ニュース

宇宙スタートアップにとっての「上場」の意味とは?– IVS2024で初の宇宙セッション

2024.08.10 09:00

野々下裕子

facebook X(旧Twitter) line

 日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS2024 KYOTO」が、7月4日から3日間にわたり、京都パルスプラザで開催された。2023年に招待制からチケット制へと変わった同イベントには、今回過去最大の1万2000人が来場。200近いセッションが設けられ、約600名のスピーカーが登壇した。

 ここでは、2日目の7月5日に開催された「宇宙ビジネスIPO」セッションの模様を紹介する。登壇者は、宇宙スタートアップispaceの取締役CFOである野﨑順平氏、TMI総合法律事務所の弁護士でJAXA客員や政府の宇宙に関する委員会などに参加する新谷美保子氏。モデレーターはUchuBiz編集長の藤井 涼が務めた。

「宇宙ビジネスIPO」セッション。ステージ近くまで参加者があふれる状況に(撮影:野々下裕子)

月面探査は「中国が圧倒的に先行」

 野﨑氏が所属するispace は、月周回軌道や月面への輸送サービスの事業化を目指して2010年に設立された。拠点が日本、米国、ルクセンブルクの3ヶ所にあり、約300名のスタッフが在籍する。現在、民間月探査プログラム「HAKUTO-R」が進行中で、2022年12月11日にミッション1として、自社で開発したランダー(月着陸船)をSpaceXのFalcon 9で打ち上げた。さらに2024年の冬にはミッション2、2026年にミッション3を計画している。

 また、中小企業イノベーション創出推進事業の公募テーマの1つである「月面ランダーの開発・運用実証」に採択。日本のイノベーション創出を促進するSBIR(Small Business Innovation Research)制度を活用し、商業用ランダーの開発を日米の拠点で進め、2027年の打ち上げを予定している。

ミッション2で使用する月着陸機(ランダー)「RESILIENCE」を再現した複製

 宇宙ビジネスは国際競争が激化しており、その中ではSpaceXのある米国が先行しているように見える。だが、野崎氏によると領域によっては中国が圧倒的に進んでおり、月の裏側から初のサンプルリターンに成功したことも、ある程度は予想できたという。宇宙資源の収集は未来の話ではなく、宇宙産業全体としてリアルな段階に入っているのだ。

10年で様変わりした「宇宙法」への需要

 そうなると、月の採掘エリアや資源の権利をどうするかといった問題が生じる。そこで必要になるのが、宇宙ビジネスを法律の視点から支える「スペースロイヤー」の存在だ。新谷氏は留学先のコロンビア大学で、スペースロイヤーが不在な日本はこのままでは国益を損ないかねないと指摘され、衝撃を受けたという。その経験からスペースロイヤーになることを決意し、帰国したのが2015年だった。

 ただ、当時の日本は「宇宙ビジネス」という言葉すらほとんど聞くことのない時期だ。新谷氏が帰国後に宇宙分野を担当したいと提案した時、周囲からは呆れられたそうだが、事務所の代表だけが「10年だけ時間をやる」と後押ししてくれたという。それから10年、チームは拡大し、いまでは新谷氏一人では手が足りず、複数のパートナーと案件を回すほど引き合いがあるという。

TMI総合法律事務所の宇宙チームは10年で大きく拡大(撮影:野々下裕子)

 特に需要があるのがスタートアップ投資で、100億円単位の案件に携わるほか、ロッキードマーチンやボーイングのような米大手企業と競っている日本企業にも関わっているという。そうした民間企業の状況を政府に伝えるだけでも意味があると考え、新谷氏自身は弁護士業と平行して宇宙産業に関わるさまざまな委員会や組織にも参加している。

 なお、ispaceが着陸を目指している「月」の資源に関する法律については、4カ国が国内立法を持ち、月を土地として領有できないが、公海と同様に持ち帰った資源は所有することができる。そこでispaceは、ミッション2で月から採取した月の砂(レゴリス)をNASAに販売する民間初の計画を進めている。また、月に施設を建設するために必要な地質調査データの提供も検討しているという。

宇宙スタートアップにとっての「上場」の意味

 日本でも2024年8月時点で4社(ispace、Ridge-i、QPS研究所、アストロスケール)の宇宙スタートアップがIPOを果たしており、トップバッターであるispaceは2023年4月に上場している。野崎氏が参加した2017年から、自社でランダー開発を進めることを決めたが、宇宙産業のようなディープテックは開発を続けるには巨額の資金が必要となる。投資を受けられる環境づくりやパートナーを増やすためにはIPOが必要だったと話す。

 ただし、日本では宇宙スタートアップの上場例がなかったために、株主からは「普通はこんなに上場は大変ではない」と言われるほど、苦労もあったと振り返る。「宇宙がビジネスになると信じてもらえず、マーケットの反応も冷たかった。月着陸は40〜50年前からある技術で、宇宙環境は地上や海より安定しているが、理解されるにはまだ時間がかかる」(野崎氏)

 また、新谷氏は「日本はものづくりでビジネスをするのが得意ではない。持っている良い技術を企業に買ってもらう(M&A)といった、上場以外の方法も出てきてほしい」と語り、必ずしも宇宙スタートアップの“出口”が上場だけではないと、参加者に訴えかけた。

「生物が陸に上がった時」と同じインパクト

 これから宇宙ビジネスを目指す人たちへのアドバイスとして、野崎氏は「宇宙ビジネスを始めようとすると厳しいことを言われるが、それをポジティブに変えていくことがチャンスになる。基本的には夢があり応援してもらえるので、第一歩を恐れずにぜひ入ってきてほしい」と語った。

右からispaceの野﨑氏、TMI総合法律事務所の新谷氏、UchuBiz編集長の藤井(撮影:砂流恵介)

 新谷氏は「宇宙産業はお金がかかり、扱う金額も巨額になるけれど、政府の制度や保険を適切に用いればやりようはある。せっかく、生物が陸に上がった時と同じぐらいインパクトを与えるような瞬間にいるのだから、無理をする必要はないが、できるところからでいいので一度視野を広げて宇宙に関わってみてほしい」と述べた。

 モデレーターの藤井も「以前はIT関連の情報発信に携わっていたが、これからイノベーションが起きるのは宇宙だと信じてUchuBizに参加した。ロケットや衛星の開発が目立つが、メディアや情報発信という形でも宇宙に関わることはできる。ぜひ自分の得意な方法で宇宙に携わってほしい」とコメントし、セッションを締め括った。

Related Articles