インタビュー
「DAN DAN DOME」や「月の砂ガラス」を開発–100年を超える包装容器技術で宇宙に挑む東洋製罐グループ
飲料や食品、日用品などの保存に、当たり前のように使われている缶、パウチ、紙コップやダンボールなどの容器。こうした容器の製造に100年以上関わってきた東洋製罐グループが、これまでに培った技術・知見を生かして宇宙分野に進出しようとしている。
たとえば、同社は月の砂「レゴリス」の特性を生かしたガラスや、メンテナンス不要なオイルフリーの摺動材など、宇宙向けにも有望と思われる新技術を開発してきた。さらに、NPO法人フィールドアシスタントが取り組んでいる、宇宙開発向け生活環境検証ユニットの開発プロジェクトでは、同社がフィールドアシスタント代表の村上祐資氏と共同開発したダンボール製テント「DAN DAN DOME」が活用されている。
包装容器の大手メーカーとして知られる同社グループが、なぜ宇宙分野への進出を目指しているのか。東洋製罐グループホールディングスで新規事業を推進する担当者らに話を聞いた。
技術探索や環境対応にもマッチする未開拓市場としての魅力
――包装容器メーカーである東洋製罐グループが、宇宙ビジネスに取り組んでいる理由をお聞かせください。
三木氏:背景は大きく分けて3つあります。1つは新たなビジネスドメインとして宇宙に魅力を感じているからです。当社は食品の缶詰用の空缶を作るところから創業していますが、そこからプラスチックやガラス、紙など素材面で事業を拡張してきました。
並行して食品以外の飲料や生活用品、たとえばシャンプーのようなものを入れる包装容器という側面からも大きく事業拡張しています。さらに缶の素材となる鋼板を製造する鋼板関連事業では、金属部材を建材や自動車部品など、容器以外のところにも展開しています。また、機能性材料事業として缶に利用していたラミネートフィルムの技術を偏光板用の光学フィルムに転用したり、容器製造や充填用の機械・設備販売にも事業を拡大しています。
パッケージの会社ではあるのですが、実はパッケージ以外の素材やサービスに関わる事業の売上比率が大きくなっています。パッケージは食品・飲料をはじめとして生活を支えるインフラの役割を果たしているので、そこは守りつつもグループ全体としての利益率を上げていくために、当社としてはより付加価値の高い事業のポートフォリオも組んでいかないといけません。そのためには、これまでとは違ったビジネスドメインを探索していく必要があります。その意味で宇宙は開拓がまだ進んでいない市場ということで魅力を感じています。
2つ目は技術開発における探索です。実は東洋製罐グループは、宇宙にまつわる技術もすでにいくつか手がけています。たとえば、レトルトパウチはNASAが開発した宇宙向けの技術でしたが、世界で初めて一般の消費者向けに製品化されたのは、われわれのパウチを採用していただいた大塚食品さんのボンカレーでした。
また、缶チューハイなどに採用されている当社の「ダイヤカット缶」は、東京大学三浦名誉教授がNASAのラングレー研究所に在籍中に考案した「PCCPシェル」の研究がもとになっています。金属缶にこの技術を施すことで強度を高められ、より薄くできるので省資源や軽量化にもなります。PCCPシェルの考察などから考案された「ミウラ折り」は、衛星のソーラーパネルを畳むところにも応用されています。
宇宙用の素材は強度が高く、軽くなければいけませんが、そこはパッケージと似ていてわれわれとしてもヒントになる部分が多いんです。そういった技術開発の探索分野としても当社の事業はマッチしていると思っています。
3つ目は環境です。パッケージの使用後はゴミになってしまうので環境に優しくないイメージがありますが、その解決方法はいくつかあります。リサイクルやリユースもあれば、生分解できるものにする、という手段もある。ただ、いろいろな方法があるがゆえに、最適な方法はまだ存在していません。
一方で宇宙では資源循環が大前提になるので、その中で「パッケージはどうあるべきか」という取り組みは最適解に近づくのではないかと考えています。地球上での環境問題に対する答えとして、そこにいろいろなヒントがあるんじゃないか。そうした意味でも宇宙ビジネスはわれわれにとって非常に興味のあるところです。
――かなり前から宇宙に関係がありそうな活動をしてきたわけですね。
