インタビュー

日本企業には宇宙製品を作る技術がある–10年ぶりにISS滞在する油井亀美也飛行士にインタビュー

2025.06.09 15:00

藤井 涼(編集部)

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 JAXAの油井亀美也宇宙飛行士が、2025年7月以降に国際宇宙ステーション(ISS)に半年ほど滞在する。2015年から10年ぶり2度目の長期滞在だ。UchuBizは油井氏に単独インタビューを実施。おそらく最後となるISS滞在への思いや、同期である大西卓哉飛行士との宇宙での再会、来るべきポストISS時代への展望などを聞いた。

宇宙に行くのは「最後かもしれない」

ーー2度目のISS長期滞在への思いや、実現したいことなどを教えてください。

 今回は私の人生の集大成みたいなところがあると思います。最後のISS滞在になりますし、もしかしたら宇宙に行くのも最後かもしれません。やり残すことがないようにしたいと思います。

 一番大切なのは、私に与えられたミッションをしっかりとやることですが、それ以外のところでも、色々な協力や新たな価値を生み出したいと思っています。私は写真を撮ることが好きなので、たとえば防災科研(NIED)さんと連携して防災に役立てていただくなど、(宇宙から撮影した)写真や動画を色々な方に使っていただきたいです。

 また、CONSEO(衛星地球観測コンソーシアム)のアンバサダーも務めていますので、衛星データという少し堅いものと、私の撮った写真やゆるい言葉を合わせることで、(地上の人々に)何か訴えかけることができたらと思っています。

 そして、何より楽しみなのは「HTV-X」(JAXAが開発する新型宇宙ステーション補給機) ですね。今後、もしNASAの予算が減ることになれば、ISSへの打ち上げ回数も減らすという議論になるかもしれません。その中で、しっかり物を運んでくれるHTV-Xへの期待はすごく高まっていますし、私の滞在期間中にISSに来たら、確実にキャプチャーしてあげたいと思っています。

「HTV-X」のイメージ(出典:JAXA)

ーー10年ぶりということで、当時からISSの状況も変わっていると思います。

 私が運が良かったのが、大西さん(大西卓哉飛行士)が今まさにISSに行っているので、何でも聞きやすいんですよね。「インターネットの状況はどうですか」とか「これは使えますか」みたいな話をして、大西さんはとても忙しいと思いますが、すぐに答えてくれるので本当に助かっています。ですから、きっとこういう生活なんだろうな、ここは便利になっているんだろうな、ということを想像しながら行くことができそうです。

ーー大西飛行士とのXでのやり取りは楽しく拝見していますが、やはり宇宙飛行士の同期というは特別な関係なのでしょうか。(2人とも2011年にJAXA宇宙飛行士に認定)

 やはり同期はすごく仲がいいですよね。大西さんと金井さん(金井宣茂宇宙飛行士)は特に、同じ時期に選ばれて同じ訓練をしているので。もちろん、日本人の宇宙飛行士とはみんな仲はいいですが、(同期の方が)さらに親密な気の置けない仲間というか、何でも話せる仲です。一緒に食事に行ったり、スポーツをしたりすることも多いですね。

増える宇宙製品や宇宙日本食–日本企業への期待

ーーこの10年間で民間企業が開発した宇宙向け製品宇宙日本食が増えています。

 そうですね。実は私たちの世代が(10年前に)宇宙が行って不便だったことをお伝えして、企業さんに知っていただいて生まれたものが、ちょうどいまのサイクルでISSに上がっているので、それを使えるのはとても楽しみです。可能であれば、他国の宇宙飛行士にも使ってもらって感想をもらいたいですね。

 たとえば、物をどこかに置いたりすることができないので、粘着テープみたいなものがあるといいとお話したところ、実際に開発いただきました(久光製薬の粘着シート「Fixpace」)。あと、普段は小さく折り畳むことができて、開くと自分の姿を大きく見ることができる鏡( SPACE BEAUTY LABの折りたたみ鏡「origami-mirror」)もあったりと、日本の文化に沿った、思いやりに溢れた製品がたくさんありますから、使ってみるのが楽しみです。

久光製薬の粘着シート「Fixpace」(編集部撮影)

 宇宙食もたくさんあるので楽しみですが、皆さんご存知の通り、ちょっと野菜が苦手でして…。ただ、私も宇宙でしっかり試食をして感想を言う必要があるので、ぜひどのようなコメントをするのかは楽しみにしていただければと思います。野菜嫌いの私に「美味しい」と言わせたら完璧ですよね(笑)

ーー非宇宙企業も宇宙業界に参入しやすくなってきているように思いますが、いかがでしょうか? 

