解説
社会インフラを守って、人命を守る–衛星に秘められた可能性を改めて考える
気候変動の影響で、山火事やハリケーン、洪水といった自然災害の発生頻度と激しさが、以前より増してきた。その結果、各種インフラも危険にさらされる。
こうした状況から、インフラ分野の設計者や技術者は、新たな監視手段の導入に迫られている。この種の監視手段は、インフラの建設場所を選定する道具としても使われるようになった。
「言うまでないことですが、インフラの堅牢性と回復力を高め、24時間365日絶え間なく高度に監視することで、自然災害をやり過ごせるようにしなければなりません。気候変動が自然災害を年々激化させ、インフラに対する脅威が高まっているため、これは避けられないことです」(米国電気電子学会=IEEE会員のTiago Nascimento氏)
求められるのは気候変動に強いインフラ
自然災害が脅威になるインフラは多い。
山火事は強風で勢いを強め、送電線に被害を及ぼす。さらに、送電線の破壊時に生じる火花は、新たな火種になることもある。そこで、山火事の多い地域では、送電線を地中に埋設し、設備を堅牢にするようになった。
一方で、衛星データを使って山火事の発生しそうな状況や延焼する方向を予測し、消火隊の適切な配置に役立てようとしている。このデータは、一部地域への送電をあらかじめ止める判断に利用されることもある。
被害がとりわけ甚大な洪水は、海面上昇の影響により海沿いの地域で発生頻度が高まった。暴風雨に備え、発電所や通信設備などを運営する企業は衛星マッピングツールを活用し、30年から50年といったスパンでもたらされる大洪水のリスクを予測している。
ハリケーンは、橋や道路を破壊して住民の避難路を寸断しかねず、生存者のもとへ向かう救助隊を阻んでしまう。建物の復旧をしやすくする目的で、建築基準を見直している沿岸都市は多い。
「2012年にハリケーン『サンディ』の来襲を受けたニューヨークでは、各種ユーティリティーの設備と予備装置を建物のどこに置くか見直されました。その結果、地下には設置できなくなったのです」(IEEE上級会員のPaul Kostek氏)
地表面の変化をミリメートル単位で捉える
衛星に関する技術が進歩し、地球表面の変化を、場合によってはミリメートル単位の精度で捉えられるようになってきた。
「(既存の合成開口レーダー=SARを応用した)“干渉SAR(Interferometric SAR:InSAR)”は、インフラの変位を監視できる強力なツールで、起こりうるリスクを早い段階で発見できます」(IEEE上級会員のFeng Xu氏)
中国の沿岸都市である天津の地盤沈下速度を調査した研究チームが、論文を発表した。地面が周囲より沈む地盤沈下は、地下水のくみ上げなど多くの要因が考えられる。
研究チームがInSARのデータを調べたところ、大規模な水利パイプラインが敷設されて以降、天津市街地の沈下速度は年間8mmへ下がったと確認した。それまでは1年に最大110mmもの勢いで沈んでいて、パイプライン敷設を境に沈下速度が急激に落ちた。
海面上昇のリスクを悪化させることもあり、世界各地の多くの都市では地盤沈下に対する懸念が高まっている。地盤沈下と海面上昇が同時に進めば、洪水の危険性が上昇する。
Xu氏によると、InSARで地球表面の歪みを調べ、重要なインフラ設備の建築場所を選ぶ際の参考にする事例もあるそうだ。
衛星による観測技術は、向上を続けている。研究者たちは、人工知能(AI)と機械学習(ML)を利用して、自然災害の影響をより迅速かつ正確に、高い解像度で確認できるよう努力しているのだ。