三木氏:レトルトパウチは1969年から製造していますし、ある程度宇宙にフォーカスし始めたのは、2019年に「Space Food X」(現「SPACE FOODSPHERE」)が立ち上がった頃でした。当時から宇宙における資源循環については多くの取り組みがありましたが、容器側のソリューションとしては缶詰やレトルトパウチが主流で、それだと循環はできないことが見えていました。容器にもきちんと取り組まないといけないと考えて、Space Food Xに参画することにしたんです。
ただ、宇宙ビジネスに携わっていると自覚している人は社内にはほとんどいないかもしれません。われわれイノベーション推進室から出てきたアイデアについて、既存事業を手がけている事業会社の開発部隊と一緒に取り組んでいく形なので、現業の延長線上にある技術開発や用途開発をしているような意識でいるのではないかと思います。
当社グループ全体で社員は約2万人、技術者も多数在籍していて、素材ごとに担当が分かれているところもあれば、用途ごとに分かれているところもあって、全社の開発テーマを各社員が把握することは難しい状況です。
そういう中でも宇宙というワードには大きなインパクトがあって、興味を持ってくれる人がたくさんいます。宇宙に関連する取り組みがすでにグループ内で動いているという話をすると、もしかしたら自分の部署で扱っている技術が使えるんじゃないか、とアイデアを出してくれることも増えてきています。
宇宙で活用が見込める数々の素材加工技術
――御社がもつ宇宙に使えそうな具体的な技術や製品について詳しく教えてください。
上田氏:まずは「TRYEEVO(トライーボ)」という、摩擦の発生する部分に使用する摺動材です。高耐熱なうえに低摩擦、低摩耗な新素材として開発したもので、無給油で使えるのが大きな特徴となっています。2018年に開発し、地上ではすでに当社グループの製缶機械で採用しているのと、他社でも圧縮機などの機械で試験的に採用していただいています。
部材同士が擦れ合う部分には、これまでは金属素材にグリスなどを添加したり、フッ素系樹脂素材を利用したりすることが多かったのですが、その性能を維持するためには人の手によるメンテナンスが欠かせません。宇宙に打ち上げたロケットや探査機、衛星などは、メンテナンスのために人を派遣するのが困難ですから、こうしたメンテナンスフリーの素材が有利になると考えています。
――たとえば宇宙に展開するとして、この素材が使えそうな領域はありますか。
上田氏:ジェットエンジンで使えるところがあるかもしれませんし、軌道エレベーターも面白いかもしれません。摩擦が発生する部品など「宇宙で壊れてはならないもの」というのは1つのターゲットになりえます。われわれは宇宙のプロではないので、こういった技術を宇宙でどう使えるのかという点については、詳しい方々とお話させていただければと思います。
――他に宇宙進出できそうな既存の技術はありますか。
三木氏:缶詰とレトルトパウチは、現在の宇宙食を支えている2大容器でもありますし、そこのノウハウは活用できると思っています。たとえば缶詰に入れた食品素材は常温保存するためにあらかじめ殺菌するのですが、それによって香りや味やテクチャーがどう変わるか、というのは100年くらい缶詰を作ってきた経験から多数の知見があります。
ですので、食品メーカーさんにただ缶だけ提供するのではなく、内容物が缶を腐食させないのか、菌がどれくらい発生するのかといったような品質保証に関する部分や、味が落ちてしまうときにどう解決すれば良いか、といった部分で技術支援もしています。外側の容器だけでなく、中身に対する知見も蓄積されてきています。
2018年からは「Future Foods Labo. -ふふら-」という食のソリューションとしてサービス提供できる土台も作りました。それは宇宙に生かすときにも強みになるのではないかと思います。
竹内氏:他にも当社グループには、金属とガラスと紙とプラスチック、4つの素材を加工して容器にする多くの技術があります。宇宙にも素材として使える砂や鉱物が眠っていると思いますが、それらを宇宙で加工することになれば、私たちの加工技術がそこで生きてくるかもしれません。その1つとして、月の砂のレゴリスを模した素材からガラスを作るというチャレンジもしています。
三木氏:清水建設さんが持っているレゴリスシミュラントをもとに、グループ会社の東洋ガラスの開発者に作成してもらいました。レゴリスには通常のガラスではありえないほど大量の鉄分が入っているので、こんな風に真っ黒になるんですね。
ここまで黒いと薄く加工しても光を通しにくいので、遮光性のあるガラスとして使えるかもしれません。ガラスメーカーがあえてこんなものを作ろうとはしないと思いますが、その意味では実際にチャレンジしないとわからないことに気付けて良かったなと思っています。