 私が最初に宇宙に行った時から感じていたのは、宇宙開発は難しそうに見えて実際に難しいんですけれど、日本の企業はそれができる能力を持っていることを知らないので、もったいなく思っていました。ただ、最近の動向をみると、自社の能力に気がついて積極的に参入してくださっているので、このトレンドがずっと続いてほしいと思います。

 そうすると、私たちも当然宇宙に行っている者として助かりますし、企業さんも実際に宇宙で使える信頼性のある技術ですという付加価値を与えて、さらにビジネスを拡大できると思うので、いい相乗効果になるんじゃないでしょうか。

ーーISSでの微小重力環境における宇宙実験について、人類にとって重要な実験である一方、なかなかその意義が伝わりにくいところがあります。

 やはり自分が経験したことがないことを想像するのは難しいですよね。先日の記者会見でも「どんな実験に興味がありますか」と聞かれた時に、二酸化炭素の除去装置という話を、将来の探査に向けて話しましたが、それでもやはり多くの方々はピンとこないんじゃないかと思います。

 でも、それは実際に二酸化炭素の濃い空気を吸ったことがない方が多いからです。その二酸化炭素を取り除いている自然を人類は壊していて、危機が迫りつつあるんだということは頭に置いておかないといけないですし、日本の技術でそれを解決しようとしていることを、私が発信する情報などで気づいてもらえたらと思います。

二酸化炭素除去の軌道上技術実証(出典:JAXA)

油井飛行士が考える「AI」や「宇宙組織の違い」

ーー先日の記者会見の中で、「AI」というキーワードを挙げていましたが、普段はAIをどのように活用されていますか。また、宇宙領域においてAIはどのような可能性を秘めていると思いますか。

 私は業務でAIを使うことはできないので、すべて趣味の範囲ですがChatGPTを使ったりしています。また、それだけだと物足りないので、どういう推論をしていて、どういう答えが返ってくるのかという仕組みも勉強しながら使っています。そうすると、AIのすごいところや危険なところ、今後どういうところに日本として投資していくべきかという課題も見えてくるので、非常に楽しいですよね。

 宇宙領域での活用については、たとえば、最初の探査に行く時は危険なので、まずは AI を使ったものを行かせてみてはどうかという話が当然出てくるのですが、そのためにAIを教育しないといけないので、データが必要になりますよね。ただ、データが不十分なうちに行く必要があるとしたら、それはまだ人間でないと臨機応変に対応できません。どこまでは使えて、どこまでは使えないのか、またこういう準備が必要だ、みたいなことを考えながら仕事をしています。

ーー油井さんは、10年前にロシアの宇宙船「Soyuz」に搭乗し、今回はSpaceXの宇宙船「Crew Dragon」に乗ってISSに向かいます。また過去には米Boeingが製造する宇宙船「Starliner」にも携わっています。ご自身が感じた、それぞれの組織の違いなどを教えていただけますか。

 ロシアはやはり独特な伝統がありますし、どちらかといえば家族的な感じでしょうか。色々な人がつながったり、ベテランが若い人たちを育てたりしながら、少しずつ進歩しているところがありますね。本来は運用に関わるところだけ知っていればいいのに理論まで勉強したりと、一見非効率に見えますが、その人がポストフライト後に得られる知見を考えると、非常に優れた体系になっていると思います。

 一方、Starlinerを手がけるボーイングは、やはり長年にわたって国の機関と仕事をしてきたので、民間企業でありながら、半分くらい国とのやり取りというものを定形化しています。ただ、それは別に悪いことではなく、非常に体系だって安全面に配慮しながら、一歩一歩進んでいくところに向いています。

 そして、すごく極端に振っているのがやはりSpaceX です。とても自由な雰囲気で、政府からの要求は見ますが、その読み方も自由なんですよね。過去に全然とらわれていない。たとえば、操縦と言えば私たちは操縦桿を思い浮かべますが、「別にタッチパネルでいいじゃん」という思想です。さらに、改善のプロセスがものすごく速い。宇宙船や与圧服などについて、ここをもっと改良したらどうかと伝えるとすぐに直っているんですよね。失敗を恐れていないし、失敗したらそれはそれでデータを得られたという感覚なので、すごく新鮮です。

 また、無駄に見えるようなことにも民間のお金を使えるのは大きいです。たとえば、宇宙ステーション補給機を作る時に窓がついていたら、普通は税金の無駄使いだと言われてしまいます。そこをSpaceXでは地上ではできないテストも兼ねていて、将来の有人宇宙飛行のために必要なデータも一緒に取ってしまう。それは戦略性であるとか現場との協力体制もうまく作れているからこそ実現できることです。

 ただ、日本もそれをできるはずで、最近は政府も先を見据えながら動いています。うまくテストをしながら作り上げていくSpaceXのモデルを見習えば、もう少し効率的に宇宙開発ができるようになるのではないでしょうか。

ーー2030年以降のポストISS時代が近づいていますが、民間ステーションに対して、ご自身の経験をどう生かしていきたいですか。

 私たちの知見というのは当然皆さんの共有財産だと思っていますので、民間企業が宇宙ステーションを作りたいという話になったら、私はすべての知見をお伝えすることが責務だと思ってます。たとえば、宇宙飛行士は長期間滞在するのか、1週間だけ滞在してあとは無人なのか。そういうところも設計に関わってきます。私は軌道上にいる時に色々と考えながら仕事をしてますから、そこでの知見は当然あらゆる企業に提供したいと思っていますし、JAXAとしてもそれを提供する責任があると思います。

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