日本や米国などの国々も民間事業者の参入を後押ししています。
宇宙ビジネスのさらなる拡大・成長を実現するためには、スタートアップと大手企業によるオープンイノベーションが重要です。スタートアップは、高い技術力とアイデアを持っており、大手企業は資金力やスケール能力、ビジネスノウハウ、ネットワークを有しています。両者の連携により、宇宙ビジネスにおける新たな価値創造が期待されます。
米航空宇宙局(NASA)は、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や飛行士の輸送を、商業物資輸送サービス(Commercial Resupply Services:CRS)と商業乗員輸送開発(Commercial Crew Development:CCDev)という二つの民間契約プロジェクト、SpaceXやBoeing(ボーイング)といった民間企業との共同オペレーションとして実施しています。
日本においても、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から民間への出資を可能にする法改正に政府が乗り出しており、宇宙開発や小型衛星網(衛星コンステレーション計画)構築における官民の協業と国内宇宙産業の活性化に取り組む方向に舵を切っています。
NASAやJAXAといった宇宙機関、伝統的な航空宇宙系企業、そして宇宙開発の新たなアクターとしての役割を担う非宇宙企業という三者間で加速するオープンイノベーションは、宇宙ビジネスのさらなる成長とその市場規模の拡大をもたらすことが予測されます。
従来、宇宙産業との関わりが少なかった大手非宇宙企業が宇宙ビジネスに参入するにあたって、同フィールドにて高い技術力とアイデアを持つスタートアップとの協業は大きな強みとなるでしょう。
スタートアップとの協業・共同開発を通じてサービスや製品の社会実装の迅速化につながるとともに、参入ハードルの高い宇宙産業への非宇宙企業の関与をより簡易化することが期待できます。
スタートアップ自身も、自社が特化する特定分野技術の開発・サービス化の加速や、非宇宙宙企業が持つ資金力、スケール能力、ビジネスノウハウ、ネットワークを活用することが可能となり、両者にとってメリットの高い形でオープンイノベーションを実現することができるでしょう。
宇宙産業が黎明期から成長期に差し掛かった今、現状では宇宙産業と関わりを持たない企業も適切な情報収集と分析を経て事業戦略を描き、数年後の本格参入を目指す絶好のタイミングである現在の好機を逃すべきではないでしょう。
遠くて身近にある“そら(宇宙)”をより近づけるためにも、宇宙ビジネスのさらなる飛躍、そしてそれを可能とするスタートアップと非宇宙企業の関係深化に希望と期待の目を向けるべきではないでしょうか。