
インタビュー
宇宙に先行投資するKDDIが描く未来–他社に先駆けスマホ直接通信、月面5Gや宇宙共創も
さまざまな業界から宇宙領域への参入が増えているものの、まだ実証段階であったり法人や自治体向けの取り組みが多い中、一般消費者向けのサービスを開始して業界に大きなインパクトを与えたのがKDDIだ。他の携帯キャリアに先駆けて、2025年4月にスマートフォンと衛星の直接通信サービス「au Starlink Direct」を開始。さらに、有村架純さんを起用したCMで「空が見えれば、どこでもつながる」と大々的にアピールした。
2016年には、民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に挑戦したispace「HAKUTO」チームのオフィシャルパートナーになるなど、もともと宇宙に前向きなイメージもあったKDDIだが、近年は自社の事業として本格化。また2024年には、月面5Gを含む「宇宙通信の進化構想」や、宇宙分野において大企業とスタートアップの共創を支援する「MUGENLABO UNIVERSE」の発足など、積極的な動きが目立っている。
そこで、KDDIの宇宙事業である(1)au Starlink Direct、(2)宇宙通信の進化構想、(3)MUGENLABO UNIVERSE、それぞれの担当者にインタビュー。各プロジェクトの進捗や、今後の展望について話を聞いた。
他社先行で衛星直接通信を届ける「au Starlink Direct」
衛星直接通信サービスを他社に先駆けて開始できた理由について、au Starlink Directの担当者は「KDDIが持つ60年近くにわたる衛星通信の知見」を第一に挙げる。1969年に開所した山口衛星通信所における「地上局の運用実績、全般的な衛星通信に対する技術力」や、それを通じて培ってきた国際的なプレゼンス、ノウハウがSpaceXに評価されたのではないかと話す。

2021年9月の SpaceXとの提携以降、世界で初めて携帯電話基地局のバックホールとしてStarlinkを活用し、認定StarlinkインテグレーターとしてStarlinkの通信キットを法人向けに展開してきた。2024年4月からはさらに一般向け通信端末の販売も開始し、衛星通信の牽引役として「日本国内の衛星通信に関わる制度化も推進してきた」という。
軌道上を周回しているStarlink衛星の数は7000機を超える(そのうちスマートフォン直接通信に対応した衛星は600機程度)。数のアドバンテージはもちろんのこと、「彼らは打ち上げロケットを自社製造し、第1段ブースターの再利用も成功させており、コストを低く抑えられる。衛星打ち上げにおいて根幹となる部分を押さえている」ことが、KDDIとして商用サービスを提供するうえで大きいと説明する。

au Starlink Directはサービスを開始してから1カ月で約20万人が利用し、ゴールデンウイーク期間中は1日あたりの利用者数が約4万人に達した。現在のところはテキストメッセージ(SMS/RCS/iMessage)の送受信や位置情報の共有、AIチャット、緊急地震速報などのアラート受信に用途が限られる(2025年夏からデータ通信も開始予定)ものの、すでに「海や山に行く方から多くの引き合いがある」という。

たとえば「漁師の方が通常の電波が届かない沖にいるときに、家族への連絡に使用する」という実例がある。山登りにおいては緊急時の連絡手段としてのニーズが高く、登山者向けアプリを提供しているヤマレコとの協業で、同アプリにSMS送信機能を追加し、遭難状況を関係先や家族などに通知する実証実験も行っている。

「日本国内に電波圏外の地域はもうほとんどないと思っていたが、衛星通信が意外なほどたくさん使われている。週末にかけて利用頻度が高くなる、雨が降っているとあまり使われない、など知見の蓄積も徐々にできている」。競合を1年以上先行するこの期間を有効活用し、「利用者の反応を見ながらサービス提供の方向性を見定めていく」ことが目下の最重要課題だ。