これを作成すると炉へのダメージが大きいので、まだ器に成形するところまでは試していませんが、月面にある素材としては今のところレゴリスしかないので、このようなガラスを作っていくのが宇宙における容器製造の第一歩かと思います。
黒い器にもメリットがあって、そこに食材を並べていくと色が映えるんですよね。宇宙空間は色が少ないので、人間が本能的に色を探し始めます。食材を皿に盛り付けることによって色を楽しめるなら、QOLの向上にもつながるんじゃないか、という議論もしているところです。
「食の技術」でも宇宙に貢献できる可能性
――これからはグループ外の他社との協業もますます重要になってきそうですね。
三木氏:そうですね。その意味では最初に少しお話しした光学フィルムがあります。一般的に金属の板を缶の形にする際には、成型中に金属が割れないようにする工夫を施しています。最初に潤滑油を塗布して成型し、成型が終わったらその油を水で流して、熱で乾かして、塗料を塗ってコーティングして、また熱で焼き付けて……という工程が従来の方法です。
しかし当社には、油の代わりに薄いフィルムを貼ることによって、フィルムが伸びる力を利用してドライ成型し、水も油も熱も使わずに済む技術があります。通常のフィルムは引っ張って薄くするのですが、このフィルムは缶の成型時に伸びてほしいので、引っ張らずに薄くする技術が特徴となっています。
このフィルムをあるメーカーの方が見たときに、「引っ張っていないということは(歪んだりしないので)光が屈折しない」ということに気付いていただき、液晶ディスプレイなどの偏光板の中に光学フィルムとして使用する形で製品化につながったことがありました。
技術はあっても具体的な用途がわれわれだけでは気付きにくいので、宇宙についても専門家が見たときに、既存のパッケージング技術のなかに宇宙に応用できるものがあるというヒントをいただければありがたいですね。
――オープンイノベーションの形ですでに他社と協業されている事例もあるのでしょうか。
三木氏:スタートアップとの協業や大学との共同研究は2018年頃から本格的に始まっています。DAN DAN DOMEもSPACE FOODSPHEREを通じて出会ったFIELD assistantとの協業で開発が始まりました。
医療分野では「ウェルバッグ」という細胞培養用パウチのプロジェクトを進めています。一般的に使われるガラス皿のシャーレと違って、運ぶときに液面が揺れず、外部からの菌などのコンタミ(混入)が発生しにくいのがメリットです。宇宙空間での細胞培養実験にも使えるかもしれませんし、宇宙食の1つとして今後考えられる培養肉の製造に向いている可能性もあります。
また、辻調理師専門学校さんの調理技術とパッケージングの技術を組み合わせて、新しい食体験を作るコラボレーションも行っています。将来、人が宇宙で食材を自前調達しようとしても生産できる食材は数種類に限られるので、それだけだとすぐに飽きてしまいます。そうならないようにするには料理人の力が必要で、辻調理師専門学校さんとともに、限られた食材の中でどうバリエーションを出してQOLを高めていくか、というところに取り組んでいます。
一般的なレトルト食品は時短や調理の手間を減らすのが目的で、複数の素材を1つのパウチに詰め込んでしまいますから、どうしても味が均一になって本格的な料理に向きません。しかし、素材1つ1つを別々にレトルトにして、ソースも1種類ずつレトルトにすれば、最後にそれらを混ぜ合わせて調理することで本格クオリティの料理にできます。
この手法を宇宙でも活用すれば、少ない種類の素材でもバリエーションを出しながら、かつ料理を楽しめるレベルにもっていけるのではないかと考えています。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
三木氏:われわれが宇宙からインスピレーションを得て、製品開発なりサービス開発なりにつなげていきたい、というのが1つ。弊社にはさまざまな素材の要素技術、パッケージング技術がありますが、宇宙開発をしている方々とまだしっかり議論できていません。これらの技術に興味を持っていただいて、実際に宇宙にアウトプットできるような方とパートナーシップを組めるようになりたいですね。
われわれはBtoBの企業なので、パートナー企業と共に開発していくところは得意です。缶のフィルムから光学フィルムを二人三脚で製品化したときのように、宇宙企業の方々と一緒に、新しい商品を生み出して広く展開していければと思っています。