そこで現在検討しているのは、公式サイトでユーザーの声を集め、それを元にサービス内容を拡充したり、活用アイデアとして広く認知してもらったりする仕組みを作ること。「サービスを届けっぱなしにするのではなく、実際に海や山に行った方、衛星通信を使った方がどう感じたかという思いを集めていく」。災害時も含め、具体的な活用例を収集・提示することで、より良いサービスにつなげたい考えだ。
サービス向上にあたっては技術的な課題もある。単に空から降ってくる電波を利用すればいいわけではなく、「島国で山岳地帯も多い日本ならではの地形に合わせて設計する必要がある」という。SpaceXとは日常的にやり取りして調整を続けているが、「日本各地で昼間に試験した際の課題をSpaceXに送ると、(時差で)こちらが夜間のうちに先方で対応し、次の日には新しい試験をできるようにしてくれていたりする」とのことで、そのスピード感には学ぶところが多いと話す。

Starlink衛星と直接通信ができるパートナー企業は、KDDIを含めまだ世界でも10社程度しかない。その中で、「他国のパートナー企業と横のつながりができたことも収穫」と明かす。互いに情報交換できるだけでなく、他社と足並みを合わせる形でSpaceXと協議することで、効率的に調整できる部分もあるようだ。
今後はStarlink衛星の増加や通信方法の最適化などを踏まえ、他のメッセージアプリへの対応や画像等の送受信の可能性についても探っていく。「これからは海や山の行楽シーズン。各地のイベントにKDDIとして積極的に顔を出し、衛星通信を使った方の声を多く集めたい。そこで得たヒントを元に、サービスを必要としている方へいかに情報を届けて使っていただけるようにするか。この1年はそこに注力したい」
「月-地球」間をリアルタイム通信できる世界に
2024年に発表されたKDDIの「宇宙通信の進化構想」。これは、月面の機器間や月面と衛星の間、もしくは月面(や月周回拠点)と地球との間の通信を、5G技術や地上局を含む衛星通信技術で実現しようという取り組みだ。

構想としては、2022年から始まったJAXAやスタートアップ数社などと設立したコンソーシアムにおける、月-地球間の超長距離通信システムに関する研究開発に端を発している。その後、宇宙ロボット開発のGITAI USAと共同で実施した月面基地局アンテナ設置の実証実験を経て宇宙戦略基金に採択され、2025年2月から具体的な活動を開始した。
「アルテミス計画だけでなく民間も、有人・無人探査で月に行く時代がこれから来る。そうなれば地球上と同じく、月面においても通信が重要なものになっていく」と見る。月面探査では、無人で稼働する重機やローバーを利用することが想定され、それを地球上からコントロールすることになるため、リモート通信の手段は必須だ。

そこで求められるのが、4Kや8Kの映像をリアルタイムに伝送できるスペック。有人探査の場合も、月面や地球にいる管制官や仲間、あるいは家族とリアルタイムに動画でやりとりするニーズが考えられる。「通信会社としてはそれに応えられる高品質の通信回線をお届けして、人と人、人と物がつながれるようにしたい」と語る。
ワイヤレス通信の方式は地上ではWi-Fiも含めいくつかあるが、月面においては、5Gもしくは4G LTEが遠距離・大容量の通信に有利と同社では見ている。高い信頼性を確保しなければいけない月面通信においては、2030年頃には地上で“枯れた技術”になっているだろう5Gが適しているのではという目論見もあるようだ。

ただし、月と地球との間で通信する際には大きなタイムラグが生まれるため、すべての作業をリモート操作でまかなうのは難しい可能性もある。そうしたことから、「エッジコンピューティングの技術を応用して月面で得られたデータを月面で処理したり、データセンターを現地に設置したりする」ことも検討しているとのこと。
とはいえ、月面通信はNASAですらまだ挑戦したことがない。現状は「技術課題としてそもそも何が考えられるか」を探っている段階でもある。KDDIとしては月面に5Gのインフラを作って終わりではなく、サービスとして提供していきたい考えもあり、「お客様が誰になるのか。各国の宇宙機関がまず想定されるが、サービスとして調達してくれるような仕組みもない」ため、それをどう作っていくかも課題だ。
なお、国連機関の1つであるITU(国際電気通信連合)では、月面で電波を吹いたときに、地球上の人々の生活に影響がないかどうかを確認する技術評価を行っているとのこと。ただし、月面で使える電波の周波数はまだ決まっていない。「ビジネスをするために必要な環境や法制度の整備、サービス調達の仕組みづくりなどを一生懸命進めている」ところで、2030年までに乗り越えるべき課題は多い。

それでも「月面の高画質のリアルタイム映像は、われわれがまだ見たことのない景色になると思う。探査に必要としている方々にとって価値の高いものであると同時に、一般の人にもインパクトがあるものになるはず。それが次世代へのインスピレーションにつながったり、ワクワクを提供できるものになったりするのではないか」と期待を寄せる。
KDDIは「つなぐチカラを進化させる」をビジョンとして掲げている。「その象徴的なものとして、月面通信をしっかり形にしていきたい」と意気込みを見せた。
大企業とスタートアップで宇宙に新たな価値「MUGENLABO UNIVERSE」
KDDIでは大企業とスタートアップの共創を推進するオープンイノベーションプログラム「KDDI ∞ Labo」を2011年に開始しており、そこから分野ごとに課題解決を目指す支援プログラムや共創プログラムがいくつか派生している。その1つが、宇宙領域をターゲットにした「MUGENLABO UNIVERSE」だ。

「宇宙産業の裾野を広げ市場を拡大していくことと、そこから生まれたものを地上のビジネスに応用していくこと」を目的にしており、2025年6月時点で参画している大企業は19社。構築したそれら大企業との“横のつながり”や膨大なアセットを生かせることに加え、実績ある宇宙開発スタートアップ数社がもつ多様な実験環境を利用できることが特徴だ。
MUGENLABO UNIVERSEへの応募は通年で受け付けており、2カ月に1回程度、スタートアップ向けにミートアップイベントを開催して、大企業とのマッチングやメンタリングへとつなげる活動も行っている。「宇宙や地上の課題解決にチャレンジしたいスタートアップにとっての、共創プラットフォームの入口を目指している」。
「単純にマッチングするだけだと事業として大きくなりにくいのは、∞LABOの時から感じていた」と言い、2024年に東京都の協定事業である「グローバルイノベーションに挑戦するクラスター創成事業(TIB CATAPULT)」にMUGENLABO UNIVERSEが採択されたことで、支援の幅が広がったのは好材料だった。「可能性の高そうな取り組みに初期段階から金銭的な支援をして実証実験を走らせてみる、といったことができる体制になり、応募するスタートアップのハードルがより低くなった」という。
MUGENLABO UNIVERSEで取り組みが進んでいる実証実験は2025年6月時点で6件。たとえば、スペースデータのデジタルツインにおいて、映像をVR対応にアップグレードして、宇宙飛行士の事前訓練や、商業施設などでの体験コンテンツとしての提供を視野に入れている。デジタルツイン内で実験が可能なレベルの物理シミュレーションの実装や、バーチャル国際宇宙ステーション内で作業支援ロボット「Int-Ball2」の動作を再現する環境も構築した。

また、射場開発のASTRO GATEと、飛行船型HAPS(高高度プラットフォームシステム)を使った地球観測サービスを提供するSkySenseの組み合わせによる、ロケット打ち上げ時の警戒区域の監視、ロジック・アンド・デザインの画像鮮明化技術を活用した、高解像度衛星画像の日本テレビにおける報道利用といった具体的な動きもある。
こうした成果を元に、2025年度は新たに8件のコラボレーションを創出していくことを目指している。前年度までは金銭的な支援がメインだったところ、今後は技術・アセット面の支援もあわせて行っていく計画だ。事務局メンバーはわずか5名という少数精鋭だが、「海外進出を目指すスタートアップが多いため、その支援も今年度は注力したい」と展望を語った。

1963年から衛星通信を開始し、日米間初の衛星放送や南極昭和基地との通信を実現するなど、宇宙領域の通信においては60年以上の知見を持つKDDI。通信を中核とする新サテライトグロース戦略の中で、今後はStarlinkの直接通信や月面5G、MUGENLABO UNIVERSEなどによって、さらなる事業成長を狙う。
民間主導の時代に突入する一方で、当然ながら1社では宇宙ビジネスは創出できない。同社では自前主義にこだわらず、さまざまな企業とのパートナーリングを通じて、最先端の宇宙・通信技術を活用した新たな価値創造に挑戦するとしている。